えぴそーどおぶおーでぃなりー⑦
あの人が再登場。
「ちょ…!ちょっと…!せりさんっ!待って…!」
彩葵子さんの手を引いて階段を駆け上がっていたら、その彩葵子さんからストップがかかった。
立ち止まって振り返ると胸を押さえてぜぇぜぇ言ってるじゃないですか。あらま。ちょっと急ぎ過ぎたかな?ごめんね、大丈夫?
「あ…あなた、ちょっと、体力…ッ…!」
ヒーッヒーッ、ゼーッゼーッ…
がっくりと膝に手をついて、懸命に息を整えようとしているけれど全く治まらない。…そんなに息が切れる程は走っていないと思うんだが…ふぅむ…
もしかしてボク、体力が付いてきてるのかな?確かに、ここ数ヶ月で体型も変わったし身体のキレも増したような気はしていたけれど…。う~ん成長期。
「…~っ…はぁ~…ふぅ…せり、っさん…って、こんなっ、体力っ、おばけ、だったっ、のねっ…はひっ…~っ 」
体力おばけっ!
いやいや、そこまでじゃないでしょう!?
フルマラソンを走った訳でもあるまいし!
体育系の部活やってる子なら余裕でこなすと思うよ?!桂ちゃんだって、このくらいだったら余裕でしょ!?雨の日なんかに階段ダッシュとかしてるじゃない?!いやまぁ、ボクは運動部じゃないから?同列に語るなって言われたらそれはそうなのだけれど!?
「…ふぅ…やっと落ち着いてきたわ…体育祭でもないのに、こんな息を切らすなんて…。」
彩葵子さん?体育祭の前に、体力測定や球技大会なんかもあるんですよ?年明けにはマラソン大会だってあるし…あ、さてはかる~く流すタイプだな?
「…そうよ。」
そっかぁ…ボクはマラソン大会好きなんだよね。特にゴールした後のお汁粉が美味しくてさぁ。ついつい御代わりしちゃうんだよねぇ。…いかん食べたくなってきた。
「それ、お汁粉が好き…の間違いじゃないの?」
『も』だよ『も』!お汁粉『も』
走るのだって充分好きなんだって。特に持久走はね、ボクが なづなを励ませる数少ない競技だからね!貴重なんだよ?
「へぇ…せりさんみたいにお姉ちゃん大好きでも、負けたくない気持ちはあるのね。」
そりゃあ、あるさ。
だってボクの望みは『なづなと生きる』事だからね。一緒に生きるのなら、守られるだけ、与えられるだけじゃなくてさ、守りたいし与えたじゃない?それには相手より優れたところの一つや二つ持ってないと、ね。
…っと、これも言えないなぁ。
中学生にしては重過ぎるし、中二病だって言われちゃいそうだもん。自重自重。
「まぁね。なづなには対等に見て欲しいから。例えるなら、高めあうライバル…的な?」
「ふうん…変わってるわね。」
「え、そう?」
「そうよ。」
短くそう言うと、前屈みになっていた体を起こし上を向いて「ふぅ」と、大きく息を吐いた。ようやく息も整ったらしい。
「ごめんなさい、もう大丈夫よ。」
ん。じゃあ行こうか。
ボクが手を出すと、彩葵子さんも手を取ろうとして、一瞬躊躇して手を引っ込めた。手を取ろうか取るまいかと逡巡して空中で行ったり来たりしてる。
ホバーハンドってやつだネ。
「あの、もう…走らないわよね?」
…走らないよう。
歩いたって数十秒で着く距離だよ?
走る意味ないじゃん。
第一ここで走ったら足音丸聞こえなんだから、生徒会室に入った途端にお小言戴く羽目になると思うんだけど?
「…それもそうね。」
覚悟を決めた様にボクの手を取り、そそくさと歩き出す彩葵子さん。あはは、まだ照れ臭いんだ。でもちゃんと手を取ってくれるんだから優しいよね。
真っ直ぐ歩いて廊下の突き当たり、西の端にある扉。
他の部屋に比べても格段に豪華で重厚な観音開きの扉。校長室とか理事長室だと言われても、納得してしまうであろうその扉の奥が、生徒会執行部の居室。
麗しのお姉様方の座す場所。
通称『リリィガーデン』
「な、なんか凄い威圧感、ね… 」
彩葵子さんもそう思う?ボクもだよ。ホントに…こうも豪華だと場違い感が半端なくて、ちょっと気後れしちゃうよね。まぁお使いで来てるんだから引き返すって選択肢ははなから無いのだけれど。
ひとつ深呼吸して、ノックする。
…返事がない…
あれ?誰もいないのかな?
彩葵子さんと顔を見合わせて首を傾げる。はて?
もう一度ノックして、今度は声もかけてみる。
「ごめんくださーい。」
「…どなたかいらっしゃいませんかー?」
「ぶフッ!」
突然、隣から変な声が聞こえたので驚いてそちらを見たら、彩葵子さんが顔を逸らして肩を震わせていた。
…笑ってる?
「え、どうしたの?ボク変な事言った?」
「…ちっ、違うの…おかしくない、おかしくないしっ、間違っても、ない、わ。」
まだ笑ってらっしゃる。
妙なところにツボがあるなぁ…。
「なんか声のかけ方が、回覧板を届けに来た近所の小学生みたいだったから、つい… 」
あ、あ〜確かに。
今のは確かにそんな感じだった。
お向かいのお婆さんのお宅にお届け物する時とか、あんな感じで声をかけてるもんな。言われてみれば、まんまかもしれない。…にしても小学生と同列扱いかぁ、別に良いけれど。
ま、それはそれとして。
やっぱり返事がないね?
不在なのだろうか?そりゃまあ如何に役員、幹部といえど四六時中生徒会室に籠っている訳じゃないだろうけれどさ、放課後なんだし居ても良さそうなものだがなぁ…。
「ごめんくださーい。」
「はぁーい。」
うひゃあ!!
返事があった!背後から!またこのパターン!!
ぐぬぬ、最近こんなんばっかり…!
新学期に入ってから何度目なんだか…!
いい加減ね?背後の気配くらい感じ取れる様になりなさいよボク!
「どうしたの双子ちゃん、あら?今日はパートナーが違うのね?」
「蓮お姉さま?!」
「あら、名前覚えてくれてたのね。」
そりゃ覚えてますよ。
ていうか何故こちらに?執行部の方…ではありませんよね…始業式の時、執行部の列の中にはいらっしゃらなかったはずですし…
「…よく見てるのね。ええ、執行部に所属している訳ではないのよ。此処には用事でよく来るけれど。それはそうと、ここに用があって来たのでしょう?入らないの?」
「いえそれが…ノックしてもお返事が無いものですから、不在なのかと…。」
「そんなはずは…ああ、奥にいるのかしらね?」
ちょっとごめんね、と言いながら扉に手を掛け押す。
おぉ!内開きのドアなのか!珍しい!って事は中は結構広いんだ。へぇ。
さぁどうぞ、と蓮お姉さまに促され中に入れば、広々とした応接スペースのような空間が広がっていた。生徒会室っていうから、もっと事務的な部屋を想像していたのだけれど、ここは“生徒会室”と言うより“社長室の応接間”といった趣きだ。調度品も古い物だが恐ろしく質が良い。あのアンティークの飾り棚、オーク材じゃないかな?すっごい重厚感。あ、こっちの本棚は黒壇だ。
ほへぇ〜…と辺りを見回していると
「こっちよ、双子ちゃん。」
と、左手奥の扉を示された。
こちらも重厚な両開きの扉。
…絶対社長室だって、ここ。
蓮お姉さま、つかつかと扉に歩み寄ったかと思うと、バンッ!と思い切り扉を開け放った。そして同時に、
「ちょっと!ここは開けておきなさいって言ってるでしょう!ノックされても聞こえなかったんでしょ!?お客様が廊下で困ってたじゃない!」
その“お客様”の前で部屋の住人を叱り飛ばすのもどうかと思いますが…ここは黙っておきましょう。てか蓮お姉さま、こわ。
向こうの部屋からは『え、そうなの?ごめんなさい』とか、『全然気づきませんでした…』とか、『ごめ~ん閉めたの私だわ』等々、複数人の声が聞こえてくる。
なるほどこれだけ人が居るのに誰一人聞こえなかったのか…。
かなり遮音性の高い造りになってるんだね。
…やっぱ社長室なんじゃないの?
「ほら、お客さんがいるって言ったでしょう?シャンとしなさい。セっちゃん、お茶煎れてくれる?」
「はぁ~い。」
…せっちゃん?
「どうしたの?そんな所にいないで入ってらっしゃい。」
あ、はい。
一つ目の扉の前で待機していたボク達に向かって、蓮お姉さまが手招きする。
うん、これはもう入るしかないよねぇ…彩葵子さん?
「…せりさんって、高等部のお姉さまとお知り合いだったの…?」
え?ああ、うん。入学式と進級式の設営の時と撤去の時にね、ご一緒したんだ。中等部から手伝いに出てる人って殆どいなかったから結構目立ってたみたいでさ、いろいろ良くしてもらってね。撤去のあとみんなでお茶しに行ったりしたんだよ。
「ああ、それで。」
そんな話をしながら奥の扉へと進む。
先ずは室内にいらっしゃるお姉さま方に向かってご挨拶だ。
「2年1組、鈴代せりです。失礼致します。」
なるべく優雅に。ゆったりと。淑女らしく。
お辞儀をし、直った瞬間
どーーーーーん
横から体当たり喰らった。
うおおおぉぉい!?
いや、これは、体当たりってゆーか、何か…誰かが飛びついて来たんだ。
勿論この程度で倒れたりはしませんよ?不意打ちだったんで半歩よろけちゃったけれど、これくらいなら余裕で支えられますって。
…それは良いんだけれど、何事?!
体当たりして来た人は体重のほとんどをボクに預けたまま、しがみついている様な状態です。
…だから何事?!
「なになに!?せり、私に会いに来てくれたの?!あ、それとも執行部に入りにきたの?!」
ボクにしがみついていた人が、べりッと体を離してそんな事を捲くし立てる。へ?会いに来たって…誰に…って、あ。
「セリナ様?!」
11/26
若干、言い回し等を修正。




