第十三話Part4⑫
リリアウラはクリスタの膝に座るシプルゥを撫でた。暖かな手に、シプルゥが心地よさそうに目を細める。
「あなたたちとここにいる精霊は、最早切っても切れない絆で結ばれている。けれど、以前のパートナーとも一度会ってほしいのです」
「そ、だよね…」
落ち込むクリスタM、申し訳なさそうにうつむくリリアウラ。他のブライド、精霊達も神妙な顔をする。
「オレ、アカリのことも好きだけど、前のヤツとも会ってみたい。残った意識とは会ったけど、ちゃんと顔を合わせたい」
口を開いたのはパミリオだった。
「会って、ちゃんとアカリの所にいたいって伝えたい」
「でも、まえの人が、精霊さんたちと一緒にいたいって言ったら……」
精霊とブライドは、切っても切れない絆で結ばれている。それはリリアウラが言った通りだが、ここに精霊を残すということは、以前のジュエルの持ち主からパートナーを奪うということでもある。シプルゥとともにいたい、しかし元のパートナー候補から奪うのも辛いというクリスタMの言葉に、全員が再び考え込む。
ただその中で一人、プルの様子だけが皆と違っていた。他の精霊達やブライド達がため息を吐くむ中で、プルだけは唸り声を上げている。アキラだけがその様子に気付き、膝の上のプルを見下ろした。何があったのかと尋ねようとしたとき。
「あっ!」
突然プルが叫んだ。驚いた全員の視線が集中するが、かまわずにプルはリリアウラの膝にしがみついた。
「ボク、アキラの所に来るとき、時間も次元も跳び越えたらしいプル!」
「そうなのですか…ですが、それが一体」
「それ、ブライドにはできないプル!? いま元の所に戻ってるジュエルみたいに!」
これはリリアウラもすぐには思いつかなかったらしい。プルに言われたリリアウラは数秒考えこみ、何かを思いついたようで、プルと顔を見合わせた。
「『窓口』! 次元や時間を飛び越えて会える、窓口ですね!」
「それプル! 女神様、それってできるプルね!?」
「お、オレもお願いするゾ!」
パミリオを皮切りに、精霊達、そしてブライド達もリリアウラに懇願した。さらにアキラが思い出す。
「ダシルヴァさん…あの人天才だから、是非雇って! 妹さん達もここから地上に降りてきた経験があるし、皆の経験を合わせれば…」
「できるか…いえ、やります。やってみせます。ここでこそ神と天使の力を使わないと!」
リリアウラはグッと拳を握り、決意を表明した。神秘的な姿と少女のような仕草のミスマッチが愛らしい。
「じゃあ、女神さま…」
「お任せください。神として、腕の見せ所です!!」
「やった!」
女神の言葉にクリスタMは喜び、シプルゥをぎゅっと抱きしめた。その肩をエメルディMが抱き寄せ、二人で喜び合う。その横でルビアMが指折り数えた。
「アキラの願いは叶う。ジュエルは新しくできる。新旧ブライドと精霊は『窓口』があればいつでも会える。天使の姉妹も雇ってもらえる。あとは…」
「お祖母ちゃんに預けた貴重品かなあ。もし世界が変わる…いや、元に戻るなら、この闘いも起こらないし、サイフやスマホも預けなかったわけだし」
「そこはまあ、自然な流れに任せましょう」
「だね。……となると、全部解決ってわけだ!」
サフィールは立ち上がり、大きく伸びをして、持ち主の許へ帰るジュエルを眺めた。
すべては屁理屈のような片づけ方かもしれない。しかし、彼女たちは十六人…十六個ものジュエルが揃っている。屁理屈だろうと何だろうと、願いが叶わないわけが無い。サフィールはここにきてようやく全てが終わったことを実感した。
「リリアウラ様、皆も呼んでもらえる? ブライドのみんなと、天使のお姉さん達と、それから…お祖母ちゃんも。全部終わったって教えなくちゃ」
「あっ、ヴァルオラも!」
「ヴァルオラ?」
「さっき会ったステラ達の『妹』。今は地上で、みんなに守ってもらってる」
「判りました。少しだけお待ちくださいね」
リリアウラが胸に手を当てて瞳を閉じると、彼女の背後に巨大な光の輪が出現し、その内側にブライド達、天使の四姉妹、ヴァルオラ、そしてアキラの祖母とトラ猫が出現した。本来なら全員の肉体が消滅してしまうはずだが、リリアウラはそれを防ぐべく防護を施したようだ。ブライド達と祖母は見慣れぬ光景に驚き、しばし周囲を見回していたが、アキラ達の姿を見つけるとすぐに駆け寄ってきた。
「アキラ、アキラ! やったんだね! 神様ぶん殴ったんだ!」
真っ先に駆け寄ってきたのは、タンザニオMこと小波だった。しがみつかれたサフィールは、彼女とガッチリ抱き合いつつ、そのあまりにいかつい姿に驚いていた。
「どしたの小波これ、『マリアージュ・リング』できたの!? 超ヘビメタじゃん! いやそれより、相手誰!?」
「へっへ、聞いて驚け。ウチのケッコン相手はこちら! 紫織さんだ!」
「ど、どうも…」
「ちなみにカエちゃんも巻き込む」
「え、私も?」
紹介されたアメイジアこと紫織はタンザニオMの背に隠れつつ頭を下げ、何の予告も無く巻き込まれたガルナこと楓は目を白黒させていた。驚きつつ三人を見比べ、ルビアMが恐る恐る尋ねる。
「…雁井さん、紅林、どういうこと? 三人で? あなたたちどういう関係なの!?」
「う、うぅん…た、ただの、とととともだち、です」
「誤解しないでください先輩。私は巻き込まれただけで…説明を、郡上さん?」
だが肝心の小波は、完全に浮かれまくっていて説明どころではないようだ。
「そぉーよ、トモ婚よ! 友達なら何人いてもいいってんだよ!」
「三人でトモ婚か! おめでとうだよ小波ィ!」
「ありがとうだよアキラ! うへーい」
「説明を…ダメですねこれは。テンション上がりすぎて話ができない」
歓声を上げて二人はハイタッチを交わし、サフィールは勢いのままにアメイジアとガルナともハイタッチした。照れるアメイジアに対してガルナは割と迷惑そうな顔だが、決して嫌がってはいないようだった。
そしてブライド達はそれぞれに報告し合った。神に浄化の光を叩き込み、全てのジュエルを解放したサフィール達四人。地上に降りた無数の神造天使を全滅させ、一人の天使を浄化した十二人。吉報にブライド達は湧いた。
女神リリアウラの紹介に始まり、サフィール達はジュエルの帰還などこれからの事、そして世界の本当の姿について説明した。全員が真実に驚き、更に今後の説明を受けたことで、闘いの終わりを実感した。ついに終わった、全てが終わったのだと、快哉を上げるブライド達。一頻り喜び合うと、持ち主の手へと戻っていくジュエルを、改めて見上げた。
「綺麗ねえ…天の川のようだわ」
感嘆のため息をつき、祖母がつぶやいた。確かに銀河の如く色とりどりで色鮮やかだ。虹色などという言葉では現わせない、まさに無限の色どりであった。
「お疲れ様、アキちゃん」
「お祖母ちゃんも、色々ありがとうね。今朝も言ったけど」
「どういたしまして」
改めて感謝を告げるサフィール。一方サフィールの腕にしがみついたプルはといえば、祖母に抱かれたトラ猫にモフモフされていた。祖母もそれに倣ってプルの頭を撫でている。神の世界に訪れた影響か、精霊に触れられるようになったらしいのだが。
「絶対に前から見えてたプル…」
「フニ~」
「精霊さん、アキちゃんがお世話になったわ。本当にありがとう」
「あっ…いえ、ボクもアキラにはいっぱい助けてもらったプル…」
祖母は、孫が同性と愛し合っていることを知っている。そして精霊の力で恋を形にした『エターナルジュエル』を持っていることも。精霊に感謝するということは、二人の恋を祝福していることも意味する。そんなほほえましい光景を見ながら、本当ならこの光景が当たり前になる筈だったのだと、サフィールは感慨にふけった。
そしてこれからは、本当に当たり前の光景になる。誰の心も否定せず、責めもしない世界に。弟のカオルのように恋を持たぬ者達もいるが、サフィールは彼らのことを心配してはいなかった。誰の心も否定しない世界なら、恋を持たない事もまた、それだけに過ぎないからだ。
これから、本当の意味で愛に満ちた日々が始まる。ふと隣にいるルビアMを見ると、彼女も同じことを考えていたらしく、目が合うと同時にうなずき合った。
その背後でうめき声が聞こえた。振り返ると、神殿の前に倒れたディセイヴィアが起き上がるところだった。周囲を見回し、自身の体に触れ、彼は自身が生きていることを確かめた。その後、宝石の柱が存在した神殿の方を振り向くが。
「ああ…あああ! ジュエルが……!」
とうに宝石の柱は砕け、全てのジュエルは解放されていた。ディセイヴィアはそれを止めるべく立ち上がろうとしたが、膝に力が入らずに這いつくばり、ただただジュエルを見送ることしかできずにいた。
やがてその視線はブライド達の方へと向けられた。
「貴様等…何と…何と言うことを…!」
彼の顔は、サフィールらを相手にしていた時からは想像できないほど、醜くゆがんでいた。憎悪が力となったか、彼は両脚を震わせながら立ち上がり、ブライド達に掌を向けた。闘う能力のない祖母と天使達を後ろにかばい、ブライド達は戦闘態勢を取る。だがその間にリリアウラが立ち、少女達を害そうとするディセイヴィアを阻んだ。
「おやめなさい、ディセイヴィア。それ以上何かしようものなら、私が相手になります」
「今更邪魔をするか、リリアウラ! あなたとて、あの時異を唱えはしなかっただろうに!」
閉じ込めていたはずのリリアウラがここにいる意味も判らず、ディセイヴィアは構えを説こうとはしなかった。リリアウラも同じく、引く気は無かった。
「ええ。ですがこの子たちが教えてくれたのです、あの時のブライド達の真意を。あなたも聞いたはず」
「ブライドがはびこれば、地上は無秩序な世界と化してしまう。必ず誰かが踏みにじられる! 真意も何もあるものか―――何が愛だ!」
「それが平和を司る神の言葉ですか!!」
リリアウラの一喝で、ディセイヴィアは思わず身を引いた。リリアウラは諭すようにディセイヴィアに言う。
「あの時、彼女たちは無益な争いを収め、世界を愛で満たすために行動を起こした。その行いをこそ、私達は支えるべきだったのです」
「だ…っ黙れぇ! 蹂躙される弱者を、私が護らねば誰が護る!」
「…何故判らないのですか。その蹂躙される弱者を、あの子たちは少しでも減らそうとしたのですよ」
愕然として、ディセイヴィアは立ちすくんだ。
平和を守る立場の彼は、いくつもの争いを見て、収めてきた。そんな彼にとって、苦しめる者と苦しめられる弱者がいるということ、そして強大な力をひとたび持てば、人類は野望や憎悪をむき出しにするということが、いつしか当然の事となっていた。だからこそ彼は、ブライド達の戦闘能力を強大な力としか見ようとしなかったのである。女神はその弱者を…逆に言えば苦しめる者を、ひいては争いそのものを、かつてのブライド達がなくそうとしていたと言う。
「…信じられるものか」
「その先を見据えられなかったのは、偏に私達の過ちです。この子達…特にサフィールが己の恋を責められたのも、元をたどればそれが原因です」
「…………」
「そして残ってしまった争いが、あるいは憎悪が、今なおどこかで火種となっているのです」
自身の行いが結果的に招いた事態だと、ディセイヴィアはついに理解した。そして絶句した彼に止めを刺したのは、リリアウラの最後の一言だった。
「あなたが愛しているのは、表面上の平和だけです。あなたは結局、何も救えてなどいない。何も護れないのですよ」
全員が沈黙した。リリアウラが告げたのは、ディセイヴィアのあらゆる行い、そして理念をも否定する、予想以上に容赦のない言葉であった。だが愛を司る女神が、愛を無碍にした者を糾弾するのは至極当然であった。そして彼への全否定ということは、神であることをも否定する言葉である。だが、と言うべきか、当然というべきか、平和を司る神たるディセイヴィアは、彼女の宣告を受け入れようとはしなかった。
「…私は、平和を守る者だ」
「ディセイヴィア…」
「強大な力は私が摘まねばならない。ブライドの力は人の手は御しきれぬ。存在を許してなる物か…!」
お題目のように唱える口元は歪み、その目は血走り吊り上がっていた。構えた掌は下ろそうともせず、一撃必殺の技を叩き込むべく、ブライド達に向けられていた。この期に及んで、彼は少女達を滅ぼさんとしているのであった。
「解き放ってしまったのなら、また収集すればいいだけの事…!」
最早力を以って押さえ込むしかないと断じ、リリアウラはディセイヴィアに輝く指先を向けた。だがその肩にサフィールが手を置く。理由を質そうとした女神に、サフィールは首を横に振るのみだった。
「サフィール…?」
「必要ない。ディセイヴィアはもう、あなたの力には耐えられない」
真意を確かめようと、リリアウラはサフィールとディセイヴィアを見比べたが、見た目には以前のディセイヴィアと変わらない姿に、リリアウラは困惑した。だが直後に考えを改め、一度目を閉じてからもう一度ディセイヴィアを見て、悲し気に目を伏せた。
果たして、ディセイヴィアが突き出した掌は―――何も生み出さなかった。
神は自らの手とブライド達を交互に見た。馬鹿な、とつぶやいてもう一度掌を突き出したが、やはり何も起こらなかった。直前に受けた『ピュリファイア・フラッシュ』が原因であることは察したのか、視線はサフィールに向けられている。だが何が起こっているか、この場で察した者はごくわずかだった。
神に浄化の光を撃ち込んだサフィール自身、彼に育てられたクリスタMとパルルス、そしてディセイヴィアの肉体を走査したリリアウラの、合わせて四人。
そのうちの一人、クリスタMがディセイヴィアの許に駆け寄った。
「…とうさま。もうやめて」
「何を…!」
クリスタMが差し出した手が頬に触れようとした瞬間、ディセイヴィアは反射的に叩いた。
その事実に、その事実の異常さに、この時ディセイヴィアは気づいた。本来なら彼に人類の手は届かない。人類と神の間には決して人が超えられぬ次元の壁が存在し、人から神へ向けられるものは全てを阻まれるからだ。神だけがその壁を越えられる筈だった。だがこの時、クリスタMの手がディセイヴィアの間近に迫り、ディセイヴィアはそれを反射的に叩いた―――人間の手が接触寸前まで近づき、さらに反射的な行動とはいえ、神が念動力の一つも出さなかったのである。
そしてディセイヴィアは自身の手を見た。指が折れて赤黒くはれ上がり、痺れと猛烈な痛みがあった。
「は…ああ……」
最後の『ピュリファイア・フラッシュ』を受けた瞬間、サフィールが力尽きかけていたことを差し引いても、超人の拳を受けてなお彼は無傷であった。だが今、彼の指の骨は砕けてしまった。その意味を、この場にいる者すべてが理解した。
「そんな…私は…わたし、は……!」
「かわいそうなとうさま」
クリスタMの瞳は、哀れみに満ちていた。しかしその宣告は、神にとってあまりに残酷であった。
「…人間の体になったんだよ。とうさまはもう、何もできない」
―――デュエルブライド』は超人である。当然頑強さも常人とは比較にならない。ブライドが何もせずとも、人間がブライドの肉体を叩けば、叩いたその手が砕けるのは自明の理である。そしてクリスタMを叩いた手の方が砕けたということは、彼の肉体が常人のそれに変わってしまったことを意味していた。『受肉』した天使四姉妹のような、人類と同質の頑強な肉体ですらなかった。
―――〔続く〕―――




