閑話 生徒会室にて
数年ぶりに連休が潰れました…と言っても仕事という訳ではなくプライベートな予定でという事なのですが…。こんなに忙しいのは久しぶりです。むしろ仕事をしている時の方が話を考える余裕があるのは皮肉な話ですね(;^_^A
「蓬お姉さま!なんで引き留めておいてくれなかったんですか!」
突然駆け込んできたと思えば開口一番これだもの。
なんなの、もう。
今現在、私の目の前で剝れているのは執行部の後輩。
名を百合沢セリナという。
とても優秀な子で実務面では執行部の中でも群を抜いている。
正直、優秀過ぎて私達高等部メンバーですら引いてしまいそうになる。おまけに去年手伝ってくれていた中等部一年生…今の二年生だが…は、彼女についてこれず執行部入りを辞退してしまったという経緯すらある。
別に虐めた訳でも当たりがきつかったという訳でもないのだけれど『お役に立てそうにない』といって来なくなってしまったのだ。
偏に百合沢セリナの優秀さ故の結果なのである。
そんな彼女が双子に入れ込んでいるのは、件の双子に対する周囲の評価が高いというだけではなく、彼女が慕う二人の女性からの意見に依る所がおおきい。
一人は花乃。
飄々とした印象の強い子だが人を見る眼は確かだし頭も良い。私などよりずっとリーダー向きだと思うのだけど、本人は『頭を張る器じゃない』だの『面倒な事はパス』だのと…こっちだってそんな器があるかどうかわかったもんじゃないっていうのにあの子ったら……いえ、なんでもないです。
…こほん。
その花乃が『あれは良い』『何かやるタイプよ』と手放しで褒めるのだから気にならない筈もなく。
もう一人は鈴代先生。
双子ちゃん達の実姉にして明之星学院高等部の教師、そして我が校の卒業生であり伝説の生徒会長。…といっても生徒会執行部には『生徒会長』なる役職は存在しないので、周りがそう言っているだけなのだけれど。
『生徒会長』の話はまた今度にするとして…双子ちゃんの推薦を聞いた時に鈴代先生にお話を伺ったのよ。曰く『あの子達なら大丈夫でしょ。』『最初は無理でもなんとかすると思うわよ。』と仰っていたの。
鈴代先生は公私を分ける方なので身内贔屓をするとは思えない。信頼、だろうか?
それを聞いたセリナが豪く興味を示して、態々覗き見に行ったり人伝に噂を集めたり、始業式の時にじぃ~っと見詰めたり…挙句、自らスカウトに行ったり。
実際に見てみれば容姿も“どストライク”だったとかなんとか。
まぁ…後で聞いたら『スカウト』というよりただ呼び出したみたいな感じだったけれど…ホント妙な所で抜けているのよね…セっちゃん。
で、そのセっちゃん…百合沢セリナが私に対して苦情を言いに来ている、というのが現在の状況である。
「もう少し待たせてくれたってよかったじゃないですか!」
貴女ねぇ…そんな事言ったって、あなた今日は用事があって生徒会室には寄らずに帰るって言っていたでしょうに。もしかして自分で言った事も忘れてしまったのかしら? そもそも今頃来て何を言ってるの、お菊と真弓は疾うの昔に来てお茶まで飲んで、既に教室に戻っているというのに。
「随分引き留めていたのだけれど…あなたが来るとも思わなかったし、あの子達にだって予定はあるでしょうから徒に引き留めても迷惑なだけよ。 」
「それはそうですけど…!」
わかっていても愚痴を言わずにはいられない、と。
お気に入りの可愛い後輩が折角来てくれたのに、その場に自分が居合わせることが出来なかったというやり場のない不満。まぁ気持ちは理解できなくもないので聞いてあげるのは構わない。ええ構いませんとも。ですが当然、反論はさせてもらいますけれど。
「…でもでも!ずるいじゃないですかお姉さま方ばっかり!私、まだ“なづな”に会った事ないですよ!? そりゃ遠目に見た事くらいはありますけど…二人揃って目の前になんて…ず~る~い~!」
あのねぇ、それこそ言掛かりでしょう。
あの子達が此処に来たのも偶然なら今日ここに居たのが私だけだったのも偶然だし、貴女が校内に残っていたのだって偶然。そしてお菊が教室に戻る途中に貴女に会ったのも、お菊が双子ちゃんの話を貴女にしたのも、全部偶然じゃない。
私が意地悪した訳じゃないのよ?
それで『ずるい』と言われてもねぇ。
それに何、その駄々っ子みたいな言い方。
っていうか貴女、なづなちゃんに会った事なかったの? 初耳なのだけど。
「…会った事はないです…そっくりなお姉さんで髪が短い…のは見たから知ってますけど…話した事はありません。」
…あらあら、そうだったのね。なるほど。
それは確かに会ってみたかったでしょうねぇ。
とはいえ残念ながらすれ違いになってしまった訳なのだし、まぁ今回はちょっとタイミングが悪かっただけで週明けには会えるのだから諦めなさいな。
…と、突き放すのも可哀そうかしらね…?
う~ん…。
「…そんなに会いたいのなら会いに行けばいいのに。」
「そ、そうなんですけど… 」
…ですけど?
いえそれよりも…なんでもじもじしてるのかしら?
「あなた…まさかとは思うのだけれど、自分から行くのが恥ずかしい…とか思っているんじゃないでしょうね…? 」
…目を逸らしたわね…。
常々『偶に抜けてるところがある』とは思っていたけれど…私が思うよりも酷かったみたいね…。
第一、貴方が直接せりちゃんに会って呼び出しをしたのは事実だし、その場面を多数の生徒に目撃されていると言っていたわよね? みんなに囲まれて顔から火が出そうだったって言っていたと思うのだけど、気のせいだったのかしら? 違うわよね? そんな状態で“恥ずかしい”も何もあったものではないでしょうに……。
私が思いっきり大きな溜め息を吐くと、セリナは慌てた様に言い訳を始めた。別に聞かなくても何を言うのかは想像がつくけれど…
「で、でもですね、お姉さま。私が直接教室とかに訪ねて行ったら、
他の子達にも迷惑をかけるかもしれないじゃないですか。ほら、上級生って、それだけで怖い存在ですし、まして私は執行部の人間ですから、そんなのが直接教室に乗り込んだら『あのクラスは何かやったのか』とか妙な噂が流れたり…… 」
うん。
思った通り微妙にズレた言い訳を羅列し始めたわね。
私はもう一度小さく溜め息を吐く。
どう見ても思春期の女の子の「恋バナで懸命に誤魔化そうとする 」アレにしか見えない。まぁセリナは正に思春期の女の子なのだけど……この反応はなかなか興味深いわね。
「はいはい。要はお姉さまらしく見られたいんでしょ。」
あまり拗ねられても面倒だし、揶揄いつつも無難なところへ答えを持っていく。
それでも何かゴニョゴニョ言っているのは、私に対してではなくて自分自身に言い訳をしているのかしら、ね…? よく小さな子がやっているのは見るけれど、中等部最上級生にもなってねぇ…
セリナの様な目鼻立ちのハッキリした美少女の場合、普通ならばこういうポーズはあざとく見えるモノなのだけれど…不思議とそう感じないのは、普段からこういう…何と言えば良いのかしら…間抜けな一面というか、子供っぽい面? …を見慣れているから…なのかしらね?
ただ、そうねぇ…せりちゃんは兎も角、なづなちゃんがどう受け止めるのか…ちょっと心配だわ。
「…あの、お姉さま。少しお聞きしたいのですが…。」
暫くもごもご言っていたセリナが躊躇いがちに顔を上げて、視線を彷徨わせながら言葉を発する。
「ええ、いいわよ? 」
「せりと、なづな…来たんですよね? 」
…うん?
そう言ったと思うのだけど?
「そ、それで、ですね… 」
…
「ふ…ふたりは、その… 」
……
「…えっと… 」
………
「…わ、私の事…!何か言ってましたか!? 」
…………はぃ?
今、この子なんて言ったのかしら…?
『私の事 何か言ってましたか 』と聞こえたのだけれど…。
えっと、つまり…『相手が自分の事をどう思っているかが気になる』…と、そう言っているのかしら? 自分が気に入った子達からの評価が気になっている、と? 自分からはほとんどアプローチしていないのに?
私は三回目の溜息を吐いた。




