えまーじぇんしー⑩
活動報告に書かせて頂きましたが、改めて再開させていただく旨、ご報告させて頂きます。
「あ、やはり此方にいらっしゃいましたね!」
うん?
この声は…え?
「 お 」
「 ね 」
「 え 」
「 さ 」
「 まーーーーーーーー!」
ルーチェ?!
なんで大浴場に?!
え!? 一人で?!
護衛の問題があるから、なるべくお部屋にいる様にって話だったんじゃ?!
しかも裸で!って大浴場だから当たり前か!
いやいや、違う違う、そうじゃない!
走っちゃダメ!
ここお風呂だから!
床は大理石で、しかも濡れているから!
走ったりしたら……!
スッテーーーーーーーン
転んだーーー!?
うわぁぁぁ!? ルーチェぇぇ!
盛大にすっ転んで尻餅をついたルーチェに駆け寄り抱き起こすと、ぷるぷる震えながらボクの顔を見上げてきた。…声こそあげないが相当に痛かったらしい、すンごい涙目になってる。
と、取り敢えず怪我は…どこか切ったとかは無さそうだけれど、打ったのはお尻だけ? 頭をぶつけたりは? してない? ホントに? 肘とか腰とかは? 打ってない? 平気?
…そう、なら良いんだけれど…。
はぁ、と息を吐いて一先ず怪我が無い事に安堵する。
ところでルーチェ。
「はい。」
何故ここに?
「ミアお姉様が此方にいらっしゃると聞きましたので。ご一緒に、と。」
一人で?
「いいえ。クロエがそこに……居ませんね? 」
扉の方を振り返り、ついて来ているはずの人物が見えない事に気付き、首を傾げた。
ふむ。じゃあ、少なくとも脱衣所迄はクロエさんが一緒…というか追いかけて来てはいたんだね? ならば朝みたいに単独行動をしていた訳ではないのか…あの時はアルベルタさんがついてきて…いや、追いかけて来てくれてたんだっけか?
「一緒に入りましょうと服を脱がせましたのに…何をしているのかしら? 」
あ、脱がせたんだ。
いつも一緒に入ってるの?
「いえ、普段は傍に控えているのですけれど…今日は護衛の方が周囲にいらっしゃいますし、何よりミアお姉様のお側ですから偶には、と。口説きました。」
口説きましたか。
左様で。
「お嬢様? 今すごい音がした様ですが… 」
大浴場の扉から、ひょいと顔を出したのはクロエさんである。
ご苦労様です。
大丈夫ですよ、大した事はありませんでしたから。ちょっと滑っただけです。
ねー、とルーチェと顔を合わせて頷き合う。
「…ミア様…。」
ん?
どうしました?
何故お入りにならないので?
「いえ…その…何もお召しになっていらっしゃらないものですから… 」
え、そりゃお風呂ですし…
ルーチェだって裸ですけれど…?
「あら。クロエったら、ミアお姉様の裸を見るのが恥ずかしいの? こんなに綺麗なのですもの、見ないと損というものよ? それとも見られるのが恥ずかしいのかしら? それなら平気よ。みんな裸なんだから!」
おぉい?!何言ってんの?!
『みんな裸なんだから』はその通りだけれど、ボクはそこまで立派なモノじゃないでしょう?!
ルーチェだって今でこそ子供らしい体型だけれど、あと五年もしたらボクと変わんなくなるって。っていうか、きっとボクなんかより ずっと綺麗になると思うよ?
でも、そのくらいの年頃になったら、こんな風に一緒にお風呂には入れなくなっちゃうよねぇ、きっと。まぁ色んな意味で。
「ほらクロエ。早く此方に来て、背中を流して下さいな。」
そう言いながらルーチェは扉まで歩いてゆき、クロエさんの手を引いて浴室内に戻ってくる。
…あら、クロエさんは湯浴み着着用ですか。
なぁんだ。だったらホントに恥ずかしがる事ないじゃん。…や、待てよ…クロエさんの生家ってどこだっけ? 良いとこのお嬢様ってのは知ってるけれど、“どこか”までは聞いていなかった気がするな? もしかしたら、そもそも入浴の習慣が薄い地方の出身なのかも知れないし、良いとこのお嬢様ならボク達みたいに街の子供達と一緒に川で泳ぐ…なんて事もしなかったろうからね、肌を晒すのは恥ずかしいという意識が先行しているのかも知れない。アルベルタさんとこの団員達もそうだもんね。っていうか今世ではそっちの感覚の人の方が多いのかも知れない。
まぁ、それでも。恥ずかしがりながらもルーチェの世話を始めるあたりは、さすがにプロだなぁと思う。
実際あんな美少女にあれだけ懐いてもらえたのなら、ボクですら『ちゃんとお世話しよう』とか思っちゃうかもね。出来る出来ないは別として。
泡を流し、湯船に浸からない様にくるりと髪を上げて簪で留める。
…なんか二人から妙に視線を感じるのだけれど…え、なに? どうかした?
「ミア様のお髪の…それはなんですか? 」
何、と言われても…簪だけれど?
…あ。そういえばこの簪、せりの記憶が戻ってから使い始めたんだっけ。タオルで巻き上げるのが面倒だったので、つい最近自作した物だ。
「カンザシ… 」
そう、簪。
でっかいヘアピンだと思えば良いよ。
「あの、ミア様。その…カンザシ? で、どうやって髪を纏めていらっしゃるのですか? 私には普通の棒に見えるのですが… 」
え? あ、そうか、簪で髪を留めるって珍しいのか。ヘアピンやバレッタもどきがあるから気にしてなかったけれど、こっちじゃあ簪はアクセサリーの類だったっけ。あ〜…まずかったかな…?
…ま、まぁ、別にヤバい物じゃないし、変わった方法を知っているというだけの話だし…堂々としてればいいか…うん。
スイッと簪を髪から抜き取りクロエさんに渡すと、彼女はそれを手に取ってまじまじと眺め回した。
どれだけ見つめても単なる木の棒なんだけれどね。
「棒…ですね。」
棒ですよ。
「……エマ様の使っていたオハシに似ていますけど…こちらの方が少し長いでしょうか…。」
うん、確かに。
箸より長くて菜箸より短いくらいの長さだね。
まぁ長さはあまり関係ないのだけれど。
材質も木でも鉄でも良いし、要するに適度な長さがあって、ささくれていない棒状の物なら大体OKなんじゃないかな。
クロエさんから簪を受け取り、再び髪を纏める。
捩って、挿して、捻って、更に挿す。
たったこれだけで髪の束が留まるのだから、理屈を知らなければ不思議に見えるかもね。
簡単に説明すると『捻ったり捩ったりした髪の毛が、戻ろうとする反発力を利用して纏めている』のですよ。
「理解った様な理解らない様な… 」
あはは、こういうのは自分でやらないとわからないよね。ボクもやってみて初めて『こういう事かぁ… 』ってなったもん。しかも上手く説明出来ないときたもんだ。
…まぁ理解出来たってのは、以前の話なのだけれど。
ルーチェも髪を伸ばしたらやってみると良いよ。
きっと『あぁなるほど』って思うから。
簪の話題が一段落したところでルーチェは、再びクロエさんに泡塗れにされてゆく。なんかねぇ、クロエさんの洗い方って凄いんだよ。よーく泡立てて、その泡を肌の上で転がすみたいにして手で洗うんだ。しかも肌に触ってないの。…なんか、こういうのあったよね…なんだっけ…ほら、美容の…えぇと…あ!そうそう!エステ!エステサロン!あれみたいな感じ!
“せり”の頃も思ってたのだけれど、あれ洗った気になれるのかなぁ…? ボクは結構ゴシゴシ擦りたい方なので、見る度に疑問に思ってたんだよね。
まぁ個人の好みの問題だけれど。
身体を洗い終わったボクは、湯船へと浸かるべく浴槽へと移動する。ここの湯船は洗い場のフロアを掘り抜いた形の、比較的浅い浴槽だ。普通に座ると自然に半身浴状態になってしまうので、肩まで浸かりたいボクとしては寝転がるより他に方法が無い。したがってお行儀はよろしくないが脚を投げ出し、ゆったりと横たわる事となる。
うふぅ…数日ぶりの広いお風呂は…良いなぁ。
癒されるぅ…。
『命の洗濯』とはよく言ったものだねぇ。
しばらくゆらゆら浮いていると、ガラリとドアの開く音が聞こえてきた。どなたかがいらっしゃった様だが…お行儀がよろしくなかろうがなんだろうが、今のリラックスポーズを止める気はない。
『…また浮いてる。』と言って笑ったのはエマだ。どうやら諸々終わってリラックスタイムらしい。ボクとの時間差を考えれば漸くといったところか。
うい〜…お勤めご苦労様です〜…
お先に頂いていますよ〜。
「はいはい。ご一緒させて下さいな。」
二人でクスクスと笑い合う。
まぁ、いつものやりとりだ。
「やあルーチェ、今日はクロエも一緒なんだね。」
「エマお姉様ごきげんよう。」
「本日は本当にお疲れ様でした。」
「いえいえ、ホントならルーチェから離れるべきじゃないんだけど…今回ばかりは狙いが私だったからねぇ。」
まぁ…流石に馬車まで巻き込む様な大規模戦闘にはならなかったろうけれど、紅メッシュの性格がアレだったからなぁ…万が一を考えると離しておきたいってのは仕方ない心理だと思うよ。
ルーチェの隣に座ったエマが『クロエには心配させちゃって悪い事したね』って微笑みかけると、クロエさんてばふわりと赤くなって俯いちゃった。
あら?
あらあら?
…うんうん、わかるわかる。
エマ綺麗だもんね。
その反応も宜なるかな。
洗われ終わったルーチェが席を立ち、ボクのいる湯船の方へポテポテと歩いてくるのだが、さっき転んだから気をつけて歩いてるのだろうか? なんかペンギンみたいな歩き方になっていて可愛い。
残されたクロエさんはというと、今現在エマに剥かれている最中だ。
偶には洗ってあげるとか、着たままじゃ洗えないとか、自分でできますからとか…戯れ合っている。そういえば中等部の修学旅行とか林間学校とかもこんなノリだったっけなぁ。
なんかちょっと懐かしい気分になるね。
それにしても今日はエマの表情がよく変わる…朝の苦笑から不機嫌顔、怒った顔にビックリ顔、今は悪戯っ子みたいに笑ってるし…普段のエマは大人っぽいけれど、今日は“なづな”か“あの子”みたいな感じだ。
…なづな も年齢の割には落ち着いていたけれどね。
ルーチェは湯船の中をざぶざぶと歩いてきて当たり前の様にボクの膝の上に座った。
この甘えん坊さんめ。
「…うふふ…。」
ん~? どうかした?
「いえ、ミアお姉様と一緒に旅行してるんだな、と思いまして。」
旅行…うん、まぁ旅行か。
ちょっと大人数過ぎるし、一緒にというのも少々疑問に思わなくもないけれど、間違ってはいないかな?




