第十話「Defenders of the faith」④
変身ヒロイン百合アクション第十話、続きです。
翌日も三人は紫織の家で書類整理を進めていた。この日は後でアキラと緋李も手伝いに来ることになり、小波達は少しゆっくり作業をしていた。それでも昨日より手際よく進み、残りがおよそ段ボール四箱程度となった所で、紫織の姉に作ってもらった昼食のサンドイッチとコーヒーを四人で食していた。
「今日は結構進んでますね」
ひまりと楓がクローゼットを覗き込みながら言う。
「アキラさん達が来る前に終わるでしょうか?」
「終わった所で参上ですか…」
「まーいいじゃん。二人にも雁井さんの写真見てほしいし」
「う、うぅ…恥ずかしい、ですけど…知らない人…」
不安におびえる紫織をまあまあとなだめつつ、小波は手元にあったクリアファイルを一冊手に取る。内容自体はブログをそのまま印刷したものだが、写真はPCやスマートフォンの画面よりも大きく印刷されてだいぶ見やすくなっている。
「これ、市とか図書館とかに寄贈すんの?」
小波が尋ねると、紫織は少し困ったような顔をした。
「う、うー…全部、好きで撮った写真だし…」
「特にその後は考えてないということですね」
「おねがいされたら、贈るかも、ですけど…」
紫織自身もどうやらある程度は考えているようだが、はっきり決めているわけではなさそうだ。もちろん個人のコレクションとして保管し、依頼されれば他者に見せる程度で構わないと小波も考えている。むしろ他人の手に渡るより、紫織が持っていた方がいいとも思っていた。ただ今後も量は増えるであろうから、いずれ広い部屋に保管することを勧めねばならないだろう。
小波は立ち上がり、ファイルをテーブルに置いてクローゼットの中に顔を突っ込んだ。改めて見ると、分別がだいぶ進んだとはいえまだまだ大量にある。アキラ達が来ても仕事は終わらないだろう。楓がそれを見て、食事中の立ち歩きをとがめつつも尋ねる。
「さっきああ言っておいて何ですけど、葵さん達の分もあります?」
「あるある。今日一日費やす覚悟でないとムリ」
食べ終わった紫織も立ち上がり、小波と並んでクローゼットを覗き込む。途端に顔が青ざめた。
「いっぱいある…」
「まー別にいいよ。ウチ達も好きでやってんだからサ」
「そうですよ。むしろ綺麗に分別するのは気持ちいいです」
うなだれる紫織を慰め、小波は席に戻って食事を再開した。全て食し終えると、誰からともなく手を合わせてご馳走様でしたと言い、ひまりがトレイに皿とカップを乗せて立ち上がった。
「それじゃ、これ置いてきますね」
そして部屋を出ようとした時だった。
クローゼットの中で、硬く小さな音が聞こえた―――その瞬間に小波、ひまり、楓は背筋に走る悪寒に身震いした。ポケットに入れた三人のジュエルが熱を帯び始める。何事か確かめようとする紫織の手を、小波は本能的に掴んで引き留めた。
「し、師匠…?」
「…ごめん。でも多分、ヤバイやつだ」
「やばい…?」
紫織に代わって小波がクローゼットに顔を入れ、音源になりそうな物を探した。暗い中を注意深く見回し…そして、発見した。わずかに赤みのある紫色に輝き、同時に内部に黒い炎をちろちろと揺らめかせる宝石。似たようなものを小波もつい最近見た覚えがある。だが、何故こんなものがここに…
小波のふところからウミミが顔を出し、ジュエルをにらみつけた。
《うみゅみゅ…うみゅ》
(…突然湧いて出た? これが? 何で…)
ウミミの言葉は翻訳せずとも小波に伝わった。曰くこのジュエルが出現したのは本当に今しがたのことで、それを示す兆候も無かったという。ジュエルが紫織を強制的に契約させる危険性を考え、小波は紫織を離れさせるとひまりを招いた。小波のただならぬ様子に、ひまりと楓も神妙な表情を浮かべる。
「どうしたんですか?」
「見て、アレ」
小波の横に潜り込んだひまりも、そこにあるジュエルを見て驚愕する。
「…いつからここに」
「ウミミが言うには今いきなり出てきたって」
「ぼくにも見せてほしいキロ」
キロロも姿を現し、紫のジュエルをじっと見る。
「ウミミの言うとおりだキロ。これ、ホントにいきなり出てきたキロ…」
「うみゅ」
「カエちゃん、アキラ達に電話して。早く来いって」
「わかりました」
ウミミとキロロからクリムを通じて状況を伝えられたらしく、楓はすぐさま状況を理解してアキラにLINUでメッセージを送った。テーブルの横でおどおどしている紫織を尻目に、一度クローゼットを閉めて三人は顔を寄せ合う。ひまりが紫織の方をちらちら見ながら、精霊経由のテレパシーで小波達に問う。
(どうしましょう…ジュエルの事、雁井さんに説明するんですか?)
《でもそれを神様に気づかれたら、何をされるかわからないですクム…》
(いえ、それより一旦この場から引き離しましょう。説明は浄化した後で)
《コナミはどう思うキロ?》
キロロに問われ、小波はうつむき考え込んだ。
ここにジュエルがある時点で、紫織が巻き込まれる可能性は十分にあるのだ。彼女を逃がすのならその危険さは説明すべきだろう、何も知らずにいるより的確な行動ができるはずだ。だがジュエルのことを、果たして紫織が信じてくれるのか。そして強制契約が行われた時、アキラが来るまでの間に自分たちで止められるのか…アキラのそれとはやや異なるが、今は小波が葛藤していた。
だが、その答えを出す暇は無かった。
「―――師匠!」
紫織の呼ぶ声で小波は我に返った。クローゼットの扉が溶解し、中から黒い炎が噴き出した。炎はたちまちのうちに床を覆い、小波達を避けて紫織の足元に渦を巻く。この中でただ一人ジュエルを持たない紫織との契約を狙っていると気づき、小波は紫織の手を引いて部屋から飛び出した。その足元へと迫る炎の前にひまりと楓が立ちふさがるが、黒い炎は質量を持ったかの如く二人の体にぶつかり、壁にたたきつけ押さえ込んだ。
「小波さん、早く遠くへ!」
「っ…ごめん! 雁井さん、逃げるよ!」
「は、は、はい!」
急いで階段を降り、何事かと驚く紫織の姉を置いて靴を履いて玄関から飛び出す。だが炎はひまり達を押さえた固まりからさらに分裂。手すりを越えて壁を這い降り、床を高速で滑って二人を追う。背後ではおぞましい光景に姉が悲鳴を上げていた。炎は玄関から飛び出し、紫織の背に迫る。振り向いた小波は紫織を突き飛ばして炎から逃そうとした。だが。
「師匠危ない!」
逆に小波の方が突き飛ばされ、アスファルトの地面に転倒した。その視界の隅で、紫織を黒い炎が覆い包み込み、そして紫色の光線が二階の窓を破ってその体を貫いた。
「雁井さん…!!」
解放されたひまりと楓が窓から顔を出す。紫織を呼んだのが自身なのか、はたまたひまりか楓のどちらなのか、目の前の光景に呆然とする小波には判らなくなった。三人が見ている前で紫織の体は『デュエルブライド』の装束に包まれ、髪と瞳がアメジストの美しい紫色に輝く。
髪の隙間から、同じ色の目が小波を見下ろした。手には無数の棘が備わった巨大な金棒を持っていた。長さ二メートル半程度、全体が金属でできており相当な重量があるだろうそれを、紫織は軽々振り回して地面にたたきつけた。アスファルトがたやすく砕け、先端が深くめり込む。口からは牙が生え、獣の唸り声を上げていた。
小波を守るべく、服のポケットに入れたジュエルからウミミが飛び出した。ウミミは紫織が変身したブライドを指し、小波に説明する。
「うみゅ…みゅみゅ!」
「…『プリマ・アメイジア』…雁井さんが……」
「うみゅ…」
愕然とした小波は、倒れたまま立ち上がれないでいた。ジュエルの出現から強制的な契約までがあまりにも突然過ぎて、頭の中の処理が追い付かない。つい先日自分を励ましてくれた紫織に、今はけだもののごとき凶暴な目で見下ろされている…大切な友の変貌に恐怖し―――同時に、自分から紫織を奪おうとする者、神への怒りが湧きだした。
「なんだよ…」
アメイジアが小波の目の前でゆっくりと金棒を持ち上げ、頭上に掲げた。
「なんなんだよ…ウチの友達が、何したってのさ…!」
拳を握り、小波は立ち上がった。金棒で全身を叩き潰されるか、剛腕で殴られて頭や首の骨が砕かれるか、その恐怖が無いわけではなかった。だが紫織を奪われた怒りがそれに勝った…小波は恐怖を押さえ、真正面からアメイジアの目を見る。その目は紫織の向こうで彼女を操る神を射貫かんばかりに強く、視線が合うとアメイジアが一瞬動きを止めたほどであった。
「雁井さんが何したってんだ、このクソ神野郎…返せ……紫織さんを、返せ!!」
「グルルル…ゥゥ!」
小波の叫びに反応してアメイジアの手がわずかに緩み、瞳が揺らぐ。視線だけでブライドをたじろがせる小波の姿に、二階から見下ろすひまりと楓が目を瞠る。
「小波さん…」
「郡上さんの自我が神様の洗脳に勝ったからこそジュエルを浄化できたと、先輩が言ってました。もしかしたら…」
いかに強力な呪いとはいえ、ブライド自身の自我を封じたり、まして消したりなどできないことを小波は知っている。ならば緋李が自身にしてくれたのと同じく、紫織の自我に訴えかければ彼女を覚醒させられる…確信をもって小波はアメイジアに近づいていく。半ば恐慌状態になったアメイジアは息を荒げ、少しずつ後退し、金棒をゆっくり下ろした。その瞬間を見逃さず、小波は踏み出してアメイジアにつかみかかろうとする―――だが。
「グ…グァアアアア!!」
恐怖の源であろう小波の視線を消すべく、アメイジアが金棒を握りなおし、小波の頭部めがけて振り下ろした。紫織の心に届かなかった…小波は絶望に立ち止まった。
(…殺されるのか。紫織さんを取り返せないままで。…嫌だ、そんなの)
「郡上さん!」
心の中で拒絶を叫ぶが、すさまじい速度と重量の金棒を止めることは常人では不可能だ。窓から顔を出した楓の叫びが遠くに聞こえる。アメイジアの動きがやけにゆっくりして見える。せめて紫織の心を取り戻す言葉が言えたなら。こんな状況で諦めずにそう考えていることに気付き、小波は内心で自らを嘲笑した。今の自分にできるわけがないじゃないか、と。その間にも、金棒が眼前に迫っていた。
死ぬのか。
諦めかけて目を閉じた、その時―――突然体が何者かに抱えられ、前方に転がるのを感じた。頭部すれすれを巨大な質量が通り過ぎ、金棒が振り抜かれたこと、そして自身が殺されずに済んだことを理解する。目を開け、小波は自分の両肩を支える人物の顔を見た。
「アキラ……!」
親友のアキラが、そしてその隣に堂本 緋李がいた。アキラは小波の体を強く抱きしめる。
「小波、ケガは無い!?」
「あ…… うん、うん…」
アキラに縋りつく小波の頭を緋李が撫でる。そして変身できる二人がいるということは、アメイジア…紫織を確実に救えるということでもあった。
アメイジアは金棒を再び構え、振り向いて三人を睨みつける。
「無茶しないでよ、もう……。それで、あれが小波の言ってた」
「うん、雁井 紫織さん。今はプリマ・アメイジア」
「腕力自慢のブライドみたいだプル…」
アキラの懐からプルが顔を出し、ウミミと軽く挨拶を交わすとアキラ達に警告した。
「先輩!」
「アキラさん!」
紫織宅の玄関から楓とひまりが、紫織の姉を連れて出てきた。三人とも特に怪我は無いが、姉はプリマ・アメイジアに変貌した紫織を見て愕然としていた。その肩にひまりと楓が手を置く。
「お姉さん、大丈夫です。妹さんは助かります」
「だから待ちましょう」
二人の迷いのない言い方に姉は戸惑い、しかし理解をしめしてうなずいた。
しばらく見合ううちにアメイジアは後退し、高く跳躍してどこかへと跳んでいった。アキラは背後にいる全員を振り向くと、任せろとばかりにうなずいて見せた。全員がそれに答える。
「堂本さん、あたしが行く。皆をお願い」
「判った」
「―――アキラ!」
小波はアキラの両手を握り、懇願するようにその目を見つめる。
「紫織さんをお願い。絶対に助けて」
「わかってる。だから待ってて」
アキラの返答に小波はうなずいた。二人の目には確かな信頼が宿っている。友が自分を信じてくれることの嬉しさを胸に、アキラはアメイジアを追って走り出した。
民家の屋根から屋根へと跳んで逃げていくアメイジアを追いながら、アキラはジュエルを握って叫んだ。
「エンゲージ! 『プリマ・サフィール』!!」
住宅街の道路から一瞬消え、サフィールに変身して再び出現すると、民家の屋根に跳び上がりアメイジアを追う。向かっているのは今しがた電車で来たばかりの、つまり戻る方向だ。電車の窓からこの住宅街を抜けた先に大きな橋があったのをサフィールは憶えている。昼過ぎの時間帯なら通行人がいる、あるいは音を聞きつけた誰かに見つかる可能性がある。どこかで捕まえて人のいないところに連れていきたい所だが、アメイジアは予想外に足が速くなかなか手が届かない。それでいて細い塀の上や傾斜のある屋根でも全く転倒しない、速度とバランスの両方が優れた走り方だ。神の呪いで強化されているだけはあった。
(この先は―――よし、あそこで捕まえる!)
ふと走る先を見ると、ちょうど住宅街を抜けたところにある橋が見えてきた。橋の前にはバリケードが置かれ、自動車が通れないようになっている。到着する寸前で捕まえるか…サフィールは加速し、住宅街を抜けるまで残り十数メートルの地点でアメイジアの背後に迫る。だがその瞬間にアメイジアもまた加速した。伸ばした手が空を切り、バランスを崩して転倒しかけたサフィールはどうにか持ちこたえ、橋の前で立ち止まった。アメイジアはいつしか姿を消していた。
(消えた…? プル、どこにいるかわかる?)
《ボクにもわからないプル…》
周囲にアメイジアの姿は見えず、気配も感じられなかった。どこかに身を隠すにしても、近くに遮蔽物になるほどの大きな建物は無い。
サフィールは改めて橋の前に立てかけられている看板を見た。だいぶ古い橋で、看板によればやや上流側に既に新しい橋を架けられたため、しばらく経ってからこの古い方を解体するということが書かれていた。
バリケードを越えてサフィールは橋に踏み込み、周囲を見回した。広い河川敷に建っている大きな建物が目に入る。外観は簡素で中からは何の音も聞こえず、かろうじて窓から見える屋内は暗い。人の気配も無く、外壁はところどころ崩れている。
「…倉庫かな」
「もう使われてないみたいプル…あそこから気配を感じるプル」
ジュエルから出てきたプルが欄干に座り、サフィールと並んで工場を見下ろす。
「よし」
「ちょっと待つプル」
欄干に掛けた手に丸い前足をモフッと置かれ、飛び降りようとしていたサフィールは思いとどまった。
「え、何? 早く行かなきゃ」
「アメイジアは細い塀や屋根を、あんな大きな金棒持って走ってたプル。金棒持ってるから力自慢だと思ってたけど、もしかして…」
「…そっか。力も速さも、もしかしたら技もあるってことか」
「薄暗い倉庫の中じゃ危ないプル。気を付けるプル」
プルに言われ、サフィールは先ほどのアメイジアの姿を思い出した。重そうな金棒を片手で持ちながら、転倒どころかよろけもせずに屋根も塀の上も走っていき、さらには目を離したわずかな時間で姿を消した、足の速さとバランス感覚。金棒を振り回す腕力。薄暗い廃工場に誘い込んでいるということは、そこでサフィールを倒す気でいる、そしてそれだけの技能を持っていることが十分考えられた。
「…わかった。気を付けていこう」
「うん」
うなずくと、プルは再びジュエルの中に飛び込んだ。サフィールは欄干を飛び越えて河川敷に降り立ち、入り口の大きな引き戸をゆっくり開けて中を覗き込む。案の定屋外の光は殆ど差し込まず、中は薄暗く視界が悪い。少しでも明るさを確保できるよう、サフィールは扉を開けたまま中に入った。
人の気配は無い。入り口近くに高々と積み上げられた短ボール箱の上、天井の梁や細い階段の上の通路なども見上げたが、それらしい姿は見えなかった。小さな金属音に振り向くと、排煙用シャッターを開け閉めするチェーンが揺れ、床の埃がわずかに薄れていた。間違いなくアメイジアがいる。屋内の中央近くで立ち止まり、サフィールは周囲を見回した。轟音と共に入り口の扉が閉まったのは、その瞬間だった。
「!!」
《来るプル!》
直後、真横から殺気の塊が飛び掛かってきた。振り下ろされた金棒を右腕のガントレットで防ぐが、その重量はすさまじく、踏ん張る両足がコンクリートの床にめり込み、サフィールを中心に直径数メートルにわたって床面がひび割れた。着地したアメイジアは金棒を持ち直して水平に振る。脇腹にめり込む直前、サフィールはそれを拳で真下に弾いた。金棒の先端が砕けたコンクリートを更に粉砕する。両者は一度距離を取り、構えて見合った。倉庫中央付近に並ぶ二本の柱の間、ゆったりした足運びでお互いに少しずつ位置を変えつつ、サフィールはアメイジアの動きを観察した。
腕力と運動能力については事前に知っていたが、それに加えて気配を消す技能まで持ち合わせている…遮蔽物と薄暗さのなかに身を隠し、獣のような爪先立ちでの足運びを以って無音で歩けばほぼ完全に姿を消せるだろう。
サフィールが柱を背にした時、アメイジアが突然踏み込んだ。フルスイングで金棒を叩きつけられ、背中からコンクリートの柱に激突、柱を粉砕する。
「ぐっ…!」
「ぅるぁああああああ!」
アメイジアは金棒にサフィールを引っ掛けまま、更に振り回して入り口近くに重なった段ボール箱にたたきつけた。引き裂かれた箱の中から無数の金属…錆び切った機材や折れたボルトなどが飛び出し、サフィールの全身に降り注ぐ。全身にのしかかる重みと硬さを押しのけ、サフィールは鉄くずの山から飛び出した。だがその視界にアメイジアはいない。周囲を見回してから、すぐさま鉄くず越しの背後の気配に気付き、サフィールは跳んだ。
直後、無数の鉄片が飛び散った。対面の壁まで跳んだサフィールにも破片が当たり、耳元や肌を掠める。裂けた皮膚から血を流しながら壁際に立つと、全く同時にアメイジアが目の前に現れた。突き出された金棒の先端をサフィールが避けると、金棒は分厚い壁を紙のように容易く貫通した。断面は刃物でえぐり取ったように美しい。そして同時に、先端一点に集中された破壊力の恐ろしさを想起させた―――破壊力が散逸せず、それこそ刀で突き刺すのと同様に貫通するのだ。直撃すれば『デュエルブライド』の頑丈な体にも風穴を開けてしまうだろう。この突きを力任せのフルスイングとを使い分けるアメイジアが、実は単純な腕力自慢ではないことを改めて思い知らされた。
(事実上の刃物ってことか。しかもガンガン振ってくる)
《ニンジャみたいだプル…》
精霊がニンジャを知っているのかと一瞬思ったが、ジャーマンスープレックスを知っていたくらいなのでおかしくはない。サフィールはすぐに思考を切り替え、中央付近の柱の近くまで跳んだ。アメイジアはすぐに追いつき、サフィールの側頭部に跳び膝蹴りを叩き込む。サフィールは膝を右腕でガードし、威力を殺しながら側転で体勢を立て直した。わずかに遅れて着地したアメイジアに掴み掛かるが、捉えようとした姿は瞬時に視界の外に消えてしまった。だがかつてルビアの加速を捉えた目にはその動きが見えた。追走していた先刻と異なり、視界にアメイジアを捉えていたことが功を奏したようだ。サフィールは振り向くと柱に足をかけ、天井まで数メートルの高さを一気に駆け上がる。
「だぁりゃあああっ!!」
そして柱を蹴って跳躍し、天井の梁にぶら下がっているアメイジアに飛び蹴りを見舞う。アメイジアは真上にジャンプして一瞬で天井に到達し、足の指だけで天井の梁にしがみついていたのだ。恐らく天井から垂直に落下し、金棒でサフィールの頭を叩き割るつもりだったのだろう。すぐに見つかるとは思っていなかったのか、サフィールの蹴りをまともに受けて天井から足を放してしまった。だがその瞬間にアメイジアはサフィールの脚を掴んで引き寄せ、ベアハッグで両腕を押さえ込みながら抱え、梁を両足で蹴った。敵を抱え込み頭から地面に叩きつける忍者の体術の一つ、飯綱落としと言われる技だ。
「ぐるぉぁあああっ!!」
(抜け出せないっ…!)
金棒を軽々振り回す腕力は伊達ではなく、サフィールが全力で振りほどこうとしても微動だにしない。しかも超人の脚力で天井を蹴ったことで、自由落下など比較にならない速度で落下し、頭からコンクリートに激突する。直前にアメイジアはサフィールの胴を蹴って離れ、着地していた。硬い床面が直径数メートルにわたって砕け飛び散り、ほぼ上半身すべてがめりこんだ。
「っぐぅぅあっ!!」
激痛、そして頭頂から背骨を貫く強烈な衝撃に一瞬意識を失い、サフィールは仰向けに倒れた。額からあふれた血が砕けたコンクリートの隙間に流れこむ。アメイジアは倒れているサフィールの襟首を掴んで持ち上げた。金棒で頭を叩き割るか、首や胴体を切断して止めを刺すつもりだった。
―――〔続く〕―――
プロレス技とか忍者漫画の技とか、いかに変身したとはいえこのシリーズの女子高生は肉弾戦というものをどう捉えているのか。




