あふたーすくーるあくてぃびてぃ㊸
時間が…時間が欲しいです…。
伸ばした脚の膝に手をつき
首だけを前に向け
滴る汗を拭おうともせず
只一点
己が目指すゴールのみを見据える。
「どう、かしら? 」
…これは良いね。
ボクが撮った“走り終わった姿”と対になる様な静的な写真。
いや…寧ろこちらの方が遥かに良い。
スタート前の緊張や、先を目指す強い意思が見て取れる一枚だ。
「さっきの…せりのも良かったけど小梅のも良いわね。…なんだろう何が違うのかな…? なんかこっちの方が好みかも…。」
ああ、うん、わかる。
ボクも小梅さんの写真の方が良いと思うもん。さっき迄は自分の撮った写真を『狙い通りの写真が撮れた!』って喜んでいたのは事実だし『最高にカッコイイ』なんて思ってもいた。…思っていたんだけれどなぁ。
「でも私はこの走ってる写真、好きよ。」
アスリートっぽいもんねぇ。実際良く撮れていると思うしボクも気に入ってはいるけれど…やっぱり小梅さんのこの写真が一番しっくりくるなぁ。ふぅむ…なんでだろう?
「ねぇねぇ小梅、他のは? ないの? 」
「う~ん…あるけど、ブレてたりタイミング合ってなかったりでイマイチなのばっかりなの。…一応、見てみる? 」
「見せて見せて。ね、せりも見たいよね? 」
うん見たい。
本人評価は兎も角、もしかしたらビビッとくる写真があったりするかもしれないし。まぁ最終的な判断は椿さんや彩葵子さん達と話し合ってって事になるのだろうけれど。
小梅さんのスマホの画面に次々と表示される写真は…まぁ、その、2~3割くらいは普通に写っていました…。残りの7~8割、ですか? ええっと…
「…なるほど、これはヒドイわね。」
「改めて言わなくていいのよ? 」
手ブレなんかはカメラの性能のお陰で流石にないものの、カメラを固定して撮影してせいだろうか? 被写体である桃萌香が悉くブレちゃっているねぇ。
…で、動いていない時に狙いを絞って撮った写真の中に件の一枚があった訳だ。
「ほんとになんとなく撮っただけだったのだけど…よく撮れているって思って。」
「そっかぁ、私走る前ってこんな顔してるんだ…。」
そうだよ~、だからスタートダッシュを撮りたいなぁって思ったんだもん。ほら、普段可愛い子がさ、時折見せる真剣な表情が良いんだよ。ギャップ萌えってやつ? まぁ逆に? 普段カッコイイ人が偶に可愛い表情を見せるっていうのも捨て難いんだけれどね。
「それなら、私が可愛くすれば良かったって事? 」
いや、それだと普段通りだから何の捻りもない。
「私はいつもカッコイイでしょうが!? 」
ハイハイ。ソウデスネー。
ところで小梅さん? 何故ボクの写真まであったのでしょうか?
と、少々疑問に思った事を口にしてみる。
隣で桃萌香が『ちょっと?!なんで棒読みなの?!』とか『可愛い子に可愛いって言われても素直に受け取れないんだけど!?』とか言っているが…取り敢えず流しておこう。
「え? 特に意味は無いのだけど…なんとなく撮っておこうかなって思っただけで。いやだった? 」
ああ、別にそういう訳ではないので大丈夫です。
ボクは桃萌香を撮る以外のところに意識が向かなかったので、少し気になっただけなんですよ。
…そう。目的外であっても、すぐ隣に被写体が居たというのに…そちらには全く目もくれなかった。小梅さんという絶好の被写体がいたのにだ。
考えてみれば…そうだな例えば…小梅さんが桃萌香を撮ろうと狙っている場面を写真に収めたなら…それはそれで普段とは違う顔が撮れたのではなかろうか? なんて思ってしまう訳で。
まあ今更言っても詮無い事ではある。
これから先、機会があったら気に留められる様に反省材料としましょう。
「そろそろ始めるよ~。集合~!」
少し離れた所から陸上部のお姉さまの声が響き、散り散りになっていた短距離グループの子達が集まり始めた。どうやらタイムリミットの様だ。
幸い小梅さんが素晴らしい写真を最後の最後に撮ってくれたから、当初の目的を達している。ボク自身の手で撮れなかったのは残念ではあるが…。
「あっ…と、再開みたいだから私行くね? じゃ、がんばって。」
「うん、休憩潰しちゃってごめん。桃萌香も無理しない様にね? 」
「りょーかーい。」
挨拶を交わし走っていく桃萌香を見送っていると、短距離グループの子達が集合していく先に、ボク達に伝言を持って来てくれたヘアバンドのお姉さま…あ、お名前を聞いておけばよかった…まぁいいや。そのお姉さまが此方を見て手を振っているのに気付いた。
「さっきのお姉さまが、こっちを見ているわね…。」
小梅さんも視線に気付いていたみたいだ。
とはいえ、こちらから出来る事なんて挨拶を返す程度なのだけれど…うぅむ、それにしても何なのだろうか? なにか目を付けられる様な事をしただろうか…? そりゃ噂になる程度には色々とやらかしてはいるが…。
まぁ…考えたところで答えなど解ろうはずもないので、小梅さんと並んでお辞儀をし、そそくさとその場を立ち去る。
特にお叱りを受けた訳でもないし、呼び出しを喰らった訳でもないのだから気にしなければ良いのだけれど…『揃っているところを見たくなる』みたいな事言ってたしなぁ…何にもなければいいけれど。




