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第十三話Part1③



 アキラが立ち去った教室では、小波がチャラ男のスマートフォンを拾い、画像フォルダのアキラと緋李の写真を見ていた。盗撮した写真が数枚。時間と場所はほぼ変わらない。だが画面をスワイプしていくと、何枚目かで全く別の人物の写真になった。男性二人、そのうち片方は見覚えがあった。昼休みにアキラを呼び出した男子生徒だ。そして、彼と一緒に写っているのは社会人の男性…二人は顔立ちも似ておらず年齢も離れている。その二人が楽し気に、幸福そうに、連れ立って歩いている。これも盗撮なのだろう。親子や兄弟でもない、そして二人の笑顔はどこか頬が赤らみ、まるでアキラと緋李が共にいる時のそれに似て―――小波は察した。まだ自席に座っている男子生徒の傍に駆け寄った。彼の頬や目元は腫れあがっていた。転倒でできたにしては不自然な腫れだった。

 「ねえ、あんた。これ」

 チャラ男のスマートフォンの画面を、周辺に覗かれないよう彼にだけ見せた。男子生徒は申し訳なさそうに肩を落とし、落ち込みながら答える。

 「脅されてたんだ。葵と、その、隣にいる人を、練習試合に連れてこなかったら、バラすって」

 「…そっか」

 「ごめん……」

 小波は涙ながらに謝る彼の肩を軽く叩いてやる。不安は的中していた…彼も被害者だったのだ。顔の腫れは、昼休みのことを聞いたチャラ男に殴られた物のようだ。チャラ男にしてみれば、使い走りができたという所だったのだろう。だが、彼を利用した結果はこの通りであった。今後チャラ男が同じような行為を働くことはあるまいが、果たしてこれがアキラにとって良かったのかどうか、小波には判らない。

 「アキラには言っておくよ」

 それだけ言うと、小波はスマートフォンを担任に渡した。担任も他の生徒に見えないように画像を見て、床で血まみれのまま伸びた持ち主と見比べると、深刻な顔になった。

 「センセ、これ…」

 「判ってる。少し、預かっててもいいかな」

 担任はそれだけ言って、自身のスマートフォンで救急車を呼ぶと、生徒達を帰宅させる。そのうち何人かの女子生徒が小波に身を寄せ、小声で尋ねた。

 「…郡上さん。葵さんって、やっぱり」

 「そういうこと? 女の人と」

 この期に及んでそんなことを訊くのか…激怒した小波は、しかし怒りをどうにか抑えて答えた。

 「アキラは盗撮された。一番の被害者だぞ」

 「…」

 「死体蹴りみたいなことして楽しいかよ。だったらウチがてめえらを蹴り殺すぞ」

 無茶にも思える発言が怒りによって真実味を帯び、女子生徒たちを恐怖させた。何の返事もせずに彼女たちは退散し、教室には小波と担任だけが残った。ほどなくして担架で運ばれた彼を見送り、担任と小波の二人で床を掃除して椅子も元の席に戻した。不意に担任がつぶやく。

 「…先生も昔、似たようなことがあったんだ」

 「そうなんだ?」

 「うん。だから、こういうことで生徒には辛い想いをしてほしくなくて。今回の事は間違いなく職員会議になるから、葵達の方がプライバシーを侵害されたっていうのを一番に報告する」

 「そっか…お願いね」

 あまり目立ったことの無い担任の意外な過去を聞かされ、同時に意外と生徒思いであることを知り、小波は感心した。

 小波は担任に事後を託し、アキラの荷物を抱えて教室を出た。アキラが教室を飛び出てどこかに走り去ったことをメールで緋李に伝え、ウミミをジュエルから出してアキラのジュエルの気配を追い始めた。

 「…発作的にヘンなこと考えてなければいいんだけど。ウミミ、お願いね」

 「うみゅ!」



 アキラは走り続け、どことも知れない小さな公園に辿り着いた。見たことも無い公園で、どうやらだいぶ走って来たらしいことが察せられた。休まず走り続けたせいで息が上がり、脈打つ心臓に痛みすら感じる。誰もいないふらふらと公園に立ち入り、アキラはベンチに座った。足元を見てやっと自分がズック靴のまま走ってきたことを思い出した。座って気持ちを落ち着かせると、頭の中に先刻の記憶が戻る。緋李との関係を揶揄され、唾を吐きかけるようなチャラ男の発言に、怒りを制御できずに―――途端、抑えていた吐き気が急激に戻ってきた。口元を押さえてどうにかトイレに入ろうとするが。

 「うっ、うぇええっ―――」

 耐えきれず、うずくまり喉から吐瀉物をぶちまけた。捻じ曲がる胃腸と焼け付くのどの痛みに、両目から涙があふれる。

 先刻の自身の感情をアキラは思い返した。自身の恋を穢された屈辱とどす黒い怒りが綯い交ぜになり、あらゆる思考が消え失せて頭の中にはただ一つ、あの男を殺してやる、存在を破壊してやるという意思だけが残った。拳と足の裏に残る肉体破壊の感触がよみがえる。再び吐き気がこみ上げ、わずかに残った胃液を吐き出したところで、出す物が無くなりえずく声だけが出た。

 アキラはふと自分の拳、そして腕に触れた。二カ月半前はごく普通の女子高生で、今も見た目だけは何も変わっていないはずなのに、以前と比べて腕の筋肉や拳の骨に硬さを感じる。超人となって戦った末に肉体が強化されたことを、今この段階になってアキラは初めて悟った。あの男の手をたやすく振り払ったのは偶然ではなかったのだ。そして恐ろしいのは、自身の心に芽生えた異様な暴力性だった。

 思い返すに、その兆候はあった。


 『邪魔する奴の首はあたしが折る』


 この間雪に伝えた言葉だ。何気なく口から出たが、今考えると何故そんな物騒な言葉が出てきたのか。あの時冗談で言ったのか、それとも本気で言ったのではなかったか。雪が大墨姉妹を助けるのを邪魔するなら、たとえ仲間だろうと首を折ると、本気で考えてはいなかったか…

 否、それよりも大事なことがあった。緋李との関係を白日の下に晒してしまったのだ。少なくともクラスの連中の何人かには知れ渡ってしまった…明日までにはクラス全員、いずれは校内に広がり、何か機会があれば他校へも知れ渡ってしまうだろう。

 「どうしよう……どうしよう…」

 緋李が傷つけられ、穢される。怒りに任せた軽率な行動のせいで…考えがまとまらず、次から次へと頭の中に何かが出てきてはぐるぐる回る。アキラはその場から動けず、後悔と失意に震えてわが身を抱きしめた。自身を呼ぶ声が聞こえたのは、その時だった。

 「アキラ!」

 顔を上げると、公園の入り口に立っているのは愛する緋李だった。緋李は血相を変えて駆け寄り、アキラを助け起こした。アキラがトイレの洗面所で口をゆすいでベンチに座る間に、緋李はアキラが吐き出したものに土をかけて隠し、自分が持っていたペットボトルの水を手渡した。

 「アキラ、大丈夫? 立てる?」

 「……」

 「郡上さんから連絡があったんだけど、何があったの…?」

 不安そうにのぞき込む緋李の目を、アキラは見ることができなかった。だが、このことを彼女に隠すわけにいかない。緋李に嫌われることを覚悟し、白状することを決めた。

 「………ばらしちゃった」

 「え?」

 「あたしたちのこと、クラスの連中に…ばらしちゃった……」

 「どういうこと…?」

 アキラは事の経緯を、自分が記憶している限りで話した。盗撮されていたらしいことも、男子生徒一人を素手で殴り倒したことも、その時の彼に対するどす黒い怒りも。話す間、徐々に緋李の顔が深刻さに曇っていく。アキラの手を握る手に力が入っていた。

 「…許せなかった。あたし達の恋を踏みにじろうとする奴が、緋李ちゃんに汚い欲をぶつけようとする奴が、あたしは許せなかった」

 「アキラ……」

 緋李がアキラの体を抱きしめる。幸せなはずの瞬間なのに、悔恨が幸福感を塗りつぶしていく。

 「ごめん……あたし…この間、あんな立派なこと言ったばかりなのに」

 「…いい。けなされて泣き寝入りするよりは。それに」

 アキラの顔を上向かせ、緋李は正面から見つめた。ぼろぼろと涙をこぼす瞳を正面から見つめ、優しく微笑む。

 「そういう人たちに、そういう人たちばかりの世界に喧嘩を売るのが、アキラの覚悟でしょう」

 「緋李ちゃん……」

 「だから謝らないで。アキラのしたことには何の間違いも無い。きっと私も同じことをしたわ」

 暖かな腕に抱きしめられながら、アキラはうなずくしかなかった。

 いずれブライド全員にこのことを言わなくてはならない。緋李は理解してくれたが、他のブライドはどうだろうか。他方、家族もアキラの行いを知り、教職員や向こうの家族を交えて話し合うことになるだろう。停学や退学になった時、暴力をふるった不出来な娘として両親を泣かせるだろうか。

 気持ちの整理がつかないまま、アキラの行いを知った仲間達と家族がどう反応するか、アキラの胸にはその不安だけが渦巻いていた。

 「一度アキラの家に戻りましょう。それとも御祖母様のお宅の方が良い?」

 「…お祖母ちゃんに迷惑がかかるのイヤだから、ウチに」

 「そうね…」

 アキラは緋李の手を取って立ち上がる。が、そこでやっとすべての荷物を置いてきたことに気付いた。靴はおろか、教材や体操着を入れている愛用のバッグ、スマートフォンに生徒手帳も自席の机に置いたまま、手ぶらで走ってきたのだ。二人そろって苦笑した。

 「……全部学校に忘れた」

 「今から取りに戻る?」

 「それなら心配ないプル」

 アキラの肩にプルがぴょこっと姿を現した。

 「どういうこと?」

 「さっきウミミから連絡があったプル。コナミがアキラの忘れ物全部もってきてて、今アキラのおうちに一緒にいるプル」

 「じゃ、そのまま帰ってだいじょぶだナ!」

 パミリオも緋李の頭に乗る。二人は近場の停留所でバスに乗ると、アキラの家の近くで降りた。ドアを開けると、真っ先にアキラの母が駆け寄ってきた。

 「アキラ! アキラ、大丈夫なの? 具合悪くなったって小波ちゃんから聞いたけど」

 玄関には小波の靴が確かにある。プルが言った通りに来てくれていたようだ。幸か不幸か、ズック靴のままであることには何も言われなかった。未だ顔色が悪いままのアキラを、心配そうに母は覗き込む。目が合わせられずにうつむいたままなのを、どうやら気分が悪いものと受け取られたようだ。

 「…ちょっと、ダメっぽい」

 「病院に…あら、あなた誰?」

 母は隣にいる緋李に気付き、剣呑な視線を向けた。全く異なる学生服もだが、その美貌が却って不審に思われたようだ。自分の娘がこんな美人と交流があるなどおかしい、とでも思っているのだろうか。しかし何より母を怪しませたのは、二人の距離感だったらしい。剣呑な視線はつなぐ手に向けられ、そして二人の間に漂う雰囲気を…母にしてみれば、異質な空気を…察知していた。十代後半の少年少女達がそれぞれにテリトリーを構築する高校生活を、彼女も二十年と少し前に体験した身であり、今はそんな年代の娘を保護する身でもある。人と人との距離感への鋭敏さは今なお残っている。

 進学校に通う現役の高校生である緋李もそれを勘付き、母に警戒の視線を向けた。

 「アキラさんの―――友達の、堂本と言います」

 「…そう」

 「ごめんお母さん、ちょっと病院は勘弁して。寝てれば治るから」

 アキラと緋李は靴を脱いで上がり、階段を上がってアキラの自室に入った。母の怪訝な視線を背に感じる。小波ちゃんは部屋に上がってもらったから、という階下からの母の声通りに小波が部屋にいた。床の上にアキラが忘れた荷物一式が置かれ、膝の上にはウミミを座らせて一緒にスマートフォンで動画を見ていた。アキラと緋李の姿に気付くと、二人とも駆け寄ってきた。

 「だいじょぶ、アキラ!?」

 「うみゅみゅ!」

 「…うん。何とか」

 緋李がベッドに座らせると、心身の疲労からかアキラはすぐに横たわった。その隣に座った緋李がアキラの髪を撫でる。

 「アカリっちゃんもありがとね、見つけてくれて」

 「郡上さんがすぐに連絡をくれたから。それにパミリオにも手伝ってもらったし」

 「アカリがあんまり焦るもんだから、ちょっと気合入れてプルとテレパシーしてやったんだゼ!」

 「いきなり頭の中で『オウこらどこにいるんだプル! 返事しろプル!』って言われてビックリしたプル」

 プルが先ほどまで黙っていたのは、どうやらテレパシーの送受信に集中していたからということのようだ。焦ったことを指摘されて緋李が頬を赤くする。よほど心配してくれたようだった。話を聞きながら、しかしアキラが思い出したのは先ほどの母の問いに対しての、緋李の答えだった。

 「…ごめん。緋李ちゃん」

 突然のアキラの謝罪の言葉に緋李は首をかしげる。

 「どうしたの?」

 「さっき。あたしの友達(・・)だって言わせた」

 言わせてしまったのだ、母に隠すために。むろんスムーズに通るためであり、母の詰問から自身を守るためでもあることはアキラも理解していた。だが先日恋人同士となることを誓い合ったばかりの緋李に、さっそく嘘を吐かせてしまったのだと、アキラはまた一つ悔いていた。

 「ウソをつかせた。ごめん」

 「アキラは何でもかんでも気にしすぎる。…でもそうね。本当ならつく必要のない嘘だわ」

 緋李の優しい手で撫でられるも、アキラの心は晴れない。緋李の方も、アキラの友達であるという先ほどの返答を言いよどんでいた…これが男女であれば、恋愛関係を説明しても多少は納得してもらえるのだろう。それを打開するのがアキラの願いでもあるのだが、それを踏まえてもやはり理不尽だとアキラ達は思っている。

 「素直に言えないのってヤだよなぁ…」

 ため息交じりにつぶやき、小波はウミミを頭に乗せて立ち上がった。

 「じゃあウチはそろそろ帰るね。そうだアキラ、昼休みにアンタを呼び出した男の子…彼、あのチャラくさい奴に脅されてたんだって」

 「そう…」

 「ホント興味ないねアキラ。…あと、センセにも報告はしたんだけど。会議になったらアキラが被害に遭ったって方向で説明してくれるってさ」

 そう言って小波は自分の荷物を持ち、部屋を出た。一度振り向き、ベッドの上の二人に向けて忠告する。

 「多分最低でも停学にはなるし、ご両親にも連絡行くと思うけど。とりあえず何日かは学校休んだ方が良いよ」

 「うん」

 「センセにもそこんとこ言っとくからさ。んじゃアカリっちゃん、アキラのことよろしく」

 ドアを閉じ、階段を降りる足音の後で母と言葉を交わす声、そして玄関のドアを開閉する音が聞こえると、その後は静かになった。横になったアキラの手は、縋りつくように緋李の手を握っていた。

 二人はしばらく部屋の中で黙っていた。アキラは枕に顔をうずめ、深く息を吐く。自由に活動できる時間が大幅に増えるのだから、いっそ退学にでもしてもらえれば…と考えないわけではなかった。だが先日菫が言った通り、政治的活動に打って出なくてはならない可能性もあり、となれば最低でも高校は出ておくべきだろうと思いなおす。

 気持ちが落ち着かないせいか、考えがまとまらなかった。小波の言う通りに何日かは休むべきだろう。

 「…緋李ちゃん、お願いしてもいい?」

 「なに?」

 「今日は一緒にいてほしい。日が暮れるまででいいから」

 答える前に、緋李はアキラとつないだ手にもう片方の自分の手を重ねた。

 「もちろんよ。ただ、日が暮れるまでね?」

 「ん」

 「今日は実家に泊まるから、もし夜中に何かあったらすぐ呼んで」

 実家はアキラの家のすぐ近くだ。四月の頭に遭遇した時はそちらにいて、アキラと出会ったのである。

 ふと緋李はアキラと出会った瞬間と、その前後の時間を思い出した。少しでも実家に戻る日、家を出る時間がずれていたら、恐らくアキラとは絶対に出会わなかった。恋人同士になった今考えるに、浄化してもらった日にアキラが言っていた運命という言葉も、一概に大げさとは言えない。

 今できるのは、運命の人であるアキラの傍にいて、少しでも心を癒すこと。緋李はその思いを胸に、結局その日は陽が沈んでから何時間か過ぎても隣にいた。



―――〔続く〕―――

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