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第十三話Part1⑤



 (…何だこの人)

 百八十センチはあろうかという高い身長。詰襟の白い服、白い革靴。一見すると制服にも見えたが、異様なのはその両腕に装着されている黒光りするガントレット、そして上着の胸に取り付けられた丸い宝石だった…その色は薄い桃色だ。同じ色の宝石がガントレットの手の甲部分にも埋め込まれている。よく似た色のプリマ・モルガナスこと桃のジュエルと比べて色はくすんでおり、一方でどこか金属質に輝いているようにも見えた。さらにアキラの目を引いたのは、頭部に装着された黄金色の輪、背中で明滅する翼のような形の光。そして何より、茫洋とした無感情の顔だった。性別は恐らく女性だが中性的、あるいは性別それ自体が無いような顔立ちだ。美形ではあるが作り物めいて見えた。七月の暑さにもかかわらず汗一つかいていないこと、そして宝石と同じ色の髪と瞳もそれに拍車をかける。

 ふと、アキラは彼女…恐らく『彼女』で良いのだろう…の宝石が、昨日空から落ちてきた鉱石と同じ色をしていることに気付いた。空、天、すなわち神の世界…アキラの胸の内で何かが引っ掛かった。

 「お前がプリマ・サフィールですね」

 彼女は何の前触れも無く、アキラを変身後の名前で呼び、少しずつ迫った。丁寧な口調だが抑揚に欠け、どこか尊大な話し方だ。

 「私は『アンジェ・ロゼル』。我らが主の命により、お前とジュエルを破壊しに来ました」

 「破壊………?」

 躊躇の無い発言にアキラは戦慄した。怒り、悪意、憎悪、殺意のいずれの感情もその言葉の中には存在しない。並んだ文字を読むだけの、どこまでも無感情な声だ。これは彼女にとって『業務』なのだと、その口調や表情からすぐに判った。そして以前も聞いたことがある言葉―――『ジュエルを破壊しにきた』。神がモルガナスらを利用して画策した、サフィールのジュエルの破壊。

 自身のジュエルを破壊しようとした存在…神がいる世界からの使者。黄金のリング。背中の翼。()からの使()者。かつてステラと雪が父と慕った存在、『神』がいる世界からの使者。

 《アキラ。多分この人、天使だプル》

 「……天使」

 ステラと雪の口から何度か聞いた名だった。サフィールを殺すための鍛錬と称して二人を毎日心身ともにたたきのめした者達。その名をつぶやいた瞬間には、目の前にロゼルがいた。ごうと音を立てて正面から強風が吹く―――ロゼルの移動で生じた衝撃波のような強風だ。小波が変身したタンザニオと比べても遥かに速かった。そのくせ、目の前で振りかぶられた拳の動きがスローモーションに見える。

 直撃する。そう思った瞬間、ヘリオールの叫びが聞こえた。

 「アキラァァ!!」


 「―――エンゲージ、『プリマ・サフィール』ッ!!」


 我に帰ったアキラがサフィールに変身した直後、腹にロゼルの拳がめり込んだ。サフィールは吹き飛ばされ、路面に激突し、アスファルトをえぐり粉砕した。激突した背中、そして拳を撃ち込まれた腹の激痛にサフィールは苦悶の声を上げた。そして腹は痛むのみならず、すさまじい熱を持っていた。立ち上がって自らの腹を見下ろすと、装束に拳の形の焦げ跡が出来て煙を上げていた。腹部の皮膚も火傷を負っている。

 「ぐぁっ…あっつ…っ何だこれ、焼けてる!? こいつ、手から火でも出してるのか…!」

 「抵抗をやめてジュエルを譲渡するなら、我らが主はお前を許します」

 立ち上がった瞬間に背後から声が聞こえた。振り向こうとしたサフィールの横顔にロゼルの裏拳がめり込み、ビルの入り口から何枚かの壁を突き破って裏側まで吹き飛ばされた。飛び散るガラスや壁の破片にビルの中にいた者達が悲鳴を上げて逃げまどう。ロゼルは一般人には何の興味も無く、それ故に埃を払うのとまったく同様に片手間で弾き飛ばし、壁や天井に激突させては負傷させている。

 倒れこんでいたサフィールはどうにか起き上がり、壁にしがみついて立ち上がった。拳を受けた横顔は灼熱の拳で焼けていた。しかし熱を冷ます暇も無く、破壊したビルの一階を抜け、ロゼルが悠然と歩み寄ってきた。サフィールは腹や顔面の痛みに耐えて口元の血を拭うと、ロゼルを睨みつけながら構えようとする。

 「…つまり、神様がとうとう本腰入れたってことだね」

 「そうです。特にお前は絶対に殺害しろと主から承っております」

 「許すってのは何だったのさ」

 「それとお前を殺害することは矛盾しません。許した上で殺害し、ジュエルも破壊するということです」

 だがサフィールが構えるより、目の前に立ったロゼルの手刀の方が遥かに速かった。振り下ろされた手刀を両腕で防ぐが、両腕を合わせた筋力をもってしてもロゼルの片手の手刀に押さえられ、サフィールは膝を突いた。天使の腕力たるや、少し押さえ込むだけでサフィールの膝が地面にめり込むほどであった。

 「くっ…うぅぅぅっ…!」

 「素直に投降することを勧めます」

 「…っぁああああっ―――!!」

 全身の筋力を持って手刀を押し返そうとしても、ロゼルの手はわずかも引かず、逆にサフィールは腕一本で地面に叩き伏せられてしまった。うつ伏せに倒れた衝撃で地面が揺れる。ロゼルは再びその背中に手刀を振り下ろした。

 《アキラ、よけるプル!!》

 プルの叫びには警告と恐怖が籠っていた。サフィールはどうにか体を起こし、大きく跳んで距離を取るとビルとビルの間を抜け、大通りに出た。サフィールを目で追い、ロゼルは手刀を振り下ろす方向を、サフィールが跳躍した方向に変えた。ロゼルの胸の宝石が一瞬だけ輝いた直後、灼熱の閃光がサフィールの胴体を直撃する。その余波で周辺のビルが真っ二つになり、轟音を上げて崩れ落ちた。路面も粉々に割られ、地下の水道管から水が吹きだした。

 「ぐぁあああああっ!!」

 ブライドの装束が焼けてズタズタに裂け、サフィール自身の胴体にも熱線を浴びせたかのような焼け跡を残した。あまりの灼熱と激痛に体を起こせず、サフィールは仰向けで倒れたまま顔だけを上げ、悠然と歩いてくるロゼルを見た。彼女の顔はどこまでも無表情だった。

 僅か二発の打撃と手刀から放たれた熱線を受けただけで、サフィールは動けなくなっていた。『デュエルブライド』を大きく上回る膂力、移動の速さ、普通の生物では起こしえない高温の発生。地力が違う。せいぜい運動能力や神経・体組織が強化された程度の『超人』に過ぎないブライドに対し、ロゼルには神から授かった力がある。そして何より、力を揮うことへの躊躇の無さが人間と決定的に異なる。サフィールとヘリオールどころか、ブライド全員で束になってかかっても蹴散らされるだろう。だが、それで諦めるわけにはいかない。

 ロゼルはジュエルを、そしてサフィールを破壊しに来たと言っていた。つまり両方を狙っているのだ。神にとって不都合という程度の、サフィールには理解できない動機で。殺されてたまるかと、サフィールは歯を食いしばり、両手足に力を込めて立ち上がった。

 「ふッざけんな…」

 「冗談は言っておりません」

 「殺されてたまるか、あたしは……!」

 緋李との恋は本当の意味で始まったばかりなのだ。二人の恋を異端と、異様と蔑むこの世界を変えるために。胸のジュエルとガントレットが青い閃光を放った。全身に異様な力が溢れ、一方踏み出すと紫織を浄化した時と同様、サフィールは通常の数十倍の速度で走った。ロゼルは流石に警戒したのか、薄桃色に燃える灼熱の拳打で迎え撃つ。サフィールは拳を左腕でガードした。自身の速度も相まって手甲越しでも衝撃と激痛が走るが、かまってはいられない。ためらいなくサフィールは輝く右の拳を突き出した。


 「ピュリファイアッ!! フラァァアッシュ!!」


 ロゼルが灼熱の閃光を放った時に胸の宝石が輝いたのを、サフィールは確かに見ていた。これが力の源と見て、右の拳でロゼルの胸の宝石を撃った。二発分の浄化の光を込めた、現時点のサフィールにできる最高の技だった。そしてガントレットの青い閃光は―――宝石の曲面を流れ、周辺に散り、消え去った。

 「なっ…」

 「対策をしてきて正解でした。今の閃光が、主の管理者権限を剥奪したのですね」

 宝石の表面を覆う金属質の輝きが、バリアか何かのように宝石本体を防護している。浄化の光…ロゼルが言うに『管理者権限を剥奪する』光はそのバリアに防がれ、むなしく散って空気中に消失させられた。愕然とするサフィールを前に、今度はロゼルの胸の宝石が輝いた。左の掌に右の拳を重ねると、右手のガントレットの宝石が輝く。次いで右手の指を伸ばして手刀に変えた。『ピュリファイア・フラッシュ』を放つ前動作にも似た挙動。必殺技か何かだと、サフィールは直感した。だが、体が動かない。

 浄化の光は二発分撃った。運が良ければあと一発分はあるかも知れないが、撃てたとしても今しがたのように散らされるだけなのだ。残りは圧倒的なまでの身体能力差。事実上、サフィールに闘える力は残っていない。

 先刻まで悠然と歩いていたロゼルが、ここで初めて両脚を踏みしめ、手刀を構えた。全ての膂力を乗せた必殺の一撃だとサフィールが理解した直後、ロゼルの形の良い唇が動いた。


 「デトネイション・フラッシュ」


 薄桃色に輝く灼熱の手刀が振り下ろされた。衝撃に大地が激震する。ほぼ垂直に叩き込まれた灼熱の余波の一部が上空に向けて立ち上り、周囲を赤く染めた。アスファルトどころか地下にある送電線や配水管すらも焼き、粉砕し、蒸発させ、深さ数十メートルの溝が一瞬にして出来上がる。残りの余波は地下で爆発を起こし、アスファルトを粉砕して、地上をさらに激しく揺らした。数秒で揺れは収まったが、まさしく目の前の敵に全力を叩き込む必殺の一撃であった。だが、そこで蒸発していた筈のサフィールの気配は消えていなかった。

 ロゼルが視線を横に向けると、そこには深紅の『デュエルブライド』…プリマ・ルビアがサフィールを抱えてかがみこんでいた。真横からの全力疾走で掻っ攫われたのだとロゼルは気づいた。しかしルビアのジャケットの背が焼けて引き裂かれ、肩のプロテクターはすさまじい熱でねじ曲がってその場に落ちた。ルビアもまた激痛にくずおれ、膝を突く。その背中の皮膚は『デトネイション・フラッシュ』で焼けただれていた。かすめただけで超人の戦闘能力を奪ってしまう破壊力。直撃したら二人とも間違いなく死んでいた。

 「緋李ちゃん!!」

 背中の熱を持った傷の痛みにうずくまったルビアを、サフィールが助け起こす。

 「アキラ…この人、何なのっ…?」

 「天使。ステラ達をいじめてた人たちだ…」

 「つまり『神様』の手下ね」

 ルビアの指摘は皮肉か、それともただの強がりか。額から大量の汗を流す顔からは、当然後者にしか見えない。一方であれほど強力な技を放ったにもかかわらず、ロゼルは疲労の様子も無く悠然と二人に歩み寄ってきた。ルビアの突然の登場にも驚いた様子は無い。天使にとっては多少想定外でも驚くには値しないのだろう。

 「お前はプリマ・ルビアですね」

 「……」

 「サフィールの殺害を邪魔する意思がありますか。ならばお前も殺します」

 そう言ったロゼルの姿が一瞬消えると、直後にルビアの体が突然浮き上がった。超高速の踏み込みで接近され、肩を掴まれた状態でアッパーカットをみぞおちに受けたのだ。吹き飛ばされなかったせいで拳打の威力が全て伝わり、ルビアの顔が苦悶にゆがむ。食いしばった歯の間から苦痛の呻きが漏れた。

 「ぐぶぅっ…!」

 「緋李ちゃん!!」

 「主が言っていました、お前はサフィールの力の源だと。ならばお前の殺害も最優先事項です」

 言い終えた途端、ロゼルは右のフックを放とうとした。拳が薄桃色の光を放ち、空気が焼けたのをサフィールは感じた。咄嗟にルビアを抱え込み庇おうとするも、ロゼルの拳は止まらなかった―――だが三人の間に突如二つの人影が割り込んだ。一人がツルハシらしき道具でロゼルの右腕を叩き、振り抜こうとしていた拳を逸らした。ダメージは無いようだが彼女にも想定外だったのか、わずかに気を取られて目を見開く。その顔面にもう一人が跳び蹴りを叩き込む。直撃した蹴りはロゼルの頬に土や小石を付着させた程度。だが表情にわずかな苛立ちが見えた。

 「先輩、大丈夫ですか!!」

 ロゼルの顔面を蹴りつけたのは、恐らく緋李と同じ避難場所から同行してきたプリマ・ガルナこと楓だった。ワインレッドの装束と髪をなびかせて、ガルナはロゼルの顔を足場に後方に跳び、宙返りを決めて着地した。上半身からは力を抜き、両脚を開き踏みしめて構えている。その隣に並んだ人影は黄色の装束を纏っていた。両手で抱えた武器は、工事用のツルハシよりも登山用のピッケルに似た形で、それでいて通常のピッケルよりはるかに大きな身の丈ほどのサイズだった。持っているのはプリマ・アンベリアことひまりだ。

 『デュエルブライド』が数人集まったことで、ロゼルはわずかながら警戒したようだ。

 「楓ちゃん、ひまりちゃん…!」

 「菫先生も来てくれます!」

 変身前と変わらない穏やかな表情に巨大なピッケルを持つアンベリアの姿はどこかシュールでもあり、頼もしくもあった。その肩でキロロがグッと親指を立てて見せた。こちらはいつもと違って凛々しい表情だ。と、クリムが姿を現してガルナの肩に乗った。その目が驚愕に見開かれる。

 「あ、あれは『オーラクリスタル』ですクム…!」

 「クリム、何ですそれは?」

 「説明は後にして!!」

 また一つ別の声と共に、その『オーラクリスタル』を狙って何かが飛来した。先端に分銅のついた鎖だ。空中でカーブし、分銅は防御するロゼルの腕をすり抜けてクリスタルを正確に狙う。直撃する寸前でロゼルは鎖を掴み、反対側の端を持つ人物を引き寄せて頭部を掴む。鎖を持っていたのは、プリマ・スピルナスこと菫だった。その背に背負われたヘリオールの背中にはパオレとタータがしがみつき、必死に治癒を施している。ロゼルはスピルナスを持ち上げると、頭部を掴んだ手を離し、上段回し蹴りを叩き込んだ。

 「ぐぇっ!!」

 吹き飛ばされたスピルナスをアンベリアが、衝撃でその背から落下したヘリオールをガルナが受け止めた。痛みをこらえつつスピルナスとヘリオールは立ち上がり、それぞれの武器を構えた。対するロゼルは頬に付いた汚れを拭い取り、集まったブライド達を冷たく睨みつける。仕事の邪魔をされたことの苛立ちが顔に現れていた。

 「ったたた…ったく、おっかない奴に目を付けられたものね」

 スピルナスの声がわずかに震えていた。武器の鎖分銅を自在に操る技量を持ってしても、ロゼルの『オーラクリスタル』への攻撃は叶わず、直撃寸前で防いだ動体視力と反射神経に恐怖すら抱いていた。隣に立ったヘリオールは血で汚れた口元を拭いながら言う。精霊二人の治癒で、幾分か全身の腫れが引いていた。

 「あいつ、アキラのピュリファイア・フラッシュが効かなかった。あの宝石に直撃したのに。何なんだ」

 「あれは浄化の光を完全に防いでしまう、バリアで覆われているのですクム…人間に解除する手段は無いのですクム」

 クリムの回答は、まさしく先刻アキラが感じた通りだった。浄化の光を散らした、クリスタル表面の金属質な光沢のことだ。

 「バリア…やっぱりそうなのか…ごめん。あたし、あいつに二発分撃って完全に防がれた」

 その言葉が意味することを全員が理解した。浄化と言う発想は捨てるしかない。真っ先に最善の、そして最も手早い手段を思い立ったのはスピルナスだった。

 「ぶちのめすしか無いってことよね」

 「ええ。今はここにいるメンバーだけで何とかするしかない、皆が来るのを待ってたら全滅する」

 スピルナスの一言に、ルビアも気を取り直して構えた。ロゼルは一見悠然と立っているが、両脚を肩幅に開き拳を握ったり開いたりしている。その顔に浮かんでいるのは警戒ではなく苛立ちだった。業務の執行に支障をきたしたブライド達を、どうやら少なくとも障害にはなる存在と認めたようだ。目も据わっている―――殺る(・・)気だ、とサフィールは感じた。

 ピュリファイア・フラッシュへの対策と言っていたからには、逆に言えば防壁の光が無ければ通じるということなのだろう。しかし防壁を解除の方法は無いという…とすれば、クリスタルそのものを外してしまうしかない。精霊達を介したテレパシーで全員がそれを確認した。

 ロゼルが自ら動き出す前に、恐怖を振り払うかのようにヘリオールが叫んだ。

 「行くぞォッ!!」



―――〔続く〕―――

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