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第十三話Part2④



 ただ一つの想いを伝えるため、透き通った瞳が晴の目を見ていた。晴が押し黙ったことを受け、祖母も雪も口を閉ざした。何度かまばたきをして、ステラは晴の手を取った。何かを晴に告げようとしている…それを読み取り、誰もが黙り込んでいた。

 「ハル」

 ステラの手が伸び、晴の手を掴んだ。努めて平静を保とうとするが、晴は自分の声がわずかに上ずっていることを自覚した。

 「なに?」

 「ステラね。ステラは、ね」

 「うん」


 「ハルのこと、好き」


 好き。

 ステラの告げた一言が、視線と共に晴の胸に突き刺さった。途端、晴はつながれた手を離してしまった。驚きに見開かれるステラの目から、晴は視線を逸らし、ゆっくりと立ち上がった。その表情は影になって、ステラにもつられて見上げた雪達にもよく見えない。

 晴は荷物を手に取ると、つぶやいて背を向けた。

 「ごめん。ちょっと、考えさせて」

 絞り出すような声で一言だけ残し、晴は玄関を出た。自転車を押して門を出たところで立ち止まり、胸に手を当てる。自身の胸から手へと激しい鼓動が伝わった。自身も知らなかったその鼓動は、晴を戸惑わせた。否。この鼓動の正体を、友から聞いて晴は知っている。


 これは恋だ。


 アキラが緋李に抱き、桃がリオに焦がれ、大墨姉妹を結びつけた感情。晴が魅入られたのはステラの瞳…どこまでも純真なステラの瞳だ。

 (私、恋したんだわ。ステラに)

 自らの強烈な感情を、晴は受け止めきれない。ブライドにされた少女達を救うために闘い始め、自らの願いを半ば捨てていた晴の、それは初めての強烈な感情だった。呼吸が荒くなる。胸が苦しくなり、晴はしゃがみこんで鼓動が収まるのを待った。

 (…苦しい。心臓が爆発する。ステラもこんなに苦しかったのかしら)

 数分待ってもそれは一向に収まらなかった。立ち上がることもできず、晴はしゃがんだまま祖母の家の塀に寄りかかった。と、そこに足音と自分を呼ぶ声が聞こえ、晴は振り向いた。緊張感のない顔と声でやってきたのは芽衣だった。

 「晴さぁ~ん」

 「芽衣…」

 「やあ、遅れてごめんなさい。ちょっと用事があって―――晴さん!?」

 晴の表情に驚き、芽衣は表情をこわばらせつつもしゃがみこんで、晴の顔を覗き込んだ。

 「どうかしたんですか、晴さん…泣きそうな顔してます」

 「え…」

 「ステラさん達と喧嘩でもしました?」

 「いえ……大丈夫よ。その、ステラと…ちょっと」

 問い詰められた晴は素直に答えず、言葉を濁した。だがそれだけで何かを察したらしい芽衣は、一度目の前のアキラの祖母の家を見て、それから晴の肩に手を置き、諭すように言った。

 「…黒絵さん達に相談してみてはどうでしょうか」

 「黒絵達に…?」

 「はい。僕では多分、何も答えられそうにないですから」

 それじゃまた、と言って晴は祖母の家の玄関で呼び鈴を押した。半ば呆然としつつ晴は立ち上がり、自転車に乗って芽衣のマンションに向かった。黒絵と黒羽は現在芽衣のマンションに住んでおり、株取引をしているとかでそれなりに不自由のない生活を送っているらしい。到着したところで二人に電話をかけてエントランスのロックを開錠してもらい、姉妹の部屋に上がった。二人の服装は相変わらずのゴシックロリータで、紫外線が差し込まないようにカーテンも閉めて室内の照明を点けていた。出迎えた黒羽とスミノンの一言が、これもまた晴の胸に突き刺さった。

 「おんやまぁ、こりゃこりゃ。今にも死にそうな顔してるっぺや」

 「うそ、そんなに…?」

 「そんなにですノン。ロープやナイフを持たせたら、流れるように自殺しそうですノン」

 黒羽に連れられてリビングのソファに座ると、黒絵はそれまで操作していたタブレットPCをテーブルのスタンドに立てかけて晴の顔を見た。抱いた感想は殆ど黒羽と同じらしいことが、その驚愕した表情から見て取れた。二人は並んで座り、黒絵が対面の晴に尋ねた。

 「緑川様、何か大変なことがありましたのね?」

 「…うんまあ、そうね」

 この期に及んで言葉を濁す晴に、ジュエルから飛び出したペルテが呆れながら言う。

 「おハルさんや、正直に申し上げた方がいいモフ。お二人はある種のエキスパートだモフ」

 「エキスパート…」

 なるほど、生まれついて恋で結ばれた二人は恋愛ごとのエキスパートといえばその通りだ。晴の相談に答えようという今この時も、黒絵と黒羽は手をつないでいる。晴は苦笑しつつ意を決した。

 「私、ステラに恋したの」

 「あら! あらあらあらあら」

 「ふぬぬぬぬぬ…これはおめでたの宝石箱じゃ」

 「そうでもないのよ」

 力なく笑う晴の言葉に、意表をつかれたように黒絵と黒羽は首をかしげる。晴は話を続けた。

 「私、今まで恋なんて考えたことも無くて…だからどう受け止めていいのか判らない。アキラやあなた達みたいに、自分の気持ちに素直になれないのよ。気持ちが大きすぎて、強すぎて、自分の心なのに…怖い」

 言葉にして初めて、晴は自分の初恋を自分でどう思っているのか理解した。巨大で純真な感情への恐怖だ。予想もしなかった、今までに感じたことの無い感情を受け入れる事が、自分自身を別の何かに変えてしまいそうで恐ろしいのだ。

 「ステラさんは、緑川様の事をどう思われてますの?」

 「…多分、好かれてると思うわ。恋愛の意味で」

 「なるほどのぉ。事実なら両想いでごわすな」

 黒羽の言葉で、ステラとの関係を晴は実感した。

 「そうよね。その筈なんだけど……私、ステラから逃げてきたのよ」

 「逃げちゃったでしゅのん? なんででしゅのん?」

 話を聞いていたのかいなかったのか、今の今まで黒絵の背中にいたクロノンが顔を出した。黒絵は肩に乗ったクロノンの頭を撫で、膝の上に座らせてやる。

 「…ステラの目が綺麗すぎて、どうしていいのか…判らなくて…」

 「緑川様は、ステラさんの目にどうしようもなく惹かれましたのね」

 黒絵が言ったまさにその通り、晴はステラの瞳の美しさに惹かれたのだ。それは恐らく、初めて出会った時…アキラに連れられて晴の部屋を訪れた時からだ。アキラが祖母の家に電話して連れていく相談をしていた時。ステラと目が合った―――晴は、ステラを見ていた。先刻目が合ってはすぐ逸らしたステラと同じく、晴はステラを見ていた。恐らくあの時、既に惹かれ合っていたのだろう。

 「ええ」

 美しすぎて、それに惹かたという事実を心が受け入れることができない。恋であるという事実が、判っていても受け入れられないのだ。

 思い返して苦しむ晴を見て、黒絵が身を乗り出した。

 「緑川様」

 「なに?」

 「奇跡のような、素敵な出会いでしたのね」

 目が覚めるような黒絵の一言。晴は驚きを隠せず、目の前の黒絵を見つめた。

 「素敵な出会い?」

 「ええ。だって、ステラさんは空から降りてきてくださったんですもの。普通に生きていたら、まずあり得ない邂逅ですのよ」

 「じゃのお。我らが生まれた時より一緒におった以上の奇跡であ~る。なあ姉様や」

 「そうですわね、黒羽」

 うなずき合う二人。困惑する自分に対して笑顔を見せる二人の反応に、晴は戸惑った。それに気づいた黒絵は諭すように言う。

 「神様などには手の届かない、お二人だけの奇跡ですのよ」

 「私達だけの…?」

 「ええ。ですから、その奇跡を大切にして差し上げて。あなたたちだけの奇跡なんですもの」

 「……私達、だけの」

 黒絵の答えに晴は半ば呆然とし、そしてそもそもの出会いというのがステラが人類の世界へやってきて、そしてアキラが出会わせてくれたことである事実を晴は思い出した。この地上から存在を消されたはずの少女が目の前にいて、仲間が出会わせてくれたということを。確率などと言う物を超えた、本当の奇跡だ。

 その奇跡を大切に。愛しい人とともに生まれ結ばれるという奇跡を経た黒絵と黒羽は、晴にそう助言する。

 (奇跡を、大切に)

 その言葉の意味を、晴が理解しようとした―――まさにその時だった。

 ポケットの中に入れたジュエルが突然高熱を発し始めた。揃って立ち上がり、窓から周囲を見回す。ペルテ、クロノン、スミノンも浮遊して周囲を見回し始める。天使が活動し始めたようだが、マンションからは姿が見えなかった。

 ふと、晴は出がけにペルテから聞いた言葉を思い出した。

 「ペルテ、天使の気配はいくつある?」

 「二つあるモフ…片方は遠くにあるモフ…」

 「…ステラ!」

 晴の叫びを聞き、黒絵は急いで玄関横のパネルを操作してエントランスを開錠して、黒羽と共に日傘を用意した。三人と精霊達は急いでマンションを出て、ステラがいるアキラの祖母の家に向かおうとした。エントランスを出て、芽衣に電話をかけようとした直後。視界の隅に何者かの姿が見えた。

 思わず立ち止まり振り向いた晴達の目に、白い詰襟の服を着た長身の美女が映った。胸には黄金色の『オーラクリスタル』を備え、同じく黄金の髪がなびいている。美しい顔立ちだが、その両目は極めて凶暴だった。背後には翼に似た形の光が明滅している。

 地上に降りてきた天使のうち一人だ。

 「…サフィールじゃァねぇのかよ…まァ良いかァ」

 気怠げな視線で晴達を睨みつけ、黄金の天使は首筋を掻いて髪をかき上げると、天使は胸の前で両手を交差させた。

 「オレは『アンジェ・ゴルディエ』。てめェらを全員―――殺す!!」

 鋭利な金属音を上げ、突如出現した左右のガントレットが両腕を覆う。同時に晴達もジュエルを取り出し、精霊達が飛び込んだ直後に変身した。

 『エンゲージ!!』

 三人の姿がそれぞれプリマ・エメルディ、オネスキア、オベスティアに変わる。

 サフィールのように『マリアージュ・リング』を発動していない以上、地力で勝る天使相手では三人に勝ち目はないのは明らかだった。といって、逃げ道もあるわけではない。運よく逃げられても自分達が追い付かれるか、他のブライドが狙われる。特にサフィールことアキラは確実に狙われ、周辺も被害に遭うだろう。

 (―――闘うしかない!)

 エメルディは逃走よりも戦闘を選び、瞬時にゴルディエとの距離を詰める。背後からはオネスキアが身を低くして追随し、オベスティアが一度背に隠れた直後に上空から飛び掛かるのを、精霊達のテレパシーを通じてエメルディは察知した。ゴルディエの眼前に接近し、左腕のトンファーを振るった。

 だがゴルディエはエメルディのトンファーを片手で受け止めたのみならず、オネスキアの低位置からの傘での突きを軽く上げた膝で、オベスティアの跳躍からの唐竹割をかざした掌で難なく受け止めた。

 「やっぱただの『デュエルブライド』は弱ッちいよなァ」

 獣のごとき牙をむき出しにして、ゴルディエは笑った。直後に脚を振り上げてオネスキアの背を踏みつけ、オベスティアを傘ごと振り下ろして地面に叩きつけた。

 「がはッ!」

 「うぐぇっ!!」

 凄まじい腕力も脚力の一撃で、二人の体は一撃でアスファルトを砕いて数メートルめり込んだ。続けてゴルディエはエメルディを引き寄せて腹に掌打を叩き込んだ。直後にエメルディの腹で爆発が起こった。

 「うっ……―――!」

 地面が強烈に振動し、超高温の灼熱が爆裂して、悲鳴を上げる暇すら無く吹き飛ばした。エメルディの体は地面を抉り、地下の下水管や送電線を破壊して深く地面に沈む。アスファルトが爆散し、焼け落ち溶解して飛び散る。

 「うああああっ!!」

 「緑川様!」

 「おハルどの!!」

 爆発の余波は道路沿いの地下や民家まで破壊した。強烈な地面の震動や飛び散ったアスファルトの破片で、付近の住宅の塀、外壁や屋根が砕けた。慌てふためく住人達が飛び出し、瞬く間に路上はごった返した。

 オネスキアとオベスティアはエメルディを助けようと地面から這い出たが、その眼前に立ったゴルディエが二人を見下ろした。ブライド達を殺すと宣言したゴルディエの姿に、いつかの恐怖がよみがえる。かつて自分達を毎日物置に閉じ込め、時に掃除用具で殴り小突き回した人物を想起した。

 「よォ。立てよ」

 ゴルディエの整った顔立ちにべったり張り付いた邪悪な笑顔は、顔の造作こそ全く異なる物の、かつて父の家に勤めていたあの家政婦とよく似ていた。恐怖が純白と黄金の天使を(かたど)り、二人に迫る。



 時を同じくして、ステラ達にも天使の手は伸びていた。

 ステラ、雪、芽衣の三人は突如ジュエルが帯びた高熱に警戒し、いつでも外に出られるよう縁側に靴を用意して、一階の居間に待機していた。隕石もといオーラクリスタルが落下した時と同じ、すさまじい熱だった。間違いなく天使が来たのだ。

 その時呼び鈴の音が鳴った。祖母が玄関に向かうと、一瞬だけ三人の緊張が解ける。だが同時に、ジュエルは一層熱くなったのである。ステラ達は戦慄し、視線を玄関の方へと向けた。

 「お姉ちゃん、外には見当たらないよ」

 雪は念のためスノアとともに外を見ていたが、家の外や屋根の上に天使らしき姿は無かったという。ならば考えられるのは、やはり今しがたの来客だ。

 「…じゃあ、玄関にいるのって」

 「多分そうです。天使が正面から来たんですね」

 ステラと芽衣が玄関の方に身を寄せる間に、雪はトラ猫を抱えて外に放してやった。

 「ネコちゃん、ここは危ないから逃げて。早く、なるべく遠くにね」

 「フニ~」

 雪の言葉を理解したのか、トラ猫は塀をよじ登り越えて姿を消した。その後で雪もすぐに二人に身を寄せ、耳を澄ませる。足元にいたシプルゥとスノア、芽衣の頭上にいたラムリンはそれぞれのジュエルの中に飛び込み、変身の準備を整えた。三人と精霊は玄関での祖母と天使であろう人物の会話に耳をそばだてた。

 「ここにクリスタとパルルスがいるはずだ。出せ」

 ぞわりと三人の背筋に悪寒が走る。オーラクリスタルが落下してからのわずかな時間で、天使はステラ姉妹の正確な居場所を探り当てたのだ。そしてステラと雪は、その声に覚えがあった。かつて叩きのめされた相手というだけではなく、一人だけある種の熱意を持って姉妹を指導していた天使だ。ステラも雪も人類の世界に降り立ってから数ヶ月、色々ありながらも幸福な生活の中で忘れていた存在だった。

 「お姉ちゃん、あの人多分…」

 「うん」

 「お知り合いですか?」

 芽衣の問いに二人はうなずいた。

 「天使…アンジェ・アグレア。よくわからないけど、ステラ達を熱心に鍛えてたひと」

 「そうだ。あのひと、あたしたちに『お前達は天使になるのだ』って言ってた!」

 「天使になる、ですか…じゃあもしかして、お二人を連れ戻しに来たんじゃないですか?」

 芽衣の推測に、ステラと雪は顔を見合わせた。その間にも祖母はアグレアと思われる天使に応対していた。

 「ごめんなさい、ここにそんな名前の人はいないので…」

 どうやら祖母は外国人の事だと思っているらしい。厳密にはステラの出生地が日本国外と思われるのだが、それでも全く異なる名前なので祖母には覚えが無い。答えを聞いて帰るかとステラ達は期待したが、天使はそんな物わかりの良い相手ではなかった。

 「隠すのか。貴様らの流儀に合わせて丁寧に尋ねてやったのだがな」

 アグレアの呆れたような声と共に、ジュエルが更に熱を増した。思わずステラと雪は駆け出し、芽衣が後を追って三人は玄関に駆け込んだ。祖母の目の前には水色の髪に白い詰襟の服を着た天使、アグレアが立っている。ステラ達はジュエルを握りしめ、三人同時に変身した。

 『エンゲージ!!』

 一瞬だけ姿が消失し、『デュエルブライド』の装束を纏う三人が現れた。状況が判らずに混乱している祖母と三人に気付いたアグレアの間にクリスタが立ち、パルルスとペルドッサは祖母の体に左右から覆いかぶさる。

 その直後、祖母を加えた四人の周囲に猛烈な熱風が吹いた。皮膚を焼かんばかりの高熱、竜巻の只中かと紛う風力に、クリスタ達は思わず目を閉ざす。熱風は数秒で過ぎ去り、収まった。

 「やはりいたじゃないか。帰るぞ、二人とも」

 クリスタとアグレアの目が合った。帰ると言った彼女の視線には、微塵も愛情が籠っていない。二人に対しての好感や善意からの行いではないと、クリスタ達はすぐに悟った。

 その直後。背後の壁に無数の穴が空き、突如無数の破片と化して壁が…そして家全体が、崩れ落ちた。



―――〔続く〕―――

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