おはようお姉ちゃん②
期待と不安が同居する感覚
新しいクラス
新しい教室
新学期です
ああ、夜が明けた。
膝を抱えて眠っていたボクは、
顔に当たる光に眉を寄せる。
眩しい。
ずっと暗くてもいいんだけどな
起きたって何がある訳でもないし
どうせみんないなくなるし
どうせすぐに壊れちゃうし
どうせ
どうせ…
窓から射す光が頬に当たる。
ああ、朝だ。
よく晴れた、とても良い天気みたい。
枕元の目覚まし時計を見れば、まだ6時前だった。
今日は進級式と入学式があるから、少し早めに出て準備しなきゃいけない。
具体的には新入生の胸に飾るリボンと生徒手帳を、講堂の前で新入生の子達に付けたり渡したりするので、その準備が必要なのだ。普通ならこれは中等部生徒会の役目なんだけれど、生徒会所属のクラスメイトから、是非手伝ってくれと懇願されて2人で引き受けてしまった。
NOと言えなかったんです。
押しに弱くてすいません。
それにしても、リボンを付ける係かぁ。
生徒手帳のお渡しなら特に問題はないのだけれど、最近は小学生でも背の高い子って多いじゃない?
スポーツやってる子とか170cm以上ある子だっているじゃない?
ボクね。自慢じゃないけど、大きくはないのよ。
13歳女子の平均より少し、少しね?!小さいの。
それでさ、胸にリボン飾る時に見上げなきゃいけないんじゃないかなぁ…って。本当なら少し屈んでリボン付けてあげて、目線を合わせて「入学おめでとう。」って微笑むとか、そういうお姉さま的な方が良くない?カッコよくない?!憧れのお姉さまって感じで!
それはともかく
今日も朝からお手伝いなのだ。
後輩が出来るとか、なんか緊張する。初等部の頃だって下の学年の子達はいたのだけれど、中等部に上がってから出来る先輩後輩って、なんか違う気がするんだよね。上手く言えないけれど。
そんな事を考えていたら、プレッシャーだろうか?胸が苦しくなってきた。こう、キューっと、締め付けられる様な感覚、痛みが、胸に、物理的に。
…物理的に…?
布団を捲ると、そこにはプラチナブロンドの短めの髪が見える。
うん。そうだよね。わかってた。
ポンポンと撫でて、その綺麗な髪に声をかける。
「おはよう、なづな。」
「ん…。」
もぞりと頭が動き、顔を上げてボクを見る
暫くポヤ〜と見つめてきて二ヘラって笑う
「…おはよう、せり」
そう言って、またボクの胸に顔を埋めようとする。
あれ?昨日もこんなんだったよね?
あ。もしかして。
手を動かしてなづなの身体を撫でてみると、うん。やはり思った通りだ。着てない。
さわさわと背中から腰へと手を移動させる。
うん。やっぱりだ。履いてない。
「くふっ、うふふふ…くすぐったい…。」
「また裸で寝て…風邪ひいたらどうするの?」
「くっついていれば温かいから平気、だよぅ。」
小さい頃から、なづなは裸で寝る事がよくある。何か理由があるのか聞いた事があったけれど、明確な理由がある訳ではないみたいだった。
裸で寝ると気持ちいいとか、くっついていると温かいとか、せりと一緒の時だけだとか、そんな事を言っていた。
ボクと一緒の時だけなら、まぁいいかと思わなくもないのだけれど、半年ほど前から急激に体型が変わってきていてどんどん綺麗になっていく為、目のやり場に困ってしまう。
引き締まっていて、まるで皮膚の下に生ゴムでも充填してあるんじゃないかというくらいに張りがある。それなのに触るとしっかり柔らかいとか。ホント女の子って不思議。いや、ボクも女の子なのだけれど。
また話が逸れた。
「なづな、起きないと。」
「んぅ、あと5分…」
今日は謙虚だな。
「だーめ。今日は生徒会のお手伝いがあるんだから。頑張って新入生にお姉さまっぽいところ見てもらおうよ?」
のそりと起き上がり大きく深呼吸。
「よし!」気合と共にベットから駆け下りドアへ猛ダッシュ。一瞬で覚醒するのはいつもの事なのだけれど、直後に全開で活動出来るのは凄いと思う。おっと!それよりも。
「なづな!」
ドアに手をかけたところで呼び止める。
「今日も可愛いオシリだね。」
ピタリと止まっていた彼女が、視線を彷徨わせながらゆっくりと振り向き、頬を朱に染めながら
「…えっち」
思わず吹き出してしまった。ツボった。笑いが止まらない。昨日と同じ様な状況で違う言葉をかけたのに、反応が同じなんだもん。可愛いなぁ。
着慣れた制服に袖を通しセーラーカラーを整え、タイもピシッと決める。スカートのプリーツもママがアイロンをかけてくれたお陰でバッチリだ。
なづなは結局、下着だけ着けて階下に降りてしまったので衣紋掛けごと下に持っていく事にした。
「ママ、すずな姉ちゃん、おはよう。」
「おはよう。顔、洗っといで。」はーい。
「おはよう。よく眠れた?」大丈夫、ぐっすりでした。
ハンガーラックに制服を掛け、洗面所にいくと、歯ぁ磨いてた。下着姿で。仁王立ちで。なづなが。
あまりの絵面に笑いを堪えながら
「制服、リビングに下ろしてあるから。」
「ん。ふぁひはふぉ。」
歯ぁ磨きながら喋らなくていいよ。
朝食を摂りながら今日の予定を確認する。
まず、中等部生徒会を中心としたメンバーで中等部新入生にリボンを付け、クラス毎に講堂に移動してもらう。その後、中等部高等部の2、3年生は体育館へ移動。進級式を行う。
中等部は入学式が終わり次第教室に移動してもらって、校庭に集合した高等部新入生が講堂へ移動する。
その際、実行委員及び進行担当者は式を抜けて裏方作業に従事する事になるはず。
花乃お姉さまは設営進行部門と言ってらっしゃったから、きっと裏方してるんじゃないかな?
我が明之星女子学院には、統括生徒会という中高生徒会の複合組織が存在しており、式典やイベントの企画、実行許可を出すのだけれど、式典の運営進行は実行委員会が行う。
…だがしかし。
昨日の出来事を思うと、ちゃんと式典が執り行えるのか甚だ疑問である。マジ心配。
なんにしろ、ボク達は進級式後のHRを終えた時点で体育館へ移動していれば問題ないはず。もしかすると、講堂で捕まって高等部入学式の手伝いさせられるって可能性もあるけれども。
それはそれで。
む〜ん、と予定行動指針を睨んでいると、なづなが後ろからボクに覆い被さって一緒に覗き込む。
「結構慌ただしい、ね。」
「全くだねぇ。」
ボク達も講堂の外でリボン付け、体育館で進級式、教室でHRか。いちいち下駄箱経由してたら面倒だなぁ。
「上履きと靴、持って行動するのが効率的かな?」
「あ。そうだね。その方が良い、かも。」
後ろから抱きついてくる、なづなの髪を弄りつつHR後の撤去作業の話へと進む。
進級式の撤去と言えばフロアシートが一番の重労働だけど、手順的にどうしても最後にならざるを得ない。
しかも、シート1枚の重量が半端なく重い。絶対に人数が必要だ。あ、そうすると…
「体育館シューズもいるのか…。」
「え?あ、そうか。シート剥がしたら上履きじゃダメ、なんだ。」意外と手間がかかるねぇとボクに体重をかけてくる。そうなんだよね。理由は何だっけ?普通の靴だとアウトソール?の色が床に残っちゃうとか、ソールの硬さの所為で滑り易いとか…だったような?よく覚えてないや。
「今度はエアーアーチ、次回使う時にちゃんとわかる様にしておかなきゃいけないねぇ。」
「これから何回もお世話になりそうだもんね。」
「さて。そろそろ行かないと。」
すずな姉ちゃんが立ち上がりママと行ってきますのハグを交わす。丁度いい、ボクらも一緒に出よう。
「ボク達も一緒に出るよ。」
「まだちょっと早いよ?」
「早く着くぶんには、損はないから。」
たまには一緒に行こう?って甘えてみたら、お姉ちゃん大喜びでした。
早く着いて向こうでゆっくりしてれば良い。もしかしたら出来る事があるかもしれない。
ボクとなづなも、ママに行ってきますのハグ。
「「「行ってきま〜す」」」
3人で通学路を歩くのは随分と久しぶりな気がするなぁ。
すずな姉ちゃんを左右から挟み腕を組んで、バス停まで徒歩で5分弱、取り留めもない話をしながら歩く。
スクールバスには、流石にまだ早いのか誰も乗っていない。ボク達の貸切だ。なんか得した気分。
気分だけだけど。
学校のロータリーにはもう人影がある。
先生方と高等部のお姉さまが数人、何やらマニュアルの様なものを囲んで相談しているみたいだ。
「私も職員室行って、仕事しなきゃ。」
「ん。無理しないでね?」
「そうだよ。ボク達も手伝うからさ。」
んふー愛いやつらめ〜とか言いながら2人纏めて抱きしめられた。あはは、くすぐったい。
ボク達とっては、すずな姉ちゃんも
“愛いやつ”なんだよ?
すずな姉ちゃんの頬に
左右からキスして
「「がんばろ。」」
ちょい短めですね
私が学生の頃は、
校内で履く靴を「上履き」
体育館で履く靴を「体育館シューズ」
体育の時校庭で履く靴を「運動靴」
と、呼称していました。