えまーじぇんしー⑪
ん~…お湯の中で浮力があるとはいえ、こうして膝の上に体重を感じていると、なんというか…落ち着くと言うか安心すると言うか…それでいて守ってあげたい欲求というか護る覚悟というか、そんな気持ちが湧きあがって来る……確かに護衛対象で要人なのだから守らねばならない子な訳なのだが、それとは別に…なんていえば伝わるかな…う〜ん…。
ま、まあいいや。
兎に角、なんだかよく理解らないけれど妙にしっくりくるんだよ。なんなんだろうね、これ。
「あの、お姉様? 」
膝の上に抱っこしたルーチェが、くりんと首を回してボクの顔を下から覗き込んでくる。
ん? なにかな?
「私は何故…おなかを撫でられているのでしょうか…? 」
…何故、といわれても…
モチモチしていて触り心地が良いから?
エマとは違う柔いぷにょんとした抱き心地が良いんだよねぇ。
「…そうですか。もちもち…もちもち!? 」
途端に自分のお腹をふにふにと押して気にし出す様は年頃の少女そのものだ。そんなに気にしなくても大丈夫だよ。少しくらいまるい方が可愛いって。
まぁね、アルベルタさんみたいに引き締まった腹筋6LDKみたいなのも魅力的ではあるのだけれど、こと『触り心地』となったならばルーチェの圧勝だよ。
「喜んで良いのでしょうか…。」
そりゃまあ、エマみたいに芯があってそれでいて柔らかくて、柔らかいのに押し返してくる…みたいなのも捨てがたいんだけれどね…
「何が捨てがたいって? 」
うぉ?!
びっくりした!
いつの間にか身体を洗い終わったエマが直ぐ近く迄寄って来てた。相変わらず気が抜けている時のボクは、人の接近に気付かないらしい…。
「エマお姉様。クロエはどうしたのですか? 」
「ん〜…一緒に入ろうって言ったんだけど…『控えております』ってきかないんだよ…。」
エマがチラリと視線を送る方に目を向けると、クロエさんが扉の脇に鎮座していた。
…阿吽像みたいだな。
まぁこの入浴にしても、彼女的には『主人と一緒に』ってのがまずいんだろうから、無理強いはよろしくないとは思うが…ボク達が一緒の時くらいは気を抜いても良いんじゃないかとも思う訳で。それでも自分の仕事だからというスタンスは崩さないんだから、側付きの鑑みたいな子だよねぇ。
「んで、こっちはなんの話だったの? 」
え?
あ、あぁ。
えっとね、ルーチェのお腹の触り心地の話をね、していたんですよ。もちもちだねって。
「ほほう? どれどれ? 」
「エ…!エマお姉様までっ!」
ルーチェはきゃーきゃーと騒ぎはしても、決して逃げようとはしない。身を捩っても拒否はしない。たぶんこの子は、こういうスキンシップが嬉しいのだと思う。普段は傅き世話をしてくれる人はいても、こんな風にはしゃぎ合う友人などいないだろうから。
とまぁ、ひとしきり騒いだらリラックスタイムに突入です。
エマはうつ伏せで浮いていますし、ルーチェはボクをリクライニングチェア代わりにして蕩けています。当然ボクもダラけておりますが何か?
あ"〜…ゆるむぅ〜。
今日も変な筋肉の使い方したから、ほぐしておかないとねぇ……あ、そうだ思い出した。アレの事を聞いておかなきゃ。
ねぇエマ、聞きたい事があるのだけれど…良いかな?
「ん? 良いよ? 何? 」
シュテルン…なんとか…えぇと、あ。ザフィーア? だっけ? あれ、どうやったの?
「シュテルン・シュヴェールト? 」
そうそう。その中ニチックな名前のやつ。
「中二とか言わないで!? 」
あ。ごめん。
まぁそれは置いといて。
掌から出した様に見えたけれど違うでしょう? あれ体内エネルギーとか“気”とかってモノじゃないし。それに2回目に振った時は形を変えてたじゃない? どうやったのかな、って。
…どしたの、鳩が豆鉄砲を食ったような顔して。
「いや…ミアなら見えるかもとは思ってたけど、そこまではっきり見えてたのか…なるほど。もしかしてこれなら… 」
…何やらぶつぶつと呟きながら考え込んでしまった…ええと…エマお姉様?
「え? ああ、ごめん。…ねぇ、ミア?」
はい?
「2回目の形、どんな風に見えた? 」
形? えっと…視界いっぱいに広がったから最初は『壁』かなと思ったんだけれど、たぶんアレは…『羽子板』じゃないかな、と。
「おぉ正解。」
む。あってたみたいだ。
まぁ、板みたいな物で手に持って振り回す道具なんてラケット状の何かだもん。その中で打面が壁みたいになる物と言ったら…卓球のラケットか羽子板くらいしか思い付かなかった…というだけの話なのだが。
「そっか、そこまでしっかり知覚出来てるんだ…なら、たぶん……ミアは、あの“力”が何かは…わかる? 」
うん…『星の力』だよね。
地脈とか龍脈とか、レイラインとか…そんな風に呼ばれた力の流れみたいな物。そこから溢れた力の一部、でしょ?
… 前々世でもぼんやりとしか覚えてなかったから、いざ説明するとなると一層ぼんやりとした説明になってしまう。
いや、だって、理屈とかすっ飛ばして使えてたんだもん、感覚で使ってた力の源を説明なんて出来ないって…知ってる言葉に直すと、どうにもオカルトチックになっちゃうなぁ…。
「…レイライン……ぷ…ふふ… 」
何故笑う?!
あ!さっき中二って言ったののお返しだな?!
むきーーー!
「あははは、ごめんって。うん、ほぼ正解。星の生命活動で放出された余剰エネルギー、それを固めたのがザフィーアなんだよ。」
固めた…そんな事が出来るのか。
魔法みたいだね。
「残念ながら、この世界に魔法は存在しないけどね。」
「魔法というと…『炎よ我が敵を撃て!ファイアーボール!』…みたいな、あれですか? 」
「そうそう、そんな感じ。」
二人して魔法詠唱の真似をして遊んでいるが、確かに今世には“魔法”というものは存在していない。あくまで空想上の産物である。
まぁ物語や小説などはあるし、魔法の概念というか、そういうのは一般的に認識はされている。実際に使える人がいないというのが現状なわけだ。
その代わりに『覚醒者』なんて妙な存在がいるんだよね。この『覚醒者』というのも謎が多い存在で、正直なところよくわかっていないらしい。
覚醒の仕方も様々で、『生まれつき』とか『朝起きたら突然』とか、『頭をぶつけたら覚醒した』なんて人もいたらしいよ。記憶の持ち越しもあったりなかったり、個人差が激しいのだとか。
まぁいきなり前世持ちだなんて言ったところで、早々信じて貰える訳も無い。下手をすれば狂人扱いだからね、思い出しても口にしたりはしないだろう。
エマが居なかったらボクだってダンマリだった筈だ。幸いな事にボクにはエマがいてくれたので、こうして普段通りの会話が出来ているんだよね。
「覚醒者って呼ばれる人達の中には、私とは違う“力”を持ってる人もいるんだよ? サイコキネシスみたいなのとかあったりしてさ、結構面白いんだ。」
何が面白いんだか理解らないけれど、そうなんだ。へぇ。いえ、ボク的にはあまりお会いしたくないですネ。ほら、ボクって戦闘民族ではないので、強い人と相対してもワクワクとかしないんですよ。ボクより強い人に逢いに行きませんし逢いに来られても困ります。ましてや挑戦者など願い下げです。平和なのが一番ですって。
え? 白メッシュと戦ってた時に『ちょっと楽しい』って言ってたじゃないかって?
スイマセン 記憶ニ ゴザイマセン。
「大丈夫、大丈夫。皆が皆あの二人組みたいな訳じゃないから、いきなり襲って来る人なんていないよ。…そんなには。」
ソウデスカ ソレナラ安心デ…ぜんっぜん安心出来ない…!!!
そんなに…って、なんなの? それはつまりそれなりに居るって事でしょう?!覚醒者ってやっぱり戦闘民族なの?!バトルジャンキーなの?!あんまり物騒な人達とはお知り合いになりたくないのですけれど?!
「まぁまぁ。で、話を戻すと“星の力”を固めるのって気力…精神力なんだけど、これがすっごい疲れる!フルマラソンを全力で走るくらい疲れる。」
えぇ?!そんなに?
「うん。だからここぞって時にしか使わないし、使えない。文字通り“切り札”なんだよ。」
ふぅむ、使うのもひと苦労なのか。
あの時のエマからは、そんな雰囲気は微塵も感じなかったけれど…あれ『余裕です』って演技だったのか。
…すごいな、それ。
「あの、お姉様方? 」
あ、ほったらかしにしちゃってごめん。
うん、なぁに?
「先程のお話だと、エマお姉様が“魔法の様な何か”をお使いになった、という風に聞こえたのですけれど…あっていますか? 」
「魔法ではないけど、ちょっと変わった技を使ったんだ。残念ながら見える人と見えない人がいて、今迄は家の姉上しか見えた人っていなかったんだけど、ね。」
今日ボクが見える人だって判明した、と。
まぁ、そういう訳です。
「そうなのですね…それは見てみたかったです…。」
凄く綺麗だったんだよ。
ふぅ〜、って蒼い軌跡が残ってね。
ザフィーアっていうんだって。
「ザフィーア…ですか。もしかして光の刀の様な、あれの事でしょうか? 確かに蒼い流星の様に尾を引く軌跡が綺麗でしたね。」
そうそう!
……
……って、え?




