第十三話Part2①
変身ヒロイン百合アクション第十三話、第二部。
事実上のおねロリ。
『デュエルブライド』達は再契約のための異空間にいた。
星が輝く夜空の下、無数に宝石の柱が乱立する不思議な世界で、ブライド達は異形の集団を目の前にしていた。見覚えのある生物に似た者もいれば、言語では表現できない姿を持った者もいる。姿かたちは様々ながら、一様に感じ取れるのは穏やかさと理性、慈愛に満ちた視線であった。人体でいう眼球に相当する器官が見当たらない者も同様だ。
そしていずれの個体も、それぞれ体躯に合わせる形でアレンジされてこそいたが、共通する意匠の装束を身にまとっていた。リボンがなびき、それぞれに持つ『エターナルジュエル』がジャケットの胸に輝いていた。紛れも無く、目の前にいる異形の生命体が『デュエルブライド』であることの証明だ。そしてそのジュエルの色は、この場にいるアキラと緋李を除く、十四人のブライドが持つそれと同一だった。模造品や同色の別のジュエルではなく、同一のジュエルである。ブライド達はパートナーの精霊を、ある者は肩や頭に乗せ、ある者は胸に抱いている。ブライドと精霊、全員が目の前に居並ぶ異形を見つめていた。
《あなた達がこの世界のブライドなのですね》
異形の群れの中から、四本の肢と背中に鎧のような甲羅を持つ大柄な獣が前に出た。全身を金属質に輝く鱗に包まれ、地球のいかなる獣とも似ない顔。鋭利な牙を光らせながらも、視線は温かい。胸には深い緑色のジュエルが輝いている。晴が持つ物と同じジュエルだった。獣と目が合うと晴はわずかに緊張した。それは恐怖ではなく、高潔な者に対する畏敬の念からだった。
晴が胸に抱いているペルテが、獣の顔を見て驚いていた。獣はペルテに寄り添い、懐かし気に目を細めた。
《お久しぶりですね、ペルテ。わたくしと出会った時は別の姿でしたか。すっかり愛らしくなってしまって》
「はい、モフ…お久しぶりだモフ」
獣は穏やかに笑っている。どうやら獣とペルテは知り合いらしい。次いで獣は晴に視線を向けた。
《わたくしのジュエルとペルテを受け継いでくださったのは、あなたですね?》
「は、はい…」
《サフィールが会わせてくれた時は碌に話せませんでしたね。改めまして、わたくしが以前のエメルディです》
「初めまして…今の、でいいのかしら。今のエメルディです」
「そうだったモフか、あの時の…気づかなくて申し訳ないモフ…」
《仕方のない事です》
碌に話せなかった。そう言われて晴が思い出したのは、芽衣のジュエルを浄化した日の事だった。サフィールに手を握られ、芽衣を救うと決意した時、託すという声が聞こえた。あの声は目の前の獣の声だったのだ。獣は頭を下げると、晴とペルテもつられてお辞儀をした。獣は先ほどブライド達が感じた通りに礼儀正しく、極めて高い知性と豊かな心を持っている。
《あなた達全員と話をしたいところですが、わたくし達の意識が保つ時間は限られています》
「緋李…この場にはいないけど、ルビアからも長くはもたないと聞いたわ。だから二つだけ答えてほしい」
《わかりました》
晴は全員を見回した。集まったブライド達で再契約の前に話し合い、質問事項を決めていた。全員がうなずいたのを確かめて、晴は獣に問いかけた。
「『エターナルジュエル』とは何なのか。あなたたちに何があったのか。私達はそれを知りたい」
すべてのジュエルの浄化は済んだが、自分達が持つ宝石が一体どこからどのように生まれ、そしていかなる力を持つのか。神に呪われたジュエルをあてがわれただけのブライド達は、その秘密を未だに知らなかった。精霊達の中にはペルテのように以前の持ち主と顔を合わせた者、ジュエルが生まれた瞬間に、さらにはジュエルを生む前に封印された者達もいる。この中ではジュエルの真相を知る物の方が少なく、ペルテとてすべてを理解しているわけではなかった。
《『エターナルジュエル』…わたくし達も全てを知っているわけではないのですが…ここにいる我ら、全員が知っている唯一つの事があります》
「全員が?」
《はい》
晴の問いかけに対し、獣は自らのジュエルに手を当て、答えた。
《少女の恋が生み出す、無限の力を持つ石です》
「無限の力…」
《はい。しかしそれ故に、あの戦争が起きた日。全てが奪われました》
それは初めてブライド全員が集まった会合の翌日、夕方のことだった。そして晴は、恋という言葉を聞いたステラが、自身の隣で表情をこわばらせていることに気付かなかった。
ジュエル・デュエル・ブライド:
第十三話「Paradise in flames」
Part2:”Unbent,Unbowed,Unbroken”
「それで伊代ちゃん達が変身できてたわけか…」
「そゆこと。恋だけじゃなく、時々友達同士とか、一方的な独占欲とか、そういうのでも生まれるんだってさ」
「うみゅ」
「そして、その力を利用しようとした軍隊と、惑星間戦争に利用されるのを拒否したブライド達の間で戦争が起こった、というわけプルね」
「うん。んで、ブライド側が勝った直後にジュエルの封印が始まったんよ」
芽衣のマンションの屋上で、アキラとプルはブライド達の再契約の事、そして過去のブライド達の話を小波から聞かされていた。ロゼルのクリスタルの浄化を終えてから時間が経ち、既に夕方になっていた。小波達が自身の知らぬ間に再契約したことは、確かに残念ではあった。だが天使がまた現れるかもしれないこの状況では、身を守れないまま殺害されるよりは…と、複雑な気持ちになる。
「黙っててごめん」
「いや…いつかはやらなきゃいけないって、あたしも思ってたから。複雑ではあるけどさ」
「もしイヨが変身してなかったら殺されてたプル」
「うん。結果からすれば正しいことをしたんだ、小波達は」
アキラは疲労した体をフェンスに預けながら答えた。疲れ切った顔には、仲間達が再契約したことへの悔恨、そして安堵が同時に現れていた。眼下にはいつもの街が広がり、しかし都心の方ではわずかながら煙が見え、サイレンの音が聞こえた。
都心にほど近い所にあるこのマンションからは、ビルや路面が破損した大通りの様子がよく見えた。ニュースによると隕石の落下で道路と地下の設備が破損し、停電・断水、地盤沈下やガスの噴出があった…ということになっている。避難した市民へのインタビューでは『妙な服を着た女の子を数人見かけた』などという答えもあったが、誰も本気にすることは無かったようだ。負傷者こそ多数出たが、奇跡的に死者は全く無かったという。
一方で、アキラも仲間達に天使ロゼルから聞き出したことを話していた。神がジュエルを奪い封印あるいは呪いをかけたのは、人類に『エターナルジュエル』を持たせず、世界に立ち向かう意思や願いを徹底的に排除し、世界の平和を守ることであるという事を。
「神様から見たら、ウチらは世界を滅ぼす邪悪なJK集団ってことになるんだね。ボスはアキラ」
「勝手な話だよ。あたしはただ恋して、皆がそれを支えてくれるってだけなのに」
「そんで、神様は同じ理由で、前のブライドからジュエルをお奪いになられたわけでございますよっと」
「あたしたちのジュエルって、そんなにすごいものなんだ…」
アキラは首から下げたジュエルを夕焼けの空にかざした。確かにこれはアキラの恋から生まれ、最初に願ったのはひまりのジュエルの浄化。晴がピュリファイア・フラッシュを使えればと願い、ルビア並みの俊足も実現した。『願いをダイレクトに叶える』というロゼルの言い分は間違いが無い。ただ一つ、引っ掛かることはあった。同じことを考えていたプルがアキラに問う。
「ロゼルは代償無しに願いをかなえるって言ってたプル…でもアキラ、そんなに何でもかんでもかなってるプル?」
「でもないかなあ。宿題なくなれって思っても叶わなかったし」
「条件があるのかもしれないプル」
「条件?」
腕組みしつつふよふよと宙に漂うプルは、いたって真剣な顔をしている。
「条件っていうか―――『何かのためのお願い事』とか」
「何かのための…」
プルに言われ、アキラは先ほど頭の中で列挙した願いを並べたてた。共通するとすれば全てブライドに絡むことで、ブライドを助けるための願いと言えば確かにその通りではある。だが、果たしてそれはブライド達のために願ったことなのだろうか…先日アキラ自身が言った通り、仲間達を助けたことはいわば偽善であり、極めてエゴイスティックな行為であることは自分自身が理解していた。ならば、むしろ仲間のためとは考えにくい。
「…わからない。小波達は何か聞いてない? 前のブライドから何か」
「うんにゃ。そもそも願いを叶えられるっていうこと自体知らなかったみたい」
「そっか…あたしもなあ、あの時は無我夢中だったから」
「『マリアージュ・リング』つったっけ、めちゃめちゃパワーアップしたの」
「うん…」
アキラが起こしたということは、アキラ自身が何かのために願ったのは確かなはずであった。それを思い返そうとしたとき、屋内に通じるドアが開いて芽衣が顔を見せた。
「アキラさん。天使の人が目を覚ましたそうです」
「わかった。今行く―――小波、考えるのは後にしよう」
「後ね。手遅れになる前に判るといいんだけど」
「うみゅ」
四人は芽衣の部屋に戻った。リビングにはブライドと精霊が全員揃っていて、その前に座っているのは詰襟の白い制服に身を包んだ天使―――否、元天使のロゼルだった。薄桃色の髪色や人工物を思わせる美貌は変わらず、しかしクリスタル浄化前と比べるとどこか存在に確かさとでも言うべきものをアキラは感じた。
「…サフィール」
「体の具合は悪くない?」
「ええ。…私に訊きたいことがあるそうですね」
アキラは頭にプルを乗せたまま、ロゼルの前の椅子に座った。その隣には緋李とパミリオがいる。他のメンバーは壁際に寄って様子見に徹していた。しかし総勢三十二人分の視線にさらされ、元天使である彼女も不安と緊張は隠せないようで、表情がわずかにこわばっていた。芽衣がキッチンに立ち、お湯を沸かしてロゼルの前に紅茶を出した。
「…これは」
「人間の世界のお茶です。あなたの体が人間と同じなら、味覚もある筈ですから。どうぞ」
「……」
芽衣から出された紅茶に、しかしロゼルは怪しんで手を付けない。芽衣は何も言わずカップをロゼルが座った椅子の横のテーブルに置き、キッチンに戻った。
アキラは身を乗り出し、ロゼルに問う。
「神様の世界に行く方法を知りたい」
「なぜそれを私に問うのです?」
「あなたが向こうから送られてきたはずだから。戻る方法も知ってるのかなと思って―――クリム」
呼ばれたクリムが楓のジュエルの中からピョコッと顔を出す。どこで手に入れたのか、その手には小さな本を持っていた。どうやら百科事典か何かのようだ。本をめくり、目当てのページを見つけて目を止めた。
「天使さまは地上に降りる際、オーラクリスタルに自らの精神と能力を封じ込めて一度肉体を消失。降りてからは地上の物体に干渉するために、『受肉』により地上の人類と同質の肉体を再構成する。間違いないですクム?」
「はい」
「で、思ったんだけど。それと逆に、あたしたちが神様の世界に行く方法ってのは無いの?」
クリムがジュエルの中に引っ込むと、ロゼルは間髪入れずに答えた。
「ありません」
「…そっか」
「人類が能動的に神に近づく方法は無いのです。こちらの世界の絵本に『天使たちに連れられて』とありますが、我らが主が承認しなければ連れていくことはできません」
「となると、殴り込む方法はないのね。アキラ、どうする気?」
緋李に問われてアキラは答えられずにいる。他のブライド達もどうしたものかと頭を悩ませているようだ。その光景を見ながら、ロゼルはクリスタルを元に戻せない限り任務を果たせないこと、そして帰還もできないことの無念さを感じ、同時に何故ブライドたちがここまで神に刃向うのかと内心で首を傾げた。
人類にできることは限界がある。『デュエルブライド』は超人ではあるものの、所詮は人間の身体能力が増幅されただけに過ぎない。まして自分達天使のような、身体由来の技能以外に能力は持たない。持たない筈だったのだ。
(……だが、あの人類は)
プリマ・サフィールは、恐らくロゼルを退けたいという意思によって、天使に勝る身体能力強化を果たし、さらに高速で行動する能力も得た。身体強化以上の恩恵があり得ないはずの『デュエルブライド』が。神ことディセイヴィアはサフィールの存在を極度に警戒していた理由は、サフィール自身の願望を、ジュエルが最適な形で叶えてしまうケースが多発したからだという。今回の強化は、まさしくその実証であった。
ロゼルの胸に湧いたのは、ただの人類にすぎないサフィールことアキラがそこまでできたこと…その行動の出発点への疑問だった。ロゼルはアキラ達が思考に没頭しているのを遮り、手を挙げた。
「サフィール。私からも質問があります」
「ん? ああ、どうぞ」
「何故お前は、我らが主と闘おうとまで思ったのですか?」
ロゼルの質問の意図を理解しかねたのか、アキラは首を傾げた。説明のためにロゼルは話を続ける。
「お前とルビアは―――その、『特殊な感情』で結びついている」
「恋を特殊な感情というならそうだね」
「他にも同様の感情を持つ人類はいて、普段は隠れて交流していると聞きます。それでは駄目なのですか?」
ロゼルの口調には、戦闘時と同様にいかなる感情も籠っていない…強いて言うなら純粋な疑問だけがそこにあった。自分どころか相手まで危険な目に遭う可能性があるにもかかわらず、周辺からの理解を得られない関係を続けようとするのは、そしてそれを神に認めさせようとするのは何故なのか。ロゼルも管理者たる神の下で働き、そのような人類は何体も見てきた。同じ行動に出ない理由は聞いておくべきだと、ロゼルは思ったのである。アキラは疲れたように苦笑して答えた。
「…そうだな。『普通』だったからかな」
「普通?」
「うん。あたしの中に自然にうまれた気持ちだから…それで信じちゃったからじゃないかな」
答えると、アキラは緋李の手を取った。
「あたしはこの人に、一生愛を捧げるんだろうなって」
「一種の狂信ですね」
「自分でもそう思う。天使のあなたには理解できないと思うけど」
「ええ」
ロゼルは素直にうなずいた。しかしアキラはそれも理解しているらしく、とくにその主張を押し付けようとはしなかった。ただ、現状に対する不満は次々と口から出てくる。
「世の中ではあたしみたいな恋は普通じゃないって、そう思われてる。そういうのの認知のために教育や活動も進められてるけど、その程度じゃ普通の事だとは誰も思わない。あたし達自身も含めて」
「ええ」
「今のままじゃ、普通の事になるには時間がかかりすぎる…でもさ。今言った通り、あたしの中には…そして緋李ちゃんにも、普通に生まれた恋だ。だからかな…この間ちょっと揉め事があったんだけど。その時自分と世の中はズレてるって、何となく感じて」
アキラは一息置いて、ロゼルの目を見ながら言う。
「あたしは今、こうやっている今、恋がしたい。普通の恋として、緋李ちゃんと恋がしたい」
「普通のですか」
「うん。だれにも後ろ指差されず、むやみにもてはやされもせず。ただの恋人同士として」
「……」
「それが出来ない世の中にしたのが神様だっていうなら、ぶん殴って変えさせてやるって。あたしは決めた」
正直なところ、ロゼルには理解しがたい情動だった。二人の間の感情は生物として発生し得ない物だ、という意見そのものは変わっていない。
ただ、ブライド達が自身に抱かせた脅威の起点…単なる指揮能力だけでなく、彼女達が自ら闘うと決めた決定打が、サフィールとルビアの間の特殊な感情であることは、サフィールがリーダーであることから察していた。すなわち、サフィールの恋を助けようとしているのだ。
神が人類をジュエルを封じ徹底的に管理するのは、人類同士の争い、あるいは神への反抗を起こしてほしくないからであった。そのこと自体でロゼルは疑問を抱いていない。だが、目の前のアキラ達がそれを砕こうとするのを、ロゼルはどうしてか止める気にはなれなかった。自身を真正面から見つめるアキラに、ロゼルはややためらいつつ尋ねた。その口調はロゼル自身が思ったより穏やかだった。
「できると思うのですか、お前は」
「…」
「我らが主の許へ向かう方法はありません。手段がないにもかかわらず、お前はできると思っているのですか」
できるものかと嘲らず、させてなるものかと止めもせず。ロゼルがあくまで静かに尋ねたのは、アキラの目に宿る意思を見てしまったからだ。目先の欲望、他者への怒りや不満、自己顕示欲のようなものが一切無い…奇妙な話だが、とても誠実な目だった。自身の心、隣にいる緋李、そして仲間達を絶対に裏切らないと、アキラの目は雄弁に語る。だからこそ―――ロゼルは、狂信と切って捨てたにもかかわらず、確かめたいと思ってしまった。
「やるよ」
そして、アキラの回答は極めてシンプルだった。
「―――そうですか」
「うん」
迷いはなかった。いかなる手段を採ってもという、アキラの意思は天使程度では曲げられまい。諦めではなく理解として、ロゼルはそう思った。
そして身を乗り出し、アキラに言う。
「…あくまで可能性の話ですが。お前が果たした進化それ自体が、もしかしたら神に近づく方法の一つなのかもしれません」
「どういうこと?」
「身体能力もですが、神が施した防壁を破壊したのです。神に刃向かえる。…手が届くかもしれません」
ロゼルは自らの掌に『オーラクリスタル』であった石を乗せた。既にくすんだ灰色の丸い石と化し、近寄った精霊達が触れても何も起きなかった。ロゼルの話を聞き、そうか、そうか…と判っているのかいないのか、アキラはうなずいていた。その様子を尻目に、隣に座る緋李が問う。
「何故教える気になったの?」
「わかりません」
「神様を裏切る気?」
「いいえ。ですが」
ロゼルは横に置かれていた紅茶のカップを手に取った。
「管理する側として、管理対象の意思を無視するのはフェアではない…気は、します」
「そう……ありがとう」
「いえ。…私も今、自分の心がよく判らないですから。何故、そう思ったのか…」
短い返答の後、ロゼルは紅茶を一口飲んだ。神の世界では飲んだことが無かったのか、それとも天使の肉体とは異なる味覚に戸惑ったのか、揺れる紅茶を見て不思議そうな顔をしている。他のブライド達にもいつの間にか芽衣は紅茶を配り終え、皆が少しずつ飲んでいた。ロゼルはその様子を見て、初めて自分がアキラ以外のブライドに目を向けたのを理解した。
その中で二人、紅茶に手を付けずに、怯えた表情でロゼルを見ている少女たちがいた。かつて神の許で鍛錬させられていた二人、ステラと雪だ。その近くには晴と芽衣が控えている。
「ルビア、あの二人は」
「ステラさんと白峰さん。クリスタとパルルスよ。神様の『娘』で、以前あなた達の所にいたそうだけど」
「…記憶にありません」
ロゼルの答えを聞いて、ステラ姉妹の肩がビクリと震えた。あれだけのことをしておいて記憶にないのかと、二人の顔にみるみる怒りが湧いた。隣に座る晴と芽衣が押さえていなければ、今すぐにでも飛び出して変身していただろう。それに気づいて思考への没頭を止め、アキラは顔を上げてステラ姉妹の方を見つつ、諭すようにロゼルに言った。
「フェアじゃないと少しでも思ったなら、記憶に残るようにはなるかもよ」
「そうでしょうか?」
「あなた次第だけどね。ステラも雪も変われたんだし」
その言葉に首をかしげたロゼルにアキラは答えず、ステラと雪は何を感じたか、わずかに表情をゆるませた。その後も不思議な雰囲気の茶会は続いた。
全員が紅茶を飲み終えて会合が終わる頃、ステラは目の前に元天使ロゼルがいつの間にかしゃがみこんでいることに気付いた。雪と共に紅茶を飲み終えて隣の晴に手渡したところで、自分たちを見上げる視線に気づいて姉妹揃って声を上げる。
「ひゃあ!?」
「…あの。お聞きしたいのですが」
覗き込むロゼルの視線はいたって真剣で、純粋に疑問だけを浮かべていた。子供の…それこそ自分たちの目とそう変わらない視線に、二人は驚きを隠せなかった。
「なっ…なに!?」
「お前達は本当に、我らが主の『娘』なのですか?」
「………へ?」
「お前達のような…どう表現すれば良いか…自分自身の心を持った顔には憶えがありません」
質問の意味を一瞬判りかね、数秒考えてやっと二人は理解した。ロゼルはただそこにいる子供を神の指示に従い、育てるという意識すら無く、何の疑問も持たずに遂行していただけだ。だからこそ当時天使に怯え、自身の将来を全て諦めていた頃の顔しか記憶にない…ステラ達達が『娘』であったころの顔と、記憶の中で人相が一致しないのだ。
「自分の心…」
ステラは自分の胸に小さな手を当て、服を掴んだ。
こちらの世界に来てすぐにアキラと緋李に出会い、その後の晴を始めとした仲間達、そしてアキラの祖母との交流、雪との再会の中で、いつしかステラは天使に抱いた恐怖が薄れていたのを思い出した。勿論忘れたわけではないのだが、思い出す機会が減り、その間にブライド達や祖母との触れ合いで心が満たされていったのだ。だからなのか、目の前の天使に対して一瞬でも抱いた怒りは、今は跡形も無く消えていた。
それはきっと、辛い過去がどうでも良くなるほどの幸福なのだ。
「お前達にも、サフィールとルビアのような…特殊な関係の相手がいるのですか?」
「…ステラは、わからない。雪は?」
「え? あー…うん…い、る、のかな?」
目を逸らして首をかしげる雪を、芽衣が優しく見守っていた。当の雪はといえば、照れ隠し故か必死で誤魔化しているが、二人の関係が変わったことはロゼルを除く全員が知っている。一方、ステラは目を泳がせた末に晴の方を見た。しかし晴はそれに気づかないのか、ステラに視線を返しはしなかった。少しだけ落胆したステラの横顔を、雪は心配そうにのぞき込む。
「お姉ちゃん?」
「…なんでもない。ユキ、おばあちゃんを心配させちゃうから帰ろう」
「うん。…じゃあね、天使さん」
二人は部屋を出て、見送りを引き受けたアキラと晴と共にバスに乗り、祖母の家に帰った。
―――〔続く〕―――




