第十一話「Beyond the sea」⑤
変身ヒロイン百合アクション第十一話、完結。
屋上はステンレス製のフェンスに囲まれている。その向こうは地表まで高さ約二十メートル。ブライドにとって大した高さではないが、いくらルビアの速度が優れていたところで、何もない空間に放り出されては意味をなさない。逆に武器を利用して空間で跳躍ができるアクアルマにしてみれば、お互いが地に足を付けた状態と比べてだいぶ分があるはずだ。アクアルマが広い空間に出たことの意味をルビアは思い知った。固体、それも動きの無い強固な固体を足場として利用しなければスピードが出せない…常識ではあるが、人間も動物も地面が無ければ走ることはできないのだ…ルビアに対し、アクアルマは布の反発力を利用して空間を自在に移動できる。しかも屋上故に障害物も天井も無い。空間をフルに利用できるアクアルマに対し、ルビアの方は先刻のような屋内を跳ねまわる動きはできないか、難しい。
《アカリ、腹くくれヨ。あいつここで決める気だゾ》
「判ってる。…来なさい」
自らに意識を向けさせるため、敢えて挑発するように、かかってこいと手で招く。アクアルマはそれに敏感に反応した。ルビアの挑発を視認した直後、また例のステップで一気に距離を詰めてくる。ルビアも駆け出し、真正面にロッドを突き出した。その瞬間にアクアルマの体が沈み込む。しゃがみながら回転し、左腕を振り向いて布で接触。フェンスまでルビアを弾き飛ばした。
「がっ…!」
激突したフェンスが歪み、固定されていた根元が破砕音とともに何本か抜ける。アクアルマは跳躍して空中で布を振ると、反発力を利用して一気に加速し、ルビアを押さえ込む形でフェンスにしがみついた。同時に布が左腕に巻き付き、指先を伸ばした手刀を包み込む。反発力が一つの塊となり、手に合わせてナイフの刃に似た形になる。舞い上がった塵が布から発せられる反発力で弾き飛ばされ、その形がはっきりと見えた。
「HAAA!!」
初めてアクアルマが叫びを上げ、左手の貫手を繰り出した。手刀の形に固定された強力な反発力の塊から、恐るべき速度と破壊力の一撃が生まれた。
《よけろアカリ!》
首を横にかしげて顔面への直撃を避けるが、貫手は頬と肩をえぐって大量の血を噴出させ、ステンレスのフェンスに大きく穴をあけた。防御が主目的と思っていた布の予想外の破壊力に、そして彼女の動体視力で初めて回避できる拳速に、ルビアは戦慄する。貫手全体から反発力が発生し、不可視の力で敵の肉体を貫く危険極まる技だ。
アクアルマは二発目を繰り出すべく再び腕を振りかぶった。ルビアは素早く反応し、肘うちを腹に叩き込んでアクアルマを吹き飛ばす。根本が抜けたフェンスを蹴って屋上に着地すると、吹き飛んだアクアルマに向けて再びロッドを投げた。加速した腕で投げたことで先刻の倍近い速さでロッドが飛来する…だが、アクアルマはそれすらもたやすく弾いた。そして弾かれたロッドをほぼ全く同時につかみ、ルビアが眼前に迫る。ロッドの先端が突き出された瞬間、信じがたい速度でアクアルマは反応し、左腕の布を振ってルビアを真上に弾き飛ばした。
「っ……!」
アパートの三倍近い高さまで吹き飛ばされ、ルビアはなすすべなく空に放り出された。高速で走行した勢いをそのままに吹き飛ばされたため、その軌道は放物線を描く―――目測ではフェンスの外側に落下する。地上からはアキラと桃の自身を呼ぶ声が聞こえた。視線を送ると、だいぶ距離はあるが不安げな表情なのはよく見えた。大丈夫だ、と微笑みで返す。
やがて落下が始まり、目測通りフェンスの外側へと落ちていく。ぎりぎりで屋上の縁にしがみつけそうなあたりへと落下する軌道だ。体勢は立て直せるとルビアは予測した。だがその時、自身の真上に気配を感じ、首だけ動かして上空を見上げた。既に軌道を読んでいたアクアルマが、布の反発力を利用してルビアの真上まで跳んでいたのだ。
《アカリ、まずいゼ! ここで蹴落とされたら―――》
「YAH!!」
真下に両足を突き出し、ルビアの背を蹴る。軌道を変えられたルビアは垂直に落下して、腹からフェンスに激突した。
「ごはぁっ!!」
フェンスが歪み折れ曲がる。内臓に傷でもついたか、激突したルビアが血を吐いた。アクアルマは布の反発力で落下の衝撃を殺し、屋上に難なく着地した。フェンスにめり込んだルビアに向けて例のステップ走法で駆け寄ると大きく跳ぶ。左腕にはまたも布を纏い、貫手を振りかぶっていた。とどめを刺すつもりだ。
先刻の一撃の恐るべき破壊力をルビアは思い出していた。だが同時に、この技を出したときこそアクアルマが防御を絶対に解く瞬間でもあるのだ。
投擲したロッドを防御させて隙を作ったところで、彼女の運動能力そのものを封じられるわけではない。ならば危険を承知であの貫手に突っ込むか。それしか無いのなら、とルビアはすぐさま決意した。
「やる価値はある!」
《アカリ!?》
驚愕するパミリオを敢えて無視してルビアはフェンスを蹴り、ロッドを突き出して真正面からぶつかりにいった。
(食らっても構わない。この瞬間にしか決められないのなら!!)
目の前に鋭利な貫手が迫る。ルビアは覚悟を決めた。眉間を直撃するか、と思われた瞬間―――真っ赤な火花を散らしながら、硬質な音を立てて貫手が弾かれたのだ。
ルビアは全身の表皮に異様な緊張を感じた。皮膚が硬化し引きつったような感覚だ。もちろん元来の柔軟性は失われていないが、その硬度は岩石や金属を大きく上回り、ステンレスを容易く破壊する一撃を退けた。
初めて発揮した異様な防御能力だ。ルビアは飛びぬけて頑丈な体を持っているわけではなく、本来なら先ほどの貫手が掠めただけで頬や肩が抉れる。能力の正体が気にはなるが、細かいことを考えている暇は無かった。突き出したロッドの先端の刃、そして胸のジュエルが強烈に赤く輝いた。
「―――ピュリファイア・フラッシュ!!」
刃が正面からアクアルマのジュエルを直撃すると、すぐにロッドを振り抜いて二発目を当てた。爆発する閃光のなか、アクアルマの背後で巨大な顔を形作った黒い炎が断末魔の叫びを上げ、虚空に消えた。
空中で気を失ったアクアルマを受け止め、ルビアは屋上に降り立った。その肩にジュエルから飛び出したパミリオが乗る。
「なーアカリ。今の感じ、アキラの言ってたのに似てたよナ?」
「多分同じね。あの一撃に負けないように…全身が『頑丈になれば』と思って、それが『実現した』。葵さんが変身した時のような頑丈さだったわ」
「アキラのか…おまえホントにアキラのこと好きだナ!」
半ば呆れ顔のパミリオに指摘され、思わずルビアは口をつぐんだ。
「べっべ、別にいいでしょう…それより! この人を連れていくわよ!」
照れ隠しに怒って見せたものの、頬が赤く染まっているのは到底隠せず、パミリオのからかうような視線にさらされることとなった。ルビアはアクアルマの体を抱えて屋上から飛び降り、アキラと桃の前に着地した。二人は精霊と共にすぐに駆け寄る。
「リオさん!」
桃は渡されたアクアルマの体を抱き留め、ゆっくりと地面に座り込む。じっとその顔を見ていると、アクアルマの睫毛が震え、ゆっくり瞼が開いた。その両目はやや虚ろな物の、リオ本来の輝きがしっかり宿っていた。数度のまばたきの後に潤んだように輝く瞳が桃を捉え、大きく開かれた。
「モモ… モモ!」
リオは起き上がり、桃の体を折れない程度の力で強く抱きしめた。その髪を桃の手が優しく撫でる。
「大丈夫だからね、もう大丈夫。おばあ様のくれた宝石、アカリちゃんが綺麗にしてくれたから」
「アカリ…?」
アクアルマは浄化された胸のジュエルと、隣にしゃがみこんだルビアを見比べた。
「アナタがこれを、綺麗にしてくれたのネ? ありがとう!」
「…まあ、そんなところ」
「照れんなヨ!」
照れて目を逸らしたルビアの頬を、その肩に乗った赤毛の子猫パミリオがプニッとつついた。アクアルマは目をパチクリさせてその光景を見る。が、桃がピッキィを連れていたのをすぐに思い出してパミリオに尋ねた。
「アカリの精霊さんネ」
「オウ! パミリオってんだ、よろしくな! そっちはアキラとプルっていうんだゼ!」
「ども」
アクアルマが振り向いた先にはアキラとプルがいた。やっと気づいてもらえたと二人とも安心する。全員の紹介が終わったところで、ルビアは変身を解いて元の緋李の姿に戻り、桃の肩に手を置いた。
「じゃあ桜嶋さんとピッキィ、リオさんの精霊を呼び出してあげて」
「うん。お願い、ピッキィ」
「まかせるっピ!」
ピッキィがぽふんとアクアルマの胸にしがみつき、胸のジュエルをもふもふ撫でると、中から光の玉が飛び出した。アクアルマは元のリオの姿に戻る。光の玉はリオの頭上まで浮かび、すこしずつ雪だるまに似た姿かたちへと変わっていった。まんじゅうが二つ重なったような形で、頭らしき部分に尖ったものが二つ突き出ている。町の中ではそうそう見かけない動物の姿だ。眠たげな両目、くちばし、頭でツンと立った羽毛。アキラはその姿を凝視する。
「フクロウ?」
「ミミズクね」
緋李が言った通り、リオの頭には水色の羽毛を持ったミミズクが座っていた。丸々としたその腹をリオがつつくが、羽毛がモフモフするだけでミミズク精霊の反応は無かった。その鼻らしきあたりからプクーと鼻ちょうちんがふくれ、はじけた。
「ポ…なんだポ…?」
「アナタは? ワタシの精霊さん?」
「…シーヤンだポ……Zzz…」
傍若無人にも、ミミズク精霊ことシーヤンはすぐに眠ってしまった。しかも不安定な頭の上で。どうやらそうとう安定しているらしく、落ちるどころか揺らぐ気配すら無い。当人以外がしばしの間呆れ、そしてすぐにリオがクスッとほほ笑む。シーヤンを片手で押さえて立ち上がると、空いたもう片方の手で桃の手を握った。
「ウフっ。じゃあ、ワタシ、モモとお揃いネ!」
「お、お揃い…!」
桃の顔があっという間に赤くなった。が、すぐに真剣な表情に戻ると、リオの目をまっすぐに見つめながら言う。
「…リオさん。アタシね、アキラちゃん達のそばで戦いを見届けなくてはいけないの」
「見届ける…」
「そう。―――アキラちゃんが普通の恋を叶えるための、神様相手の戦い」
桃の目がアキラと緋李の姿を捉える。その仕草でリオは意味を察したらしく、力強くうなずいた。そして自分のジュエルを目の前に掲げて見つめる。
「じゃあ、ワタシも一緒ヨ」
リオの宣言に桃が目を見開く。来月になれば隣の県での公演があるはずだ。いつ終わるかも判らない神との戦いのために、今後のためのステータスにもなるであろう舞台をふいにするというのか。桃がそう尋ねようとしたことを、リオはすぐに理解したようだ。
「モモがこの子達のそばにいるなら、ワタシはモモと一緒にいる。だって、アナタを愛しているんだもの」
「リオさん…!」
「劇団にはちゃんと話すから。いいでしょ、アキラ、アカリ?」
リオは順に二人を見て確認を取った。ややためらったのち、アキラも緋李もうなずいて答えた。その答えを知り、桃は嬉しさのあまりリオに抱き着いた。頭に乗ったシーヤンがぐらぐら揺れたが、やはり落下する気配は無かった。
桃の両目からは涙が溢れていた。愛する者とともにいられる喜び、そして愛する者が自分のヒーローを共に支えてくれる喜びが、桃の胸の中にあふれていた。
「リオさん…全部終わったら、一緒に世界を周ろうね。二人で色んなところ、行こうね」
「エエ。ずっと一緒ヨ、モモ!」
リオが桃を抱きしめる。その光景にアキラも緋李も照れくさくなり、背を向けた。だが少しだけ振り向いて見えた二人の姿は美しかった。いつか自分たちも、この二人のように全力で抱き合えたら…アキラと緋李は、わずかに視線を交わしてお互いにそう考える。
傾いていく太陽が琥珀色に染まり始めた。残された市営団地の残骸を照らし、正午を過ぎた時間の暖かな日差しが降り注ぐ。
「…ん? うん。こっちは大丈夫だよ。リオさんも? …そっか。うふふ」
数日後の昼、桃達はショッピングモールにいた。広い専門店街の通路のベンチに座り、弾む声でスマートフォンごしにリオと会話しながら、時折その表情が恋する少女のそれになる。一方のリオは次の上演に向けてレッスンの最中で、さすがにすぐに降板するのは無理と、六月中は出演することになった。今は休憩時間を利用して桃に電話をかけていたところだ。曰く桃の声を聴きたかったとのことで、傍目には完全に初々しい恋人同士の会話であった。
その様子を見ながら、菫がゲッソリした顔でメモ帳に何かを描いては乱暴に消していた。
「所詮私のマンガなんて妄想の産物に過ぎないのよ…これが本当の人類の尊厳という物なんだわ…見てよ、桜嶋の顔。本物の恋がここにあるのよ」
「パオパオ!」
「人様の恋をネタにしまくった分のしっぺ返しだな」
桃の幸せそうな顔を目にして挫折した菫をパオレが慰め、伊予が冷め切った顔で横から眺めていた。菫は少女同士の交流を好み、他人のそれから着想して漫画を描いてきた。今回も桃の恋をモデルにプロットを作ろうとしていたのだが、いざ本物の恋愛…それもカップルの存在を前にしてしまったことで、自分の描いた作品が現実の恋愛の甘ったるさに到底届かないことに打ちのめされてしまったようだ。伊予とタータは、パオレに続いて慰めるべく、すっかり気力を失った菫の頭を撫でた。
「まぁよ、お前の描いた漫画はおもしれーからよ。自信をポイ捨てする必要なんざ無いと思うぜ、私は」
「そうタイ。気を落とすことはなかとよ」
「……ありがと。でも今は現実に打ちのめされることにするわ」
菫の声からはいつもの傲岸不遜な気力が失せてしまっていた。たまにはそれが良かろう、と伊予もタータもうなずく。ちょうどそのタイミングで、桃の通話は終わった。
「うん、じゃ、またね。―――ちゅっ」
スマートフォンの電話口にキスをする桃を見てしまい、またも菫は絶望する。
「アーッもう駄目! 砂糖吐くどころか体がガムシロップになりそう、私これから全身ガムシロップウーマンとして生きていくんだわ。腹いせに全人類を絶対の危機に晒し尽くしてやるんだわ!」
「地面にしみ込むんだからドロドロモンスターなんかになんなよ、あきらめないで固形物として生きろよ。何かおごってやるからさ」
「じゃそこのカフェのウルトラダイナマイトミックスフルーツサンデーおごって」
「そっちの自販機のフルーツ牛乳ならおごってやる」
「……イヨちゃん達はさっきから何の会話をしてるの?」
怪訝な顔で桃に問われ、しれっと伊予は答えた。
「お前らが甘ったるくて菫がガムシロップになりそうって話」
「ホント何の話してるの!?」
余計に理解できず桃が顔をしかめていると、アキラと緋李が買い物を終えて三人の所に歩いてきた。どうやら緋李の部屋に飾る置物を二人で選んで買ったらしい。菫は知らされていないが、こちらも両想いである。しかし二人の関係の実態を知らないながらもその距離感を見て、菫はまたしても自信を無くしてしまった。見かねた伊予が菫を自販機へと連れて行った。
「ちょっとこいつにメロンソーダおごってくる」
「ええ…何があったの…しかもメニュー全然ちがくない…?」
「え、何かあったの? メニュー違うって何?」
「アキラっピは知らなくてもいいっピ…」
終始怪訝な顔で見送る桃とピッキィ、キョトンとして見送るアキラ。緋李はざまを見ろとばかりにアキラと並んで座った…初対面の時に漫画のネタにされそうになったことを未だに根に持っているらしい…早速開封して二人で置物を眺め、耳がかわいい、肉球がかわいいなどと話している。桃はそんな二人を横から見ていたが、ふとあることが気になった。
「―――でさ、堂本さん」
「ねえねえ。ちょっと二人とも」
つんつんと桃に肩をつつかれ、アキラは言いかけていた言葉を引っ込めた。振り向くとジト目の桃が二人を見ている。
「…な、なに桃ちゃん?」
「まだ名前で呼ばないの?」
「それは…だって、まだそこまでの関係ではないもの」
「いや、両想いじゃん」
桃に指摘され、二人はギクリと身をこわばらせて視線を合わせた。二人の仲の良さはブライドの仲間達の間でも半ば名物扱いされており、いつ名前で呼び合う物かと密かに注目されていた。が、桃の詰問のような言い方にはそれ以外の意図も含まれている。
「予防線のためにもってこと。いずれお付き合いするんだし、アキラちゃんは可愛いしアカリちゃんはちょー美人。両想いってちゃんとアピールしないと、二人とも変な奴に言い寄られるよ。ヤでしょそんなの」
「かわっ…かわいくないもんあたし」
「その発言が既にかわいいっピ」
自覚の無い二人に呆れて桃はため息をついた。絶世の美少女である緋李のみならず、桃は断られこそしたがアキラにモデルを頼んだことがある。ファッションモデルとしても十分に通じるほどだと桃は見込んでいた。それだけに警告はしておかねばならないのである。
「でも人目のある所だと…その……」
「うん。っていうか桃ちゃんがコミュ力高すぎるんだよ。基準値がチガウンダヨ」
「そうよ。桜嶋さんもリオさんも距離感が近いし」
「アキラは肝心なところでヘナチョコになるプル」
「ほっといてください」
アキラのフトコロから顔を出して桃に加勢し、頭からモフッと押し込まれて懐に姿を隠してしまうプルであった。
二人にとっては恋愛の先輩…と自称する桃としては、色々と手助けをしてやりたい所である。だが、それと同時に二人を見守りたい気持ちもあった。
「まあいっか。二人とも恋は初めてだもんね」
命を懸けて互いを止めようとしたほどに愛し合う二人の、とてつもなく初々しい恋模様。これからどうなるのか楽しみでもあり、不安もあった。
桃は考える。二人の恋を普通の恋として実現するには、この世界にはあまりに多くの障害、邪魔者、そして敵が存在している。一方でジュエルの浄化は、自分たちを『特殊な人』呼ばわりするこの世界を産んだ神への訴えのためでもあるとアキラは言うが。
(アキラちゃん達の恋が『普通の』恋になるとしたら、世の中を変えるだけではおさまらないんじゃないかな…)
神に願ったところで叶う物なのか。人々の意識、法律、生活習慣、そんなものを変えるだけで済む物なのか。とすればそれが叶う時、この世界は…その意味を理解した途端、桃は戦慄した。
それは不安でも高揚でもない、アキラが行おうとしていることの真の意味を理解したが故の驚愕であった。本当の意味で普通の恋として叶える。それはすなわち、ごく自然なこととして人々の命の営みに直結し、人々の常識に根差した物になる…ということではないのか。
「―――アキラちゃん」
思わず桃はアキラを呼んだ。だが振り向いたアキラの不思議そうな顔を見て、桃は自らの言葉を飲み込む。
「なに?」
「ん…ううん、何でもない」
アキラは首をかしげて一度桃を見たが、すぐに緋李との会話を再開した。
《モモっピ?》
(うん…)
恐らくアキラは欠片も自覚していない。自分が行おうとしていることが、本来なら人間どころか超人『デュエルブライド』でも手の届く範疇ですらないことを。だがこのままジュエルの浄化を進めて、それを見た神がアキラの意志の強さを認め、わずかでも言葉を聞くようになったら、可能性は全くのゼロではなくなるのだ。それはブライド達には当然だが、他ならぬ桃とリオにこそ大きく関係している。桃はスマートフォンの待ち受け画面にした自身とリオの写真を見た。アキラの願いが実現すれば、その時には桃達の関係も大きく進展する。今の世界からは到底想像できないほどに。
―――あなたは世界を根底から変えようとしてるんだよ。結局、桃がその言葉を口にすることは永遠に無かった。
どこかのケーキショップで買ったらしい豪華なプリンアラモードを持った菫と、渋い顔でサイフの中身を数えている伊予が帰ってきた。どうやら菫の機嫌はすっかり直ってしまったようだ。わずかな時間でサンデーからフルーツ牛乳に変わりメロンソーダを経由してプリンアラモードとすっかりメニューは変わったが、落ち込んだときには甘いものこそ特効薬なのである。
二人の姿を見ると、桃達は荷物を持って立ち上がった。
「じゃあイヨちゃん達も来たし、そろそろ行こっか」
「うん」
五人は合流し、モールから出て次の目的地に向かった。
前を歩くアキラの背を見ながら、桃は祈らずにはいられなかった。あまりにも巨大すぎるその願いが、せめてアキラ自身の心を折ってしまわないようにと。
―――〈ジュエル・デュエル・ブライド:第十一話「Beyond the sea」END〉―――
「人類の尊厳」と「全身ガムシロップ化」は個人的に流行らせたい表現です(流行らない)




