第十一話「Beyond the sea」①
変身ヒロイン百合アクション、第十一話。
今回は第五話で失恋した子のお話です。
五月も終わりが近いある日、桃はある小さな劇場に来ていた。アルバイト先の出版社のネット配信ニュースの仕事で、近日公演する予定の舞台と、それを演じる劇団の記事を書くためだ。先日取り壊された旧文化センター(解体工事前の大きな破損の犯人を桃が言うことは無かった)と比べてもだいぶ小さいものの、それでもイベントが行われる場所ということもあり、どこか日常の世界とは異なる空気が漂っている。まずは代表者である演出家に話を聞き、その後は公開稽古を撮影するという流れだった。今回の桃の仕事はインタビューの録音で、本職のライターの取材を見学しながらの作業になる。テーブルとパイプ椅子を並べた会議室で、劇団の代表者が記者の質問に答えていた。
「今回の公演される作品のテーマは―――」
「そうです、今のこの時代ですから…」
「主人公とヒロインの関係というのは―――」
「特別とか友達以上とごまかさないようにしていまして…」
桃は特に演劇に興味があるわけではない。仕事なので両者の会話は真面目に聞きつつ録音し、ついでにメモも取って動画としても撮影しているが、さして聞き入っているわけではなかった。どちらかと言えばその関心は、のちに公開リハーサルで見せてもらえるという演技、そして俳優達の方に向いていた。俳優達は一部がこちらに、残りの半数以上がホールの方でリハーサルの準備をしているという。
インタビューは三十分ほどで終わり、ホールに移動する。その間も桃は俳優の動きを観察していた。一見すると桃達と同じく普通に歩いているようでいて、体幹がしっかりしていると言えば良いのか、背中に鉄筋でも入っているかのように背筋が伸びている。服の上からも引き締まった柔軟な筋肉が感じられた。たくさんの人々の前で体を動かすという意味では、ある種スポーツにも通じるところがある。
ホールに入ると、ステージの上にはTシャツやジャージなどの動きやすい服を着た俳優が集まり、台本の読み合わせを行っていた。桃はその中の一人、褐色の肌の少女に目を止めた。
「…すみません、あの人は?」
代表者に少女のことを尋ねる。
「あの子は水城 リオ。ブラジル人とのハーフで、おととしの暮れに加入したメンバーです。演技はまだまだで今回は端役ですけど、ダンスがとてもいいんですよ」
人種の事はともかくそのダンスとやらも気になるのだが、それ以上に無性に惹かれる何かを桃は感じた。獣に似た野生の美。それでいて獰猛さはなく、わずかな動きにもしなやかで涼やかな風すらまとっているように見えた。彼女がいるだけで、そこに春の大草原が見える気がした。どの俳優とも異なる何かが彼女にはある…それがいわゆる『オーラ』なのだろうと、桃は納得した。
リハーサルが始まり、それはより顕著になった。ダンスのシーンでは一人飛びぬけて跳躍が高く、手足の動きも大きく、それでいてテンポがずれることもない。端役ということで列の端にいながら、女王の威厳すら溢れていた。見惚れていると目が合った。リオの明るいブルーの瞳が、桃の心臓に強烈な衝撃を与える。視線を逸らせず、写真撮影も忘れてリオの動きに魅入られていた。
(―――綺麗…)
それは桃の新たな恋だった。
ジュエル・デュエル・ブライド:
第十一話「Beyond the sea」
「…てな具合にこの魂の抜けっぷりよ」
「モモっピ~。しっかりするっピ~」
ひまりの行きつけの喫茶店には桃、伊予、アキラ、緋李が集まっていた。後に菫も合流する予定だ。すっかり呆けている桃とその顔面をぺちぺち叩くピッキィの横で、伊予が対面の緋李とアキラに愚痴をこぼしていた。数秒に一度ため息をつく桃の前で、運ばれてきたミルクティーは冷めつつあった。アイスカフェオレを一口飲んだアキラも桃の目の前で軽く手を振ってみるが、反応は無い。
「はぁ~~~~~~…」
「重症だ…よっぽどすごいものを見たんだ。今日の仕事って何だったの?」
「今日は劇団にインタビューして、それからお稽古も見学したんだっピ。それからずっとこうなんだっピ」
「演技に何か感じ入るところでもあったのかしら」
「はぁ~~~~~~…」
いたって冷静に観察しつつ、緋李はブラックコーヒーを飲んだ。間にすでに二度ため息をついた桃に、伊予も完全に匙を投げていた。
「私も訊いてはみたんだが、そん時はもうこれだ。全然話にならん」
「そっか、今日菫ちゃんを呼んだって言うのは」
「ああ。あいつ人間観察が得意だろ? だからこいつが何考えてんのか、見てもらおうかと思ってさ」
菫は表情や仕草だけでアキラの悩みを見抜いた人物である。なるほど、今の桃の状態を分析するなら最適かもしれない。ただ、桃以外のメンバーにとっての懸念点ははその後の菫の動向だった。
「…見てもらうのはともかく、あの人変に桜嶋さんをいじったりしないでしょうね?」
「何とも言えないのが不安なんだけどあたし」
「スミレどんは創作のために道徳や倫理や常識を捨てかけとるけんのう…」
伊予の肩に乗った彼女のパートナー精霊、タータが何とも言えない表情でうなずく。と、ちょうどそこに噂の当人が現れた。
「失礼ね。よほどのことが無い限りはただモデルにするだけよ」
「モデルにはするんだ…」
「そういえばアキラとアカリとコナミもモデルにされたプルね」
「名前も出さないし顔も別人、大筋の話も創作。あくまでもインスパイアよ、インスパイア」
傲岸不遜な創作意欲がにじみ出た一言に苦笑するアキラとプル。菫はアキラと緋李のいる側の席に座り、対面の桃の顔を覗き込んだ。下から横から正面から数秒眺め、すぐにあきれ顔で座りなおした。丁度そこに菫が注文したらしいココアとチョコレートケーキが届き、菫はケーキを一口食べてから言った。
「恋ね」
聞いていた全員があっけにとられた。菫の顔を見て、次いで桃の表情を見る。なるほど、頬を染めてため息をつき、上の空。昭和の少女漫画もかくやと言うほどの恋する乙女の顔をしていた。それを理解して、アキラ達はやっと納得する。
「っていうか、これで恋だと思わないアンタたちにびっくりよ。特に葵、アンタ堂本と仲良くなってからずっとあんな顔してんのよ」
「あたしに振るの?」
「劇団の取材に行ったっつうからよ、何かすっげー演技に圧倒されたんじゃないかって思ってよ」
「その団員に一目ぼれしたんでしょ。まったく、青春サカりまくりでいいわねリア充は」
「真っ盛りって言えコノヤロウ」
思わず突っ込む伊予。しかし桃のこの状態の理由がわかり、全員が安心した。そして全員の視線が自分に集まったことで、桃はやっと我に帰った。
「…どしたの皆して。アタシ何か取り憑いてる?」
「一人だけお冷もらえない系の怪談かよ。いやさ、お前が誰かに恋してるって判ってよ。私は嬉しいぜ」
ぽむっと訳知り顔の伊予に肩を叩かれ、桃は表情を引きつらせた。
「こっ……な、何で判ったの!? イヨちゃんエスパー!?」
「スミレが当てたっピ」
「うっそぉ! えぇ~…ちょ、恥ずかしい…」
顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏す桃。その頭を伊予がポムポム撫でる。
「いい恋しろよお前。私達が応援しててやっからさ」
「……うーん。いい恋かぁ」
相手のことを聞かないのは伊予達の優しさなのか、プライバシーに踏み込めないためらいなのか。それはともかく、伊予の言う『いい恋』になるのか…相手は劇団の俳優、しかも今は全国を周る途中だ。今月中に二度上演したら一か月後には隣の県に行ってしまう。それにリオは桃の事なぞ取材に来た出版社のアルバイトくらいにしか思っていないだろう。
エキゾチックな美しさを誇る駆け出しの役者と、それなりに顔が良いとはいえ普通の女子高生。彼女との間には、一般市民では到底覆せない絶対的な格差が存在する。
「自信ない」
「あれだけアキラにぐいぐい迫ってたのにどうしたプル?」
「だってぇ…」
桃はリオの美しすぎる姿を思い出していた。顔立ち、動き、そのオーラ、どれをとっても美しい人だった。もちろん目の前の緋李も引けを取らぬ絶世の美少女だが、桃が惹かれたのはリオの大自然を思わせるナチュラルな美だ。その美しさに多少のモデル経験がある程度の自分が釣り合うとは、どうしても桃には思えなかったのだ。
「あんなステキな人にアタシなんかがさぁ」
「…そんなに素敵な人?」
向かいに座る緋李に訊かれ、突っ伏したまま桃はうなずいた。が、その目の前に座ったパミリオが強気に言う。腕組みをしてポテッと座り、キリッとした顔で美少女を説得する仔猫(の姿をした精霊)というどこまでもファンシーな構図であった。
「そんなんであきらめんのかヨ?」
「そんなんって…結構重要なんですけど?」
「だからヨ、そのステキな奴を好きになったんだロ。尚更あきらめちゃダメじゃんかヨ」
ぐむ、と桃は口をつぐんだ。確かにパミリオの言う通り、素敵な人を好きになったのに、素敵な人と自分が釣り合わないからと身を引くのは本末転倒である。顔を起こしてパミリオと見つめ合い、その言葉を自らの胸の内で反芻する。
素敵な人に恋をしたのなら、その素敵な人と結ばれずして何が恋か―――頭ではわかっているのだが。
「やっぱりダメだぁ…失敗する未来しか想像できない」
リオの美しさと自分が釣り合わないこと以上に、彼女が女性同士の恋愛を受け入れられるかが何より不安だった。目の前にいるアキラ達にそれを言わないのも、同性であることを理由に諦めろと言われるのが恐ろしいからだ。。
「しっかりするっピ! 始まる前からギブアップしちゃダメっピよ」
「ありがとね、ピッキィ…ハァ。ジュースおかわり持ってくる…」
桃は立ち上がり、二杯目のミルクティーを注ぎにドリンクバーへ向かった。すっかりしょげたその背中を見て何故か菫が偉そうに言う。
「まーね、それだけスゴイ相手なら庶民は手を出すべきじゃないわよね。人間的格差ってやつ? 知らないけど」
「ゲス野郎だなお前。友達止めるぞ」
「あっちょっごめんなさい今の取り消しますお願いです赦してください何でもしますから!」
「パオパオ!」
思わず伊予に向けて手を合わせ、謝罪する菫とパオレ。調子のいい二人にあきれる伊予。まあいいじゃん、とアキラがなだめる。その間、緋李はドリンクバーの前に佇む桃を複雑な表情で見ていた。加入した後で聞かされた話を思い出したのだ。
桃は以前、アキラに恋していた。もっと早く顔を合わせていれば、それこそ恋敵とでも言うべき関係になっていただろう。アキラと緋李の間に入る隙は無い、今は心の整理が終わったから次の恋を探している…と桃からは聞かされているが、その時の桃は少し悲し気な表情であった。
緋李は桃が恋に憶病になっているのではないか、あるいは逆にやけになっていないかと心配になったのである。そんな緋李の表情に気付いたのはアキラだけだった。肩を叩かれ、緋李はアキラと目を合わせる。
「大丈夫だよ」
「葵さん…」
「桃ちゃんは強い人だから」
アキラの笑顔は、友人への信頼に満ちていた。彼女に助けられたことが多いというアキラなら、桃の心の強さを知っているのだろう。緋李はそれを信じることにした。
「そうね。葵さんが言うなら信じる」
「ていうか、桃ちゃんのこと気にしてくれたんだ。もしかして仲良い?」
「ま、同じ人を好きになった同士だし。意外と気が合うんじゃないかしら」
緋李の言葉にアキラは顔を赤くした。油断すると人のいる場でも愛をささやいてくる…緋李は意外と押しが強い人物なのかもしれない。
翌日の放課後、桃はアルバイト先に向かって駅前を歩いていた。
(…やっぱりまあ、世の中そういうものだよねえ)
駅出入り口の横のベンチに腰掛け、コンビニで買ったアイスカフェオレを飲みながら周囲の通行人を見回す。友達同士や家族連れが多いが、その中にはもちろんカップルもいる―――男女の。その光景を見ながら、桃は改めて自分の片思いの相手が同性であることを思い返した。
(アキラちゃんはアカリちゃんが好きっていうことで、アタシも結構平気でいられたけど)
ドラマや著名人のエッセイなどでそれなりに同性同士の恋愛というもの自体は普及しつつある。だが、それが素直に受け入れられるにはまだ時間がかかるだろう。この中で男性同士、女性同士のカップルなぞそうそういやしない…とあきらめの籠った目で通行人たちを眺める。アキラと緋李が両想いであることを小波と桃にしか言っていないのも、何より桃自身がアキラへの片思いを伊予以外に言わなかったのもそれが理由だ。アキラも小波に伝えるまでだいぶ時間がかかったというくらいだから、誰かに言うのは相当不安だったのだろう。一方で精霊にはそれほど大事ではないらしい。
《そんなに気になるっピ?》
(うん…人間の世界っていうのはデリケートにできてるの)
精霊であるところのピッキィはずいぶんと気軽に言ってくれているが、それ故に別世界の住人であることを鮮明に思い出させる。
リオが同性の桃に告白されて、受け入れられるか、そもそも本気と取ってくれるかが気がかりであった。加えて同性への恋の告白は、失敗すればその後の関係を修復するのが相当難しいか、ほぼ不可能と聞いたこともある。知り合いでもないのだから、単に気持ち悪い人呼ばわりされるだけなのでは…などと、頭の中でぐるぐると考える。
(うーん…まあいいや、今は気にしないことにして)
ぐるぐる回る思考を一旦横に置いて、桃はスマートフォンで紫織のブログと駅前ロータリーの歩道の端にある店舗を見比べていた。小波から紹介された紫織のブログでその店の開店情報を見てから、アルバイト先にでも飾ろうと考えていたのだ。放課後だけの仕事ということで、桃の業務開始時刻まではまだ少し時間がある。飲み終えたカフェオレのカップをゴミ箱に捨てると、忘れないうちに買っておこうと店に向かった。
ビルの内装をリニューアルしてログハウス風にしたという店内には、花の香りに混ざってどこか安心する木の香りがほのかに漂っていた。
《うわあ。キレイっピね~》
(いいでしょ、こっちの世界のお花屋さん)
感心するピッキィと共に店内を少し見て回る。と、棚に並んでいる花瓶の一つに目を止めた。ほぼ無色透明ながらわずかに青みがかったガラスの花瓶だ。
「しおちゃんのブログに書いてた通りだ。綺麗な花瓶…」
《あれ、買うっピ?》
「ううん、今日はお花だけでいいかな。すいませーん」
「はァ~ィ」
店員を呼ぶと、どことなく『日本語を勉強中の外国人』を思わせる、不思議な発音の返事が聞こえた。しいて言うなら英語の『Hi!』に似たイントネーションだ。どうやら店の奥で準備していたらしく、タオルで手を拭きつつ店舗裏側の倉庫に通じる出入口から顔を出したのは、エキゾチックな顔立ちの若い店員だった。褐色の肌。明るいブルーの瞳。一目で思い出した。
「あっ、みず…水城さん!?」
「へ。ワタシのこと、知ってる?」
店員、水城 リオはキョトンと首をかしげる。美しいだけにあどけない表情と仕草が信じられないほど可愛らしく、また桃は脳天を撃ち抜かれて瞬時に語彙が滅失する。
(かわいい…綺麗…無理…好き…人類の尊厳…)
《モモっピ、しっかりするっピ。何かスミレみたいになってるっピ》
(あっ…あぶなかった、立ったまま気を失うところだった!)
どうにかして桃は思考力を立て直した。とはいえ、立て直した思考も目の前にリオがいる時点で風前の灯火である。
「あのアタシ、この間取材させていただいた…」
「あっ、思い出したワ! あの時のバイトさん!」
ポムっと手を合わせ、得心がいった顔でリオが桃の顔を覗き込む。自分を憶えられていたことに、桃は驚いて目を丸くした。
「アタシのこと、憶えてたの…?」
「とってもキレイな子だから、気になってたのヨ!」
「………はっ!?」
―――〔続く〕―――
たまに今回のような普通の百合ラブコメな話を書きたくなる時があります。しかしそんな文才が欠如しているので、バトルの間に挟むくらいしかできないのが我ながら残念なところ。




