ごきげんよう、お姉さま
第二話です
なんか、せりちゃんの残念さが増している気がします
ボクには前世の記憶がある
つらくて、痛くて、悲しくて寂しくて、憎くて妬ましくて羨ましくて切なくて……愛しくて
全部がない混ぜになった汚泥の様などす黒い感情が身体の中で暴れ狂っていて、行き場のない激情を“あの子”に叩きつけていた。
そんな愚か者の記憶。
だからこそ思う
手を繋いで走る
隣で微笑む“あの子”が居る
たったこれだけの事がこんなにも幸せだと
「ねえ、せり」
ボクの手を引いて走る姉が突然
「幸せだね」
ドキリと心臓が跳ねる。
「な、なに、突然、どうしたの?」
「ん〜?なんとなく?」
「なんとなくかぁ」
努めて冷静に返事はしたつもりだけれど
挙動不審じゃなかったかな?「
びっくりした。
なづな らしいねと笑ってみせたものの、正直なところ心臓はバクバクいっている。
心を読まれた訳じゃないはずだけれど、あんな黒い感情を思い出していたなんて知られたくない。
今のボクの感情ではないとしても
記憶の中だけの事だとしても
知られたくは、ない。
lスクールバスの停留所に着くと、既に何人かの学生が並んでいた。皆、高等部の制服を着ている。ボク達が通う学校は幼稚舎から初等部、中等部、高等部、大学まである女子校なのだけれど、このバス停は中高等部行きのバスが来る場所だ。
つまりここにいるお姉様方は皆、明日の準備に駆り出された高等部の方々というわけだ。
ボクらが近づくと皆一様に一度は此方を見る。
まぁ目立つよねこの髪の色じゃ。
今期に中等部2年生に進級するボクらだけれど、中等部と高等部では通学時間に若干のズレがある所為で、未だにボク達を見た事がない高等部のお姉様方には珍しがられているみたい。
それも仕方のない事ではある
何と言っても一卵性双生児で、アルビノかと見紛うほどのプラチナブロンド。更には碧と菫色のオッドアイ。
パッと見で違うのは髪型だけ。
ボクが腰まであるロングヘア
なづなはスッキリとしたベリーショートの美少女
正直、相当目立つ。
やっぱり見られているなぁ…
最後尾に並ぶ前に皆さんにご挨拶
「ごきげんよう、お姉様方」
2人で並んで手を繋いだまま、なんちゃってカーテシー
きゃぁと小さく黄色声が上がり「初めて見た」とか「可愛い」だの「あれが噂の…」だのボクらをネタに井戸端会議が始まった。
そうでしょうそうでしょう。
なづな可愛いもんね。
「はい。ごきげんよう」
最後尾に居たお姉様が返事をくれた。続けて
「貴女方が有名なホワイトジェミニなのね。噂通りで驚いたわ」
はぁ、と感嘆の息を漏らす。
…はい?
ホワイトジェミニ?え?そんな噂があるの?
なづなと2人、顔を見合わせて「?」マークを飛ばす
「そういう噂があるのよ。」
クスクスと笑いながら教えてくれたところに拠ると
曰く、双子のビスクドールが居る
曰く、まるでわざと未完成にした様なオッドアイ
曰く、2人でいる事で完成される姉妹人形
etc. etc.
「…って感じね」
「あぁ…」
「そんな噂が…」
随分と尾ひれが付いたものだ。
流石のなづなも苦笑している。
好意的な噂であるから寧ろ有難くはあるのだけれど…なんというか、小っ恥ずかしい。
「高等部には貴女達をまだ見た事のない生徒も多いもの。私みたいな外部からの受験組も結構いるから、仕方ないと諦めてちょうだい。」
そう言って控えめに笑うお姉様は、お嬢様教育を旨とする我が校の校風に随分と馴染んでいるなと思う。
バスは中高等部校舎前ロータリーに滑り込む
降車口から右手奥が中等部、正面が高等部及び職員棟の入口になっている。
ボクらは一度中等部の玄関に向かうため、お姉様方とはここでお別れだ。
軽くご挨拶して玄関へ
下駄箱で上履きに履き替えて通り慣れた廊下を歩いていく。
春休み中なだけあって静かなものだ。今日は運動部も休みな様でグラウンドからの声も聞こえない。
渡り廊下をグルリと回って職員棟の方へ向かうのだけれど、これが地味に遠い。
それでも
なづなと手を繋いで歩いていれば苦にならない
そんな事を考えているとなんとなく視線を感じてなづなの方に目をやれば、はたと目が合う。
「?」
なんだろうと首を傾げてみると
ニヘっと笑い、繋いだ手を目の高さまで持ち上げた
「なんかね、嬉しいな、って」
…膝から崩れ落ちなかったボクを誰か褒めて
そうか、コレが萌えか。そうかぁ。なるほどなぁ。
「ボクも、だよ?」
一生懸命取り繕って返事をすればエヘヘとはにかんでパタパタとボクの周りを一周する。
手を繋いだままだからボクもその場で一回転。まるで踊るように手を広げステップを踏んで、クルリクルリと。なづなが回るたびにフワリとスカートが翻りセーラカラーが靡く。手を離して2人でスピンしながら弧を描く。遊園地のコーヒーカップみたいに、メリーゴーランドみたいに。再び互いの手を取り大きく回ってカーテシーでフィニッシュ。
なづなの目を見て、半歩歩み寄る。繋いでいない左手で少し乱れた彼女の前髪を払い、頬を撫でれば、吐息が触れる程近い距離にあった色違いの綺麗な瞳が、ゆっくりと閉じられる。
少しだけ背伸びをして、愛しい姉の瞼に
口付けをする。
ちょっとだけ離れて見つめていると少し照れた様に視線を彷徨わせ、今度はなづなが背伸びをして、ボクの左の耳に口付けをする。
その時
なづなの肩越しに
ボクは見てしまった
いや、正確には
見られている事に気付いてしまった
一瞬で現実に引き戻された意識は軽くパニック状態だった。
廊下の奥、曲がり角の柱の陰に中等部の制服を着た子が2人!
両手で口を覆い、顔を赤らめて此方を覗き見ている!
これって…まさか
バス停でお姉様が教えてくれた噂の出どころって!
こういう事なの!?
2人きりだと思ってちょっとはしゃいだ行動したのを誰かに見られて、それが踊るビスクドールとか、見つめ合うホワイトジェミニとかって話になったって事?!
うわぁ!
「ななななづな?!おおお手伝い行こ?!ね?!」
なづなも一瞬怪訝な顔をしたものの、そうだね行こうと職員棟に向かって歩き出す。
それでも!
背後から熱い視線を感じる!
ああ、これは、妙な尾ひれが付かない事を祈るしかないのかな…
これからは2人きりの時でも突飛な行動は謹んだ方がいいよね
あ、でも…それでなづなが寂しそうな顔したら嫌だな…それは見たくないなぁ。
…………よし。
いままで通りで行こう。
噂の一つや二つ増えたところで、如何って事ないよ!
ボクが羞恥で死にそうになるよりも、なづなが悲しむ方が問題だ。優先順位は常になづなにある。ファーストプライオリティだ。
ボクの羞恥なんて取るにたらn…
うひぃ!恥ずかしいぃ!
でも我慢する。
後日、キスの場所の意味を知ってしまったボクはベットの上でひとり転げ回る事になるのだけれど、それはまぁ、またの機会に。
決意を新たにしたところで、高等部職員室が見えた
さて、今日はこれからお姉様方の丁稚さんだ
気持ちを切り替えて、お手伝いするとしましょう。
なづなと軽く目を合わせて、こくりとうなずく。
引き戸を開いて元気良く
「「失礼します!」」
2021 5/27 08:25 加筆修正
次はお手伝い回っス