エピローグ「A Cry for the new world」③
公園のベンチに座り、アキラはスピリタブの『窓口』のアプリケーションでプルと話していた。このアプリケーションがあれば別世界にいる精霊達とも、あるいは時間を越えて遥か昔のブライド達とも話せる。精霊はともかく昔のブライドとは一体どのように通話しているものか、原理は全く分からないが便利なツールである。ちなみに精霊学校には共用のタブが置いてあるとプルは言っていた。
「勉強はどう?」
『思ったよりついていけてないプル…前に学校にいた時から、授業内容がすっかり変っちゃってるプル』
授業で疲労したらしく、プルはくたびれた顔をしていた。気のせいか耳もへたりこんでいる。
仲間の精霊達は、過去のパートナーに別れを告げた。名残惜しさの中、かつてのブライド達は精霊達をアキラのいる世界に送り出し、そして新たな精霊達をパートナーに指名したらしい。新しいパートナーとはややぎこちないながら、良好な関係を育んでいるという。その新たな精霊達は、この学校からの卒業生であるそうだ。
「そっかぁ。でも留年とかはしてないんだよね?」
『うん。順調ならあと1年で卒業できるプル』
「じゃあ会えるのは来年か。楽しみだなぁ」
『うん、ボクも…』
『なになに、誰とおはなししてるモル?』
プルが答えようとした途端、横からモルモット型の精霊が覗き込んできた。それに乗じて周りからも別の精霊が集まり、モニター前が瞬く間にモフモフで満ち溢れた。
『あっ、ニンゲンのヒトだポコ!』
『プルちゃんのお友達の人でチタ?』
『こちらが悪いカミサマをやっつけた人であるパカ…』
『見えてるでありんすかー』
『もっす』
順にタヌキ型、チーター型、アルパカ型、リス型、マンモス型と集まってきて、プルはモフモフの中心でむぎゅむぎゅされていた。クラスメイトであろうか。あまりにも毛玉密度が高く、怒りにじたばたしだしたプルすらも愛らしい空間であった。以前聞いたところによると、担任教師がジュエル解放の話をして、その時に活躍した一人としてプルが紹介され、以後クラス内で英雄のように扱われているらしい。
『ぬわーっ! アキラとお話ししてるのはボクだプル!』
「えっなにこれは。天国なの? プルは天国で勉強してるの?」
『―――ほら散った散った。そろそろ休み時間が終わるぞ、全員教室に戻れ』
そこへ突然大人の女性らしき声が聞こえ、精霊達は素直に解散した。プルが安堵のため息をつく。そしてそこに現れた人物が誰かと言えば、『以前』ある意味で一番世話になった、天使の長女であった。
「ダシルヴァさん!? うそ、先生やってたの…え、それは何、正気?」
『担任だプル…』
『お、サフィールじゃァないか。久しぶりだなァその馬鹿面。何だ私が教師に向かんというのか、私のこの頭脳がァ?』
「その性格だよ!」
アキラにそう言われると、ダシルヴァは意外にもそれを笑い飛ばした。そしてポムっとプルの頭に手を置く。かつて衝撃波の刃で全てを切り裂いていたはずのその手は、今ではとても優しい大人の手であった。撫でられるプルも心地よさそうにしている。
『こいつらにも言われたが、ちょっと心に刺さった。子供に言われると意外とつらいな…まあなァ、私としても後進の育成にやぶさかではないから』
「言われてつらいと思うのは、あなたが悪いひとじゃない証拠だよ」
アキラにそう言われ、ダシルヴァは意外そうな顔で目を見開いた。プルと一瞬視線を交わすと、『以前』の世界では見せたことの無い柔和な笑顔を見せた。
『そうなりたいと思ってる。さて、そろそろ授業だ。教室に戻るぞォ』
『はいプル。アキラ、またね!』
「うん。また今度ね」
通話を切ると、アキラはスピリタブをバッグの中にしまい込んで、空を見上げた。空は青く、どこかに行くには絶好の日和であった。この日は緋李と二人でどこかに出かけようと約束しており、今は約束の時間まで待っている所だ。暇つぶしにと、アキラは周囲の通行人を見回した。
長年連れ添ったらしい老夫婦が、女性二人のカップルとほがらかに談笑していた。女性をナンパしようとした若い男が、女性の恋人の女性が来たところで潔く退散し、友人らしい別の男性に連れていかれた。オープンカフェで向かい合って座る少女二人が、カップル向けのメニューをごく普通に頼んでいた。揃いのドレスで挙式しようと、女性二人のカップルがウィンドウに飾られているウェディングドレスを見て相談していた。
全員が、アクセサリーに加工したジュエルを持ち、精霊を伴っている。
普通の事なのだ。アキラ自身、緋李と連れ添っていて特に奇異な目で見られることは無い。二人をまとめてナンパしようという輩もいない。たまに声を掛けられるが、恋人の女性がいるといえばあきらめて退散してくれる。
(女の子同士で付き合ってるのって、普通の事なんだなあ…)
ある意味、ちょっとしたカルチャーショックではあった。あったが―――これはアキラ自身が望んだ世界だ。そして、神にジュエルを奪われることなく訪れた、本来の世界でもある。気負うことの無い、とても居心地が良い世界だ。
「うん。ステキ!」
「ステキなカップルでもいたのかしら」
背後から声が聞こえた。愛しい人の愛しい声に、アキラは振り向き、立ち上がって声の主に抱き着いた。
「緋李ちゃん!」
「お待たせ」
アキラの恋人、緋李も抱き着いてきたアキラを抱きしめる。頬と頬が触れ、やわらかい温かさが互いに伝わった。近くを通りかかった中年の女性同士のカップルが、あら仲良しねえと微笑んで通り過ぎていった。彼女たちが連れているドーベルマンも、二人を見てどこか幸せそうな顔をしてる。
「行きましょうか」
「うん!」
二人は指と指を絡めて手をつなぎ、歩き出した。
最初に話題に上がったのは、やはりブライドの仲間達にとって一番のニュースである、晴とステラの子のことだった。
「そうだ、緑川さん達からのメール見た?」
「見た。赤ちゃんの名前、決まったんだってね」
「ええ」
が、楽しそうに話すアキラと違い、緋李は若干不服そうであった。アキラが首をかしげると、緋李は照れながらその理由を答える。
「だって、一文字しか使われてないんだもの」
「ああ、そっか。オマケみたいな扱いがイヤなんだ?」
「そうよ…」
照れる緋李を、アキラは横から抱きしめた。こんな綺麗で可愛らしい人が自分の恋人なんだぞと、全世界に自慢して回りたいほどに愛おしい。
「宝石みたいな両目の輝きに、アキラとアカリからとって―――きらりちゃん。可愛い名前だよね」
仲間達の先頭に立って闘い抜いたアキラと、その恋人である緋李からとった名前であった。アキラ達のことを語り継ぐ名前でもある、と晴とステラは言っていた。ちなみに市役所の調査と病院の検査で、ステラの両親はドイツ人であることが判明している。つまりきらりは日独ハーフで、フルネームは『きらり・緑川=クラールハイト』の表記になる。ということが、晴からのメールで判明した。
「まあ、そうね」
「全人類の中ではただのカップルだけど、あたし達の中では初めてママになったんだねえ。何か先を越された感じ」
「……アキラは」
立ち止まった緋李のつぶやきに、アキラもつられて足を止めた。しばし黙り込む緋李が話し出すのを、アキラは待った。意を決した緋李がアキラの顔を正面から見つめる。
「アキラは、私と式を挙げたい? 子供、欲しい?」
「緋李ちゃん…」
「私はいつか、アキラと結婚して、家族になりたいって思ってる」
予想外に重い問いに、アキラはしばし考え込んだ。
アキラもまた、緋李との結婚は決めていた。何しろ愛する人と生涯を共にするのだ、考えないわけが無い。だが、それ以前にある望みがあった。そしてそれには緋李がぜひとも必要であった。アキラは緋李の手を胸元で握り直し、正面から目を見て答えた。
「あたしも、同じこと考えてる。でもそれより先に、やりたいことがあるの」
「先に?」
アキラが手を引き、二人は再び歩き出した。答えを待つ緋李を一度見ると、アキラの瞳は、青い空に向けられた。
「初めて会った時のこと、憶えてる?」
「え、ええ…よく憶えてる。あの瞬間に、あなたの事が心に焼き付いたのよ」
「あたしもすごく胸がドキドキした。…今のこの世界には、その素敵な瞬間が満ち溢れてるんだ」
二人は初めて出会った春のある日を思い出した。慌ただしく謝罪したアキラ、冷たく別れを告げた緋李。今の関係からは信じられない光景だった。アキラは一度振り向き、回想を終えて緋李の問いに答えた。
「あたしの願いが叶った世界。全部回って、緋李ちゃんと、プルとパムも一緒に、全部見ておきたい」
「この世界を…?」
「来年プルが卒業するっていうから、そしたら四人で行こう。それでどこに住むか決めて、それから結婚しようよ!」
「いいナ! アカリ、いこうゼ!」
アキラの回答を聞き、どう答えていいか判らず黙り込んだ緋李に代わり、パートナー精霊のパミリオが答えた。
アキラの目はどこまでも真っ直ぐだった。彼女はどこまでも強欲、だが誰に対しても誠実である。絶対に必要な存在である緋李に対し、新たな目的を余すことなく伝えてくれる。
「まずどこから行こうかなー。ね、緋李ちゃんはどこから行きたい?」
当然、アキラは緋李が一緒に来てくれるものと信じて疑っていない。その目が本気だからこそ、緋李は断ることができない―――何より、アキラが自身と共に叶えたいと願うのなら、最初からそれを拒否する気は無かった。
「どこから…ううん、どこでも構わない」
緋李はアキラに身を寄せ、手を取って正面から見つめた。
「あなたとならどこへでも」
「どこへでも…そうだね。あたしたち、どこへでも行ける」
緋李の答えに、アキラの顔が紅潮する。不意に緋李を引っ張って駆け出したアキラが、首に下げた『エターナルジュエル』に触れた。その途端、ジュエルが輝いて、アキラの足元に鮮やかな青の波紋が光った。緋李の目がそれを捉えた直後…アキラの体が突然浮き上がった。
「あ、アキラ!?」
「そうだよ。あたし達はどこへでも行けるんだ!」
階段を駆け上がるように、アキラは軽快なステップで空中を跳ぶ。一歩踏みしめるたび、空中に輝く波紋が広がり、消える。すれ違う通行人たちが驚きの声を上げ、それはすぐに歓声へと変わった。人の頭を軽く跳び越えるほどの高さにすぐ達する。『デュエルブライド』であった時すらできたことの無い、自力での空中歩行だった。
「アキラ、これって…!」
「ジュエルに願えば叶う。あたしと緋李ちゃんの恋のお願いが。緋李ちゃんと一緒に、この世界いっぱいに走りたい―――それが叶うんだ!」
アキラは空中で緋李を抱きかかえた。いわゆるお姫様抱っこの姿勢だ。緋李がアキラにしがみつき、二人は見つめ合った。それぞれのジュエルと同じ、宝石の色。アキラの青い瞳と緋李の赤い瞳が視線を交わす。
「この世界はきっと、とても綺麗だよ。愛がいっぱいに満ちている。たくさんの愛が叶ってる。あたしが願った世界」
「そうね。きっと今もどこかで、新しい愛が生まれてる」
「それを見に行こう。きらりちゃんにも教えよう。あたしたちの闘いだけじゃない、この世界全部の事!」
いつの間にか二人は、ビルを越えるほどの高さに届いていた。だが落下の恐怖は無かった。急に落ちたりなどしない。そんな危険など、二人の脳裏からは完全に消え去っていた。空中で抱き合う二人を、ある者は驚きと共に、ある者は憧れと共に見上げていた。
美しいと、誰もが思った。ジュエルや精霊達の力を借りて様々な願いを叶えられるこの世界でさえ、それはおとぎ話のような光景だった。
「来年。―――行こう、緋李ちゃん!」
「ええ!」
この世界には、『宝石の目の花嫁』達がいる。
彼女たちが語り継ぐのは、神との凄惨な闘い、そして愛に満ちたこの世界の美しさだ。愛らしい精霊達との出会い。恋が生み出す永遠に輝く宝石。誰にも責められず結ばれる恋や愛情。恋が割り込む暇すらも無い友情。その全てが美しく尊いものと、彼女たちは語り継ぐ。その言葉は、そして彼女たちの間に紡がれた新たな命は、未来へと継がれていく。
彼女たちがいる世界は、今日も美しく輝いている。
―――〔ジュエル・デュエル・ブライド完〕―――
これにて本作は完結となります。読んでくださった方、評価、ブクマ、レビュー等、本当にありがとうございました。




