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えまーじぇんしー⑧

番外編、続きます。


前話、加筆修正を行なっております。

ご一読頂ければ有難く存じまず。




「アルベルタさん、先に進んで下さい。この2人は()()に用があるらしいので。」


「し…しかし…。」


「半刻も進めば街です。そこで落ち合いましょう。大丈夫、直ぐに追い付きますから。」


「…わかりました。お気をつけて。」


「はい。ありがとうございます。」


アルベルタさん達護衛団に、公女殿下の馬車を託し先に進んでもらう。この先に賊が潜伏していないとは限らないが…この辺りは開けていて見通しも良いので待ち伏せには不向きだし、よしんば居たとしても、街に近いという事は軍の駐留地も近いという事で、何かあれば即応体勢を取れる警備部隊が直ぐ側に居るって事だ。規模は大きくなくとも都市や街道を守る武装兵団だからね、実力は折り紙付きだ。そしてアルベルタさん達も実績のあるSPさん達な訳で。それを相手にする程度胸のある賊なんて…いないんじゃないかな?


2人組は通り過ぎて行く一行には興味が無い無い様で、ずっとボク達の方を見てニヤニヤしている。特に金髪に紅メッシュが入った方。

すっごい舐められてる気がする。

それだけの実力があるって自負の表れなのだろうが…なんか腹立つ…。


「ようエマ、随分とデカくなったじゃねぇか。何時ぞやは世話ンなったなぁ。」


「…えぇ、久しぶり…5年くらい、かな? で? 何の用? 」


「…妹さんの見物がてら…お礼しに来た… 」


「ま、そういうこった。」


は?

ボクを見に来た?

え? 何? どういう事?

お礼? なんじゃそりゃ?

え? 5年前? って、エマが13歳の頃?!

そりゃデカくもなるでしょうよ!

てか、コイツらエマの知り合いか?

それにしては殺気飛ばして来てるし、エマも話そうとはしていない様に見える。むしろ会いたくなかった風だし、少なくとも仲が良いお友達って訳ではなさそうだ。

…あ。

もしかしてお礼って“御礼参り”?


「そう。じゃあもう顔も見たんだから用は済んだよね。さっさとどっか行って。」


…どうやら、この突然襲い掛かってきた金髪に紅いメッシュの入った女性と黒髪に白いメッシュの入った女性の2人組、エマに疎まれているらしい。

あの温厚でいつもニコニコしているエマが

だよ? こんな不愉快そうな顔をするんだから相当な事態だ。


「…まだ。用事はこれから… 」


「そのとおり。んじゃまぁ…軽く御挨拶といきますか……ね!」


言い終わると同時に二人が跳躍し、得物を抜き放った。


またぁ!?

あんた達さっきも突然飛び掛かって来たよね!?

さっきのは挨拶じゃなかったって事!?

いや、どうでもいいけれど!


紅メッシュは三節棍とハルバートが合体した様な武器を、白メッシュは湾曲した短刀…カトラスに似ているけれど、もっと細身の…匕首サイズのシャムシールと言えば伝わるだろうか?…を2本、使うみたいだ。

長短の武器で補い合いながらのコンビネーション戦を得意とするスタイルなのかと思っていたのだけれど、意外にもバラバラに攻めてきた。


「ミア!本気でやりなさい!舐めてると危ないよ!」


エマが真剣な顔で声を張り上げた。

了解!…っていうか自分の技量がどの程度なのか把握していないのだから、舐めてなんかいられないよね。

紅メッシュはエマの方へ、白メッシュがボクの眼前に着地し、いきなり首を狙って斬りかかってくる。

ボクの相手は白メッシュか。ご指名とあらば致し方無し、本気でお相手しましょう…!

それにしても初っ端から首を狙ってくるかね?!殺る気満々じゃん!?

挨拶じゃなかったのかな!? 得物がミニシャムシールなので順手の二刀流な所為か、振りがコンパクトでなかなか隙が見えない。戦闘スタイルとしては忍者やアサシンって感じだろうか。さっき感じたイメージ通りだった。

まぁ服装は軽装の冒険者みたいで色気とかは皆無なのだけれど。

…そう!そこ!そこだよ!

そこだけは物申したい!

アサシンならもっとこう…!アラビアンナイトみたいなハーレムパンツにビスチェで裸足、そしてフェイスベール…とか!他には、ボディラインにピッタリと貼り付いたボディースーツで、何故か肩から二の腕と太腿のサイドの素肌だけが露出してる!…っていうさぁ!そういうのあるでしょう!?

カタチ!カタチは大事だよ!

でも年代的に…というか文明の進度的にそういう伸縮性のある布地なんかは作るのが難しいのかもしれないなか? いや、ハーレムパンツの方なら綿でも絹でも大丈夫だし、服の形にしても世界の何処かには、地球の中東地域みたいな所だってあるかもだし…ん〜、でも…

…なんてくだらない事を考えてたら斬撃が前髪を掠めていった。

あっぶないな!


右、左、上、下と高速で飛んでくる斬撃をダッキング、ウェービング、スウェーを駆使して避けまくる。僅かにステップを入れているものの、ほぼ足を止めての近接戦。まぁあのネズミの物量に比べれば、刀2本程度は何程の事はない。

…が。

妙だ。コイツさっきから首しか狙ってこない…? 足技もほとんど使ってこない。拘りか? …いやたぶん違うな…何かを狙っているんだ。

…考えろ。ボクだったらこう攻めた時、次に何を狙う?

首が狙いだと思わせた時に突然狙いを変えて刃を突き立てる場所は?

意識を上に持っていって狙うのならば…

腹か脚。

白メッシュが少し大袈裟に左腕を右から横薙ぎに振ってくる。右腕は体に隠れて見えない。上体を反らせひとつ目の斬撃を躱す。

ここだ…!

ここで腹めがけて刺突が来る!

ボクならそうする!

ボクは仰け反ったままの体勢から脚を跳ね上げ、そのままバク転の要領で刺突が来るであろう軌道上の虚空を蹴り上げる。


ギィン!


当たった!予想通り!

蹴り上げた足の先、ブーツの先端に打ち付けられている金属プレートに確かな感触を感じる。

着地して白メッシュを見れば、右腕を跳ね上げられた体勢で固まっている。目を見開いているところを見ると、ボクのこの反撃は予想外だったらしいな。ふっふっふ、してやったり!

それにしても、だ。さっきの感触からすると蹴ったのは腕や手首ではなく、剣そのものだった様だが…まだしっかりと握っていやがる。よく離さなかったな…たいしたものだ。

手首にでも当たれば砕いてやれたのに。

そしたら退いてくれたかもなぁ…残念。


白メッシュはゆっくりと体勢を整えて、再び構えをとる。今度は腕を交差させて背中を丸めた前傾姿勢というコンパクトな構えだ。ますますアサシンっぽい。

スススッと音もなく走って距離を詰めて来る白メッシュを迎え撃つべく、ボクも構えをとった。

腰を軽く落とし

両掌を前に

防御重視の構えだ。


突き出される刃を払い、蹴りを捌き、横薙ぎの斬撃をしゃがんでかわし、その体勢のまま胴へと拳を打ち込…めなかった。白メッシュのヤツ身体を捻ってすかしやがった。

身体柔らかいな!?


白メッシュの剣技…というかナイフ術だろうか? コレがまたいやらしい。最初こそ首だけを狙って来ていたが、目論見がバレるや否や的確に首や手首なんかの太い血管が通っている箇所を狙って来るようになった。しかも得物が小さいだけあって恐ろしく回転が速い。最初より明らかに速くなっている。おのれ…手ぇ抜いてやがったな…!

っていうか、さっき刀蹴り飛ばしたのが不味かったか?!あれでギア上げちゃったかもしれない。

守る箇所が首だけであればこの回転力もそれ程脅威では無いのだが、こっちは手甲やレガースをしているとはいえ徒手だ。“僅か”であってもリーチの差がある所為で、急所を庇いながらだと受けるのが精一杯でなかなか反撃に繋がらない。僅かな隙を見つけて手を出そうとすると、思わぬところから斬撃が飛んで来たりするんだ。肘の内側とかの防御の薄い部分を薙ぐ様に、胸当てと肩当ての隙間に刺しこむ様に。おそらくだが『隙が出来る動作』が技の流れの中にあって、『それをカバーする動作』があるという感じなのだと思う。

…なんとなく暗殺者ッポイ武器と戦闘スタイルなのもあって、万が一毒が塗ってあったらと思うと手甲(ガントレット)やレガース以外の場所で軽々に受ける事も出来ない。かすり傷でも受けようものならそれが致命傷になりかねないからね。

なのに、だ。

そんな厳しい攻め、息を持つかせぬ連撃の中に繰り返し癖のように、隙が見える事がある。これはさっきの『動作の隙』ではなくて…見せるため…もっと言えば()()()、という事だ。くぅ、誘われてるんだよなぁコレ。

最初の『首狙いからの腹』と同じだね。

実力差…というより経験の差だろうか? 見え見えの隙と微妙な隙を作っては反撃を誘い、反撃すればカウンター、警戒して手を出さなければ手数で押し込む。

刺突、斬撃、あまり動かない胴体の防具の隙間を狙ってきたかと思えば、捌きにいった腕に斬撃を合わせてきたり、兎に角狙い所が絞れない。

巧い戦い方だ。


やばい。

強い。…ちょっと楽しい。

いやいや、楽しいなんて言ってる程の余裕がある訳じゃないんだけれど、少々高揚している自分がいるのは確かだ。

『せり』の時はこんな戦闘民族みたいな感情は持ってなかったのだが…なんかその前の…前々世のボクみたいで…うぅ、ヤダなぁ…。


高揚している所為か、若干視野が広くなっているようで、戦いながらも時折り視界の端に映るエマの戦いが気になる。いや、そっちに意識を持って行ける程の余裕がある訳じゃないのだけれど…気になっちゃうんだよ!

しょうがないじゃん、エマの対人戦闘なんて訓練以外で見た事ないんだから。

ちらりちらりとエマの動き方を見ていると、避けるというより“いなして”いる様だ。

足捌きで軸をずらし、腕で軽く武器の軌道を逸らしている。簡単そうにやっているけれど、凄い高等技術だと思う。知らない人が見たら『武器が勝手にエマの身体を避けていく』とか「当たらない様に武器を振っている』様にしか見えないんじゃなかろうか?

凄いな…参考にしたいけれど、ちょっと真似は出来ないなぁ。

ヒュッ!

鋭い風切り音で我に帰ると目の前に切っ先が迫っていた。

おわぁ!?

咄嗟に首を捻り、追従するように身体ごと回転して裏拳を放つ。

ゴンッ!

え? あれ? 当たった?!

衝撃で2メートルほど飛んだ白メッシュが、ボクと自分の肩を交互に見ながら驚いた表情になった。


今のは…反射的に出しただけだったから腰も入ってなかったし、回転も足りなかった…単なる手打ちの打撃だ。

けれどこれは、ボクの…ミアの技だ。

踊る様に避けて回転力でのカウンターを取る動き。

そうか…蘇った『せり』の記憶に引っ張られて高威力の単発技を当てようとし過ぎていたのか。元々この身体にはミアが努力して身に付けたスタイルが染み付いていて、“それに適した身体”が出来てるはずなんだ。それに逆らってスタイルを変えれば…そりゃあ上手くいくはずないよなぁ。

そうか、なんとなく理解(わか)った…まだ『せりの記憶』が馴染みきってないせいか、どちらか片方だけに偏っちゃうんだな。状況に応じて技を選択するのではなく、今と昔の技の良いとこ採り。せりになる前のボクの技は、ちょっと混ぜるの無理っぽいから一旦忘れる事にする!

理想は…2つのスタイルの完全な融合。

これだな。

よし…!

じっくり修行して理想を目指そう!

…え?

今それを完成させるんじゃないのかって?

ちょっ…!無茶言わないで!?

思いついただけで出来るんだったら世話ないよ!?

どこの天才戦士だよ!?

こういうのは毎日反復して少しずつ身体に馴染ませるものなの!


……こほん。


吹き飛んだ白メッシュは、今度は慎重に様子を見ている。まぁ舐めていた相手から思わぬ反撃を喰らったのだから、それも理解るが。

実際のところ白メッシュは結構強い。

今は戦えているし、なんとかついていけている。

だが…負ける事は無いにしても無傷で圧倒するのは難しいだろう。身体と技が馴染みきっていない今の状態だと…頑張ればギリギリ五分に戦える程度、かな。

…あれ? 今のボクと五分ならば大して強くないんじゃ…いやいや、そんな事は無いだろう。ボクは九割五分の力を出しているけれど、相手は七割かもしれないじゃないか。うん、油断はすまい。

白メッシュは強い。うん。

そして、だ。

紅メッシュが同じ程度の使い手なら、この四人の中で1番劣るのはボクだという事になる。

エマ一人ならば、もしかすると2人同時に相手をしても五分以上に戦えるのかもしれない。でもボクを庇いながらとなると…厳しいんじゃないだろうか? つまりだ…ボクが足手纏いになる…って事。


自分で言うのも情けないが、ボクという『お荷物』を抱えたままじゃあ実力を出し切るなんて出来やしないだろう。

『ボクの事は気にしないで』と言ったところで、エマの事だ弱いボクを見捨てて戦えるとは思えない。…見捨てられたら見捨てられたで悲しいけれど…いやいや、そういう事じゃなくてね?!

おっと、今は目の前に集ちゅ…


ゴォン!!!


うわっ?!

何?!

ブオンという一際大きな風切り音と同時に、ゴォン!という斧で木を叩いた様な音と衝撃が拡がり、思わずそちらを見ると、トンットンットンッと小さな跳躍を繰り返してエマがボクの側に寄って来ていた。

今の音は紅メッシュがハルバートで樹を叩いた音だったらしい。目を向けると、樹に食い込んだ刃を引っこ抜いているとこだった。

チッと舌打ちした紅メッシュがハルバートを肩に担ぎ、不機嫌そうにノシノシと白メッシュへと近づいていく。


「おいエマぁ…ちったぁ真面目に相手してくれよなぁ? 妹ばっか気にしやがってよぅ…で、妹の方はどううなんだ? あ? 」


「……そこそこ、やる。全部避けられるとは思ってなかった…“そこそこ”だけど…。」


「…へぇ? マジかよ。あぁなるほどなぁ、避けンのだきゃあ上手いってか? 」


ぐぬぬ…。

実際ほぼ避ける捌くに徹してたからね!

けど、その“そこそこ”に一撃も入れらんなかった上に剣を蹴り飛ばされて、軽くとはいえ肩に反撃入れられたんだから世話ァないよねぇ。ん?…って事はさそっちも“そこそこ”なんじゃないの? いや、そこそこ以下なのかなぁ? プププ〜!

…とは思っていても言わない。

油断はしないし侮らない。

実際まだ実力不足だし。

煽ってもいい事ないしネ!



「オマエも妹ばっか気にしてっからイマイチ気ィ入ってねぇしよぉ…ソイツが邪魔だってんなら、先に動けなくしとけば本気出せるかよ? ああ? 」


そう言ってハルバートの先でボクを指した。

距離があるとはいえ、剣の先端がこちらを向いているというのは中々に恐ろしい。ましてや相手はこの世界に2桁しかいない覚醒者で、手練れだ。そんなヤツにロックオンされるのは勘弁してほしいところだ… とはいっても、そうそう簡単にやられてやるつもりも無いんだけれどさ。


「ほれ、前ん時のガキみたいによぉ、妹の方をちぃっと刻んでやりゃあやる気出るかねぇ?」


…ガキ? 刻む? 何の事だ?


ビキッ…


…ん? なんの音?


「お?どうした、怒ったか?はっはぁ!じゃあ、そっちの足手纏いは先に斬っておくとするかね。そうすりゃあオマエも 」


紅メッシュがそう言いかけた瞬間

エマを中心にブワッと風が巻いた。


「…おい、もう一度言ってみろ…。」


ズンッと重い音を立ててエマが一歩踏み出す。


「…オマエ…今、なんつった…? ああ? 」


目の前に立っているエマから凄い圧力が噴き出している。コレは…怒気というヤツだろうか? 殺気みたいに突き刺さる様な感じじゃなくて、ゆっくりと鋼鉄のローラーが転がってくるみたいな…プレス機に放り込まれて時間をかけて押し潰される様な…!なんか凄く怖い!ボクに向けられている訳じゃないのに、今すぐ逃げだしたい!近くに居るだけで皮膚が粟立つ様だ!

こんな怖いエマは初めて…いや、なづなの時も、その前のあの子も、こんな怒気を放った事なんてなかった!と思う!

そもそも、こんな荒い言葉を吐くのを聞いたのが初めてだ!

怖い怖い!


「ミアを…斬り刻むって言ったのか…? 」


相手もボクに剣を向けたまま動かない。

いや、動けないのだろうか? 表情こそ笑っているが、強張っている様に見える。


「…あの子供みたいに…? 」


ビキッ…メキ…ゴギギ…ビシッ…

な…なんかエマの辺りから破壊音が聞こえて来るのだけれど…!何これ、何が軋んでるの!? 何が弾けてるの?!


「…よし、わかった。コレは使わないでおこうと思ってたけど…ミアを斬るって言ったのなら仕方ない。」


胸の前でパンッと両掌を合わせ、ゆっくりと左右に開いてゆけば、掌の間に薄蒼く光る何かが…まるで掌から引き出される様に現れた。

あれは…まさか…いや、でも、あんな形になってるのは初めて見たぞ? 違うモノなのだろうか? で、でも、この感覚は、感じられる力は…確かに覚えがある…!


「…どうしたぁ? お祈りでもしてんのかぁ? 」


お祈り…?

何を言って……もしかして掌から出てきたエマの、握っているアレ、見えてないのか?


「2〜3発ブン殴って済ましてやろうなんて思ったのが間違いだった。」


「…へぇ、ならどうすんだい?」


紅メッシュはそれでも不遜な態度を崩さずに挑発めいた笑みを浮かべている。

その挑発に動じる事もなく、ゆっくりと“それ”を片手に握ったまま大きく上段へと持ちげると、不意に、嵐の様に噴き出していたエマの怒気が収まり、凪いだ。


「…シュテルン・シュヴェールト…ザフィーア」


エマが小さく呟く様に言って、軽く…本当に軽く“それ”を振った。

まるで小枝でも振る様に。


瞬間、蒼く閃く。


「!!!避けて!!!」


振り切る直前、白メッシュが叫び、同時に横に立っていた紅メッシュを蹴り飛ばし、自らも反動で反対側に飛び退く。


キンッ!と鋭い音が響き渡り、周囲から音が消えた。木々のざわめきも、鳥の声も。全てが何かに怯えて息を潜めている様に。


…何が起こったのかは理解る。

見えもした。

けれどコレは…“この世界で、こんな事があり得るのか”と思わざるを得ない。今、目の前にある光景を、そのまま受け入れて良いのかと思ってしまう。


エマは今、自然体で立っている。

薄蒼く光る…剣、だろうか … シュテルン・シュヴェールト・ザフィーアと呼んだ“それ”を振り下ろしたままの格好で。

そして驚くべきは、その切っ先の向く地面から、紅メッシュの居た場所を通る一直線上の全てが…

『斬れている』のだ。

石も、岩も、草も、枝も樹も、全部。

真っ二つに。


「…な、なんだこりゃあ…てめぇ!何しやがった?!」


その状況を見て紅メッシュが怒鳴る。

どうやら本当にアレが見えていないらしい。

状況が飲みこえめずに斬れた岩や樹、エマへと視線を動かしているが、見たところで理解出来るはずもない。

斬れているという事実を確認出来るだけだ。


「黙れ、煩い。」


今まで聞いた中で一番低い声でエマが言う。


「…いい? 次は今みたいにゆっくりじゃないよ。本気でやるからそのつもりで。」


腰を落とし、居合い抜きの様な構えをとると、ゆらゆらと揺らめいていた薄蒼い光が強くはっきりとした形になってゆく。


「剣も持ってねぇのに何やってんだ?!あぁ!? 」


エマの姿を見て、声を張り上げる紅メッシュ。

だがこれは何処から如何見ても…虚勢だ。

未知の脅威、恐怖を前にして、紅メッシュは声を張る事で己を鼓舞しているに過ぎない。エマから噴き上がる怒気に気圧されているのは間違いない。違うというなら、今、隙だらけに見えるエマに向かって走り、斬り掛かればいいんだから。

白メッシュの方は青褪めてジリジリ後ずさっている…が『背を向けた瞬間斬られる』という予感があるのだろう、カタカタと小刻みに震えている。

もしかしてコイツら、今まで本気のエマと対峙した事がなかったんじゃなかろうか?

こんな反則級な技を持っているとは…思わなかったんじゃないのだろうか?


ボクも知らなかったんだけれど。


…エマがさっき放った斬撃が…今から放とうとしているモノがボクの想像通りの物ならば…エマの体術、剣技を伴って放たれたそれは不可避の斬撃となるはず。

放つ前に止めようとエマを攻撃したところで、全て斬り伏せられるだけだろう。居合いとはそういうものだ。先にうたせて弾こうとしても、いなそうとしても同じだ。アレに物理法則は通用しない。軌道上の全てを抵抗なく両断するだけだろう。

もし、防ごうとするのならば実質受け止めるしかないのだけれど、アレを受ける方法なんて……ボクはひとつしか知らない。しかも確実に防ぎきれる保証はない。


そして、この世界にそれを使える人間は…


そう思った時



“それ”は振り抜かれた。



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