ある日のお話 続
ちょっとだけ続き。
窓から差し込む日の光が顔に当たり、少しづつ意識が浮上してくる感覚。随分と寝ていた様な気もしますけど、気分は凄くスッキリしています。
夢でとはいえ、大好きな人に会えたのだから。
良い夢でした…良い夢だったんです、けど、私としては、夢でよかったと言わざるを得ません。
だって、あんな大泣きしたりして…赤ちゃんみたいで恥ずかしいじゃないですか。
なんて事を夢現つの回らない頭で考えていたんです。
そうしたら、額に手が添えられる感覚があって…
添えられた手が、ゆっくりと髪を撫でてゆく感触。それに続いて、お腹の上をポンポンとリズムを刻む様に叩かれる感触。
子供をあやすみたいに。
「あぁ。目、覚めた?」
「…おねーちゃん…?」
「そーだよ。」
おねーちゃん、私のベッドで添い寝をしてます。
いつ帰って来たんでしょうか?
あれ?まだ夢?
ちょっと記憶が錯綜していてなんだか状況が上手く飲み込めないんですが…え〜…っと?
…あ。
…みたいに、じゃなくてあやされてたんですね。
…って言うか、昨日のアレ…おねーちゃんに縋り付いて泣いていた、アレ…夢じゃなかったんですか…また随分と子供っぽいところを見せてしまいました…恥ずかしいです。
おねーちゃんは、泣き疲れて眠ってしまった私を抱いてシェルターまで戻りベッドに寝かせた後も、ずっと傍に居てくれたのだとか。もう顔から火が出そうですよ。一生懸命大人っぽく振る舞っていたのに…台無しじゃないですか。
まぁ…どんなに背伸びしても、中身は寂しがり屋の子供だったって事なんでしょうね。それに…私ってあんなに独占欲が強かったんですね…あんなだなんて思っていなかったので、ちょっとショックです…。
「もう起きられる?もうちょっと寝てる?」
「あ、起きます…あの…今、何時ですか?」
「ん?え〜と…昼前?」
「昼前って…もう授業終わっちゃう時間じゃないですか…。」
「そうなの?」
「そうなんです。」
「そっかぁ。まぁいいじゃない、ゆっくり休めたんならさ。たまには好きなだけ寝てたって良いだろ。」
…好きなだけ寝ていたら生活が成り立たないと思うんですけど。おねーちゃんは相変わらず自由ですね…。
「ん〜…起きられるなら、一緒に起きるかぁ…。」
寝転がったままグーッと伸びをして、よしっと気合いを入れるみたいに呟いて布団を捲りもせずに一気に上半身を起こす。
つまり、おねーちゃんが起き上がったのと同時に掛け布団が剥がれた訳で。
…まぁ大方の予想通り、おねーちゃんも私もほぼ裸でした。
おねーちゃんは、シェルターに来て寝る時は大体裸で寝ていますから、あまり驚きはしないのですけど…私まで脱がされているとは思いませんでした。
……そういえば、おねーちゃんの亡くなった双子のお姉さんは、寝てる時に寝巻きを脱いじゃったり、一緒に寝てる人を無意識に脱がしたりするクセがあったって聞いた覚えがありますね。
姉ちゃん先生も何度も何度も、数え切れない程被害に遭ったと言ってましたっけ。
…なのに何故一緒に寝てたんでしょう…?
おねーちゃんの着替え?は一瞬で済んでしまうので、私も早く着替えなきゃなりません。何故なら…
「別にその格好でもいいだろ。前はそんなんで走り回ってたじゃないか。」
ほら、これですよ。
良いわけないじゃないですか。
下着一枚で走り回ってたって一体いつの話です?
ああ、いや、反論してる暇なんてありませんね。ここでモタモタしていたら、本当にこの格好のまま担がれて外に連れ出されかねないんです。流石にもう恥じらいというものがありますから、下着姿で外を歩く様な事は出来ません。
「よし、じゃあ行こうか。」
「…私も行くんですか?」
「うん?一緒に行くでしょ?用事でもある?」
「え?…いえ、特には… 」
「なら行くよ。先ずは姉ちゃん先生ン所かな。」
「姉ちゃん先生の所って…家で待っていれば帰って来るのでは?」
「待ってるよりこっちから行った方が早いだろ?」
いえ、まぁそうかもしれませんが…わざわざ此方から出向く程急ぐ用事なのでしょうか…?待っていても時間的には大差無さそうな気もしますけど…とは言っても一度決めたらなかなか意見を曲げない人ですから……わかりました、行きますよ。ご一緒します。
学校まではほんの15分程の距離だけれど、この時間に通学路を学校に向かって歩く事なんてなかったから…とても変な気分です。
何かこう、いけない事をしている様な…冒険しているみたいな感じとでも言えばいいんでしょうか?
「あの、先生に用事なんですか?」
「ん?ん〜…用事って言うか、許可を貰いに?」
許可?許可って何の?おねーちゃんが姉ちゃん先生に許可して貰わなきゃならない事って…何かありましたっけ?思いつかないんですけれど…?そもそも今迄だって、勝手に何かやった後で叱られたり呆れられたりしてたのに…許可?わざわざ?…あ、だからですかね?
「今回のは勝手にやったら誘拐になっちゃうからね。流石に叱られるだけじゃ済まないと思うんだよね〜…。」
誘拐?!
誘拐って言いましたよね?!
随分物騒な事を言ってますよね!?
え?!
ちょっと待って下さい!
何をするつもりですか!?
「だからぁ、許可を貰うんだってば。」
あ、そうか、誘拐にならない様に許可を得るんですよね。
…という事は誰かを連れて街の外に出るつもりなんでしょうか?
街の外周部には結界があるから比較的安全だけど、大人と一緒じゃないと行ってはいけないって言われてるんです。その外側には絶対に出るなと。
軍隊の人と一緒か、おねーちゃんがついている時以外は。
今回はおねーちゃんが連れ出すのだから、出る事自体は問題無いんです。ただ、姉ちゃん先生に許可を…というのなら、子供を連れ出すって事なんでしょうね。姉ちゃん先生が面倒を見ている…私の様な境遇の子達の内の誰か、という事になります。
以前も上の子を連れて行った事がありましたから、今回もそれと同じなのかもしれません。
問題は誰を連れて出るつもりかですが、私より年上の子が3人程居ますから、その子達の内の誰か…なのでしょうね。
良いなぁ…私も行ってみたいなぁ…おねえちゃんと一緒に…
そうこうしているうちに学校に到着です。
時間的には間も無く授業が終わり、親御さんがお迎えに来る頃合いなのですが…まだ誰も来ていませんね。
おねーちゃんは勝手知ったるとばかりに校舎の中に入り、廊下をずんずんと進んで、誰もいない職員室の隅にある応接スペースにどっかりと腰を下ろしました。
なんというか、傍若無人?無遠慮…でしょうか?この前習った気がするのですけど…意味は合っていますか?
「おいで。」
座って良いものかと迷っていると、おねーちゃんが私を呼びます。自分の横を指指して、ここに来いと。
たったこれだけでなんとなく嬉しくなってしまうのは何故でしょう?昨日から自分が幼くなっている気がしてなりません。
キーンコーン
授業終了を知らせるチャイムが鳴り、廊下の方から子供達の声が聞こえ始めます。いつも通りならば、私と同じ寄宿舎暮らしの子が親御さんが迎えに来る迄小さい子の相手をしたりしているはずです。
まぁ、お仕事が大変で迎えに来られない親御さんもいますので、そういう所の子は年長者が送って行ったりしています。年配の方は『昔に戻ったみたいだ』と仰ってましたっけ。
暫くして職員室の扉が開き、姉ちゃん先生と数人の先生方が入って来ました。
「お?おそよう。どしたの?こっちに来るなんて珍しいね?」
「お・は・よ・う、姉ちゃん。」
おねーちゃんが作り笑顔でわざとらしく答えます。
姉ちゃん先生は特に気にする風でもなく、自分の席に教科書や名簿を置いてからおねーちゃんの向かいの席に座っりました。
他の先生方とも挨拶を交わしていたおねーちゃんも、一度周囲を見回した後、正面に座った姉ちゃん先生に向かってグっと身を乗り出して、少し抑えた声で切り出します。
「こいつを外に連れて行く許可を貰いに来た。」
『こいつ』というのは、どうやら私の事みたいですが…
外に?連れ出す?
「もしかして見つかったの!?例の物!」
「そのものじゃないけどね。ほぼ同じ物。」
「…そっか…そっかぁ…良かったぁ。」
え…っと、どういう事でしょうか?見つかった…物、と言ってましたから家族とかではないですよね?まぁ見つかったのが家族だったとしても、記憶が無いんですからどうしようもありませんけど。
一応整理すると、おねーちゃんが探していた物が見つかって、それが如何やら私に関わりがある物…という事でいいのでしょうか?
「いいよな?姉ちゃん。」
「ええ、当然よ。」
「よし。って事で明日早速出発するからな。」
あ、はい。
……え?




