ごきげんよう、お姉さま⑨
前回、突然の答え合わせ回
わらわらと湧いてきて…!
いい加減シツコイ!
お前らの相手してもつまんないんだよ!
撫でれば砕けちゃうんだから退いてなよ!
何千何万いたって!
“あの子”の代わりになんか!
ならないんだから!
退けって言ってるでしょ!!!
「ここは大丈夫ね。施錠して次、行きましょう。」
上の階から順に、忘れ物の有無、窓の施錠、残っている人が居ないか等を確認し施錠していく。
調整室、放送室、柔道場、機械室。
アリーナは吹き抜けなので、体育館上階は部屋は少ない。
上部の窓はハンドル式の開閉装置なので、手元でグルグル回せば閉まる。回す回すグルグルグルグル。
窓よし。施錠よし。上階確認よし。
下フロアは各部屋の窓と入口の施錠。舞台から通じる搬入口、用具室、控室にお手洗い。
アリーナ横の大扉が4つ。
そしてようやく正面玄関。両開きの大きなガラス戸で上下に鍵穴があるタイプだ。背の高くないボク達では上の鍵穴には届かないけど。
エントランス左右の控室及び管理室の確認、施錠。
これで全館の施錠を確認完了。
退出時に渡り廊下の扉を施錠して、体育館での全作業が終了する。
「よし。終了!」
花乃お姉さまの終了宣言で、後は帰るだけモードになったお姉さま方が楽しげに談笑し始めた。
帰りに何処其処に寄って行こう、何々を食べに行こう。当たり前なのだけれど、女の子なんだなと思う。つい先程まで“しっかりした、仕事の出来るお姉さま”だった人達が年相応か下手をすれば年下なんじゃないかと思う程に姦しい。
ON・OFFが凄い。
講堂の扉の前に優お姉さまがいる。
施錠の為に待っていてくれたのだろう。
「お疲れ様。大変だったみたいね。」
「ホントよ、もう。詳しく聞きたい?」
「後でゆっくり教えて頂戴。」
講堂を通り反対側の渡り廊下へと抜けると、今度は司お姉さまがいる。何でこっちにいたのだろうか?そんな疑問をなづなに向かって呟いたら
「人どめ…誰も入らない様に、でしょ?」
あ、そうか。そりゃそうだ。
閉じ込められても中からは開けられる。でも外からは閉められない。万が一、施錠後に正面扉から出られてしまったら、開けっ放しになっちゃうもんね。
うん。ちょっとは考えようか、ボク。
なんか、凄く当たり前の事に考えが及ばなくて心底ガックリきた。実はボク、かなりおバカさんなんじゃなかろうか?心配になってきた。
繋いだ右手が不意に上がったのに驚いて、なづなを見ると、くすくすと笑いながら少し戯けて
「せりは、頭良いよ?」
「ぅえ?口に出してた?」
「ううん。そんな事考えてそうだな、って。」
「そっかぁ。わかっちゃうかぁ。」
「せりの事だもん。」
悪戯っぽい笑顔でそんな事を言われて、卑下していた心が、そんな事はないんだ、なづなが言うんだから平気なんだと浮き上がる。
ああ、まただ。
今日は気分の浮き沈みが、本当に激しい。
朝から何度沈んでは浮いてを繰り返しているだろう。その度になづなに手を引かれ、持ち直してきた。今回だってそうだ。深刻な事ではなく、ほんのちょっとした気分の問題だけれども、それすら敏感に感じ取り手を引いてくれた。
ほんと、ありがとうお姉ちゃん。
ふふふ、と笑い合い前を見れば
お姉さま方がしゃがんで此方を見上げていた。
花乃さま、蓮さま、司さま、優さま、その他お名前を存じ上げないお姉さま方、総勢10名超が一様に。
え?なに?あ、いや、これは…
また、やっちゃった?
ボク達の動きが止まるのを見たお姉さま方が、やおら立ち上がると、何事もなかった様に武道館への扉に入って行く。無言で。
まって。待って下さいお姉さま方、何か言われるのは恥ずかしいのですが、何も言われないのも気不味いです!なかった事にされるのは、かえって恥ずかしい気もします!どっちか選べと言われても選べませんが!
本日何度目かの羞恥に頬を染め、右手で顔を覆いモジモジとしているなづなの手を引いてお姉さま方に続いて武道館へ入り扉を施錠。
せめて役目はちゃんと果たさないと。
折角お姉さま方が褒めて下さったのだから。
それはそうと、いまだに無言を貫いていらっしゃるのは何故でしょうか?ちょっと怖いです。なんか、弄られた方が気が楽なんじゃないかとすら思えて来ました。いやでも、しかし、あうあうあぅ。
とと、とりあえず、書道室に返却物を持って行かなければいけないのだから、階段を登りきったらお暇のご挨拶をしなきゃ。せめて最後はきっちり格好良く決めよう。なづなに小声でそう伝えれば、大きく頷いてボクの手を握り返してきた。
武道館の2階に続く階段を登ったところで立ち止まり
「お姉さま方。」
皆が振り向き、ボク達を見る。
「本日はありがとうございました。とても楽しかったです。」
「いいえ、こちらこそ。何度も言うけど貴女達のおかげで本当に助かったのよ。」
「そうそう。お話し出来て楽しかったしね。」
口々に労いの言葉をかけてくれる。皆、親切で優しいお姉さまだ。
「明日の撤去も手伝ってくれるのでしょう?」とは蓮お姉さまの言葉。勿論お手伝い致します。
「じゃ明日、式の後HRが終わったら、体育館で。」
「はい。必ず伺います。」
「ではお姉さま方、こちらで失礼させて頂きます。」
ごきげんよう。お気をつけて。
2人で手を繋いだままカーテシー
「ええ、ごきげんよう。」
「また、明日。」
お姉さま方を見送り、書道室へ続く廊下へと踵を返したその時
きゃあ!と渡り廊下の向こう、職員棟の方へ曲がった辺りから悲鳴が聞こえてきた。
何事!?
大急ぎで廊下の角まで走ったところで聞こえてきたのは
「何あれ何アレ!超可愛いんだけど!」
「カーテシーって言うんだっけ!?凄い綺麗!」
「やっばい!初めて生で見た!」
「噂には聞いていたけど破壊力がハンパない!」
「うわぁ持って帰りたい!」
「何度見てもイイわぁ。」「似合うわよねぇ。」
きゃあきゃあ。
ここまで騒ぎたいの我慢して下さっていたのですね。
ありがとうございます。
お陰様で平静を保っていられました。
さっきまでは。
2人で崩れ落ちましたよ。ええ。
こんな感じに。→ orz
凄まじい脱力感に苛まれながら書道室へと向かう。
お姉さま方の気遣いが、今となってはイタイ…あの時、何故あの角まで行ってしまったのだろう。行かなければ知らぬままいでられたのに…。
書道室前の流しに人影がひとつ。
すずな姉ちゃんだ。
「お。お疲れ様〜。」
「は〜い、終わりました〜…」
「何?キツかった?」
いやまぁ、最後のはキツかったと言えばキツかったかな?ゴッソリ気力を削られた感じだもん。
その辺りは適当に誤魔化しつつボクらはジトっとすずな姉ちゃんを睨む。
「え〜…何?」
「姉ちゃん、アーチの事知ってたんでしょ?」
「あぁその事か。うん知ってたよ。」
「なんで…「教えてくれなかったのかって?」
…う…いや、そんなのわかってる…
妹とはいえ、生徒に計画を漏らせる訳がない。計画そのものが頓挫しかねない情報を教える訳がない。
つまり
ボクが今抱いている思いは、単なる八つ当たりだ。
「…ううん、いいの。わかっている、から。」
「そう、だね。わかってる。」
すずな姉ちゃんはガシガシと乱暴に頭を撫でて
「エアーアーチ、見つけたんでしょ?よく気付いたわね。気付かれるとは思ってなかったんだけど。」
「あぁ、それはなづなが…」
気付いたのはなづなだ。正直なところ、指摘される迄テントの天幕だと思っていた。
「天幕より軽いのに妙に嵩張ってたから。」
「あとは材質かな。」
「姉ちゃん、もう一つだけ良い?」
「いいわよ。なぁに?」
「なんで朝、明星祭で使ったアーチって言ったの?」
ミスリードするため?
「違うわよ。」
じゃあなんで…
「私達が学生だった頃、使ってたのよ。」
え!?金属製のアーチの方が新しいの?!
何でわざわざ、業者さんに頼まないと組み上げられない様な物にしたんだろうか?バルーンなら学生だけで設置出来るし、保管場所も取らない。メリットの方が大きいはずだ。
「さぁ?卒業した後の話は知らないもの。」
ぐっ…そうだよね。
「まぁ、今日は頑張ってたみたいだから、よく休みなさい。明日もあるんだからね。」
「はーい。」
「そういえば、ここに来た時妙にグッタリしてたのは何で?」作業で疲れたわけじゃないんでしょと問われ、また脱力してしまった。
「…帰ってから話すよ…」
自分達がアイドルみたいに騒がれて、気疲れしたとか…どうオブラートに包んで説明すれば良いやら…
「そろそろ帰る?」
「うん、そのつもり。すずな姉ちゃんは?」
「一度職員室寄ってからだね。」
じゃあ玄関で合流って事でと示し合わせ職員室の前で一旦解散。職員棟を通り抜け、中等部棟の玄関へと向かう。
考えてみれば今日使った下駄箱、明日はもうボクの下駄箱じゃないんだよなぁ。一年間ありがとうね。
なんとなく下駄箱の蓋を撫でてみる。蓋にはもう名札はついていない。なんかちょっと寂しい。
上履きをバックにしまい、靴を履く。
玄関を出ると、なづながボクを待っていてくれた。
一年生の最後の日、新しい出会いがたくさんあった。そして明日からの新学期。
きっとまた、新しい何かが始まるんだろう。
今日の“ちょっと寂しい”を抱えて、明日の“楽しい”を見に行こうと思う。
…少しクサイかな?
”最後だ“なんて思ったらちょっとセンチになっちゃったんだもの、しょうがないでしょ。
ボク達は校舎を見上げ、呟く
「「また、明日。」」
お姉さま方、めっちゃ楽しそうです。
双子ちゃん達はちょっとセンチになった様ですq