第十話「Defenders of the faith」⑤
変身ヒロイン百合アクション第十話、完結。
だがそこでサフィールが目を見開き、胸倉を掴む手を振り払うと、アメイジアの頭を逆に自分の両手で捉えた。
「ふんんっ!!」
そして割れた額で頭突きをしたのである。頑丈な頭の一撃でアメイジアは意識を失い、紫の髪の間で同じ色の目がぐるりと反転しかけ、同時に金棒を手放す。サフィールの頭突きは流血などさせず、あくまで軽い脳震盪を起こさせた程度だったが、アメイジアの不意を突くことには成功した。
サフィールは金棒を蹴飛ばすと、さらに踏み込んでアメイジアの右肩と腰の左側を掴み、逆立ちさせるような姿勢で持ち上げた。アメイジアの意識はそこで戻るが、気づいた時にはそのまま背後に思い切り倒れこんでいた。
「がはァっ!!」
ブレーンバスターで強烈に背中を叩きつけられ、アメイジアの肺から空気が吐き出される。サフィールは素早く起き上がると距離を取り、拳を構えた。
(プル、『ピュリファイア・フラッシュ』二発分を一気に打ち込むことってできる!?)
《やってみるプル!》
(OK、任せた!)
プルの承諾の直後、胸のジュエルと右腕のガントレットがいつもより強い輝きを放った。神の呪いで強化されたブライドには、『ピュリファイア・フラッシュ』二発を数千分の一秒ずらして撃ち込まなければならない。一度の変身で二回か三回まで使える技だが、一度撃ち込んだだけでは呪いの黒い炎がジュエルに戻ってしまうため、本来なら一人では浄化できないはずだった。だがサフィールは、二回分打ち込むことで単独での浄化を行おうとしている。カリキュラムを途中で打ち切られたとはいえ、プルも聞いたことの無い技能だった。だがサフィールはそれができると自然に確信し、実現している。
(…小波も言ってたけど、本当にこのジュエルは何なんだろう…いや、考えるのは後で良い!)
遅れて起き上がったアメイジアは、背中の激痛で身構える事もできずに気力だけで立っている。だがサフィールを見ると痛みも忘れて突撃してきた。ダメージが大きいとはいえ、その俊足は侮っていいものではない。今のアメイジアはいわば手負いの獣であった。一方のサフィールも飯綱落としで頭部を直撃、さらに頸椎から背中に渡って痛みが残っている。しかもその状態で頭突きに加えてブレーンバスターを決めたため、自身にもダメージが蓄積していた。早めに決着を付けなければならなかった。
(なら速く、いつもの倍くらい早く、この『一発』を叩き込んでやる!!)
そう思った瞬間、サフィールは自身の両脚に異様な力がみなぎるのを感じた。走り出すと足下で波紋のように光が弾け、床面が砕けているにも関わらず平地での走行と変わらずに安定し…何より、通常時を大きく上回る速度で走っていることにサフィールは気づいた。超高速で周囲の景色が通り過ぎる。倍どころか、手足の動き自体がいつもの数十倍速くなっているのを感じた。これならアメイジアが行動に移る前に拳を叩き込める―――青く輝く閃光の尾を引き、サフィールがアメイジアに激突する。
「ピュリファイアッ! フラァァッシュ!!」
突き出された手を避け、胸のジュエルに真正面から拳を叩き込んだ。閃光が二度爆発する。アメイジアの背後に噴き出た黒い炎は、戻る暇も無く空中に巨大な顔を形作り、断末魔の叫びを上げて消滅した。
サフィールは倒れかかるアメイジアの体を支え、凶暴さの失せた顔を覗き込んだ。殆ど賭けのような『二発撃ち』はうまく行ったようだ。頭と背中の痛みに体をこわばらせつつ、倉庫の隅に座ってアメイジアを壁に寄りかからせた。落ち着いたところでプルに先ほどの高速行動のことを尋ねようとするが…
「ねえアキラ、今の速くなったのは何だったプル?」
ジュエルから飛び出たプルが、問われる前に全く同じことを尋ねてきた。
「あれ、プルにもわかんないの?」
「ボクも聞いたことが無いプル」
「教科書には?」
「憶えてる限りじゃ無かったプルね…」
プルはこちらに来る前に授業が切り上げられたというが、それでも聞いたことが無いとなると精霊もしらない能力なのだろうか。サフィールは首を傾げたが、考えても判らないものは仕方ない。気を取り直し、プルがサフィールの頭によじ登って治癒を始める。出血の量は多かったものの実際の傷は小さく、傷はすぐに治った。
「とりあえずアキラ、アタマの怪我を治すプル」
傷がふさがるのに合わせて、首や背中の痛みもゆっくりと治まっていった。
「タンザニオの時みたいな重傷ではないプルね。良かったプル…」
「あの時は生身だったからね…」
流れていた血もプルが消し去り、無事に無傷の姿に戻った。と、その瞬間に扉が開いて緋李と小波が顔を見せた。
「葵さん、大丈夫!?」
「―――雁井さん!」
小波はすぐさまアメイジアの傍に駆け寄り、座り込んで無事を確認すると深い安堵のため息を吐くと、サフィールの手をガッチリと握った。
「…アキラ!」
「うん。もう大丈夫」
「よかったぁ…ありがとぉ、ありがとぉアキラ…」
数週間前なら聞けなかっただろう、ブライドの浄化に対する小波の感謝の言葉。サフィールは小波との友情が以前より強くなったことを実感する。
と、その声に目を覚まして紫織が周囲を見渡した。ぼんやりした表情で、自分がどこにいるのか全く理解していないようだ。その目…前髪で隠れているので視線は判りづらいが、真っ先にその目が捉えたのは小波の姿だった。小波もその視線に気づき、アメイジアの方を振り向くと、思い切り抱き着いた。
「あばッ!?!? し、ししょ、ししょ、ちかい、ちかいちかあわわわわ」
「大丈夫だ! 良かった! 雁井さん良かったぁぁ!!」
「え、だいじょ、ええええなにこのカッコ!? うわあああ目の前ムラサキ! ムラサキ!」
半泣きになりながら力いっぱい抱きしめる小波に対し、アメイジアは抱き着かれたことと自分が身にまとっている装束や髪の色の変化にひたすら慌てていた。目が覚めたらいきなりアニメヒロインのような服と髪色をしているのだから、普通はこのくらい驚くだろう。その姿にサフィールと緋李は苦笑し、それに気づいたアメイジアは顔を赤らめつつ、サフィールの装束と髪色に気付いた。
「あ、あれ、あの、ふく、髪…」
「ウチの友達のアキラと、その友達の堂本さん。今日手伝いに来てくれるって言ってた子たち。で、こっちの、今は髪が青いけど、アキラが雁井さんのこと助けてくれたんだよ」
小波が紹介したところで、サフィールは元のアキラの姿に戻った。髪の色も目の色も黒く変わり、服装が私服に戻る。
「そ、そ、ですか、ど、どうも」
「あたし、雁井さんと一回文具屋で会ってるんだよ。憶えてない?」
「え……と、ご、ごめんなさい…」
しょげるアメイジア。その視線がアキラの膝の上に乗ったプルを捉えた。
「わんこ?」
「わんこではないプル。ぷんぷん」
怒るプルだが、もふもふしたぬいぐるみのような姿ではまったく迫力が無かった。アキラはそんなプルを撫でつつ説明する。
「ジュエルの精霊。雁井さんのジュエルの中にもいるはずだよ。小波、ウミミにお願いしてみて」
「ウチらが? …できるかな」
小波がポケットからジュエルを取り出すと、その中から光の玉が飛び出し、小波の膝の上でウサギの姿を象った。これもまた愛らしいウサギの姿にアメイジアは目を引かれる。そのウサギがうみゅうみゅ言いながら紫色のジュエルを撫でた。途端、光の玉が飛び出してアメイジアは元の紫織の姿に戻った。その膝の上に降りた光の玉を、その場にいる全員が見守る。その姿が徐々に何かに変わっていく…リスに似ているが幾分尻尾が短く、より丸っこい体格だ。小波は小さい頃、その姿を動物園で見たことがあった。
「プレーリードッグ似なんだ」
「ぷ、ぷれーりー」
「うみゅ」
「精霊ちゃんはみんなこんな感じの、まあ何というか、もふもふ動物似らしいんだよね。ウチのウミミもだし、堂本さんのパムも」
呼ばれたと思ったのか、緋李の懐からパミリオが顔を出し「オウ!」と元気良く手を上げた。その頭を緋李の指先が優しく撫でる。その間に光の玉は完全に姿を変え、紫織の膝には紫色のプレーリードッグの姿の精霊がぽてっと座っていた。プレーリー精霊は慌ただしく周囲を見回す。そのつぶらな目が紫織の顔を捉えると、猛烈な勢いでその顔にしがみついた。
「ごしゅじん! ごしゅじんであらせられるか!」
「ごしゅ!? もむぎゅ」
「拙者はパップという精霊にござる! ごしゅじん、お会いしとうござった! お会いしとうござった!!」
「うももももっ」
可愛らしい声と古風な口調でまくしたてつつモフモフぶつかってくるパップに、紫織はパニックを起こしてじたばたともがいている。
「飼い主をお迎えする子犬ってか、プレーリードッグどころかドッグじゃん…くっそかわいいなオイ」
「うみゅ」
「よっぽど雁井さんに会いかったのね」
なかば呆れつつも笑う小波とウミミ、緋李。そんな光景を見ながら、アキラは先ほどの超高速の動きを思い出した。引き金となったのはアキラ自身がより早く動こうと考えたことだが、あの速度には思い当たるものがあった。
ルビアこと緋李の、あらゆる挙動の速さだ。足の速さのみならず拳を突き出す速度も、いつもの変身後の自分より遥かに速かった。自分の目でもとらえきれるかどうかというくらいだ。
(…つまりあたしが知っている『速い動き』を実現したっていうことか)
その知識の元が恋の相手というのが、若干恥ずかしいところではあるが。しかし『速く動こうとして』、自分が知っている通りの速い動きを『実現した』…それを実現したのが『何』なのか、アキラには見当もつかない。ジュエルの持つ能力だとしたら、また一つ謎が深まったとも言える。
(小波が言ってた通りだ。―――このジュエルは『何』なんだろう?)
アキラがそんなことを考えていると、緋李が小波の肩に手を置いていた。何かと首を傾げた小波に緋李が尋ねる。
「…時に郡上さん。さっき雁井さんを名前で呼んでなかった?」
「へっ…」
「師匠?」
思い出した小波が顔をあっという間に赤くする。つられて紫織も赤面していた。
「や、その、面と向かうと大変恥ずかしいと言いますか」
「呼んであげたらどうかしら。是非名前で。親愛の証として」
「し、ししょう、その、それは……」
二人で顔を赤くして、ちらちらとお互いの顔を覗き込む小波と紫織。菫が聞いたら間違いなく食いついて漫画のモデルにしただろうとアキラは考えた。最近の菫は湧き出るアイデアに任せていくつも漫画を描いており、しかも全て完結なり順調に進行するなりで半ば過労状態であった。この場にいなくてよかったと思うアキラであった。
「ごしゅじん! ごしゅじんごしゅじん! 本日は暑うござるぞ! お水をお飲み召されよ!」
「はっはっはイ! いただきます!」
五月も下旬に入ろうという日の放課後。ひたすら世話を焼くパップから、紫織は困惑しつつもペットボトルのスポーツドリンクを受け取った。今日は鉄道の高架化に伴い踏切が無くなった道路の撮影で、現場には数日後に撤去される予定の遮断機と警報機が佇んでいる。今回は市から直々の使命を受けていた。小波とアキラ、緋李、そして楓がそれを見学していた。緋李は楓の脚と杖を見下ろしながら言う。
「無理していない、紅林?」
「ええ。むしろ自分の脚で歩く良い機会ですし」
「なら良いんだけど…」
「アカリは心配性なんだゼ。でも優しいのはイイことだゼ!」
ここまで来る途中でも、楓の右足は少しずつ良くなっているのか、何歩か自身の足で歩くことが増えつつあった。病院でリハビリするより、彼女にとっては楽しみでもあるこちらの方が良いのかもしれない。
楓と小波が撮影された写真を見ている間、緋李は隣でジュエルを見ているアキラの横顔を見た。
「…この前の、急に動きが早くなったっていう話。まだ気にしてるの?」
「うん。今まであんなこと無かったからさ」
「確かに、私達はみんな武器や体術だけで戦ってると思っていたわ。それが普段できないことを自分の意思一つでできるとしたら」
「戦力はアップするプル。…でも、多分もうすぐジュエルの浄化は終わるプル」
契約させられた時に晴がジュエルから聞き出したブライドの数は十六だが、アキラのジュエルだけは自前のため実際は十五個。そのうち十二人分のジュエルを浄化した。ジュエル契約時に告げられた数が事実だとすれば、残り三人。
「残りは三個か…でも雁井さんの所には突然ジュエルが出たんだって。事前に判らないんじゃ探しようが無いよね」
「そうね、恐らくそれを狙っているんだわ。今後も同じようなことがあるかも知れない」
「前は持ってそうなヤツの見当がついてたんだっけナ。オレらが仲間になる前だナ」
「…けど神様は、たった三人で私たちを殺すつもりなのかしら?」
ふと、緋李が口にした疑問がアキラとプル、そしてパミリオの視線を引きつけた。
「いくら呪いで強化してるっていっても、私たちにはそれを解く技があるし、実力でもほぼ互角だから決定打にはなりえないのよ。投げ遣りだわ、一見すると」
「どういうことプル?」
「一つは本当に投げ遣りに…つまり私達のことがどうでもよくなったか。こっちだといいんだけど。怖いのはもう一つの可能性よ」
「もう一つ?」
不安そうなアキラの目を正面から見ながら、緋李は推測にすぎないことを前置きしてから言う。
「なにか理由があって、もうブライドを使う必要が無くなったか」
すなわち、別の対策が立てられた可能性だ。アキラはそれを考えてわずかに悪寒を覚えた。小波の部屋で向けられた強烈な殺意の残留思念、そしてアキラの心を折るべく小波が狂気の破壊者にさせられたことは、いまだに忘れられずにいる。
「…嫌だなあ」
「ええ…」
神。人類とは全く価値観の異なる存在ではあろうが、それを加味してもなお、命に対する無慈悲さに戦慄させられる。意思疎通のできない不気味な存在を相手にしているような薄気味悪さと、仲間をおぞましい目に遭わされたという事実に、アキラも緋李も険しい顔をした。
「でも残りはあと三人。ジュエルを全部浄化すれば、きっと何かが変わるプル」
「イヤ…あんま言いたかないけど、期待はしない方がいいと思うんだゼ。アカリの考えてる通りなら、浄化が終わったら何かをしてくるゼ」
プルとパミリオの言葉にアキラはうなずく。少なくとも形式上の『マリアージュ・サクリファイス』は、残り三個のジュエルを浄化すれば立ち消えになる筈なのだ。それで何が変わるか、それとも何も変わらないのか。まだ誰にも分らない。
そう思いながら、アキラと緋李は小波達の楽しそうな姿を見て、祈らずにはいられなかった。彼女たちの幸福が奪われませんようにと。
呪われたジュエルは残り僅か。アキラの恋と『エターナルジュエル』をめぐる戦いは、やがて終わりへと向かい始める。
―――〈ジュエル・デュエル・ブライド:第十話「Defenders of the faith」END〉―――
わんこではないと怒るわんこ(わんこではない)。




