第十二話「Carousel of pain」①
変身ヒロイン百合アクション、第十二話です。
今回はいわゆる双子百合ですが、血縁者同士の恋愛を大真面目に肯定する話となっております。
苦手な方はブラウザバック等を推奨します。
湿度の高い六月下旬の土曜日の朝、ステラ達はアキラの祖母の家で朝食後の団欒の時間を過ごしていた。この日は桃に誘われてリオの演劇を見に行く予定で、待ち合わせの時間まではと晴と芽衣が二人の勉強を見に来ていた。晴は別に用事があり、この後すぐに帰宅するという。
早い時間に解き終えた日課の数学ドリルを本棚に入れると、雪は膝にトラ猫を乗せて芽衣が持参したタブレットPCで動画を見ていた。隣ではステラが晴と話し、祖母は台所で洗い物をしていた。
雪は動画を見る傍ら、ちらちらとステラの方に視線を向けた。楽し気に話しているのだが、ステラは今までに雪が見たことの無い表情をしていた…否、それは晴といる時にだけ見せる表情だ。頬を赤くして、とても幸せそうに笑っている。
(…何のお話してるんだろ)
耳をそばだててみると、道端で見かけた虹色のクワガタムシや新作の駄菓子のことなど、特に大したことの無い話だ。だがステラがとにかく晴と話したいらしく、脈絡を考えずに次から次に話題を変えながら話し続けている。何度か同じ話題が出ることもあった。晴はそれを笑いながら聞き、相槌を打っていた。その反応が嬉しいのか、あのね、あのねと話し続けながら縋りついてステラは離れない。それを見ているうちに、雪は胸の内に言いようのない苛立ちを感じていた。
(…あたしのお姉ちゃんなのに)
「雪ちゃん、眉間がシワシワだす」
「……むぅ」
パートナー精霊のスノアに横から眉間をつつかれても、それを意に介している余裕は無かった。その苛立ちが姉を独占する晴への物だとも、神の世界にいたころにステラに向けていた物と似ていることも理解できなかった。子供のころからブライドを殺害する刺客とすべく育てられたせいで、自身の感情や理性のことをステラも雪も教わっていなかったのだから当然だ。
隣に座っている芽衣とパートナー精霊のラムリンも心配そうに見ていた。
「…雪さん? 怒ってます?」
「むむむ。ユキ様はご機嫌ナナメでいらっしゃいますか」
ステラが次の話をしようとしたところで、雪はステラを自身の方に引き寄せ、代わりに晴の膝にはトラ猫をモフッと乗せた。体温が高い上に湿度のせいで毛が湿っぽくなっている。雪はそのままステラを抱き寄せ、自分の隣に座らせた。呆気にとられたステラと晴を尻目に、雪はステラと並んで動画を見続ける。
「あの…雪、どうしたの……?」
「ふーんだ」
晴に問われても、ただプイと不機嫌な顔でそっぽを向くだけの雪。丁度そこに洗い物を終え、冷たいお茶とようかんをお盆に乗せて祖母がやって来た。スノアとラムリンはすぐにジュエルの中に戻る。どこか不可思議な空気に、祖母は首を傾げた。
「何かあった?」
「さあ…」
「…わかんない」
「…何でしょうね?」
「ふん」
「フニ~」
疑問に答えたのはトラ猫の鳴き声だけだった。
ジュエル・デュエル・ブライド:
第十二話「Carousel of pain」
この日演劇というものを初めて見たステラ姉妹は大いに興奮していた。見終わってから桃はリオと待ち合わせをしているということで別行動、四人は昼食を採るため劇場前の喫茶店にいた。ミックスサンドのセットメニューとデザートのソフトクリームを四人分たのみ、窓側のボックス席に陣取る。
ステラと雪は席について早々パンフレットを開き、二人でじっくり読みつつ劇のことを語り合っていた。雪はすっかり機嫌を直していた。
「すごかったねー、ユキ!」
「うん、騎士様カッコよかった! お姫様もキレイだったし」
祖母と芽衣は二人の対面に座り、きゃっきゃっとにぎやかに話す二人を見守っていた。こちらもこちらで楽しく会話している。
「演劇なんて女学生の時に見に行ったきりだけど、たまに見てみると良いものねえ」
「ですねえ。ナマの迫力がありますねえ」
祖母の方など隣に座っているのが王子様系の芽衣なので、すっかり女学生当時の気分にひたっているようだ。彼女たちの他にも演劇を見てきたと思しき客が二組ほど店内にいて、同じようにパンフレットを見ながら内容や役者のことを語り合っていた。聞こえた会話からは、美しい女性同士が愛し合う物語のことを語る者もいれば、桃と同じくリオのダンスに魅せられた者もいた。
芽衣は改めて、ステラと楽し気に話す雪の顔を見た。初めて会った時の凶暴な顔からは考えられないあどけなさを浮かべ、時には『姉』であるところのステラに甘えていると祖母は話している。曰く『どうしましょう、うちの孫達が可愛いの』とのことで、そのたびに芽衣たちはどうしたもこうしたも全力で愛でろとアドバイスしていた。今も二人を見て微笑んでいる。祖母がステラ姉妹を愛でるたび、血のつながった孫のアキラが若干拗ねた顔をしていたのは伝えていない。
サンドイッチとドリンクが空になったところで、ソフトクリームをトレイに乗せた店員が来た。
「ソフトクリーム…」
「ソフトクリーム!」
楽しみにしていたステラと雪がトレイを受け取ろうと手を伸ばした。が、目測を誤って指先でトレイを押してしまう。店員の手から落ちたトレイは、さらに不幸なことにその後ろを通りすぎようとした少女の服に落ち、べしゃりとつぶれた。いわゆるゴスロリと言われる服の、幾重にも重なった黒のフリルに不定形の白いクリームが付着した。ステラと雪の顔が真っ青になった。
「ご、ごめんなさい……」
罪悪感と恐怖で硬直してしまった二人に代わり、祖母と店員が服を拭いていた。しかし服を汚された当人はといえば、特に気にすることも無く身を任せている。その隣にはもう一人、服装も顔立ちも髪型もよく似た少女がいた。二人とも髪も肌も人工物のように真っ白だ。
どうにか汚れが目立たなくなるくらいまでふき取ると、少女は店員と祖母に礼を言った。
「感謝いたしますわ。梅雨になってからお洗濯が乾かなくて困ってましたの」
「いえいえ、うちの孫がごめんなさいね。クリーニング代はお支払いしますから」
「大丈夫ですわよ。ですから、お二人ともそんなにお気になさらないで」
ゴスロリ服の少女が硬直しているステラ姉妹の肩を叩いた。
「…あ、あの…あの…」
「それよりソフトクリームが駄目になってしまいましたわね。お一つでよろしくて?」
まだ固まっているステラ姉妹を放置し、ゴスロリ少女はバッグからがまぐちサイフを出して、さっさとソフトクリームを一つ注文し、支払いまで済ませて雪に手渡した。呆然と受け取った雪の頭を撫で、ゴスロリ少女は立ち去った。
「ではごきげんよう皆さま。参りましょう黒羽」
「…うけたまわったでよ、黒絵ねえさま」
姉妹らしいゴスロリ少女二人は会計を済ませ、真珠色のロングヘアをなびかせて立ち去った。ステラと雪はそんな二人の姿を呆然と見送ることしかできなかった。
夕食後。入浴を済ませ、祖母の家の自室で扇風機の風を浴びながら、雪はステラと一緒に布団の上に寝転がって、喫茶店で出会い演劇のように立ち去ったゴスロリ姉妹を思い出していた。シプルゥとスノアは枕元で横になって、一足先に寝息を立てていた。
ゴスロリ姉妹の髪の色は変身後の自分たちと殆ど同じだが、肌の色はそれ以上に白く、お揃いの衣装を着せた人形が歩いているような不思議な姿だった。芽衣にそのことを尋ねると、返ってきたのは一言。
「アルビノですね」
辞書によれば「先天性白皮症」、要するに先天的な色素の欠乏で皮膚や体毛の色が薄くなり、それが原因で皮膚が紫外線に弱い、目が光に弱い、視力が低いなど様々な症状があるらしい。ただそれらの症状は個人差が大きく、程度については一概にこんなものだとは言えないようだった。ゴスロリ姉妹も日傘を持ち、この気温と湿度の高さの中でも皮膚を守るためか全身を覆うゴスロリ服を着てはいたものの、目の方は取り立てて症状があるようには見えなかった。虹彩の色も非アルビノとは異なるらしいが、喫茶店ではパニックになっていたためにはっきりと記憶に残ってはいない。
それより気になったのは、あまりにも颯爽とした姉…クロエという名前の姉の立ち居振る舞いだった。
(お金持ちなのかなあ。お洋服は豪華だし、ソフトクリーム代はポンと出してくれたし…あ、でもおサイフはかわいかったな)
雪が知っている『お金持ち』と言えば、芽衣のマンションがある一帯の大人たちだ。とても優雅で礼儀正しく、整った身なりや大きな家を鼻にかけることが全く無い。本当のセレブはむやみに自慢しないものなのだ、と菫や小波が言う通りの人たちだ。クロエとクロハの姉妹もその大人たちに似ている。それでいて肌も髪も白く、人形のように美しいのだから完璧だ…と思っていたのだが、喫茶店にいた他の客が姉妹に向けた視線を、雪は憶えていた。
「…ねえ、お姉ちゃん」
「なに?」
「クロエとクロハだっけ、キレイだったよね」
「ん…うん」
ステラも同じことを思い出していたようだ。
黒絵と黒羽の姉妹に向けられていたのは、異物に向けられるのと同じ視線だった。誰もが明確にそれを示したわけではないのだが、ちらりと見てはわずかに険しい目つきになり、すぐに目を逸らす。意地汚い野良の犬猫を見るような、蔑みの瞳だった。
「あの二人、かっこいいしキレイだしでカンペキなのにね」
「ね。ステラ達にはわかんないわけでもあるのかな」
二人は交互にそれらしい理由を言い合ってみるが、どれも納得のいくものではなかった。純粋に美しいと思った人を美しいと言わない理由は、神の国で十数年訓練ばかり重ねてきた二人には判らない。それゆえ地上の人間の目に異常があるか、美醜の基準によるものなのか、といったことばかり考える。人形のような見た目が不気味に見えるせいだろうとは、二人は微塵も考えなかった。
夜の九時半を過ぎ、どちらからともなくあくびを漏らした。ステラはそろそろ眠ろうと言い、雪が扇風機の風を弱めて階下の祖母に声をかける。
「おばあちゃま、おやすみなさーい」
「はーい。おやすみなさーい」
部屋の照明を落とし、二人は手をつなぎ並んで横になった。外からはカエルの鳴き声が聞こえる。
雪は時折ブライドになる前の日を夢に見る。姉妹揃って天使たちに罵られ叩きのめされ、訓練場にごみのように捨てられた日々の夢だ。悪夢で目を覚ましては姉に泣きつき、精霊を抱きしめつつどうにかまた眠りにつく。よく心が壊れなかったものだと今は思うが、当時は一般常識を教わらずに状況を受け入れてしまっていたのが幸いしたのかもしれない…あまり『幸い』などという状況ではなかったが。そのため、今でも眠るときは姉の手やスノアを放すことはできなかった。
「じゃあお休み、お姉ちゃん」
「うん。お休みユキ」
演劇を見てから歩いて帰ってきたこともあり、二人は疲労からすぐに眠りに落ちた。
朝食を終えて朝のアニメ「ふたりはブリキ屋」を見ると、読書の時間。の筈だったのだが、二人はいつの間にやら昨日の演劇のことを話していた。机の前に並んでパンフレットを開くと、精霊達も揃って机の上に座り一緒に読み始めた。
四人そろって全く同じタイミングであらすじを読んでいく。昨日は演劇の迫力に終始興奮していたので、この日はじっくりと読み込もうと考えていたのである。四人であらすじを読みつつ以前の公演で撮影された写真をながめ、物語を追っていく。教会で騎士と姫が愛を誓いあう場面で目を止めたステラの横顔を、雪はこっそり覗き見た。何を想像しているのか、ほんのりと頬が上気していた。
「二人とも、ステキだったよねえ…」
当時の事を思い出しながらつぶやくステラを、雪はどこか不機嫌に見ていた。確かにその場面は素敵だと思ったが。
「うん…」
「ユキはどこがよかった?」
ステラはパンフレットを雪の方に寄せ、興味津々で尋ねる。しかし雪の表情は晴れなかった。横からパンフレットを見ていたシプルゥとスノアもそれに気づき、雪の顔を覗き込む。
「どしただすか、雪ちゃん」
「え? …ううん、何も」
「おめめがツンツンしてるぷきゅ。このあいだもそうだったぷきゅ」
シプルゥの言うツンツンとはツンと尖った険しい目つきであったということだ。晴からステラを奪い返し、代わりに湿っぽいトラ猫を乗せてやった時の事だ。今の自分がその時と同じ、胸の中にもやもや広がりちくちくと突き刺さるような、嫌な心を胸に抱えているのが雪には判った。自らの胸を手で押さえるが、それで嫌な心が収まるわけが無かった。
胸の中にわだかまる気持ちが言葉になって喉まで上がってくる―――雪は意を決し、ステラに尋ねた。
「お姉ちゃん。ハルのこと、好きなの?」
それを聞いたステラは目を見開き、首をかしげながら答えた。
「好き…だよ。友達だし」
「ブライドのみんなも?」
「うん」
「じゃ、あたしは?」
「好きだよ。大事な妹だもの」
それきり、雪は黙り込んで下を向いた。質問の意図が読めずにステラはユキの顔を覗き込み、手を握って問う。
「ユキ、どうしたの? ステラはみんな大好きだよ。もちろんおばあちゃんも」
「うん…わかってる」
「……ホントにどうしたの、ユキ?」
答えを促すステラに対し、雪は答えられず、下を向いたままでいた。そんな二人を精霊達も心配そうに見ていた。そこへ、ぱたぱたと階段を上がってくる祖母の足音が聞こえた。ふすまを軽く叩く音の後、祖母が外から呼ぶ。
「ステラちゃん雪ちゃん、晴ちゃんからお電話よ」
「ハルから!?」
「……」
その名を聞いた途端、ステラはユキの事を忘れてしまったかのように立ち上がり、ふすまを開けて祖母からスマートフォンを受け取った。雪はその瞬間の姉の顔を見逃さなかった。頬を上気させたとてもうれしそうなその笑顔は、雪ではなく電話の向こうの晴に向けられていた。ステラは勿論雪にも笑顔を向けてくれる。だがそれは姉…つまり保護者、年上の者としてのそれであり、今のような無邪気な愛情に満ちたものでは無い。
ステラはビデオ通話にしたスマートフォンを受け取り、机に置いて晴と話し始める。
「ハル!」
『どうだった、桃の友達の舞台?』
「んっとね、すごかったんだよ! あのね―――」
無邪気に晴と話し始めたステラを、雪は横から見ていることしかできなかった。演劇のことよりも晴と話したくてたまらないという顔だ。割り込めば姉は悲しむだろう…雪は机に置いた自分のジュエルと、図鑑や小説などの本、それにスノアを抱えて立ち上がった。
「でね、ユキと一緒に―――ユキ?」
「あたし、あっちの部屋で本読んでるね」
『え、何? 雪がどうかしたの?』
ステラが何か言う前に雪へ部屋を出て、廊下を挟んで反対側の部屋に籠った。来客用の部屋としており、普段は使っていない…それこそステラを浄化した直後にアキラ達を寝かせてからは特に使われていない部屋だ。ちなみにこちらには来客用ということでエアコンが設置されているが、電源を入れるほどに暑くはない。雪は机に本を置くと、スノアを抱きかかえて窓際に座り込んだ。ふわふわの毛並みに頬をうずめて、しかしその表情は今にも泣きそうだった。
「雪ちゃん、この間から元気が無いだすね」
「うん…」
雪は窓の外を見た。どんよりと曇った灰色の空が広がる。既に梅雨入りしており、アニメの前の天気予報でも降水確率が高いと言っていた。せめて外に出かけられれば同じ空間にいることも無かったのだが、この雲では家にいる方が良さそうだ。
ステラが晴と楽しそうに話すのを見ていられずにこちらの部屋に来たが、結局同じ家にいる以上は逃れられないのだと思いなおす。
「…あたし、お姉ちゃんのこと、キライになっちゃったのかな」
「キライにだすか? 自分ではどう思うだす?」
「わからない。…あたし、自分の気持ちが判らないの」
どういうことか、と言いたげにスノアが雪を見上げた。雪は自分の胸を押さえながら続ける。
「ちっちゃいころからずっと、あたしとお姉ちゃんはパパの所にいた。アキラを殺すためだけにがんばってた。天使様たちに叩かれて、いっぱい怒られて、…自分の気持ちの事なんて、考えたことも無かった」
「雪ちゃん」
「だから…この、チクチクがもやもや広がるの、何なのかわからない…」
それっきり雪は黙り込んだ。じっと聞いていたスノアもどう答えていいかわからず、雪の腕の中でうつむいていた。閉ざされたふすまの向こうからはステラの楽しそうな声が聞こえてくる。そのたびに胸には痛みと澱みが広がっていく。雪は耳をふさぎ、姉の声に背を向けた。
―――〔続く〕―――
このエピソードを投稿した時点で2000PVオーバー。ありがとうございます!感謝のハラキリTake2
前書きにも書いたように、今回は人によってはかなりセンシティヴな題材となります。
かつ、若干重く暗い話になります。




