すいんぐばい⑮
後程、加筆致します
「道具って、筆とか文鎮よね? 買い換えるの? 」
「ううん。筆は欲しいけど今はいいかな、ひと通り持ってるから。今日は墨を見たいなって思ってるんだ。」
「墨って…墨汁? 」
「あ、えっと固形のヤツ。こんな感じの…。」
なづなは指で長方形を作って見せて説明をする。
そういえば初等部でやった習字の授業では、墨を擦ってる子は少なかったっけなぁ。ほとんどの子が硯に墨汁をチューって出してハイ終了、みたいな感じだった気がする。ああ、そうだ、確か硯もプラスチック製の物を持ってる子がいて驚いた記憶がある!『何これ?!これじゃ墨擦れないじゃん?!』って。
ボク達はママの薦めで、最初から石の硯で墨を擦っていたから、初めてプラ製の硯に墨汁の組み合わせを見た時は衝撃だったなぁ。『これ、小ちゃいバケツで良くない? 』って思ったもん。
あぁ、もちろん墨汁も良い物は沢山あるから、固形の墨じゃなきゃ駄目って訳じゃないよ? ボク達は墨を擦ってる時に集中力を高めたりしてるので、やった方が落ち着くっていうか…まぁルーティーンだよね。
なづなは歩きながら、固形の墨をほとんど見た事が無かったという小梅さんに、若干の蘊蓄を交えつつ説明している。小梅さん曰く、お習字セットの中に入ってはいたけれど、何に使う物なのかよくわかっていなかったらしい。すりこぎみたいな物なのかと思ってたんだって。
「…なるほど、擦り具合で粘度を調整するのね? 」
「そうそう、だから同じ墨でも紙に乗せた時の感触が変わるんだよ。ねっとりだったりサラサラしてたり…それをね、自分が書きやすい状態にするの。小梅さんに理解りやすい例えだと…レーンコンディションの違いを自分で選べるって感じ、かなぁ? 」
「あ、なんとなくわかる。レーンに喰いつくとか回転が鈍いとか、そういうのを自分好みに設定できるって事よね? なるほどなるほど。」
「じゃあ、テニス的に言うと“速いコート”“遅いコート”みたいな感じ? それを選べるの? 」
桂ちゃん、ごめん。
その例えだとボクにはわからない。
そもそも速いコートって何?
コートに速いとか遅いってのがあるの?
「そう…なのかな、う〜ん…ラケット…は筆か…ん〜…そうかもしれない。芝のコートで芝の長さを選択できる、みたいな? 」
「へぇ、なるほどねぇ。そんなに違うんだ。」
あれ?!なづなには伝わっているっぽい?
そして桂ちゃんも納得している?!
くっ…。グラスコート、ハードコート、クレーコートがあるというのは知識として知っているけれど、その特徴や特性なんかは理解していないから全然会話がわからない。芝の長さって何に影響するの? バウンド? クッションになっちゃうって事? う〜む、我が姉ながら妙な知識を持ってるなぁ…と、改めて思う。
あ、ちなみにボクのお口チャック状態は継続中で聞き役に徹しています。
いや、ただ単にみんなの会話がなかなか面白かったから聞いていた、ってだけなんですけれどね。
少し寂れてしまった商店街を通り、小さな祠の角を曲がってお社の前の大通りへと抜ける。
普段この辺りまで歩いて来る事が殆ど無いので、なかなか新鮮な風景に感じるね。普段はどうやって来ているのかって? 車で送ってもらうか自転車でスイ〜、だね。歩いて来るのなんてお祭りの時か、初詣くらいじゃないかな? だから、あんまり風景をゆっくり見てはいなかったと思う。
…こんな所にお稲荷様があるの知らなかったし。
綺麗にされてはいるけれど、相当に古い社の様に見える。たぶん商店街をが出来た時に商売繁盛を願って建立したんだろう、なかなかに歴史ある佇まいだ。
あ…お稲荷様と言えば、伏見稲荷大社も行ってみたいな。拝殿もだけれど千本鳥居も見たいし…でもあそこは、真面に観ようとすると2時間くらいかかるって何処かのブログに書いてあったっけ…うぅ、行く時間あると良いなぁ…。
大通りに出て少し歩けば、お社は目の前だ。
小梅さんのお家はお社の西側と言っていたから、お社の参道を突っ切るのが近道だと思うのだけれど…それとなく送って行くつもりならば『楼門を観に行かない? 』とでも言った方がいいかな?
いやぁでも文房具屋さん行くって言っちゃってるしなぁ…




