えまーじぇんしー③
ガチ戦闘がございます。
苦手な方は中盤まで飛ばすと良いかもしれません。
ゆっくりと
一歩一歩進む。
『親』は何かを感じ取ったかのように、ジリジリと退がっていく。…そのまま逃げるつもりじゃないだろうな…?ふざけるなよ?ボクの仲間に襲いかかって、エマを狙って、ルーチェを怖がらせて…ジェットを傷つけたんだ。
落し前はつけてもらう。
ピリッ…
自分の身体から殺気のようなものが放たれたのがわかる。
ああ、これはミアの怒りだ。守ると言ったのに出来なかった、自分への、怒り。
…そんなに怒らなくても良いよ、“せり“も同じ気持ちだから。しかも“せり“としてはミアに申し訳なく思う部分があって、それが自身への怒りに拍車をかけている。
正直、この怒りの矛先をネズミ共に向けているのは八つ当たりだろうと思わなくもないが『襲ってきたお前達が悪い』って事で納得してもらおう。
納得しなくても関係ないけれど。
人を襲うような害獣は駆除対象なんだから。
「どうした…?来ないのか?」
一歩、また一歩と歩み寄り、ほんのひと跳びくらいの距離まで近付いた時、『親』が跳んだ。後方に。距離を取るつもり?
そう思った瞬間、着地した位置から猛然と突進してきた!
ボクはその場で身体を捻って突進をいなし、背後回し蹴りを『親』の横腹に叩き込む。今度は捻じる回転を加えて。
ドズン!という鈍い音と共に『親』は横倒しに転がったが…
手応えが今ひとつ…倒し切れていない。
けど…おかげで掴んだ。
“せり“の経験がミアの中に溶けてゆく感覚。
あぁ、そうか…なるほど、こういう事なんだ。
こうすればいいのか。
うん。
たぶん、次は撃てる。
ようやく起き上がった『親』に、もう一度ゆっくりと近づいてゆく。どうやらさっきの蹴りが効いているらしく、その場から動かずに威嚇音を発するだけ。
もう脚が動かないのだろう、首だけを動かして咬みつこうとして来るが、そんな攻撃じゃあ届くはずもない。
何度目かの噛み付きに合わせて裏拳を叩き込み、続け様に顎を膝で打ち上げる。
ゴスンッ!
『親』の頭が上を向き、上半身が仰け反るように浮き上がった。
ここだ!
足は肩幅より僅かに広く
足の指は大地を掴むように
蹴り足は大地を割るが如く
軸足は大地に落ちるように
腰、腹、胸、肩と捻り、その回転を腕へ
突き出す腕は肩、肘、手首へと回転を伝え
的の奥に焦点を定め
打ち抜く!
「ふっ!」
ドン!!!
打ち手を引いて残心の構え。
倒した。
そう確信出来る手応えがある。
…ドスン…
鈍い衝撃音の後、暫く静止していた『親』の巨体がゆっくりと横倒しになり、ピクリとも動かない。
見れば、打撃を打ち込んだ場所の裏側、『親』の背中側が大きく爆ぜている。
通った……出来た、イメージ通りに。
…そして、思い出した…。
あの時、巨熊にを倒した時、ボクは山の中で迷ってたんだ。彷徨っているうちに運悪く巨熊のテリトリーに入ってしまって、更に運悪く巨熊に出会しちゃって…
戦ったんだけど、全然効かなくて。殴っても殴ってもビクともしやしない。熊の爪を避けるので精一杯、もう体力も限界で、いよいよダメかって思った最後の最後に…出来たんだ。この、向こう側に打ち抜く技が。
あの頃からボクの身体能力は、凄い勢いで上がっていったんだっけ…周りの皆んなは『覚醒』って言ってた。
ウチの家は代々、覚醒する人が多かったし、姉2人も覚醒してたからボクも期待されてたんだ。
そうだ…。そうだった。
先に覚醒してたエマに追いつきたくて、一緒に居たくて、頑張って頑張って、怖いの我慢して頑張って、ようやく認められて、今、ここにいるんだ。
…そっか、あの時出来たのは“せり”が力を貸してくれたから…かもね。
ふぅ、と息を吐いて周りを見れば、ネズミ共がギチギチ歯を鳴らしてこちらを窺っている。仇討ち…みたいな感情がある訳ではないだろうが、かかってくるなら容赦しないぞ。
ボクの後ろには傷ついたジェットと、エマやルーシェ、団の皆が居るんだ。一匹たりとも通すものか。
ボクは、前の内気なミアじゃない。
出来ないなんて思うなよ!
「きえぇいっ!!!」
ボクは裂帛の気合いと共にネズミの群れに踊り掛かった。
「…ゔぁ〜〜〜… 」
「あ゛〜〜〜… 」
「染゛み゛る゛ぅ〜〜〜… 」
はい。
どうもこんばんわ。
ミア・リリエンガーテです。
ボクは今、温泉に浸かっています。
大浴場の露天風呂です。
貸し切り状態です。
首を浴槽の縁に乗っけて、手足を投げ出して、ぷかぷか浮いております。
極楽です。
…こっちにも極楽ってあるんですかね?ウチの国には国教みたいなものがないので、いろんな宗教が入って来てるんですが…極楽って聞いた事ないな、と思いまして。
…え?…なんでいきなり温泉に浸かっているのかって?
いきなりじゃないですよ?
何か不思議な事あります?
あの後ちゃんと皆と合流して、最初の宿場町まで来たんですから。その最初の宿場町が温泉郷だったってだけの話です。
ね?不思議でも何でもないでしょう?
まぁネズミ相手に大暴れして体中汚れてしまったから、洗うためにお風呂入ってるんですけれど、内風呂ではなくわざわざ大浴場に居るのは、こうして手足を伸ばせるからに他なりません。
いやぁそれにしても、湯船に浸かるのってホントに気持ちいいよねぇ…。
こっちには湯船に浸かる習慣のない国が多いから、入浴用の温泉があるというのが珍しいんだよ。ウチの国はお風呂としての温泉がある珍しい国のひとつなんだ。西の方の国では温泉は医療施設だったりプール扱いだったり、いうなればレクリエーション施設でね、裸で入っちゃ駄目な場所なのでこんな風にリラックスはできないんだよね~…。
あ゛~~~…
生き返るぅ~~~…
ゔ~~~…
「なんて声出してるの…。」
あ"?
ああ、エマかぁ…
寝転がったまま見上げれば、エマの美しい裸身がそこにあった。
小麦色に焼けた肌が眩しい。
…脚、なっがいなぁ…
「お先に頂いてますぅ~…。」
「はい、お後失礼しますよ~。」
軽く身体を洗って、かけ湯をしてから湯船に入って来る。手拭いは頭の上。
う~ん、入浴マナーはしっかりしてますね!
「あ‶~…これはいいお湯だねぇ… 」
でしょ~…っていうか、エマも妙な声出してるじゃん…。
暫くの間ふたりしてぷかぷかしてました。
正直なところ“せり“のあの技を使うには、ミアの身体にはキツイ。ミアが今まで使っていた体術と使う筋肉が全く違うからだ。単純に鍛え方が足りてない。
明日は筋肉痛間違いなしの状態です。
なので、もう思いっきり温泉に浸かって、全力で弛ませておこうと思ってね、こうして揺蕩っているのですよ。
「今日はミアがんばったねぇ。まさか『親』を3匹も倒すなんて思わなかったよ。」
そうなんですよ!ボク、あれから頑張ったんです!
わらわら湧いてくるネズミを駆除し続けて、途中で出てきた『親』もちゃんと駆除したんですよ。なんかあのネズミ、『親』が出てくると傍観する習性があるらしくて、一対一で対峙出来たのは助かりましたけれど。
まぁ、一匹目みたいに手古摺る様な事はなかったのですが、三匹目がひときわデカくて、あの技を2回叩き込んで倒れなかったのには流石に驚きました。
3発目を打ち込む前に力尽きてましたが。
「疲れたよぉ〜…兎に角数が多いんだもん…あんなの百人組手とどっこいだよ…。」
「…百人、組手…ね。」
ん?なんかおかしな事言ったかな?
「でもこうして温泉に浸かれるとは思ってなかったから、ネズミの群れが湧いたのは、ある意味幸運だったかもねぇ。」
ちゃぷんと音を立てて、エマがうつ伏せになる。
お湯から丸いお尻だけが出ているのは、どこかのグラビアみたいだね。因みにボクはお胸からお腹迄がお湯から出てます。
湯船に浮いている間にミアが色々説明してくれたところに依ると、なんでも当初の予定では、もうひとつ先の宿場まで行くはずだったのだけれど、山中にネズミが湧いているらしいという情報を得たので大事をとってこの温泉郷に留まり、調査隊を先行させる手筈だった、と。
それが予定外にも宿場の手前で群れに遭遇し、更に予定外にもボクが殱滅してしまった、という事らしい。
おぉう…ごめんなさい?
なら先に進めば…って思うでしょう?
ところがね。群れの規模が余りに大きかったので、山の奥の方で大繁殖している可能性があるんじゃないかって話になり、軍の調査隊と合流する事になった、と。
街道に放置してきた死体の山も撤去しなきゃいけないのだけれど、それは州軍がやってくれるとの事で。ご苦労様です。
あぁ、それと、どうやらボクも聴取されるらしいんですよ。面倒臭いなぁ。
「じゃあ、二、三日足止め?」
「そうだねぇ。危険があるってわかってて、それでも公女一行を進ませて何かあったら、国の威信に関わるからねぇ。石橋を叩いて渡るのは正解だと思うよ。」
「その何かを排除する為にボクらがいるはずなんだけれどね。」
「…確かに。」
エマはケタケタと可笑しそうに笑う。
そんなに可笑しな事言ったかな?
まぁ箸が転がっても可笑しい年頃ってあるから、ちょっとツボだったって事なんだろう。
「おや、エマ様、ミア様。こちらでしたか。」
いい感じで温まってきた頃、アルベルタさんが露天風呂にやって来た。西方国出身の人って、あまり湯に浸からないのだけれど、アルベルタさんは平気な人なのかな?
「あ〜アルベルタさん。お疲れ様です〜。」
「こんなカッコで失礼します〜…。」
「いやいや。温泉ではそうなります。」
快活に笑ってガッシュガッシュと身体を洗い、ダバーって豪快に泡を流し、ドプンと湯船に浸かる。
うむ。江戸っ子の様だ。
そうそう、アルベルタさんといえば。
ボクは30過ぎくらいだと思ってたんですよ。美人だし若々しいし。ちょっとガタイは良いけれど、気さくで切符の良いおねーちゃんだなって。
…年齢、40歳超えてるんですって。全然見えないですって!
で、ですね。今、裸でいらっしゃるじゃないですか?ついつい見ちゃったんですよ。…なんかビルダーみたいな身体してました。腹筋とかバッキバキで。
腕とか太腿とか、筋肉の形がわかるんですよ!スゥーってスジが入っていて!
いやぁ鍛えるとこうなるんですねぇ。
「ミア様、今日はお疲れ様でした。」
「いえ、ご心配をお掛けしまして…。」
「まったくですよ。後方に一人で残ったと聞いた時は心臓が縮みました。なにしろあの物量でしたからね、流石に一人では無茶なのではと…。」
実際、少し失敗しまして…ジェットに助けられました。
あれはホント助かった。
後でちゃんと褒めてあげなきゃ。あ、そうだ、人参持って行ってあげよう。…あれ?こっちでも人参って言うんだっけ?
「僅かなりとも助力をと思い、駆けつけてみれば…全身を血に染めて佇む人影が…まさか最悪の事態が、と、血の気が引いたものです。」
そうそう、駆け寄って来たアルベルタさんが、えらく焦った顔で肩を揺するわ、全身摩るわ…何事かと思いましたよ。
血塗れだったのは疲れてきてたせいで、脱力が上手くいきすぎちゃってね。弾き飛ばすつもりが全部、真っ二つになったり爆ぜたりしちゃって…その返り血ですね。
ボク自身はほぼ無傷でした。
「周りをよく見れば、ミア様の背中側には一匹の骸もなく、まるで透明な壁があるかの様に、前にだけネズミ共が積み重なっておりましたからね。いやぁ、あれには驚きました。ウチの団員も開いた口が塞がらなかったようですよ。」
ちょ…大袈裟ですアルベルタさん…!
「流石はエマ様の妹御。武の名門リリエンガーテの御息女です!」
なんか、親戚の子が何かのコンクールで金賞取ったよ!凄いでしょ!みたいな話し方するなぁアルベルタさん。ちょっと
くすぐったいです。
「…しかし…3体目と言っていましたか、1番大きな個体…あれは少し異常ですね…。」
「異常…ですか?」
「大き過ぎるんです。通常あれ程成長する事はあり得ません。」
単なる個体異常なら…あまり問題はないのだけれど、あれ程の群れから出現したとなると…一匹だけしかいないという方が無理がありそうだが…
「まぁそれも含めて、調査するのは軍の仕事ですからね。我々は我々の役目を全うするのみですよ。」
ですよね。
街道の整備は領や州といった自治体の仕事だが、その警備は軍の仕事だ。
アルベルタさんの率いる団は…え~と、なんて言ったらいいのかな?傭兵…とは違うし…あ、警備会社!そうそうSPみたいな感じ。
今回は大公の娘、公女ルーチェ・トラスパレンテ嬢の護衛、というお仕事という訳ですね。で、ボク達は国からの要請でアルベルタさんの団に派遣されたと。
今朝は全然思い出せなかったんですけれどね、『親』戦のあと段々と思い出せるようになってきました。なんなんですかね、これ?
「そういえばアルベルタさん。」
「なんでしょうエマ様?」
「他の団員の方は、いらっしゃらないんですか?露天風呂。」
「あ~…誘ったんですがね… 」
断られた?
なんで?
「裸で温泉に入るのが恥ずかしいんだそうで…。」
おおぅ…
そっかぁ、みんな西の出身だもんねぇ。
そっかぁ、恥ずかしいかぁ…そっかぁ…。
普段はみんな一緒にシャワー浴びたりしてるのに、なんで風呂は駄目なんですか!納得いかんです!
「そ…それは…勿体ないですね…。」
「一度入ってしまえばハマると思うんですが…その一回がなかなか…。」
その後は、どうやったら団員さん達を露天風呂に誘い出せるか相談したり、道中にある温泉郷のどれかには入ってもらおうとか、いっその事無理やり他叩き込もうとか、他の温泉郷にはこんなお湯の風呂があるとか…まぁくだらない事を延々と話してましたね。
こんなに長風呂したのは久しぶりです。
で。
のぼせました。
いやもう、頭くわんくわんいってます。
そんな状態なので、現在脱衣所の床に転がっています。
ひんやりしてなかなか快適ですよ。
目は回っちゃってますけど。
「疲れたところに長湯しちゃったから、一気に来ちゃったんだね。」
「う~、ごめんねエマ…。」
エマはボクの頭の近くに座って、団扇のようなもので扇いでくれています。
そういえば“せり”の時にもこんな風にのぼせて介抱された事があったよねぇ…。
「…あ、そうだ。なんか飲み物貰ってこようか?」
「ん~…?…欲しいかも。」
「わかった。ちょっと行ってくるよ。…ところで“せり”…。」
「…なぁにぃ?なづなぁ…。」
「……やっぱり…。」
ん…?
やっぱりって、何が?
目を開け、頭の横に座っているエマを見る。
上からボクの顔を覗き込み、細めた眼を潤ませ、引き結んだ唇を僅かに震わせて…
な、なに?
どうしたの?
なんで、そんな泣きそうな顔…
暫くの沈黙の後、エマは言った。
「…やっぱり…やっぱりそうだった…。」
「また会えて…嬉しいよ“せり”…。」
…と。
お風呂回でした。




