第三話 「Fighting the world」②
変身ヒロイン百合アクション、第三話の続きです。
翌日の夕方、アキラとヘリオールの少女はショッピングモールのファンシーショップに来ていた。棚にはいくつもの愛らしいヌイグルミがもふもふ並び、何も言わずともその視線が買って買ってと訴えかけてくる。そんな視線に囲まれ、ヘリオールの少女はどこか決まりの悪そうな顔をしていた。一方のアキラは骨にこそ異常が無かったものの、医師の診断で何日かは左腕を吊って生活することになった。
「…店名以外何一つ聞かなかった私も悪いけどよ、何でここなんだよ」
「ちょっとね…プル、出てきて」
「プル?」
アキラの服の内側からプルが顔を出した。途端にヘリオールの少女はビクリと顔を引きつらせる。正にぬいぐるみのようなプルの愛らしさに理性がはじけ飛ばんばかりだが、照れくさくてそれをギリギリで隠そうとしている顔だ。キョトンと首をかしげるプルの頭に、少女の手が伸びる。そして触れた途端に完全に理性がはじけ飛び、その表情は十年以上はき続けて緩みまくったパンツのゴムのように弛緩しきっていた。
「……よーしよーし……なーでなーで」
「どういうことプル…?」
「ごめん、あたしもちょっと予想外。ここに来たのは周りの人にプルが見えないのをごまかすためだったんだけど…」
アキラもプルも困惑しきりだった。少女がだらしない顔でひとしきりプルを撫でたところで…アキラの狙い通り、周りから見ればぬいぐるみを愛でているように見えただろう…アキラは話を戻した。
「本当はあなたの『ディヴァインジュエル』にもこういう精霊がいて、ケンカしたくなるなんてことも無いはずだと思う。黒いモヤモヤさえなくせば」
「どういうことだよ?」
「あたしがあのモヤモヤを消したジュエルは二つともそうだった。あの黒いモヤモヤ、あたしのジュエルのは契約したらすぐに消えたんだけど。あれが憎しみとか、ジュエルへの欲望とか、そういうのを増幅してる」
アキラは過去に体験しており、「時々ケンカしたくなる」という形でヘリオールの少女にも心当たりがあった。だがそれが無くなり、しかも精霊に出会えると聞いてか、彼女の気持ちはだいぶ傾いたようだ。黙り込んで真剣に考え、そしてしばしの熟考の末に顔を上げる。
「そっか…もしかして、ホントはただの『不思議な宝石』なのかな。ただのっていうのもヘンだけど」
「多分そう。神様がくれた不思議な石で、誰かがそれに呪いをかけただけなんじゃないかな。…それで、どうする? 取り返す?」
「―――…… うん。頼む」
しばしの逡巡の後、ヘリオールの少女は顔を上げてアキラの目を見ながら言う。決意を宿した瞳だった。
それを見たアキラは強くうなずいた。そして彼女が決めてくれたことの安堵と、巻き込んでしまったことの申し訳なさに少しだけ表情を曇らせた。悟られないよう、すぐに話題を変える。
「あのジュエルは願い事を元に自分と契約させようとしてくる。そしてジュエルを集めさせて、神様の元にそれを持ってお嫁に来させようとしてる、らしい。他の子が言うにはそんな感じ」
「お嫁ぇ? ……あ、そうだ。何かそんなこと言ってたな」
「エメルディも多分同じプル。でも、あの人はその影響が見られなかったプル…」
「そうかぁ? 私は殺されるところだったんだぞ」
「最初は話し合いで済ませようとしてたみたいだけど……でもどうなのかな。黒いモヤモヤは見えたと思うんだけど」
首をかしげるアキラとプル。ヘリオールの少女は疑いの表情を崩さない。一つアキラの頭に浮かんだのは、エメルディとヘリオールのどちらも黒い濁りの影響が薄いという共通点だ。が、そこから先は全く閃かない。
と、そこにまた一人の少女がやってきた。慌てて走ってきたせいでファンシーショップの前を通り過ぎようとするが、偶然か何か顔を上げたアキラと目が合った。つい最近見かけた顔だ。
「あ、葵! ちょっと助けて、追われてるの!」
「藤井さん? 何どうした誰!?」
彼女はつい先日アキラの手でジュエルを浄化した相手、プリマ・スピルナスこと藤井 菫。浄化後に大泣きしたアキラをなだめた後日、自己紹介と連絡先の交換を自ら申し出た相手でもある。肩には相方のカモノハシに似た姿の精霊「パオレ」が、落ちる気配もなく突っ伏して眠っていた。
菫は不自由だったはずの右手で画材屋の袋を抱えている。恐らくマンガを描くための道具や原稿用紙だろう。長手袋は変わらないが、パオレとのリハビリは順調に進んでいるようだ。
菫はアキラの左腕に気付き、ギョッと目を見開いた。
「何、その左手!?」
「え? あ、これはちょっとケガを…骨は折れてないから」
「そう? 大けがじゃないのね? ならいいんだけど」
と、彼女が安堵したのもつかの間。追跡者がやってきた―――
「いた! 藤井さん見つけました! あっ、葵さんも!!」
「黄川田さん!? 何で!?」
うひぃと若干情けない声を出してアキラの後ろに隠れる菫と、その菫に追いすがるひまり。肩に下げたバッグからはレッサーパンダに似た精霊「キロロ」が顔を出し、追いまわすひまりの動きに合わせてバッグごと振り回されても涼しい顔をしている。
追ってきた人物も意外だが、この二人の組み合わせ自体が何より意外だった。
「二人、知り合いだっけ?」
「さっき画材屋でペンの試し書きしてたら話しかけてきたのよ。それで黄川田の精霊が見えたから、『ブライド』だなって思って話してみたんだけど…」
「藤井さんの絵、すっごく素敵です! 大好きです! 試し書きでも神です!! 女神!! ガッデス!!!」
「って褒め殺してくるのよ! やめて恥ずかしい脳みそ爆発する!」
アキラを間に挟んで菫の作品をひたすら褒め殺すひまり、顔を赤くして回避しようとするがまったくできていない菫。両者を見比べ、アキラは喜んでいいのか呆れていいのか困惑した。知り合ったばかりで険悪にならなかったのはうれしいのだが。
「…黄川田さんってこんな子だったんだ……」
「褒め殺し機関銃だプル…」
精霊も機関銃とか知ってるんかい、と内心で突っ込みつつ複雑な表情を浮かべるアキラ。と、肝心のヘリオールの少女がそれを見てどうしているかと思えば、これまた両者の間に立ってパオレとキロロを交互に撫でていた。先ほどと同じく履き古したパンツのゴムのような弛緩しきった表情だった。アキラが気づいたのに合わせてひまりと菫も彼女に気付く。そして女子高生数人が戯れる様子を見て、周辺の客は楽し気に微笑んでいた。
「…葵さん、こちらの方は?」
「ブライドよね、私達の精霊が見えてるし。葵の知り合い?」
「うん、まあ…」
三人の視線を受け、ヘリオールの少女はやっと手を止めて表情を引き締めた。
「な…何だよ」
「あの、『デュエルブライド』の方ですよね…? わたし達と同じ」
「あ…あ、ああ、そうだけど」
「自分の精霊がいないっていうことは、まだ葵にジュエルを浄化してもらっていないのね」
「そうだ、それなんだけど。二人にもちょっと相談いいかな」
アキラはヘリオールの少女に了解を得た上で、彼女が『デュエルブライド』の一人プリマ・ヘリオールであり、そしてジュエルとの契約が願い事無しにできたこと、そのジュエルがプリマ・エメルディに奪われてしまったので取り返そうと考えていること、そしてヘリオールとエメルディがジュエルの中の黒い濁りの影響を受けていない…もしくは極めて薄いことを簡単に説明した。
話を聞いたひまりと菫は考え込んだ。と、菫は思い当たるところがあるのか顔を上げた。
「あのモヤモヤの効力を押さえ込んでいるのかもしれないわね」
「押さえ込んでるプル?」
「どうやってだよ」
「…とりあえず仮にヘリ子さん。あなた、本当は願い事が無いんじゃなくて―――」
ジュエルは願い事を元に契約を迫る。にもかかわらず、ヘリオールの少女は願いごとなど無いという。そして彼女は、自らサフィールやエメルディに戦いを挑んできたことは無い。変身していた時もアンベリアやスピルナスと違いだいぶ理性的だった。もしエメルディも同じように理性的なら…アキラとひまりは菫が言わんとしていることを理解した。矛盾の間に浮かび上がるのは一つの可能性だ。
「…もしかして、本当は半分くらい願い事をあきらめてるんじゃない?」
「はっ、はぁ!?」
「そのエメルディって人も。願い事が契約の元になるっていうなら、無いなら契約できない筈だもの」
「それじゃ、契約がそのために不十分で、その分モヤモヤの効力も薄くなって、ある程度は押さえられてる…っていうことですか?」
「可能性としてはね。…どう、ヘリ子さん?」
ひまりの問いに菫はうなずき、ヘリオールの少女は問われても答えられず…恐らく、それが言外の答えだ。廃ホテルでアキラと話した時のように、どこか拗ねたような顔。
一方、理屈としては確かにわからないでもないのだが、それでもアキラはどこか納得できなかった。少女を悪鬼にする物とはいえ、神様がくれたはずのものにそんな欠陥…極端に言えば気分次第で契約が半端になってしまうのだから、欠陥と言って差し支えないだろう…があるのだろうか?
考え込むアキラを放置して3人は話を進める。
「でも難儀そうな相手ね、そのエメルディっていうの。二人相手でもほぼ一方的だったんでしょう?」
「ああ…何かやたら強かったな」
「わたし達、何かお手伝いできませんか? 葵さん ……葵さん?」
アキラの顔を覗き込むひまり。考え込んでいたアキラは顔を上げる。
「ご、ごめん。聞いてなかった」
「ヘリ子さんのジュエルの奪還、私達で何か手伝えないかと…」
「いや……ううん、いい。二人は手を出さないで、あたしに任せて」
「そうですか‥」
その返答を聞いてしょんぼりと落ち込むひまり。人任せにするのが申し訳なさそうなヘリ子ことヘリオールの少女。
菫は呆れたような表情をして、アキラに歩み寄り、顔を覗き込みながら訪ねた。
「葵、あんたもしかして軽く考えてない?」
「へ」
全く別のことを考えている途中での、思ってもみない指摘だった。
「え、べ、別に」
「あのね葵、ジュエルを取り戻して終わりじゃないの。ヘリ子さんにとっては一生を左右することなのよ」
「ヘリ子確定かよ」
「…オホン。人生の分岐点どころか、事実上のスタート地点になるかもしれないの、私みたいに。それを放っておいて考え事?」
ハッとアキラは気づいた。
ジュエルを浄化し、閉じ込められていた精霊と出会うことでアキラと二人は友達になり、ひまりと菫もこうして出会った。ひまりは自分を取り戻し、菫は右腕のリハビリを始めることができた。もしヘリオールの少女が、そしてエメルディの少女が、精霊と出会えたら。自分たちを束縛する呪いのようなものを断ち切り、諦めているかもしれない願い事を、諦めなくていいのだと判ったら。それは新たな、あるいは本当の意味での、人生のスタート地点ではないか。浄化したジュエルに願いをかなえる力は無いが、その足掛かり…一つの岐路、新たな出発点になるかもしれない。それをさておいて考え事をしていたということは、自分はヘリオールのジュエルのことを真剣に考えていなかったのかも知れない。
続けて、ひまりが言う。
「願い事無しで契約して、お二人を相手にしてなお優勢だったのなら、そのエメルディという人は…自分の願いを捨てても何かを為そうとしている…強い使命感で行動してると思います」
「使命感…」
「自分を捨てている人は強いです、使命感のためにためらいなく全力を振るいます。そういう人に打ち勝てるのは、多分…」
ひまりは口をつぐむ。視線が動き、しばし考え込むような表情を見せてから。
「使命でも何でもない、自分だけの願いのために全力てを賭けられる人です」
「自分だけの…でも、ヘリ子さんのジュエルを取り戻すっていうのは」
「別々で良いと思うプル」
「え」
プルの言葉に、アキラは意表を突かれた。
ヘリオールのためのジュエルの奪還。エメルディに勝てる可能性があるのは、自分だけの願いのために戦う者。誰かのためと自分だけのため。矛盾しないのか? アキラがひまりと菫のジュエルを浄化したのは、どちらかと言えば彼女たちのためだった。その自分が今更願い事など持てるのだろうか? そもそもただのお節介ではないのか? …つい考え過ぎて、頭の中にぐちゃぐちゃと疑問が重なる。だが、そんなアキラにひまりの相方のキロロが言う。
「自分のやりたいことはやりたいこと、ヘリ子さんのためのことはヘリ子さんのためのこと。別々に、どっちも持ってていいと思うキロ」
「……そっかぁ…………」
初めて、アキラは胸の内にそれがストンと入り込むのを感じた。そして、その上で、と前置きしてひまりが問う。菫も、ヘリオールの少女も、アキラを真剣に見ている。問いただしたいことは同じようだ。
「―――葵さん。あなたにはそういうお願い事、ありますか?」
明くる日の授業。アキラのクラスは視聴覚教室で教育用の動画を見ていた。タイトルは「多様性が変えていくこれからの社会」。平たく言えば性的マイノリティを受け入れていく社会の作り方、とでもいう物だった。動画を見ながら手渡された紙束の資料を読む。が、考え事をしているアキラの頭には断片的にしか情報が入ってこない。
あまり画質の良くない動画の中ではけばけばしい蛍光色の背景に字幕とイラストを並べ、いわゆる性的少数者について解説していた。
『―――このような人たちを、それぞれの性的志向の頭文字を合わせて【LGBT】と呼びます』
映像の荒さからするに、どうもだいぶ前に制作された動画のようだ。そもそもタイトルが「多様性」などと妙に婉曲的で、性的マイノリティという言い方を明らかに避けている。淡々としたナレーションが流れる中、真面目に聞いているらしいのはクラスメイト達のうちおよそ三分の二程度だった。その中でもメモを取る者もいれば、資料の文章にマーカーペンで下線を付ける者もいる。
動画は男性同士や女性同士のカップル、心身の性が異なる人物、などをイラストで表示している。
(…あたしもこういうのに入るのかぁ……)
いざ説明されても実感は湧かなかった。緋李への恋はごく自然に生まれたもので、一般的なそれと異なるものという自覚は全く無い。だから、アキラの表情は別に曇ることも輝くことも無い。へえそうですか、と言わんばかりの無表情だ。
アキラを含めて真面目に動画を見ていない生徒にとって、恐らく実感が湧く話ではない…ただアキラとは理由が異なり、全くの他人ごとだからなのだろう。逆に残りの生徒も実際に見たことが無く、あくまでも表面的に学習しているに過ぎないのではないか。考え事で話半分に聞きながら、アキラはそんな冷めた目でクラスメイトを見渡した。
と、一つの言葉が耳に飛び込む。
『近年ではこのような人たちへの配慮として…』
配慮。わざわざ配慮しなければならない人たち。弱者のような言い方だ。まるっきりハレモノ扱いじゃん、とアキラは思った。両親に話したら同じように配慮とか何とか言われるのだろうか。
動画を見終え、生徒たちが席を立って次々に教室へ戻っていく。アキラもそれに倣って教室へ戻る。廊下を歩いていると、小波が話しかけてきた。
「どうよ、今の動画の話?」
「どうって?」
「あんなんですぐに理解が深まると思う? 差別解消できると思う?」
「無いなあ」
あんな上っ面の説明だけでなあ、と小波は苦笑する。そこはアキラも同感だった。ただ、その理由は異なるらしい。
「それにやっぱり特殊なセーヘキだしさ。受け入れろったってウチは無理かな」
「……」
親友の言葉に、両親との夕食の時と同じように、自分自身の全てを否定されている気持ちになる。小波に悪意はないのに。
周りからも同じような声が聞こえた。「無理」「無い無い」「そんな言われても」「マンガならいいけど」「マンガも無理だわ」…男子からも女子からも上がる、拒絶の言葉。真面目に聞いていた生徒でさえ、未知の生物のことを頑張って理解するぞ、とでも言いたげな顔をしている。まあ気持ち悪いとか、未知の生物のように思われるのは仕方ない。
仕方ない―――
(仕方ない、のかな?)
そう考えるのは、自分の中に自然に…美しい人に惹かれて自然に生まれたはずの恋を、小波の言う「特殊な性癖」という枠に自分で押し込んでしまう行為ではないか。自分は普通じゃない、異様な恋をしているのだと、普通はかなわないような恋をしているのだという、諦めではないのか。
配慮とか、周辺の理解とか、わざわざそんな押しつけがましい善意が必要な恋などしていない。
(―――でも、何を言っても言い訳みたいになってしまいそうだ)
どれだけそう言おうと、仮に緋李に恋したことを言えば、少なくとも両親やクラスメイトには、必死に普通人を主張する異常者としか取られないだろう。嫌悪、侮辱、哀れみの視線を受けるだろうか。あるいはその話を聞いた誰かに啓発団体への入会を冗談半分で勧められたり、今の動画のような教材扱いでもされるのか。
まるで未開のジャングルで見つかった珍獣だ。人類の一般常識程度では理解不能な姿を化け物扱いされるか、生態を解明するために学者たちに解剖されるか。いや違う、とアキラは自分に言い聞かせる。
(あたしは、普通に―――普通に――― …あ、そうか)
ふと、青いジュエルと契約した時の願い事の一つを思い出した。ひまりのジュエルから黒い濁りを消したいという願いの他、もう一つ。
(堂本さんと、もう一度会いたい。―――恋が、したい。あたしは、あの人と恋がしたい)
ジュエルのことにも、他のブライドにも、精霊のにも、神様にも、世間の一般常識にも関係ない。配慮する気など全くない、アキラ自身の願い事。アキラの、自分だけの願い事。叶うかどうかも判らないのに、緋李の気持ちなども本当は微塵も考えていない、とても我儘な願い事。
突然、視界が開けた気がした。アキラの胸の内に強烈な熱が生まれる。
「―――よぉし!」
廊下であるにも関わらず叫ぶ。どうした、と訝る小波と周囲の生徒たち。だがアキラは照れも隠しもせず、ニカッと笑うだけで返答を済ませた。
「…アキラ? どしたアキラ。保健室行って体温測る? 薬もらう? 横になる? 救急車呼ぶ?」
「いたって健康だよ! いやちょっとね、今後の方針が決まったってだけ!」
はぁ、とあきれ半分の小波。その横で、アキラの瞳は強い光を放っている。
アキラは夜の街中を一人歩いていた。この時間に外に出るために両親を説得するのは骨が折れたが、すぐ近くに行くこと、そして帰る時間を約束したことでどうにか両親を納得させることができた。左肩の傷は既に完治している。今アキラがいるのは最寄り駅の近くにある7階建ての立体駐車場の前…車両がスロープ状の駐車場を上っていくタイプの立体駐車場だ。駐車場は夜間は閉鎖されているが、『デュエルブライド』の身体能力なら跳び上がるか外壁を駆け上がるかすれば屋上までたやすく上がれる。
アキラはその屋上でエメルディを待つつもりでいた。ひまりや菫の推測通りにエメルディの行動原理が使命感なら、今もブライドを探しているはずだ。ひまり達3人は少し離れた場所、ヘリオールの少女の住むアパートに集まり、プルがキロロとパオレへのテレパシーで現地の映像や声を送ってくるのを待機している。ちなみにこれを聞いた時は全員が「精霊便利過ぎない…?」と驚いていた。カンニングし放題に思えるが、精霊のモラルがそれを許さないだろう。
アキラは一度周囲を見回し、人影が近くに無いことを確かめてからジュエルの中のプルに尋ねた。
「エメルディ以外のブライドは来てない?」
《大丈夫プル―――あ》
「誰か来た?」
アキラが振り向くと、そこにはプリマ・ルビア…堂本 緋李が変身したブライドがいた。アキラは意外な人物の登場に呆然とし、ついで驚き、そして片思いの相手と理解して顔面を真っ赤にした。
「どどど堂本さん!?」
「……」
「…堂本さん、だよね?」
その名を呼ぶと、ルビアの目がわずかに曇った。ブライドとして名乗ってはいるが、やはり彼女はアキラが憶えている堂本 緋李その人だ。だが―――アキラは今為さねばならないことを思い出し、気を引き締める。
「私はルビアよ。プリマ・ルビア」
「―――堂本さん。あたしには今やらなくちゃいけないことがある。だから…もしジュエルを取りに来たのなら、悪いけど後にして」
「……」
「それが終わったらまた来て。待ってるから」
その堂々とすらしている物言いに、ルビアは呆れたような驚いたような表情で目を見開く。アキラは警戒どころか笑顔すら浮かべていた。歓迎さえする言葉に困惑し、毒気を抜かれ、ルビアはため息をついてアキラの目を見る。アキラもアキラで気後れすることなく、ルビアのことを見ている。
「…何をする気か知らないけど、隙をついてあなたのジュエルを奪うこともできるのよ。それでも私が手を引くと思うの?」
「うん」
「………」
微塵の迷いもなく、アキラはルビアを信用していた。それは単に緋李に恋しているからというだけではない、最初の遭遇で助けてくれた上、ジュエルを奪うことをわざわざ予告までした、その律義さからだ。恐らく、ルビアも黒い濁りの効果を抑えているのだろう。だが、細かいことを問いただす時間は無かった。アキラは服のポケットから青いジュエルを取り出し、握りしめた。強烈な閃光にルビアは目を細め、顔の前にかざした手で光を防ぐ。
「エンゲージ…『プリマ・サフィール』!」
アキラの姿が消え、直後に同じ場所にプリマ・サフィールが立っていた。サフィールは屋上を見上げると、一度ルビアの方を振り向く。
「またね。―――いくよ、プル!」
《わかったプル!》
―――〔続く〕―――
LGBT云々については半端にポリコレ臭さを感じられたかと思います。主人公の今後の動向にかかわるシーンのためご容赦願います。
しかしこういう研修一つで今の子供たちは多様な性的志向を受け入れられるのだろうか?




