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第十三話Part1⑥



 号令に合わせて全員が駆け出した。真っ先に跳び出したのは叫んだヘリオール本人で、助走を付けたジャンプでロゼルの頭上から飛び掛かり、武器のブーメランを両手で持って振り下ろした。ロゼルは苦も無くそれを右腕で防ぐ。同時に追いついたガルナの前蹴りも左腕で防いだ。と、ヘリオールはブーメランから離した左手を大きく振りかぶった。拳で殴りかかるのかとサフィールは思ったが、獣が爪を振るうがごとく引っ搔いた。よく見ると両手の爪は鋭く尖っている。ガントレットには傷一つ付かないが、金属音とともに火花が飛び散った。

 ヘリオールに続き、ガルナは蹴り足を引っ込めて踏み込むと、後ろ蹴りの要領でロゼルの顎を真下から蹴り上げる。ロゼルはこれも防御するが、直後にガルナは数センチだけ後退してみぞおちへの中段蹴り、胸への上段蹴りを連続で放った。しかしやはり防御される。踏み込んで後ろ蹴り、そこから反転しての回し蹴りも同様だ。

 「人間では天使の相手になりません。無意味な行為です」

 「うるっせェェ!!」

 ヘリオールが着地すると、二人はブーメランと左手の爪、左右の脚での蹴りを連続で繰り出す。ロゼルは後退しながらも全て防御し、そのたびに金属のガントレット甲高い音が響いた。その間をすり抜け、突如として鎖の先端の分銅がロゼルの目の前に迫った。ガルナの蹴りを受けていた左手で分銅を受ける。密かに二人の背後に隠れていたスピルナスの一撃だ。そしてその鎖の上を走り、アンベリアが迫る。

 「ぃやァァァッ!!」

 裂帛の気合とともにピッケルを振り上げる。鋭利な尖端が目の前に迫ると、流石に直撃しては危険と見たかロゼルはのけ反り、ピッケルの一撃を回避しつつ距離を取った。だが尖端がわずかに額を掠めたのか、ほんの一滴だけ血の雫が飛んだ。少なくとも天使ロゼルは人類と同質の肉体を持っている―――身体能力こそ桁外れで拳に炎を纏うことこそできるが、血の通う体を持った生命体であることは判った。ブライド達にとって収穫と言って良いのか。ロゼルは踏みとどまり、顔を起こした。

 「緋李ちゃん、今だ!!」

 その瞬間、サフィールの叫びとともに、全員の間からルビアが飛び出した。突き出したサフィールの両拳を蹴り、三角跳びの要領で水平にジャンプしたのだ。両者の腕力と脚力を合わせたことで、地上を駆ける時の数倍の速度で飛んでいく。

 ルビアの脚力と加速力に耐えられる頑丈さを持つのはサフィールだけ、そしてロゼルの防御を弾きクリスタルを叩き落せる可能性があるのはルビアだけだった。瞬間的な最大破壊力なら、ブライドでも最強を誇るエメルディの膂力、ビルの一階を一撃で破壊するタンザニオの拳にも匹敵する。速度に至っては目が慣れたサフィール以外では捉えられないほどだ。この一撃がロゼルに通じなければ、この場にいるメンバーどころか、能力の上ではブライド全員が集まっても勝てないということになる。

 (届けっ…!)

 「せぃあァッ!!」

 ロゼルに激突する直前、ルビアはロッドを突き出した。超高速の飛行の最中に、加速した動きで出した突きだ。ブライドではまず避けられず、天使相手に当てられる可能性もある筈だと全員が踏んでいた。だが。

 「―――フンッ」

 突然の烈風と硬質な音がルビアを真上に吹き飛ばした。ロゼルがルビアの顎を蹴り上げたのだと全員が気づく。恐るべき飛行速度に対して完全にタイミングを重ね、更にはルビアを垂直に吹き飛ばしてしまうほどの、精緻さと威力を持った蹴りだった。そして落下してきたルビアを、ロゼルが水平の回し蹴りで吹き飛ばし、サフィールに激突させた。

 「おわぁああっ!」

 「ぐはぁっ…!」

 二人まとめて吹き飛び、無人のビルに激突した。壁やガラスを破って屋内に転がり込み、折り重なって倒れた。破片による負傷こそ無いが、激突の痛みが二人から起き上がる気力を奪った。壁の穴から覗く二人の手がわずかに痙攣し、どうにか生きていることだけは確かめられた。ロゼルは振り上げた足を下ろし、目の前に立つ四人のブライドを見回した。

 その目から余裕や苛立ちは消え、明らかに『デュエルブライド』という存在を危険視していた。実力だけなら天使であるロゼルの方が遥かに上だが、超人に過ぎないブライドが闘い方によって天使に追いつく可能性を見出したのである。中心にいるのは、彼女たちのディヴァインジュエル…否、『エターナルジュエル』を神の管理下から剥奪したプリマ・サフィールであることも、ロゼルは突き止めていた。

 「クリスタルを狙ってくるのは予想していましたが、その発想は予想外でした。やはりわが主の警戒は間違いではなかったようです」

 「ハナっから警戒されてたってことかよ…!」

 「その上で力量を見ていたと」

 ヘリオールとガルナの額から冷や汗が流れた。

 「警戒か。これまでの大筋での考えは合ってたってことね。私達のジュエルは神にとって不都合…」

 「菫先生!」

 アンベリアの叫びに気付き、スピルナスが目を見開いた。目の前にロゼルがいる。素早いどころか移動の気配すら感じられなかった。ロゼルが高々と上げた脚を振り下ろすと、強烈な踏みつけでスピルナスの体が地面にめり込んだ。続けてアンベリアの目の前に出現。裏拳で顔面を撃ち、付近に停まっていた自動車に叩きつけた。破壊を免れていた自動車は爆発し、アンベリア自身も炎に巻かれて路面に転がる。

 「ひまり!」

 「不都合なのは我々ではありません」

 ロゼルは駆けだそうとしたヘリオールを前蹴りで吹き飛ばした。ヘリオールは歩道に並ぶ街灯に激突し、金属の柱を飴細工のごとく曲げた。直後にガルナの脚を、背後からの強烈な下段蹴りで払うと、宙に浮いたその体を回し蹴りで吹き飛ばした。ガルナは避難し損ねた一般市民の眼前で小さなビルに激突した。飛び散る建材やガラスの破片で市民が負傷し、市民が悲鳴を上げる。ロゼルはそれに見向きもせず、最優先の殺害対象であるサフィールとルビアの方へと歩を進め、つぶやいた。

 「そう、我々の不都合以上に―――危険(・・)なのです」

 サフィールはどうにか目を覚まして起き上がり、ビルから這い出た。目の前にはロゼルの脚がある。サフィールは立ち上がろうとしたが、激突時に脚を捻挫か何かしたらしく、力を入れた膝に激痛が走って再び這いつくばった。それをロゼルは無表情に見下ろし、静かに言った。

 「サフィール、見なさい。お前の仲間達を」

 「何…!?」

 破壊された街中で、アンベリア、スピルナス、ヘリオール、ガルナ、そしてルビアが倒れ伏している。共に闘ってくれた仲間達の無残な姿に、サフィールはロゼルへの怒りを覚え、歯を食いしばって立ち上がろうとした。しかしロゼルは意外にも、サフィールを殺害せずに静かに言ったのである。

 「こうなった原因はお前にあります」

 「ふざけるな、みんなを叩きのめしたのはあんただ!」

 「そうです。しかし、お前が『エターナルジュエル』を生みださなければ。お前はブライドに会わず、ブライドは誰一人ここで私に挑まなかった」

 「…………それは…!」

 抗議しようとして、サフィールは口をつぐんだ。サフィールがジュエルを生みだし、他のブライドと徒党を組んで天使に無謀な闘いを挑んだ…と説明されれば、現状と何ら相違は無い。

 ロゼルの口調は今までどおり抑揚が欠けているものの、何かを諭し教え聞かせる調子で、サフィールを責めもせず揶揄もしなかった。明らかに先刻までの無表情な声とは異なる話し方だ。

 「『ディヴァインジュエル』は本来なら神が管理し、『マリアージュ・サクリファイス』を執り行い、ブライドを戦わせる筈でした」

 「それはただの殺し合いだ!」

 「過失や油断で死ぬことはあり得ますが、ブライドはそこまで脆弱ではありません。しかしそれは今どうでもいいです」

 確かに天使の拳打は一撃で死ぬかと思うほどの破壊力を誇るが、ここで倒れ伏しているブライド達は生きている。ブライド同士で戦ったところで容易く死ぬこともないだろう。

 天使は抑揚のない声で、淡々と説明を続ける。

 「わが主はこの世界の管理者であり、平和を保つ義務があります」

 「平和って…」

 「聞きなさい。お前のジュエルはその平和を破壊する。代償無しにあらゆる願いを叶えるのです。お前が生み出した(・・・・・)機能、管理者権限の破壊・簒奪が最たるものです」

 「生み出した…あたしが?」

 「本来ジュエルにそのような機能はありません」

 神の呪いを解いてきた『ピュリファイア・フラッシュ』を、天使はあくまでも権限の剥奪と言う。しかもサフィール自身が生み出したものと。アンベリアを浄化するべく変身した時の願い事は『この子の黒いモヤモヤをなくすこと』。つまり『ピュリファイア・フラッシュ』はサフィールが後天的に作り出した機能なのだ、ということである。

 何でも願いをかなえる宝石…そんなメルヘンな、と一笑に付すことはサフィールにはできなかった。最初の契約時の願いが反映されたのが『ピュリファイア・フラッシュ』ならば、紫織を浄化した時のような、突然の加速も自身の願いから来た物だ。そもそもサフィール自身の恋が形を得たものなのだから、心に抱く願いが自身の能力に映し出されるのは当然とも言えた。

 ロゼルが語ることに明確な証拠は無い。だが説明しているのは、この世界を管理する側の存在だ。

 「『ディヴァインジュエル』による管理を破壊し、『エターナルジュエル』に戻して(・・・)しまった…神に刃向かう力を願いだけで得た。人類には過ぎた力です」

 「じゃああたし以外で使えるのは」

 「『エターナルジュエル』に戻ったが故。そしてお前のを見て、それがジュエルの機能だと思い込んだのです」

 「……そして、使いたいと『願った』のか」

 「そう。そしてジュエルの発生源…お前がルビアに対して抱いた、生物として発生し得ない感情」

 発生し得ない感情(・・)、と天使は言った。二人の恋を恋とは認めない彼女の言葉が、今の世界を作った神の思想を雄弁に表していた。

 「ブライドになりやすいのは、その『特殊な感情』やそれに似た感情を強く持つ人間なのです」

 「友達同士でも」

 「そうです。この世界では先ほどの『十五人』。その感情から、道徳と倫理を守る一般人との間に軋轢を持ちうる者達です。その気になればジュエルの力で戦争すら起こすでしょう」

 「………」

 サフィールが思い出したのは、自身の母への失望、クラスの男子生徒を殴り倒したときのどす黒い気持ちだった。闘争や戦争と言うほど大きなものでは無いが、それでもクラスの連中との断絶が決定的となった瞬間だった。自分の事、それ以上に緋李の事をどう言われるか判らない。それなりに親しかったはずのクラスメイト、ほぼ全員が自分を排斥しにかかるだろう。

 自分は怒りに任せてあの男を叩きのめした。だが他のブライドにそれができるだろうか。あの男以上の悪意と知恵を持つ者がいないと保証もできない。道徳や常識を盾に、特に心が幼いステラと雪など、心身を壊されてしまうだろう。まして家族との不和など、味方であるべき人たちが敵という絶望的な状況だ。それに立ち向かうなら―――仲間達がジュエルの力に頼ることは、充分に考えられる。

 そして戦争という言葉で思い当たることがあった。いつか見た、どこかの惑星での『デュエルブライド』達と宇宙人の軍隊の戦争だ。否、あれは夢だった筈だとサフィールは思い直す。だが二人の神がそれを見ていた。あれは夢か、あるいは―――ロゼルの言う通りの『戦争』が、いつかどこかで起こってしまうのか、起こってしまったのか。

 「既に不和が起こっているようですね」

 天使の目がわずかに曇った。彼女とて、そのような争いを望んでいるわけではないようだ。

 「ブライドになりうる者には『ディヴァインジュエル』をあてがい、それらを未然に防いできたのです」

 「じゃあ…じゃあ、『マリアージュ・サクリファイス』は…何のために」

 『マリアージュ・サクリファイス』が何のために行われるのか、ブライド全員が知らない。強制契約させられたブライド達は、ジュエルから神に嫁ぐための儀式と聞かされていたが、管理者側であるはずのロゼルは廃棄すると言っていた。もはや儀式ですらないのは確かだが、誰も彼もが願いを消され、世界のどこかに捨てられるというなら、まがい物であっても儀式を行うことに何の意味があるのか。

 アキラの問いかけに対し、天使の答えはあまりに残酷な物であった。

 「平和を守るため。お前のような特殊な感情を持つ人間を、誰にも知られずに消すためです」

 平和の存続を目的とした、儀式とは名ばかりの、危険因子の密かな排除のため。愕然として、サフィールは目を見開いた。

 ロゼルの説明で、サフィールは神が言うところの『平和』の意味を完全に理解した。アキラ達のように禁忌や異端と呼ばれる恋を抱くもの、すなわち神に抗う『エターナルジュエル』を持ちうる者、そしてそれが起こす人類同士の争い、ひいては神への反逆行為を一切封じ込めた世界。己の命や魂を懸けて世界に立ち向かうことすら許さぬ世界。

 神はそんな世界の平和を守るため(・・・・・・・)、アキラを討とうとしているのだ。

 「今までみんなが人目に付かないところで変身したのも」

 「わが主の制御によるものです。お前たちの闘いを人類に知らせぬために」

 「………」

 「不穏分子は徹底的に秘匿しつつ全て排除し、未来永劫世界の平和を保つこと。破綻する可能性はわずかであっても排除するのがわが主の責務です」

 言い切ったロゼルの目に、サフィールを貶める意思は微塵も無かった。平和を守ることの強い責任感を秘めた眼差しが、どこまでもまっすぐにサフィールを見ていた。

 「それをお前とお前のジュエルは破壊しうる。故にこそ、お前もジュエルも破壊しなければならないのです」

 「……」

 「ここでお前が投降するなら他の者への干渉を停止します。平和のためにも私はそれを勧めます」

 「…みんなが助かるの。あたし、一人の命で?」

 「そうです。抗うのなら、こちらも相応に対処します」

 サフィールの誰に言うともなくつぶやいた声に、ロゼルはうなずいた。


 ―――全員に血を見る覚悟を強いるくらいでないと

 ―――本当に心身への暴力を振るわれる可能性


 菫の発言が脳裏によみがえる。

 神はブライド達を絶対に排除するつもりだ。抗戦の姿勢を見せれば、ロゼル以外にも天使を送り込み、ブライド達を処分するだろう。

 自分だけならいい。だが血を見る覚悟を仲間達にまで強いることに、果たして正統性があるのか。仲間達が暴力や悪意に晒された時、自分に何かができるのか。リーダーと皆は認めてくれるが、だからと言って仲間を危険の中に放り出す資格が自分にあるのか。

 傷つき倒れた仲間達を見て、サフィールの心は萎縮していった。胸を満たす不安と罪悪感に体が震え、サフィールは我が身を抱きしめた。神の手で作られた平和でも、仲間達が、緋李が守られるなら―――。



―――〔続く〕―――

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