第十一話「Beyond the sea」②
変身ヒロイン百合アクション第十一話、続きです。
憶えられていたのみならず綺麗とまで言われ、桃の頭の中は完全に真っ白になった。こんな美しい人にそこまで言われたのだから、呆然とならない方がおかしい…桃は夢見心地でそう思いつつ、何とか言葉を絞り出そうとするが、うまくいかずに口を開閉させるだけとなった。返答に困っていると思ったのか、リオは思い出したように手に持っていたタオルをレジのテーブルに置いた。
「ごめんナサイ、お会計だったわネ。お花でイイ?」
「あっ…じゃあ、何でもいいから千円以内で、おねがいします」
「かしこまりましタ~」
リオは生けられた花から何本かを取り出し、剪定ばさみで長さを整えて紙で包んで束にすると桃に渡した。淡い花の香りが二人の間に満ちる。
ふとリオの視線が、花瓶が並ぶ棚に向けられた。
「ね、よかったらあの花瓶も見ていってネ。ワタシが作ったノ!」
「そうなんですか? すごく綺麗…」
そう言うとリオは嬉しそうに笑った。
花束の代金を支払った桃が店を出ようとすると、リオが背後から呼びかけた。
「あのネ、ワタシ今月一杯の契約で、このお店でバイトしてるノ。だから、また遊びに来てネ」
「ハハハはい! …あのっ! アタシ、桜嶋 桃って言います!」
「ワタシは水城 リオよ。よろしくね、モモ!」
桃の手をリオが握る。温かく柔らかく、それでいて力強い手だった。見る見るうちに顔が赤くなっていくのを悟られないように、桃は失礼しますとだけ言うとお辞儀をして、莉緒に見送られながら店を出た。勢いで自己紹介までしてしまい、嫌がられてはいなかったかと店を出てしばらくしてから思い返すが、後の祭りだ。恥ずかしさと憶えてもらえていた嬉しさで、心臓も頭の中も機関車のように熱くなっていた。
バイト先に向かいつつ、途中の小さな公園に立ち寄って火照った顔を冷まそうとベンチに座る。その間にもリオの瞳、声、顔立ち、手の感触を思い出し、桃はため息を吐いた。
「は~~~…お話しちゃった」
「完全にガチガチだっピね」
「うん…すっごいキンチョーした」
あきれ顔のピッキィに言われつつ、桃は深呼吸して息を整えようとした。と、その肩に突然手を置かれ、座りながらも桃はわずかに跳び上がった。振り向くと、学校帰りの伊予と緋李がそこにいた。
「よう桃」
「イヨちゃん、アカリちゃん… …あ、この花束は、…そう、バイト先! バイト先で置かせてもらおうと」
訊かれてもいないのに言い訳がましいことを口走るが、それを訳知り顔の伊予に止められた。
「見てたぜ」
「え。どこから」
「実は店に入ったあたりから見てたんだぜ…」
「えええええええええ…ほとんど最初から最後までじゃん…」
恐らく、パニックを起こして脈絡なく自己紹介した所も見られたのだろう。隣にいる緋李が申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさい、止めるべきだったわ」
「……悪いのは全部イヨちゃんだから。アカリちゃんは気にしないで」
「オイお前」
「あの人が桜嶋さんの…恋のお相手…なのね。劇団の人って言ってなかった?」
「うん。今月一杯あそこで仕事するんだって」
恐らく生活費のためだろうと桃は推測している。彼女に思いの丈を打ち明けるなら六月下旬までが勝負だ。
「で、お前どうする気なんだよ?」
「どうって…そりゃあ…」
隣に座った伊予に問われ、桃は返答に窮した。と同時に、目を背けようとしていた状況の問題が浮上する。
遊びに来てとは言われたものの、片想いを気持ち悪いなどと言われたら最低でも六月末までは花屋には行けない。が、彼女の人となりを知るにはそもそも一か月では短すぎる。まして役者ともなれば、日課のトレーニングやレッスンもあるのだ、常連客になるには時間が足りない。といって毎日店に詰めかけてはストーカーまがいで、毎日花を買えるほど経済的に豊かなわけでもない。そもそも彼女が毎日店にいるかもわからない。
「状況は完全に詰んでるっピ」
ジュエルから飛び出たピッキィが、桃の肩にしがみつきながら残酷な現実を宣言する。
「ツラくなるから言わないで…」
「玉砕覚悟で告白する選択肢しか無いな。安心しろ、介錯はしてやるから」
「アタシは何のハラキリペナルティをしょわされたの!?」
「ぶふっ」
ハラキリと聞いてまたも緋李が噴き出したのは放置しておくとして、時間がない以上告白の一点突破しか残されていない。月末に他県に行ってしまうのなら、返答にかかる時間を考えても月の半ばまでには告白した方がいいだろう。
「………もし気持ち悪いって言われたら」
「それもわからんままに悶々としとったら機会を逃すタイ」
「それはそうだけどぉ」
「玉砕しても味方はブライドと精霊合わせて二十人以上いるんだゼ。ってなことをカエデが言ってたゼ」
桃が聞いたことの無い言葉だったので、恐らく別の誰かに言ったのだろう。だがそれを聞いても、桃はまだ逡巡していた。その肩を緋李が叩く。
「葵さんは大事なことを郡上さんに言えなくて辛い思いをしてたから…できれば、同じようなことにはなってほしくない。私の希望にすぎないんだけど、気持ちはきちんと伝えるべきだと思う」
「…うん」
アキラが自身の恋で苦しんでいたこと、そして今ではアキラと緋李が両想いであることを小波と桃も本人達から伝えられた。緋李には自身の想いを、小波には緋李との恋の事を伝え、アキラと小波の関係は以前より良好になったほどだ。伝えることは確かに状況を打開するきっかけになる。桃のリオへの恋心も同じはずだと、緋李は言外に桃に伝えている。
緋李が伊予と反対側の隣に座り、桃の顔を覗き込みながら尋ねる。
「…すぐにでも言いに行く?」
「ううん。もう少し仲良くなってからにする」
緋李の言葉は励みになった。捨てられない分のあと少しの逡巡は、時間をかけて解消していくつもりだった。そこで伊予が何かを思いついたようだ。
「ていうかよ桃。お前、その人の劇団に取材したんだよな。そん時にチケットとかもらってねーの?」
「……あ!」
桃は慌ててバッグの中を探る。サイフの中にチケットが二枚、上演二回分入っていた。取材の時に劇団からもらい受けたもので、社員はほぼ全員予定が合わないということで桃が二回分貰ったのだった。
つまり、少なくとも二回はリオに会いに行ける。告白できるかはともかく会いに行ける特大のチャンスでもあり、ステージ上のリオが見られる。運が良ければ舞台の上から見つけてもらえるかもしれない。それを前にしり込みなどしたら女がすたるというものだ。
「…うん。二回目の上演が終わるまでに、アタシ告白する。あの人に好きって言う!」
「よっしゃ、頑張れ!」
「応援してる。手伝えることがあったら言って頂戴」
「ありがとう、みんな…アタシ、やるよ!」
桃は胸にチケットを抱いた。二人の友が、三人の精霊がそれを応援してくれる。その心強さに、桃はついに決意を固めた。
まず友達になるところから始めるのが良いのではないか。昨日の夜、桃がブライドの仲間や精霊たちに相談した所、帰ってきたのはそんな回答だった。交際の基礎中の基礎である。リオに自分のことを知ってもらいつつリオの人物像も知り、友達になること。最初に大事なのはお互いをある程度でも理解し合う事だと仲間達は言った。なるほど、と桃は納得した。リオとは顔見知りという程度で、友好的に接してはもらえたが、まだ友達というほどの関係ではない。
「まず一歩目を踏み出さないといけないよね」
「一番大事な一歩目だっピ」
「うん」
そんなわけで、桃は翌日の放課後も花屋に来ていた。アルバイト先に到着するまでの短い時間で、できるだけ彼女と交流しようという考えだ。入り口からのぞき込むと、リオが客を相手に会計をしているのが見えた。こなれた動きで、手際が非常に良い。会計を済ませたリオが桃に気付いて手を振ると、桃も笑顔で手を上げた。客が去ったのと同時に桃は店内に入る。
「こんにちは、水城さん」
「いらっしゃいモモ! 来てくれてウレシイ!」
リオは駆け寄り、桃の両手をギュッと握った。真正面からの好意に桃はまたも赤面する。そんな桃にリオはレジ横のテーブルを勧めた。
「座ってモモ。お話しましょうヨ」
「え、仕事しなくていいの?」
「いいノ! だって、ワタシがモモとお話したいんだもの!」
自由な人だ。桃は呆れたのではなく、本心から感心した。世間の様々なしがらみなど気にせず、自分の思う通りのことをして生きているのだろう。
ふと、同年代であろうリオが、学校帰りという風でもなく仕事をしていることが桃には気になった。先日花屋に寄った時に感じたが、どうもリオには学校に行っているような気配が無かった。
気になる。が、本人がそれを気にしている可能性もある。レジ横に座った桃はまず、その話題を避けて話し出した。
「そうだ、昨日の花瓶って水城さんが作ってるって言ってたよね。ガラス工芸とかやってるの?」
「ええ。ブラジルにいる時にグランパとダディに教わったの」
「おじい様とお父様から。親子でガラス職人だったのね」
桃に言われ、リオはレジ台に置いたガラスの文鎮を手に取る。大海原と入道雲という夏の光景を透き通った半球の中に作り上げた、芸術品と言って差し支えの無い文鎮だった。海鳥まで造形されている。
「そうなの。あっちの家には二人に教わって作った物がたくさんあるのよ」
「すっご、多才。ダンスが出来てガラス工芸もできるとか、天才じゃない? 超カッコイイ」
「ソンナコトナイヨ~」
照れてカタコト気味の発音になる。可愛い、と桃は素直に思った。その間にリオは一冊の雑誌をレジ台の下から取り出した。桃のアルバイト先が出版している地元情報誌の少々古い号、そして桃が読者モデルだった時期に写真が掲載されたファッション誌だ。表紙を見て桃がわずかに顔をしかめるが、リオは気づかなかった。
「モモこそスゴイじゃない。モデルになればこんなにキレイだし、モモが撮った写真だってステキよ!」
「んー…褒めてもらえるのは嬉しいけど、モデルはあんまり好きじゃないんだよね。ちょっとイヤな思い出があって」
「もしかしてつらい目に遭ったの、モモ…」
「ん……」
隠すべきかとも思ったが、言ってしまった以上、変に隠せば余計にリオが心配するだろう。今となっては『ちょっとイヤな思い出』程度のことなのでもあるし、隠すよりも解消する方が良いだろうと思い直した。菫に言わせれば『ゲロ吐き残すと具合悪くするから全部吐け』という非常に下品な表現になる。
「うん。飲み会に連れていかれたし、スタッフの男の人に体触られたりしてね、ホント嫌だった。それにアタシ記者の方をやりたいから。だからやめちゃった」
「モモ…」
「もちろんその人たちは逮捕されたよ、他のモデルさん達にイヤラシイことしてたのがバレて。ざま見ろってのよ」
へへっ、と桃は笑った。イヤな思い出としては残っている…だが、その相手が制裁を受けたこと、友が支えてくれること、両親が桃の気持ちを理解してくれたこと…何よりアキラが自分の好きな物を好きと言ってくれた事で、とうの昔に克服している。それを聞いてリオは安堵の表情を浮かべていた。桃のトラウマだと思っていたのだろう。人の悲しみをともに悲しめる優しい人だと、また一つ桃はリオの事を知った。
「モモは強い子なのネ」
「立ち直れたのは周りのみんなのおかげだよ。でなきゃアタシは今ここにいないし、リオさんにも会えなかった。皆に感謝しなきゃ」
そんなモモの頭をリオが優しく撫でる。
「良い子にはご褒美ヨ」
「え、え、えへへ」
照れと冗談交じりに桃はその手に甘えるが、内心ではこんな待遇を受けた時点で人生の幸運を使い切ったのではと気が気ではなかった。リオは人との距離感が近い。大らかで、それこそ大自然のように人の心を包み、受け入れてくれる。気が気ではなかったが、それでもその大らかな心が自分にだけ向けられていることが、桃には無性にうれしかった。きっと家族や劇団の団員、これまで出会った人々ともこのように接してきたのだろう。
ふと壁にかかった時計を見ると、気づいたらだいぶ時間が経っていた。アルバイト先の始業時間まであと十分程度だ。慌てて立ち上がり、バッグを抱えて店から出た。
「ごめん、バイトの時間だ。またね、水城さん!」
「ウン、また来てね。それと」
リオが言葉を区切る。不思議に思って桃が立ち止まると、リオが笑顔で言った。
「リオ、でいいよ。ワタシ、モモのこと名前で呼んでるし」
「うっ―――うん。また来るね、リオさん!」
リオに見送られ、桃はアルバイト先へと走り出した。
好きな人を、名前で呼んだ。同年代ゆえの親しみから素直に呼べたアキラの時とは違う、強烈な高揚感が胸に湧き上がる。五月末の露に近い高めの湿度の中、顔が熱い。
(呼んじゃった…名前呼んじゃった…名前で呼んじゃった……!!)
「すごい…すごいすごいドキドキする…名前で呼ぶの、すごいよピッキィ…!」
「う~ん、好きになると名前を呼ぶだけでドキドキするんだっピね。勉強になるっピ」
若干冷めた返答だが、桃には気にならない。何しろ好きな人を名前で呼んだ、呼んでいいと言われたのだ。同性との恋愛がどうこうという心配など、既に頭の中からは消し飛んでいた。冷めないままの熱い顔でアルバイト先まで桃は走った。
当然というべきか、その日の仕事は手につかなかったが…社員たちはそんな桃と彼女が昨日オフィスに飾った花を見比べて何かを悟ったのか、ウフウフ笑う彼女を優しい(あるいは生暖かい)目で見ていた。
陽が沈んだ時刻にその日のアルバイトを終え、桃は帰路についた。駅前の花屋は今日は閉店し、覗き込んでも店内は無人で照明は切れていた。ふと駅ビルの掲示板を見ると、リオが出演する演劇のポスターが貼られていた。
「リオの名前と役名は微塵も無いっピね」
「…まあ、今回は端役だしね。でもきっとビッグになるんだよ、いつか」
取材の時に聞いたリオの評価は、新人ということもあってまだ演技は心もとないが、本人が日々努力しており上達次第ではいずれは主役を演じられるだろうとのことだった。あるいはダンサーとして独り立ちする選択肢もあるだろうということだ。どちらにしても、リオは絶対にビッグネームになると桃は考えている。
ふと、桃は気になった―――リオの将来の夢。こうやって団員や桃は想像してはいるが、本人は将来何になりたい、あるいは何をしたいのか。
(次に来た時に訊いてみるか…)
リオには恋を伝えたいだけでなく、訊きたいことや話したいことがたくさんある。次は何を伝え、何を尋ねようか。桃は頭の中で次回来訪時の事をすぐに考え始めた。
しかし、次の日は稽古の時間と重なるということで、桃の来訪と入れ違いにリオは街中のスタジオへと出掛けて行った。一方桃はこの日は仕事が無く、花屋に寄った後は自宅に帰るつもりでいた。
「見学行っちゃ駄目?」
「ごめんネ、今日はだめナノ。じゃあ行ってくるワ。また明日!」
ジャージにTシャツ姿のリオは、目の前の横断歩道を渡って街中のスタジオへと走っていった。また明日、つまり今日の稽古が終わるのは閉店後だ。劇団員は普段は会社勤めの大人ばかりのため、この時間にならないと都合がつかないのだろう。今日はもう会えない…諦めるしか無かった。残された桃はため息をつき、仕方なく今日も花屋を見ることにした。もちろんリオ目当てで来たのだが、それを抜きにしてもこの花屋は気に入ったのである。
ドアを開けると、店長とらしき三十代くらいの女性が出迎えた。軽くお辞儀をして店内を見回す。店に踏み込んだ以上何かを買っていきたいが、さりとて何を買えば良いのか…しばらく見まわしているうちに、昨日見たものよりも小さな一輪挿しの花瓶が見つかった。こちらもガラス製で、透明だが光の当たり方でピンクと水色の二色に見える。手に取った瞬間、リオが作った物だと直感した。
「……綺麗」
「それ、さっき出ていったアルバイトの子が作ったんですよ。花瓶がいくつかあると言ってたので、置いてみようって」
気が付くと店長が背後にいた。
「水城さん、っていう人じゃないですか? 劇団にいる」
「そうです。お知り合いですか?」
「あっ…はい」
知り合いではあるが、今はどういう関係なのだろう。友達と言って良いのだろうか…そう考えるうち、鮮やかなピンク色の花が目に入った。ベゴニアの花だ。ふと、桃はモデルをしていた頃に雑誌で読んだ花言葉の特集を思い出した。
「このベゴニアの花、ください」
「かしこまりました。そちらの花瓶に合わせますか? 一輪挿しになりますけれど」
「お願いします」
店長は剪定鋏で茎の長さを整え、紙で包んで桃に手渡した。花瓶と花の代金を支払うと、桃は急いで家に帰り、自室にこもった。水を入れた花瓶にベゴニアの花を挿し、机に置いてしばし眺める。
ベゴニアの花言葉。本来ならプレゼントとしての花に籠めるものだが、まだ桃にそこまでできる勇気は無かった。ただ―――気づいてもらえるかな、という淡い期待があった。もちろん店長が(店長だと思っているが実は違うのではないか? と若干気になったが、とりあえず今は放置しておいた)伝えてくれるとは限らない。だが、リオの手製の花瓶に、ベゴニアの花言葉。もしリオが気づいて、花言葉を知っていてくれれば。
「綺麗だっピね」
いつの間にか机の上にいたピッキィが、花に見とれていた。
「モモの好きな色だっピ?」
「うん…」
(…伝わるかな。伝わると良いな)
指先で触れると、ピンク色の花が揺れた。
―――〔続く〕―――
ジャパニーズハラキリトラディショナル! 女子高生でも知っている(知らない)。
ルビアの子はキャプテン・サワダとか「切腹都市 ハラキリ・シティー」とか見たら過呼吸で死ぬんじゃなかろうか。




