ほわいどんちゅーだんす
「ほらぁ、せり、早くしないと!待ち合わせの時間になっちゃうってば!」
はいはい、わかってますって。
まだ余裕があると思っていたけれど、起き出すのが普段より遅かった所為もあって、意外とカツカツだ。
それでも準備は抜かりなく行わねばならない。
何故ならば今日のボク達は…言うなればホストであるから!
ちゃんと凛蘭さんをエスコートする義務があるのだ。
と、いう訳で、持ち物チェックです。
え〜と、ウェアに着替えにシューズ、タオル数枚、水筒とお弁当、お財布…はウエスバッグだから問題ない…あとは先生宛の菓子折り…はママからだけれど。
ん、と…こんなモノだろうか。
なづな…は、きっちり準備出来てたみたいだが、ボクは少し心配になったので再々チェック中。…うん、取り敢えず最低限必要な物は大丈夫っぽい。
「まぁだぁ〜?」
玄関から なづなの急かす声が聞こえてくる。
もう終わったよぅ。
今行くからちょっと待ってってば。
確認した荷物をバッグに詰めて玄関へ出ると、既に なづなが自転車を用意し、バックパックを背負って準備万端といった感じだった。
当然のようにボクの自転車も用意されているのでなづなの手から受け取った。因みにこの自転車はボク達専用で、なづな とお揃いの車種かつ、色違いの“クロスバイク”というやつだ。
中等部進学祝いだと言われて去年買って貰った物で、なづなが金属っぽい青…メタリック・ブルーとかいう色で、ボクのがライト・イエローという、比較的珍しい色を選んだのだけれど…あんまり乗れていなくてちょっと可哀想かな。
いやね、最初は通学に使おうとかも考えていたのだけれど…ほら、スカートでスポーツサイクルは、ちょっとね…かなりね、マズイかなって…。
そんなこんなで週一くらいでしか乗ってあげていないのがね、ちょっと不憫かな、と。
あ、勿論整備はちゃんとしているよ?
主にパパが。
まぁ、それはそれとして、だ。
自転車で行くの?
駅までなのに…って、もしかして自転車で移動するの? 先生の所まで? あれ?!ひと駅だけれど電車で移動って話じゃなかったっけ? いや確かに学院行くのより近いくらいの距離だけれど、凛蘭さんが歩きだから電車で…って話だったんじゃなかったけ?
あれ?!
「わざわざお金使わせちゃうのも、あっちの駅から歩かせちゃうのも悪いかな、と思って。」
ふむ、なるほど?
確かにお金は使わないに越した事はないか。
自転車だったら先生ン家までであればすぐっちゃすぐだけれど… 二人乗りで行くの?
そりゃあね、この辺りは田舎ですから? 警察の人とかに見咎められる様な事もないだろうけれど…えぇ、なづながルール違反を率先して『やろう』と言い出すなんて思わなかったよ。…え? 本気?
「そんな事する訳ないでしょ。ちゃんと一人一台だよ。」
あら、左様で。
ん? じゃあ……あ、もしかして凛蘭さん自転車で来てるの?!あれ? でも凛蘭さん家って北高の方って言ってなかったっけ?! ちょっと遠いよね?!大丈夫なの?!
「それがね、凛蘭さんって、お社の辺りまではしょっちゅう自転車で来てるらしいよ。」
え、そうなの?
結構遠いんじゃない?
「自転車だと駅まで10分くらいしかかからないって言ってた。だから自転車で行きます、って。」
なんと…。
北高ってそんなに近かったのか…知らなかった。もっと遠いイメージだったのだけれど…考えてみればボクは北高まで歩いたりした事なかったから、実際の距離の感覚ってないんだよな…そっか、自転車なら10分くらいなのか。
「ここまで来れるのなら、ここから先も10分ちょっとだから…どうだろう? って聞いてみたらさ、大丈夫だって言うから『じゃあ自転車で』って事になったんだよ。」
へぇ、いつの間にそんな話に…
「昨夜せりが電源OFFになってる時に、ね。」
オゥ…左様ですか。
そりゃ知らん訳だ。
「で、用意出来たのなら行こう? 凛蘭さんを待たせちゃいけないからね。」
あ、そうだね。
じゃあそろそろ行きますか。
いってきまーす。
「はーい、気をつけていってらっしゃい。先生によろしくね〜。」
廊下の奥からママが返事をくれたのだが、今日は洗濯物を干したり掃除をしたりと忙しく動き回っているからだろうか、一瞬ヒョイと顔を覗かせただけで引っ込んでしまった。
おや、ママにしては珍しい。
いつもなら玄関まで出て来るのだけれど…まぁ偶にはこんな事もあるか。ママにはママの予定というものがあるだろうし。
表の通りまで自転車を引いて行って、いざ出発。
自転車で駅までとなると本当に時間がかからない。走り出してしまえばものの2分程度だ。
以前、光さん達と歩いた道を自転車に乗って
走れば、あっという間に駅の南口ロータリーに到着する。
…えっと、待ち合わせは南口でいいんだよね?
「うん。10時待ち合わせだから、もうすぐ来るんじゃないかな? 」
ロータリーの、どこ?
「…あ。」
『あ。』て。
意外なところで抜けていた。
確かにボク達の間でロータリーと言ったのなら『ロータリーの出入り口』の事を指しているのだけれど、他の人は違うかもしれないからね。
おまけにこの駅は、今でこそ田舎の駅でしかないけれども、かつて1日の乗降客数が一万人迫る様な駅だったらしく、そのため敷地だけはかなり広いんだ。
故に田舎駅の駅前ロータリーといえど、そこそこに大きくて、ふれあい広場という公園や矢鱈と大きな駐輪場、中央には大きな樹と灌木が、歩道沿いにも植栽が植わっていて、もし座っていたとしたらボク達の居るロータリーの入口からは視認出来ない。
“どこ”というのを細かく設定しなかったのだから、凛蘭さんの思う南口を此方から探しに行かねばなるまい…。
「…うん、そう、階段の所ね、わかった。うん、じゃあ待ってて、うん、は〜い。」
ピッ。
「…だって。」
…
……
………ソウデスカ。
抜けていたのはボクの方デスカ。
なんという事でしょう。
ボクがこっちから迎えに行かねば、探さねば、などと考えている間に なづなと凛蘭さんは携帯で連絡を取り合い、お互いの位置確認と今後の行動を決定していた様です。
…そうだよね、携帯電話という文明の利器があるんだから使えば良いんだよね、うん。
ボクも持ってるのになんで思いつかないかなぁ…。
「せりは携帯の事を忘れがちだよね。」
返す言葉もございません。
別にね、蔑ろにしてるとか大事にしていないって事はないし、小さい頃から身近にあった物だから馴染みが無いという訳でもない筈なのだけれど…なんか持ち付けないんだよねぇ。
「ま、今に始まった事でもないし、私が持っていれば済む事だからね。」
いやまぁ、そうかもしれないけれど…ん?
「ほら、行くよ。凛蘭さんもう着いてるんだから。」
…ちょっと、ねぇ、今のって、ねぇってば。
「はいはい、後でね。」
ちょっ、なづな、待ってってば!
今の、
もしかして、
ねぇ、ボクの考え過ぎ?!
それとも、そういう意味で取っていいのかな?!
ねぇ?!
ちょっとぉ!




