ある日のお話 終
難産でした…
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ちょ…!うるさい!耳元で叫ぶなぁ!」
「無理ですぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
……………………………………。
い…生きてる…生きてます……。
1時間は飛んでいたと思います。
…もう駄目かと思いました……。
えと…一応説明しますと…
朝、出掛けるって言われて普通に歩いて街を出たんです。この時の私は「おねーちゃんと一緒にお出掛け』と『初めて街の外に出る』事でウキウキしてました。そんなに遠くないから軽装で良いと言われたのでピクニックに行く様なつもりでいたんです。歩くからズボンにしなさいとは言われましたが。けれど、大きな道路を1時間程歩いた頃でしょうか、おねーちゃんが突然『うん、やっぱ面倒くさい。』って言って私を担ぎ上げたんです。ヒョイって。肩に。
“おんぶ”でも“抱っこ”でもなく米俵みたいに担いだんです。それで『ちょっと跳ぶからね』って言ったと思ったら、間髪入れずピョンって。
見る見るうちに遠ざかっていく地面と、お尻の方に向けて加速して行く感覚。そして、落ちては飛ぶを繰り返す度に内臓が行ったり来たりする気持ち悪さ。それが本当に怖くて…絶叫してしまいました…。
私、知らなかったんですけど…ヒトって飛べるんですね…
「そんなに怖いなら眼ぇ瞑ってれば良かったのに。」
「目を瞑ってたら何が起こってるのかわからなくてもっと怖いじゃないですか…!開けてたって後ろしか見えないんですよ?!」
「じゃ次は前向きに抱えるか。」
違います!そうじゃないんです!速度と高度!高いんです!速いんです!怖いんですってば!
「う〜ん、結構ゆっくり飛んだのだけれど…。」
「アレでゆっくりなんですか?!」
「ん?ああ、全力で飛んだら潰れちゃうからね。」
お前が。って、指を指されました。
私が潰れちゃうんです?!
それは堪忍して下さい!
「まぁ、あと二回程度…さっきと同じくらい飛べば着くから、ちょっと休もうか。」
二回?二回ですか?!あの上がったり下がったりをあと二回?時間にして2時間くらい?…嘘じゃ…ないですね…心が折れそうです。
結局一時間ほど休憩を挟んだ後…飛びました。仕方ありません、歩くには少し遠いって言う話ですし、おねーちゃんにもプランがあるのでしょうから。
ただ…ただ、これだけは言わせて下さい。
抱え方!抱え方は何とかなりませんか?!
一回目は後ろ向きで肩に担がれて、すごいスピードで遠ざかって行く景色と激しく上下する地面を一時間以上も眺め続けていたんですよ?ですから、なんとか変えて下さいってお願いしたんです。そしたらですね、出てきた案が“前向きに担ぐ”とか“脇に抱える”とか…もう完全に荷物扱いで…挙句“放り投げてキャッチをを繰り返す”とか言い出す始末ですよ。
せめて前が見える持ち方にして下さいって言ったら、今度は“シ-シー”のポーズで抱えられて…これはいくら何でも恥ずかし過ぎるので全力でお断りさせてもらいましたね。もし万が一あの格好を誰かに見られたりしたら…もうこの世にはいられません…いえ本当に…乙女の沽券に関わります…。
最終的には横抱きにされたんですが、私が育っているせいで所謂“お姫様抱っこ”になってしまいました。充分に恥ずかしいですけれど、それでもその他の選択肢を考えれば遥かにマシというものです。
最初からこうしてくれれば良かったのにと苦情を言ったら
「前に姉ちゃんをこうして運んだらさぁ『腰が痛い』って不評だったんだよ。」
ですって。
なんでも、その時は飛ばずに走ったんだそうです。
8時間くらい。
…それは腰も痛くなりますよ…おねーちゃん…。
お姫様抱っこにして貰ったおかげで怖さは相当に軽減されましたが、お腹の気持ち悪さは全く減りませんでした…。ええ、減らなかったんです。もうこれは限界という事で、三回目は明日にしてもらう事になりました。
その代わり、今日は夕方まで歩いて夜は野宿だそうです。歩いて距離を稼げば三回目が短くて済むそうなのでちょっと頑張ろうと思います。
…と言っても、私の足ではたかが知れていますけれど。
「よし、今日はこの辺りで休もうか。」
そう言われたのは夕方…といっても、まだまだ日も高く明るい頃でした。
たぶん私の体力の事を考えてくれたのだと思いますが、正直あまり進んでいませんから…明日は、またあの空中散歩をしなければならないんでしょうね…
明るいうちに野営の準備や、食材の調達を済ませてしまいます。
ピクニックというよりキャンプですね。
おねーちゃん的には今日中に目的地に着く予定だったようで、持ってきたお弁当はお昼の分しかなかったんです。目的の場所は食料がある所なんでしょうか?それとも食堂の様なものがある場所…街なのでしょうか?
…御夕飯はおねーちゃんの捕って来た鳥や魚です。獲り方もなんか凄かったですよ?石投げたら落ちてくるわ浮いてくるわで…アレを狩りと呼んでいいのかどうか…。調理の仕方は中々に豪快だったのですが、結構おいしくてびっくりしました。おねーちゃん料理できたんですねぇ。
あ、あと、果物…アケビの様な物も採って来てくれてました。
お腹もいっぱいになって、うとうとし始めた頃…
「…眠くなった?なら、こっちへおいで。」
そう言われておねーちゃんの横に移動すると、グイっと肩を引かれコロンと寝ころばされました。膝枕です…なんか懐かしい感じがしますね。
おねーちゃんは私の髪を撫でながら、ぽつぽつと話し始めます。
「…はじめてボク達が会った時の事、覚えてるかい?」
おぼろげながらですが覚えています。何処かは分かりませんが、瓦礫と化した建物の中で泣いていた私を拾い上げてくれた暖かい手と、少し悲しそうな眼をしていた貴女の顔、そして私を抱え上げた後の怒りに染まった表情を。
「少しだけ…。」
「そう。ならその所為かな。」
「…なにが、ですか?」
「君がボクを好いてくれる理由。」
「理由。」
その理由については曖昧に笑うだけで話してくれませんでしたけれど、たぶん私の記憶がない事と関係があるんじゃないでしょうか?生まれたての雛鳥が初めて目にした物を親だと思い込む…なんでしたっけ…ああ、そう『刷り込み』的な感じの何かが私にはあるのでしょう。このお出掛けだって無関係なはずありません、よね?
「…まぁ昔の話はいいや。ちょっと先の話をしようか。」
「先の…話、ですか?」
「このあいだ11歳になったって聞いたんだけど、そうなの?」
「え?ええ…はい。」
と、いっても私の正確な誕生日は解らないので、だいたいなんですけれど…
日付は、おねーちゃんと姉ちゃん先生が私に名前を付けてくれた日。それが私の誕生日です。
「今年は過ぎちゃったから…そうだな…来年。今年の分もお祝いしてやるよ。なんかほしい物とか、あるか?」
「ほしい…もの…」
実は私、あまり物欲とかなくて…こういう質問をされると困っちゃうだけで、ちゃんと答えられないんです…でも…おねーちゃんが折角プレゼントをくれるって言ってくれているのだから…何かおねだりしても……あ、そうだ。
「…旅が…したいです。おねえちゃんと…。」
「旅?ともりは旅がしたいのか?」
あ。なんか随分と久しぶりに名前を呼んでもらえた気がします。
『ともり』
おねーちゃんと姉ちゃん先生がつけてくれた名前。『この子の行く道に明るい光が灯ります様に』と願いを込めて名付けたのだと教えてもらった。
「はい。行先はどこでも良いんです…ダメですか…?」
おねーちゃんは暫く考えこんでいたけれど、反対も否定もしなかった。
「…そっか。来年は12歳だし…ちょうどいいか。」
ちょうどいい…?
「うん、じゃあともりが12歳になったら、旅をしようか。何処でも連れてってやる。世界中何処でも。」
「…12歳に何かあるんですか?」
「…ボクが…ねーちゃんが初めて生まれた所から…外に出たのがそのくらいだったんだよ。」
12歳…来年ですね。1年後…いえ1年は切っていますね。
来年の話をすると鬼が笑うと云いますけど、笑われたっていいです。おねーちゃんから旅をしようって言ってもらったんですから。
「約束ですよ…?絶対ですからね?」
「あぁ約束だ。」
「嘘吐いたら針千本ですよ…?」
「ねーちゃんが嘘吐いた事、あったか?」
…ないです。
少なくとも私は嘘を吐かれた事は無かったと思います。
…なら、おねーちゃんは本当に私を連れて行ってくれるつもりがあるんですね?一緒に旅をしてくれるんですね?嬉しいな…。
「…あぁ、ごめん、眠かったのに話が長くなったね。眠くなったら寝ちゃっていいからね?起きたら一気に飛ぶから、しっかり寝ときな。」
「…はい…おやすみ…なさい… 」
…なんか恐ろしい言葉が聞こえた気がしますけれど…もう…それも半ばどうでも良くなっていました…だって、旅の約束をしてくれたんですから。
交わした約束に満足して、私はおねーちゃんの腕の中で眠りについた。
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「…ん…。」
窓から差し込む日の光が顔に当たり、少しづつ意識が浮上してくる感覚。随分と寝ていた様な気もしますけど、気分は凄くスッキリしています。
とても懐かしい夢を見ていた様な…そんな気がしているのですが、どんな夢だったのか全く思い出せません。小さい頃の夢でしょうか?
まあ、夢なんてそんなモノですよね。見ている時は楽しい、面白いと思っているのに起きると全然覚えていない。
よくある事ですよね。
「朝ご飯出来るから、そろそろ起きなさ〜い。」
障子の向こうから母の呼ぶ声が聞こえてきます。
…あら、もうこんな時間。
特に疲れていた訳ではないのに、随分とよく眠ってしまったみたいですね。早く着替えないと寝巻きのまま担がれて……?…え?…誰に担がれるのかしら…?
自分の思考が可笑しくて思わず笑ってしまいました。
さっき見ていた夢に、そんなシーンがあったのでしょうか?どんな夢だったのか気になりますね。…そうなんです、最近は割と楽しい夢を見ている気がするのに全然覚えていないんですもの、凄く勿体無いと思いませんか?
寝巻から制服に着替えて部屋を出ると、朝御飯の良い匂いが漂ってきました。焼き魚とお味噌汁の匂い…起き抜けだというのに、お腹が刺激されていますね。
いつもの様に顔を洗い歯を磨いて、いつもの様に居間へと入り、父と母に朝のご挨拶。ルーティンワークというやつです。
朝御飯は如何にも“朝食”というラインナップで白米、味噌汁、焼き魚に納豆、御新香、目玉焼き。定番ですが、これが魂に根差しているというか…刺さるんですよね。
美味しい…特に焼き魚は絶品です。
ああ、でも開きにされたお魚もいいのですが、串にさして焼いた塩だけの味付けのお魚も美味しかったですね……あら?
そんなワイルドなお魚の食べ方…した事あったかしら…?
父曰く、父が子供の頃は釣り堀で釣ったお魚を直ぐに焼いてくれたらしいのですけれど…その話とごっちゃになっているのでしょうか?…でも、そんな食べ方も少し憧れちゃいますね。
機会があれば挑戦してみたいです。
「では、行ってまいります。」
「はい、いってらっしゃい。」
父母と挨拶を交わし、登校の為に最寄りのバス停へと向かいます。バス停と言っても、私が乗るのはスクールバスなので専用のバス停なのですけれど。
バス停に近付くにつれ、同じ制服を纏った子達が増えてゆきます。流石にこの時間だと運動部の子達ばかりですね。
…何故わかるのか、ですか?それなら簡単ですよ。みんな綺麗に日焼けしていますから。新年度が始まったばかりのこの時期で、これだけ日焼けしているのは体育会系の部活をしている子でしょう。例外もあるかもしれませんが。
新学期が始まり、新しいクラスでもお友達も出来ました。
少し気になる方も。
友人も言っていましたけれど…
楽しい1年になりそうです。
さて、誰のお話だったのでしょう?
あと、思わせぶりな事を色々と鏤めていますが、これらについても…いつか書くかもしれません。
次回から本編再開となります。
今度こそ…今度こそ普通に更新します…




