ある日のお話
あけましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりました。
昨年最後の更新が超短編となってしまい、反省ばかりの年の瀬になってしまい申し訳次第もございません。今年こそはしっかりと更新して行きたいと思いますので、お読み頂けたのなら幸いに思います。
本年も宜しくお願い致します。
今回は番外編です。
「ねえ、おねーちゃん、次はいつ来てくれるの?」
「ん〜そうだなぁ…チビ達が良い子にしてたら、またすぐに来るよ。」
「ほんと?!」
「ねーちゃんが嘘吐いた事あったか?」
「んーん、ない。」
「だろう?またお土産持って来るから、姉ちゃん先生の言う事聞いて良い子にしてな。」
はぁ〜いと元気な返事を返す子供達。
私もその中の1人ですけど。
ここに居る子供達の年齢はバラバラで、下は赤ちゃんから上は12歳くらいまで、大勢の子が居ます。私は10歳…もうすぐ11歳になりますから、子供達の中ではお姉さんになりますね。
『ここ』というのはシェルターと呼ばれる場所で、侵略者という人達に襲われた都市部から避難して来たたくさんの人が暮らしているんです。子供を失った親、親を亡くした子供、大事な人を奪われてしまった人達が身を寄せ合って出来た街です。
そして『おねーちゃん』と呼ばれているこの人は、私達の先生…みんなは姉ちゃん先生と呼んでいる人の妹さんなんだそうです。
妹さんという割にはあんまり似ていなくて、最初に紹介された時は皆んなして『うっそだぁ』なんて言ってたらしいです。だって、先生は黒髪黒眼ですけど、おねーちゃんさんはとても綺麗な銀髪碧眼ですし、顔立ちもかなり違いますもの。そう思うのも無理ないんじゃないでしょうか?
あ、『言っていたそうです』というのは、私がその時の事を覚えていないというだけの話で、後から聞いた事だからですね。
私は、姉ちゃん先生や他の先生方が、この場所に子供達が住む為の家を作ってくれた最初の頃からお世話になっていますが、私をここに連れて来てくれたのは、おねーちゃんさんなんです。
なんでも、瓦礫の中で泣いていた私を拾って来て姉ちゃん先生に預けたのだとか。そんな犬猫じゃないんですから、もう少しオブラートに包んだ言い方をしてほしいな、なんて思うのは贅沢でしょうか?
…おねーちゃんさん相手には贅沢な話なのかもしれませんね…あの人は迂遠な言い方とか一切しませんから。
それは兎も角、です、私はおねーちゃんさんに助けてもらったらしいのですが、実はその時の…いえ、正確にはそれより以前の記憶がすっぽりと抜けているんです。自分が何処に居たのか、何をしていたのか、家族がどうなったのか…全部。
気がついたらおねーちゃんさんに抱えられていた、という感じですね。
自分を抱えている人が誰なのか気にならなかったのか…ですか?そうですね…気にならなかった訳ではないのでしょうけど、寧ろ怯えていてそれどころじゃなかったんじゃないでしょうか?…なにしろ私も小さかったですし、自分が誰かもわかりません。それに、うろ覚えでしかないのですけれど…自分を抱えている人が、凄く怖い雰囲気を放っていた気がします。
あ、今はそんな事ないですよ?
すごく優しい“おねーちゃん“です。
私が此処で暮らす様になってから随分経ちますが、おねーちゃんさんは居たり居なかったりです。こういう人を風来坊というんだと教わりました。
いつもフラッと来てはフラッといなくなっちゃう不思議な人でしたが、毎回毎回お土産と称して変なお面とか彫刻とか、いろんな物を持って来てくれたんですよ、おおよそ子供向けの物じゃありませんでしたけれど。
まぁ子供達にとっては“ねーちゃんさんが持ってきてくれた“という事の方が重要だったんだと思います。
私もそうでしたから。
「ほら、ねーちゃん行っちゃうよ?挨拶は?」
姉ちゃん先生にそう言われて、私も挨拶をするべくねーちゃんさんの側に歩み寄り下から見上げる。こうしてみると私も随分と背が伸びたのだと実感しますね。初めて会った時はあんなに高い位置にあった顔が、今はこんなに近くにあるんですから。
それでも私より頭ひとつ分は背の高いねーちゃんさん。
ニコニコと微笑みながら私の頭を乱暴に撫でて言います。
「いつも姉ちゃん先生を助けてくれてるんだってね…ありがとう。それでさぁ…あいつさ、ちょっと頑張り過ぎちゃうところがあるからさ…ちゃんと見ててやってほしいんだ。」
「私が先生を、ですか?」
「そう。頼める?」
「…先生の助けになれるとは思えないのですが… 」
普段の家事や小さい子達の世話なんかは手伝ってはいる。けれどそれが助けになっているかと問われたら…果たしてどれほど役に立っているのか…。
「難しく考えないでいいんだよ。傍に居てくれれば、ね。」
傍にいれば良い…というのがどういう意味なのかは理解らないけれど、もし言葉通りの意味ならば…私にも出来ると思いますけど…
「…わかりました。なるべく傍にいる様にします。」
うん良い子だと言って、また頭を撫でてくれます。おねーちゃんさんの中で私はまだまだ小さな子供なんでしょうに、その私に頼み事をするくらい、先生の事を心配しているんですね。
ちょっと羨ましいです。
いつもと同じ様に振り返りもせずに街を後にするおねーちゃんさん。そうなんです、いつも振り返ってくれないんです。おねーちゃんさんにとって別れというのは何でもない事、日常だからいちいち心を残したりしないんだって先生方は言うのですけど…そんなものなんでしょうか?よくわかりません…。
おねーちゃんさんがお出掛けしても、私達の日々の暮らしは何も変わる事はなく、大人の人達は畑を耕したり壊れた建物を修理したり瓦礫を片付けたりと忙しく動き回り、子供達は『世界が正常に戻った時に困らない様に』という大人達の意向で勉強をしたり運動をしたり、普通の学校に通っているのと同じサイクルで生活を送っています。
3ヶ月ほど経った頃、なんとなくおねーちゃんさんが歩いて行った方角を眺めていたんです。あっちの方向に行ったんだから、同じ方向から帰って来るのかなと思って。
そうしたら、街の外れの道端に誰かが立っているのが見えたんです。
「おねーちゃん!?」
思わず駆け出していました。
走って走って、街の外れまで走って。
向こうから歩いて来る人が誰なのか、はっきり見える所まで来た時、
おねーちゃんさんがギョッとした顔をしているのがわかりました。
途中から走るのをやめて、歩いて近づき、おねーちゃんさんの前に立った私を見て
「…誰だ?」
誰だって…私の事、忘れちゃったんでしょうか?たった3ヶ月で?いくらなんでも、それは哀しいですよおねーちゃん…
「誰に、何をされた?」
おねーちゃんさんの顔がみるみるうちに怒りに染まって行くのを見て、何か誤解されている事は分かりました。
「…え、いえ、何もされては… 」
そこまで言って初めて気付いたのですが…どうやら私、泣いていた様です。自分の頬を流れる涙に気づいていなかったんです。
けれど、一度気づいてしまったらもう止まりません。
次から次へと溢れる涙に、私も、おねーちゃんさんも、ただただ狼狽するばかりで。
「あ、あの、これは、違うんです… ただ、その、寂しかっただけ、で…… 」
寂しかった。
自分で口にして、ようやく理解出来ました。
私は寂しかったんですね。
姉ちゃん先生を気にかけるのを羨ましく思ったのも、去り際に振り返ってもらえなかったのも全部、自分が気にかけてもらえなかった様な気がして…寂しかった…
「そっか…。」
涙を流したままの私の頭をいつものように撫でてくれる。
『いつものように』たぶん、これも寂しいと感じている理由のひとつなのだと思います。
きっと私は…特別扱いされたいんです。
おねーちゃんの特別になりたいんです。
姉ちゃん先生みたいに、信頼されたい。
姉ちゃん先生みたいに、心配されたい。
子供扱いされたくない。
子供扱いしてほしい。
放っておいて。
もっと構って。
行かないで、傍にいて。
連れて行って、傍にいさせて。
そんな自分勝手な気持ちでいっぱいになって。
今度は自分の身勝手な考えが情け無くなって…
おねーちゃんに縋り付く様に泣いていました。
結局、私は…わがままな子供なんです。
その後おねーちゃんは、ずっと私を抱いていてくれました。小さな頃と同じ様に。




