表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/95

第十三話Part1④



 翌日もアキラは起き上がる気になれず、食欲も振るわずにベッドの上で横たわっていた。弟のカオルの声も外から聞こえたが、生返事を返すだけだった。学校には小波を通じて休む旨を伝えてもらい、階下から朝食を知らせる母の声が聞こえても無視していた。

 気付いたらいつもの登校時間だった。家の中は静かで、父も弟もそれぞれ会社と学校に行ったようだ。昨日は父や弟と顔を合わせなかったが、朝食の時間に母から何か聞いただろうか…。ふとスマートフォンを見ると、LINUの通知が大量に来ていた。ブライドのグループ全員と祖母からだった。緋李か小波が連絡したのだろう。元気をだせ、よく休め、あまり気にするなという気遣うメッセージが主に並んでいるが、中にはそんな奴はぶっ飛ばして当然だという少々過激なメッセージが混ざっていた。先日の昼食会でアキラに忠告した菫、そして父親殺しを画策した大墨姉妹だった。

 (…みんな優しいなあ)

 メッセージに既読を付けてスマートフォンを枕元に置くと、いつの間にかプルが姿を現して頭の横にいた。

 「アキラ、動けないプル?」

 「無理っぽい。全身が重い…」

 「そうプル…あんまりひどいときはクリニックとかに行くプルよ」

 ぽむ、とプルはアキラの額に顎を乗せる。涼しい朝とはいえ、湿度自体はそれなりに高いので少し湿っぽく感じる。だがプルの気遣いともふもふの毛並みは心地よかった。

 アキラは枕元に置いた『エターナルジュエル』を手に取り、天井に掲げた。ひまりから教わった動画を手本にして取り付けた鎖が揺れる。カーテン越しの朝の陽ざしの中で青く輝くそれは、浄化の役目を終えた今、パートナーの精霊が宿る不思議な宝石でしかなかった。警告の熱を発することも無く、変身する必要も無い。そして、『ディヴァインジュエル』と称していた時のように願いを叶えることも無い…無い筈だった。

 (これ一つで今すぐ世の中が変えられるなら、ありがたいんだけどな)

 ジュエルを持った手を自らの胸に置き、浄化を終えた所で結局何も変わらない世間に、アキラは虚しさを覚えた。

 「やっぱり政界に打って出るしか無いのかなあ…」

 「かもしれないプルね…」

 「退学になったとしたら中卒で政治家になるのか。大丈夫かな」

 「まだ退学と決まったわけじゃないプル」

 慰めなのかツッコミなのか、プルが丸っこい手でアキラの手をモフモフした。そしてアキラが枕元にジュエルを戻した、まさにその瞬間。外からの日差しがわずかに、しかし不自然に明るくなった。アキラはベッドから出てカーテンをめくりあげ、光を発している上空に目を向け、スマートフォンで撮影を始めた。

 発光する物体が落ちてくる。強烈な閃光を放ち、空を真っ白に染めてかなり近い場所…恐らく大通りのあたりに落下した。路上で爆発が起こり、わずかに床が振動する。隕石にも見えたが、撮影を終えたアキラは無性に不安に駆られ、ジュエルを手に取った…途端、掌を焼いてしまいそうな熱に思わず放り投げてしまった。硬い音を立ててジュエルが床に落ちる。

 「アキラ、この熱…」

 「うん……今までに無かった」

 過去、神の呪いが強化されたブライドが出現した時にもジュエルは強い熱を発した。だが今度のそれは更に熱い。アキラはジュエルを拾いなおし、一度机に置くと着替え、首からジュエルを下げて部屋を出た。

 「お母さん、ちょっと出かけてくる」

 「さっきの隕石の所? やめなさい、危ないわよ」

 アキラは母を無視し、玄関で靴を履く。その肩に手を置いて母は止めようとするが。

 「判ってる。少し見てくるだけ、終わったらすぐ帰って来るから。―――行ってきます!」

 母の手を振りほどき、アキラは外に出た。自転車に乗って大通りへ向かう。学生らしい姿は住宅街から大通りのどこにも見当たらず、幸いにも知り合いに顔を見られることは無かった。

 現場に到着すると、予想通り人垣ができていた。誰かが通報したらしく、警察車両や消防車のサイレンも聞こえる。少し背伸びして人垣の中を見て見ると、車道と歩道が一部損壊、直系二メートルほどの穴が道路に空いていた。その穴の中心部に小さな光が見えた。金属質の光沢を放つ、透過性のある鉱石だ。アキラ達が持つジュエルに似ている気はしたが、こちらは円形でレンズのように丸みを帯びていた。色は薄桃色。

 何者かが落としたのかと疑い、アキラは周囲を見回した。が、付近にいるのは野次馬だけだった。

 (プル、離れた所に誰かいない? これに心当たりありそうな人)

 《いないプルね…》

 プルに周辺の探知を頼んでも、物珍し気に穴を覗き込む以外の反応を示す人物は見られなかったようだ。ほどなくして警察車両が付近に泊まり、野次馬たちを押し広げて穴の周辺に規制線のテープを貼り始めた。野次馬たちが退散するのに合わせ、アキラも立ち去った。だが、ジュエルの熱は一向に冷める気配が無い。できることなら自分が見張っていたいが、警察に申し出たところで善意の強すぎる一般市民程度に扱われ、家に送り返されることだろう。自宅が現場の近くにあるのは幸いだった。

 《アキラ、皆にも連絡しないと》

 (そうだった)

 LINUのグループメッセージでブライドのメンバーに落下物の事と落下地点のマップを送信した。自分の電話を持っていないステラと雪には、大墨姉妹から電話連絡するように頼んだ。メッセージには早速返信があった。アキラの物と同様にすべてのジュエルが強烈な熱を発したことで、全員が不安を感じているようだ。またどの学校でも騒ぎになっているようで、警察の調査結果次第では臨時休校になる学校もあるようだ。現時点ではまだちょっとした地震程度の扱いらしい。

 だが、アキラにはただの災害よりも恐ろしいものに思えてならなかった。上空から路上に落下した、恐らく鉱石らしき物体。同時に発生したジュエルの超高熱。空からの落下という点で、ステラの浄化以降増えた天からの光線を、アキラはどうしても思い出してしまう。しかもジュエルが高熱を発するのだから、絶対に関係がある。

 (…神様が何か、送り込んできたか)

 恐ろしいことが起こる予感が、アキラの胸に湧きだした。



 帰宅してからしばらく経過して夕方、この日は昼食も食べられず、アキラはずっと勉強机の前に座っていた。

 数時間前、担任から母へ連絡があった。アキラが男子生徒一人と争ったということを伝えられ、母は今までにないほどに気落ちしていた。母に伝えられたのは喧嘩になった(・・・・・・)ことだったらしいが、アキラは正直に、素手で殴り倒したことを話した…ただし理由についてはあくまでも盗撮されたとだけ言って、緋李の事は黙っていた。母は膝から崩れ落ち、泣き出した。自分に真っ先に言わなかったこと、そして暴力行為に走ったことを嘆かれた。明確に母が気遣ってくれたのは一言二言程度だった。


 ―――どうして先生にもその子にも何も言わず、殴ったりなんてしたの…

 ―――喧嘩なんてしなくても何か手段はあったでしょう。あなた女の子なのよ、もし逆に体を傷つけられたりなんてしたら…


 お母さんには判らないよ。そう、何度言おうとしたことか。そのたびに血が出るほど下唇を噛みしめて言葉を飲み込み、うなずく素振りだけ見せた。無論、母は納得などしなかったが、追求しても無駄と悟ったのか、それ以上は何も言われなかった。

 担任からは母への電話とは別にアキラにも電話連絡があった。曰く担任も過去に全く同じ目に遭ったため、今回はアキラのプライバシーを尊重して盗撮されたことのみを母に連絡した、ということだった。一言一言の気遣いの間から、他の職員にすべてを説明できないことの苦渋と、アキラに対しての申し訳なさがにじみ出ていた。

 今は机の上に座ったプルとともに、机に突っ伏して何も考えずにぼんやりしていた。

 「ねえ、アキラ」

 「ん…」

 「やっぱり、ママさんにアカリとのことは言えないプル?」

 プルの問いかけにアキラは答えなかった。母が緋李との関係を容認するものと、どうしても信じられなかったのだ。小波がブライドになる前の悩みを引きずっているのではないか。アキラは自分の鬱々とした気分をそう顧みたが、小波の時にはあったはずの感情が存在しないことに気付いた―――恐怖だ。理解してもらえなかったらという恐怖が無い。それは理解してほしいという望みの裏返しである。代わりにあるのは、理解してはもらえないだろうという諦めだった。

 だが小波は判ってくれた。アキラの恋を良い恋と、何のためらいも無く言ってくれた。母にも通じるかもしれない…わずかな希望に縋りつきたくなる。

 「言わなきゃ本当のことは判ってもらえないか…」

 「そうプルね」

 「…そっかぁ」

 アキラは体を起こし、天井を見上げた。希望に少しだけ縋りついて、真実を伝える覚悟を決める。

 「…明日、頑張って言ってみようかな」

 「アカリにも相談した方がいいプル」

 アキラは机の隅に置いたスマートフォンを手に取り、緋李に電話をかける。数回のコールの後、もしもし、と答える声が聞こえた。

 「緋李ちゃん。あの、相談があるんだけど」

 「相談?」

 「明日、お母さんにあたしたちの事を言おうと思う。今度の事はちゃんと、本当のことを言わないといけないから」

 そう言うと、しばらくの間二人は沈黙した。電話越しにも緋李の葛藤は伝わる。嫌だと言われたら諦めるつもりだった…緋李に迷惑はかけられない。アキラは緋李の回答を待った。一分か、二分か。しばらく待っていると、ややためらいがちに、しかしアキラと同じく覚悟を決めた声音で、緋李の回答があった。

 「―――わかった。アキラに任せる」

 「…ありがとう。ごめんね、急にこんな話。…もしうまく行かなかったら、ごめん」

 「いいえ。あなたとは一緒に闘うと決めたもの」

 「うん」

 短い会話の後で通話を終え、再び机に突っ伏す。

 「さて…明日、頑張らなくちゃ」

 「頑張るプル。ボクも応援してるプル」

 プルがグッと小さな拳を握ってみせた。その丸い手に指を重ねると、アキラの気分が少しだけ軽くなった。

 翌朝、気まずい空気の中での朝食後。この日もアキラは休むことを決め、今度は担任に自分で連絡した。しっかり休めという担任の言葉がありがたかった。一方で母は、どことなく冷たい視線でアキラを見ている。自分の娘が他人に暴力を振るったことが未だに信じられないという目だ。弟と父がそれぞれ学校と会社に行き、居間に母と二人きりになった。

 母はアキラが見ている前で食器を洗い、リビングルームの掃除を終え、ソファに座る。アキラの方も見ずにタブレットPCの電源を入れ、動画を見始めたようだ。アキラが何か言うのを待っているのか、それともただ無視しているだけなのか。

 アキラは意を決し、母を呼んだ。

 「…あのっ、お母さん。話があるんだけど」

 「何?」

 「今度の事。……クラスの奴を殴った、ホントの理由」

 そう言われ、母はアキラと向き合った。どうやら聞く気にはなってくれたようだ。膝の上で手を握ると、その手元にプルが姿を現し、そっと手を添えてくれた。母には姿が見えないが、友達が頑張れと言ってくれている。胸のうちで緋李にも祈った。勇気を少しだけ分けてほしいと、愛しい緋李に、そして服の下で輝く自身のジュエルに祈った。

 「あのね。あたし、お付き合いしてる人がいて」

 「…うん」

 「盗撮されたのは、その人と一緒に歩いてた所。それを見せられて、その人を…紹介(・・)しろって言われて…それで」

 「待って。あなたが殴ったのって、男の子よね?」

 アキラはうなずいたが、母は明らかに困惑している。付き合っている相手を紹介…平たく言えば自分によこせと言われ、怒りに任せて殴った相手が男子生徒という説明に、完全に混乱していた。アキラが思った通り、交際の相手が異性だと思っている。あるいは決めてかかっている。アキラの胸に再び失望がよぎりかけた。ため息が出そうになるのをこらえ、ここからが本題とばかりに顔を上げ、正面から母の顔を見る。

 「その、お付き合いの相手って言うのは」

 だが説明しようとしたその時、服の下でジュエルが再び発熱し始めた。すさまじい熱に服の下の皮膚まで焼けそうになる。同時に屋外から爆音が聞こえてきた。昨日のような物体の落下音にも似ていたが、自動車か何かが断ち切られたらしい金属破壊の音、銃撃らしき音、何人もの男性の恐怖の叫びが立て続けに聞こえた。

 アキラは思わず立ち上がり、自室に戻って私服に着替えた。動きやすいパンツスタイルで、いざという時に自転車に乗ろうとして手間取ることが無いよう、徒歩での移動を選択して自転車の鍵は置いて行った。着替えを終え、スマートフォンだけをポケットに突っ込んで玄関から出ようとするアキラの肩を、母が掴んだ。

 「待ってアキラ、どこに行くの? 説明はあれで終わり!?」

 「ごめんお母さん、あたし行かなくちゃ。あれは多分…多分、あたし達を狙ってる」

 「は!?」

 アキラは母の手を振りほどき、ドアを開けようと背を向けた。その瞬間に一度足を止め、少しだけ振り向きながら言う。

 「…女の子」

 「え」

 「付き合ってる人。綺麗な人だよ」

 言い終えると、ドアを開けて駆けだした。見送る言葉も無く、呆然とした母だけが玄関に取り残された。

 アキラが住宅街を抜けて走る間も、破壊音と絶叫は止まなかった。何かがいるのだ。そして音は少しずつ移動している。自分に近づいている気がする。異常な熱を発するジュエルが、その中心に存在するであろうおぞましい気配が、アキラとプルの不安を否応なく煽る。

 LINU画面を見ると、他のブライド達も不安を感じていることがメッセージから判った。学校によっては避難を始めたらしい。様子を見て抜け出してくるというメッセージもあった。だが、アキラの脳裏には一つの懸念があった。

 「プル。…あれって、あたし達で相手にできると思う?」

 確かに『デュエルブライド』は超人だ。素手で自動車も粉々に破壊し、百メートルを一秒で駆け抜ける俊足を誇る。だが今響く音はそのレベルを超えている。破壊音が幾度も連続で聞こえるのだ。道端の石を蹴るのと同程度に片手間で行っているのだろう。それだけの膂力を持つということは、同時にそれを支える肉体の頑強さも人間など遥かに超えているはずだ。仮に今まで以上に強化された新しいブライドだとすれば、浄化するよりも自分達が叩きのめされる可能性の方が大きい。

 「…多分、一人や二人じゃ無理プル」

 そう答えたプルに至っては、恐怖からか体がわずかに震えていた。

 アキラは大通りに出た。アスファルトの路面は粉々に破壊され、地下の水道管や電力ケーブルがむき出しになっていた。走っていた自動車が何台も破壊され、軽くボンネットがひしゃげただけの物から真っ二つに割られた物、爆発炎上したものまであった。幸いアキラの見える範囲で死者はおらず、大半は傷を負いつつも救急隊や近隣の無傷な市民らに助けられていた。

 その上空から、突如誰かが落下してきた。路面に激突してアスファルトを砕き、アキラの横に見覚えのある姿が仰向けで倒れた。丈の短いジャケット、腕と膝のプロテクター、キュロットスカートの腰の後ろ側のリボンに―――オレンジ色の髪。胸には髪と同じ色の宝石が輝いている。

 「……伊予ちゃん!?」

 吹っ飛んできたのは伊予が変身した『デュエルブライド』、プリマ・ヘリオールだった。アキラはヘリオールに駆け寄り抱き起した。全身のいたるところが赤黒くはれ上がり、アキラの腕の中でヘリオールは苦痛にうめき声を上げている。全てのジュエルを浄化したにも関わらず、超人であるブライドをここまで痛めつけ、遥か彼方から吹き飛ばした何者かがいるのだ。声の主に気付いて顔を上げたヘリオールと目が合う。

 「アキラ…」

 「伊予ちゃん、何でここに! 避難したんじゃなかったの!? 何で変身してんの…」

 「ああ、思ったより避難が早く済んだからな。隙を見て出てきた」

 ヘリオールは傷を押さえながら立ち上がろうとするが、膝に力が入らず這いつくばった。途端に胸を押さえて咳き込む。口から吐き出された血が路面で飛び散った。アキラはヘリオールの肩を支え、近くの街路樹の下に座らせた。

 「…あいつ、お前を探してるみたいだ。知らねえって答えたら、いきなり襲い掛かってきて」

 寄りかかってもなおヘリオールは苦し気だった。肺が傷ついたのか、頻繁に咳き込んでは血を吐き出している。

 「異常に強いぞ、あいつ。何なんだ」

 「あいつ?」

 「ああ―――…来やがった!」

 上空からもう一人分、人影らしき何かが落ちてきた。着地した足元の路面のアスファルトが砕けたが、人影は無傷だ。破壊された路上の真っただ中、アキラは悠々と立っている人物と目が合った。



―――〔続く〕―――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ