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第十話「Defenders of the faith」③

変身ヒロイン百合アクション第十話、続きです。



 金曜日の放課後、小波はブライドのメンバーに相談を持ち掛けた。返答があったのはアキラとひまりと楓…紫織のブログをブックマークした三人だけで、芽衣の部屋を借りるのもどうかということ、ステラと雪の様子を見る目的も兼ねて、四人がアキラの祖母の家に集まっていた。

 「資料の整理ですか…」

 「うん。ウチの友達ん家で」

 「フニ~」

 小波は机の上に乗ったトラ猫の手を握り、むにむにと肉球をもんでいた。その対面に座った楓が後ろ足を、間に座ったひまりが背中を、勉強に飽きた雪とステラが二人で尻尾をモフモフしている。ひっぱりだこのトラ猫は少々困っている様子だ。そこにお茶を持ってきた祖母が加わり、首筋をモフモフし始めた。

 「その子、どんな…ぶろぐ? を作ってるの?」

 「そっスね、街の移り変わりっていうか。まあ見てもらった方が早いス」

 小波が紫織のブログを見せると、祖母はどちらかといえば古い写真の方に夢中になっている。しばらく見ていると、先日撮影した古い喫茶店の写真に目を止めていた。

 「あらこの喫茶店。結婚前におじいちゃんとよく行ってたのよ。まだあったのねえ、あの時のままだわ!」

 「もしかして、デートの場でいらしたんですか!?」

 その話で乙女スイッチが入ったらしいひまりが食いつく。祖母も快く応じ、祖父とのなれそめから始まる恋の思い出を語って聞かせた。とりあえず二人分の手から解放され、トラ猫が少しだけホッとしていた。二人を一時放置しておき、小波は紫織の資料整理について話を進めた。

 「とりあえず段ボール十箱分くらいは要るかなぁ。何しろすごい量だし。あと穴あけパンチとかクリアファイルとかも」

 「あたし無理だよ。堂本さんと約束あるもん」

 「週に二回もか、仲良いな。じゃウチとひまちゃんとカエちゃんか」

 「私と黄川田さんは確定ですか…別に私は用事は無いですけど」

 ちら、と楓がひまりの方を見る。ひまりは特に文句も言わず、良いですよとだけ言って、祖母との話をつづけた。その間もステラと雪は勉強の手が進まず、祖母が淹れたお茶を飲みつつトラ猫をモフモフしていた。楓もお茶を一口のむと、数秒だけ何か考えたような難しい顔をして、小波に尋ねた。

 「…私、脚がこれですけど。いいんですか?」

 楓は先天的に麻痺している自分の右脚を指して言う。パートナー精霊のクリムにも治癒してもらったが、菫の右腕と違って全く変化が無かった。どうやら精霊の力ではどうにもできない物らしく、先日初めてそれを知ったクリムは相当落ち込んでいた。結局楓はリハビリを始め、平日と日曜日で週に二日通院している。

 「うん。ってか、その脚だからかな」

 「どういうことです?」

 「んーとね。その脚だと、行きたい所になかなか行けないんじゃないかって。だからさ、写真だけでも見てほしいなと」

 その答えを聞いた楓が、驚きに目を見開く。内心の願望をズバリ当てられて驚愕していた。

 「まあカエちゃんの行きたそうな所の写真があるか、わかんないけどサ。写真だけでも見てみてほしいな」

 「…そう、ですね。そうか…」

 楓自身も自分がそれを望んでいることに思い至らなかったのか、半ば呆然として目を見開き、小波の言葉を内心で反芻していた。親友になって一年経ったが、小波がこうも気が付くことをアキラは知らなかった。

 「よく気づいたね、小波?」

 「んー。そうだねぇ、自分でもビックリ」

 小波自身には言葉で言ったほどの驚いた様子は無かった。一口お茶をすすると、スマートフォンでホームセンターの公式サイトを開き、商品リストを眺める。

 「よし。じゃあ買い物はウチがしておくね」

 「お金足ります? 不足したら私も出しますけど」

 「いいよいいよ、ウチのワガママみたいなもんだし。手伝ってくれりゃいいから」

 楓の申し出を小波は断った。どこかその口調には拒絶を感じられる。

 小波についてはアキラの友人であること、先日緋李に浄化されてブライドの仲間に加わったことしか楓は聞かされていなかった。しかし小波は、今はまだ友達付き合いをさせてもらっているだけだと普段から言っている。そのどこか卑屈な言い方に、楓はどうしても首をかしげざるを得ないのだった。



 「…まさか本当にやる気だとは思わなかった」

 「事前連絡はしたぜぃッ」

 翌日の土曜日。紫織の家の玄関には段ボール箱やビニールひもなどの宅配と合わせ、動きやすい服装に身を固めた小波一行が訪れた。それぞれが自己紹介をすると、紫織もたどたどしい自己紹介を終えた。紫織の家族は皆留守にしており、家にいたのは紫織一人だった。

 小波以外が唖然としているのは、小波の準備の良さにあった。注文したまでは前日聞いたが、宅配の手配までしているとは思わなかったのである。

 「準備がいいですね…」

 「夕べのうちに全部済ませといた。早い方が良いと思ってさ」

 「い、いきなりで、びっくり、でした……『明日の朝届くように注文したから受け取って! 支払い済み』って」

 「いやはや大変申し訳ない…お詫びにハラキリを」

 紫織の言葉を受けて謝罪する小波。が、紫織は慌ててなだめる。

 「い、いいです、あの、あの、いいですからハラキリは」

 「いやはや、強引と言うかなんというか…」

 楓は半ば呆れ、ひまりは苦笑した。

 紫織の案内で三人は道具類を紫織の部屋に運び込むと、ひまりと楓は最初に見えた地図に、そして本棚に並ぶ書籍…物によっては古書と呼んだ方がいい本の数と状態の良さに圧倒されていた。

 「わあ…すごい、博物館みたいです」

 「この本はご趣味で?」

 「は、はい…あの、古本屋さんていうか、古書店が駅の裏にあって、そこで」

 「なるほど。一度見てみたいですね…」

 感心する楓。四人で一しきり本棚にならぶ背表紙を見終えると、まずはひまりが白手袋と使い捨てマスクを開封しながら尋ねる。

 「それじゃどうしましょうか。どこから始めればいいですか?」

 「どこからってか、クローゼットに集中かな」

 「クローゼット…あ、なるほど」

 ひまりと楓の視線が解放されたクローゼットを捉え、その中に山積みされた紙類の山を見て納得した。気まずそうに紫織は目を逸らす。

 「年度ごとか資料の種類で分けて、クリアファイルに入れて段ボールに保管する。っていうの考えてた」

 「…捨てないの、師匠?」

 「え、捨てないよ。大事な資料っしょ? 雁井さんがどうしてもっていうなら別だけど」

 「………師匠ぉ!」

 感極まった紫織が小波の手を強く握った。意外と強い握力に小波の手が悲鳴を上げる。

 「いてててて強い強い。握力強い」

 「あ、ご、ごめんなさい…」

 「よし、じゃ始めるか。ウチと雁井さんが資料運び出してテーブルに置くから、ひまちゃんとカエちゃんがそれ分けてファイルに入れてって」

 小波は両手に白手袋をはめると紫織にも渡し、大量のクリアファイルをテーブルの上に置いた。同じくひまりと楓も手袋をはめ、こちらはテーブルをはさんで向かい合って座る。全員が使い捨てマスクを着用して作業を開始。小波と紫織はクローゼットに詰まれた紙の山から少しずつ運び出し、テーブルの上に置いた。

 そのうち一枚をひまりが見て、見覚えのあるレイアウトに気付いた。

 「これ、ブログの記事を印刷したんですね」

 クローゼットに詰まれた資料の中には、明らかにブログそのままの紙面構成と内容だ。

 「あ、は、はい…」

 「データと紙の両方で保存なんて、二度手間じゃないですか?」

 続けて尋ねた楓の言うことは至極全うで、データで見られるのならわざわざ紙で保存しておく必要もない。加えて画像を保存したらしい外付けハードディスクをいくつも本棚に収めているから尚更だ。その答えを尋ねるように、隣で紙の山をかかえた小波が紫織の横顔を見る。代わりに答えることはできるが、紫織自身の言葉で小波も聞きたかった。

 「…その…か、か、紙は…きちんと、保存すれば、ずっと、残るから…」

 「なるほど」

 「で、で、で、データだと…アプリ、かわったら、ファイル形式、違ったら、見れないし…でも、紙なら、すぐ見られるし…」

 つまり、長期間の保存と閲覧を視野に入れているのだ。それこそ自治体や博物館などに寄贈することも考えているのかもしれない。が、ここでひまりが気づいた。

 「この間買ったクリアファイルはどうなさったんですか?」

 先日買ったいくつものクリアファイルはもそのための物だったのだろうが、残念なことに紙袋に詰まったままクローゼットの中に放置されていた。買ってからすぐに新しい情報が入り、そのまま忘れてしまった…といったところだろうか。

 「あ、あ、あれは…その…かたづけようとは、思ったですけど…」

 「わかりました。じゃあ、これを機会に片づけましょう。長期保存をお考えなら、分別と収納は必須ですから」

 にっこり笑いながら言うひまりに、楓が呆れた顔で続く。

 「そうですね。見てて気づいたんですが、年度も資料の種類もバラバラ。一九九五年の市広報と二○○二年の生活協同組合連合会会報と一九九九年の全国高校生スポーツ大会のボランティア募集広告、ついでに同年の宗教団体のチラシがぐちゃぐちゃに混ざってます」

 「ええと…『今年地球が滅びるからお布施を払って神様にすがれ!』 という趣旨ですね。何でしょうかこれ?」

 チラシを覗き込んで首をかしげるひまり。その背後から小波も覗き込み、なるほどとうなずいた。二十一世紀の若者にはむしろ馴染の無い与太話だ。

 「ウチらが生まれるちょっと前に流行ったオカルトさ、何とかダムスって奴。てか、そんなのどこでもらったんだ…」

 「うう…それは…」

 楓は紙の山から何枚かを抜き出して紫織に見せた。新情報の調査にかまけて分別も忘れてしまっていたか、面倒になってしまったようだ。

 「時間かかりますよ。まずは、今日できる分をきちんと分別しましょう」

 「は、はい…」

 「整理が苦手なら今日みたいに呼んでください。やるべきことは判りましたし、むしろ片づけは好きですから」

 意外そうな顔で小波と紫織は楓を見た。てっきり文句の十や二十でも垂れるかと思ったのだが、却って何かしらのスイッチが入ったらしい。どうやら楓に整理を頼んだのは大正解だったようだ、と小波は内心で喜んだ。楓が照れくさそうに目を逸らす。追及はせず、小波は三人を促した。

 「さ、続き続き!」

 小波の号令でそれぞれが作業を再開する。何となく小波の押しの強さに乗せられていった気はするが、最初は拒否を示していた紫織もどこか楽し気だった。



 作業を始めて二時間ほど経過した頃、誰からともなく時計を見て昼食の時間を訴え出した。全員が一旦手を止め、休憩に入る。

 「お昼どうします? 何か買ってきますか?」

 「駅前スーパーのピザ屋で予約しといたよ。支払いも終わったから取りに行ってくる」

 ひまりが全員を見回しながら尋ねると、小波がすぐに答えた。駅に到着してからすぐに紫織の家まで歩いてきたので、どうやら前日のうちに予約しておいたようだ。日本国内のピザ屋におけるピザの値段を思い出し、楓は異論を唱えるが。

 「三千か四千円くらいしますよね。高くないですか?」

 「店に取りに行ったら三割引きなんよ。それに割り勘なら一人の負担も少ないし」

 「え、割り勘なんですか…」

 「四千円まるまるおごれっつったらウチちょっとだけ泣くよ」

 定価が四千円程度とすると三割引きで二千八百円、割り勘なら一人につき七百円。普通の女子高生なら充分に支払えるお値段だ。ひまりがそこで立ち上がり、同行を申し出た。

 「じゃ、わたしも一緒に行きます。ジュースか何か、皆さん飲みますよね」

 「は、はい、のみます」

 「おっけ、じゃ行ってくる。テーブルの上空けといて」

 小波と連れ立ってひまりが部屋を出ようとしたとき、楓と互いの顔を見て軽くうなずいたことに紫織は気づいたが、何の合図か尋ねる暇も無く小波とひまりは部屋を出てしまった。

 静かになった部屋で、テーブルに置いた資料を避けてスペースを空ける。段ボール箱が三箱ほど満杯になっても、クローゼットの中の紙の山は一向に減る気配が無い。紫織はクローゼットの中を覗き、自業自得ながらさすがにげんなりした。一介の女子高生が消費するコピー紙の量としては常軌を逸している。

 「…明日も続けます?」

 「え、えと…     そうします」

 「仕方ないですね」

 片づけ好きを自称した楓でも、到底一日で片付くものではないと諦めかけていた。量の多さもだが、紫織の意向を汲んだ上での片付けである以上、印刷ミスや無意味な重複以外を処分するわけにもいかず、丁寧な選定に時間がかかるのもあった。

 楓は努めて膨大な量の紙を無視し、紫織に向き直って尋ねる。

 「ところで、郡上さんのことを師匠と呼んでいたのは…」

 「あ…あ、えっと…」

 突然問われ、紫織はしどろもどろに答えた。

 「…師匠は、私のブログ、好きって、いっぱい好きって言ってくれて……」

 「ふむふむ」

 「家族以外で、言ってくれたの、師匠が初めてだったから……すごく、自信ついて…」

 「なるほど。いわば人生の師というか、道筋を開いてくれた人なんですね」

 紫織はこくこくと何度もうなずいた。恥じらいながらの仕草にはひまりにも劣らぬ乙女チックさがあり、正直に言って可愛い。いかな感情を抱いているのかは判らないが、彼女が小波を信頼…あるいは崇拝していることはよく理解できた。

 その一方、楓やひまりが知る小波の人物像とはどこかが結びつかない。小波とは知り合ったばかりだが、妙に押しが強い点を除けば意外に気遣い上手、アキラを始めブライドのメンバーともすぐに仲が良くなった明るく社交的な人…これが陽キャという奴か、という印象であった。だが、時折小波はどこか申し訳なさそうな顔を見せる時があった。

 「…そうですか」

 「は、はい…  えっと?」

 「いえ…郡上さん、たまに暗い顔をするんですよ」

 「師匠が…?」

 紫織は驚き目を見開いた…のだろう。長い前髪で隠れて目元がよく見えないが、楓にはそう見えた。

 「私と黄川田さんはあまり気にしていないんですが、郡上さんの親友の(あおい)さんという方が心配してまして」

 「はあ…」

 「なので黄川田さんに、どういう心境なのか訊いてみてほしいとお願いしたんです」

 「あ、じゃ、さっき目が合ってたのは…」

 「このタイミングで聞けるとは思いませんでしたけどね」

 小波とひまりが紫織宅を出てしばらく経ったタイミングで楓がスマートフォンを取り出すと、ひまりから電話がかかってきた。ちょうどひまりが小波に尋ねるタイミングでかけてきたのだった。

 「静かに聞いててくださいね。声を出さないように」

 「は、はい」

 スピーカーモードにして、紫織にも聞き取りやすいように少し音量を上げる。電話の向こうからはスーパーの物らしい店内BGMとざわめき、スナック菓子のビニール袋と思しきガサガサという音、『よっしゃこれも買おうぜぇ』『そんなに買っても食べきれないですよ~』と、小波とひまりの楽し気に話す声が聞こえてきた。ピザが割り引きされるからと調子に乗って色々買っているようだ。

 袋の音が一度途絶えたところで、ひまりが小波に尋ねた。

 『ところで小波さん、何か気になってることとかあります?』

 『え? ―――いや、別に』

 声音が変わったことに紫織は気づき、思わず楓の目を見た。目があった楓はうなずき、再びスマートフォンに目を落とす。

 『アキラさんが気にしてました。それはもう、夜も眠れないほどにって』

 『不眠は大げさじゃあない?』

 『よかったら聞きますよ。紙袋に吹き込む程度の気持ちでどうぞ』

 親友の名前を出されたからか、小波が悩んで唸る声がかすかに聞こえる。自分が抱えていることを言うべきか否か、迷っているのは明らかだ。ひまりの声が聞こえないのは、小波が答えるのを根気強く待っているからだろう。やがて小波がため息を吐き、切り出した。

 『…じゃ、聞いてくれるかな』

 『どうぞ』

 『そうだな…うん、あのさ。雁井さんってさ、写真撮るときにすっっっごく、イイ顔するんだよね。超かっこいいの』

 自身へのトンデモない高評価を不意に受け、思わず悲鳴を上げそうになった紫織が自らの口を押さえ込む。

 『すっごくキラキラしてんの、特に目が。好きなことを全身全霊でやってるのがね、顔に、特に目に出るんだよ。ブライドのみんなもそう。みんなすごくイイ顔してるんだよね。ジュエルに呪われた女の子を助けたいって、強い気持ちを持ってる』

 ブライドとやらが何なのか分からず、紫織は再び楓の顔を見る。楓はジェスチャーで、まあサークルみたいなもので…と適当に濁して答えた。そこで小波の小さな吐息の音が聞こえた。続けて聞こえた小波の声は、いつものそれと異なる気弱な声だった。

 『でね、そん中でウチだけまだブライドやる覚悟ができてなくってさ。劣等感っての? 感じちゃって。こーやって友達づらしてすり寄ってんのも、それを紛らわすためだし』

 『小波さん…』

 『雁井さんについて回ってんのも、一生懸命になれる物がないからってビンジョーしてるだけでさ。皆にあんだけケンカ売ったのに…ダサいよねぇ』

 二人が話す光景は見えないが、その声からは小波の表情―――苦悩に満ちた表情がうかがい知れた。

 紫織は知らないことだが、小波はブライドとして戦いに向かうアキラを止めようとして、一度も止められたことが無かった。それはアキラの意志…自身の恋を普通の(・・・)恋として実らせるという、狂信とすら呼べる決意を止められなかった故の劣等感だった。そしてその負い目と引け目はまだ小波の中に残っている。そんな自分はブライドにふさわしくないと、身を引こうとしている。

 「……師匠」

 静かに紫織がつぶやく。楓も意外そうな顔をしていた。

 『…てなことをたまに考えちゃって。フモーなお悩みです』

 小波が話を終えたところで、電話越しにも少し重い空気が感じられた。そんな風に言わなくてもいいのに…とひまりも楓も思ってはいるのだが、それが安易な慰めであることも理解しているからか、言い出せずにいる。そんな空気を払拭しようと、小波が話を変えようとした、その時。

 『じゃ予約の時間だから、そろそろピザ―――』

 「し、師匠!!」

 『うぇ!? か、雁井さんどこ!? …あ、ひまちゃんスマホもしかして』

 思わず紫織は立ち上がり、電話の向こうの小波を呼んでしまっていた。小波の気持ちを聞き出すための密かな通話がばれてしまった瞬間であった。

 『その~、実はですね…』

 「し、し、師匠は!! 師匠は、いっぱい、私のブログ、好きって言ってくれた!」

 『え、あ、いえ…どう…いたしまして?』

 息を荒げつつ紫織は続ける。

 「そ、そのっ…だからっあの、すごく嬉しかった!! 師匠は私の事、げっ元気に、してくれた、すごい人、ステキな人なんだよ!!」

 『え、ちょ、ま、恥ず』

 「だから、だから! …そんな人が、自分を悪く言っちゃ、だめ、なの、()す…」

 何が言いたいのかも自分でよく判らず、しかも語尾がへろへろになった上に肝心なところで噛んでしまった。言い終えてやっと我に帰った紫織は、恥ずかしさに顔を覆って座り込んだ。そんな一大告白を真正面で見ていた楓も引きつった表情のまま顔を赤らめている。電話の向こうの小波とひまりも同様だろう。

 ひまりを始め、小波に出会ったことのあるブライド達は気づいていた。小波は友のためならいかなる相手にも牙を剥き、そして今紫織とブライド達を褒めちぎったように、自分が素晴らしいと感じたものを全力で称えられる人だと。勇気も怒りも、あこがれも賞賛も、彼女は感情のままにまっすぐぶつけてくる。誰かを、そして誰かの大事な物を大事にすることに、小波は何一つためらいが無い。その直情に惹かれたからこそ、紫織も楓も小波の強引さを受け入れていたのだ。

 『……小波さんが顔から湯気を出して撃沈しました』

 「ず、ずびばぜぬ…」

 『いえ、こちらこそだますようなことをしてしまって…』

 「絶対周りにも聞こえましたよね…」

 電話越しにどうしようもなく恥ずかしい空気を漂わせる四人。

 『ど、どうしましょう…これは却って菫先生に教えられません…人類の尊厳…』

 「尊厳はいいですから早く帰ってきてくださいお願いします空気が無理ですしんどいです」

 『はい…じゃ、一旦切りますね。すぐ戻ります』

 ひまりがそう言うと通話が切れた。楓はスマートフォンをポケットにしまい込み、何とも言えない顔で紫織を見る。当の紫織はクリアファイルで顔を隠しているが、真っ赤になった耳が丸見えなので隠した意味が殆ど無い。

 「…お…思い切りましたね」

 「あ、あぃ…」

 「なんというか、その……お疲れさま、でした…?」

 それきり二人は黙り込んだ。窓を開ければ資料が風に吹き飛ばされるので開けるに開けられず、エアコンも無いので部屋の温度と湿度は刻々と上昇していく。人体から出る熱気が充満しつつあるので当然である。

 その中で、楓は小波と紫織の関係をうらやましいと思っていた。電話越しでも勇気を出し、お互いにまっすぐな気持ちをぶつけ合えたのだ。緋李を止めようとして止められなかったことを思い出し、少しだけ紫織に対して羨望を抱く。

 その後しばらくして小波とひまりが昼食を買って帰ってきたが、当然ピザを食べている間もその後の作業でもこの空気は変わらず、時々目を合わせた小波と紫織が照れまくった事は言うまでもない。

 作業を終えて夕方の帰りの電車の中、小波達は疲れた体で座席に並んで座っていた。書類整理は半分ほど終わって、続きは明日の日曜日にやろうということになり、この日はお開きとなった。

 小波は昼食前の紫織との会話を思い出し、ねっとりした目でひまりと楓をにらむ。もちろん本気で怒っているわけではないのだが、顔面水蒸気爆発級の告白を突然聞かされた身としては抗議せざるを得なかったのである。

 「さて。今日はえらい目に遭わせてくださいましたねオノレラ」

 「その節は大変申し訳なく…」

 「今後は気を付ける所存でございますー」

 「うむ。まーいいでしょう」

 それだけ言うと三人は笑い合った。

 「二人ともどうだった、雁井さんの写真?」

 「いい写真でしたよ。ピンボケ一切無し、画質良好で被写体も鮮明に、かつ全体像がしっかり写ってました」

 事前にブログの写真だけを見ていた楓は、アップロード前の画像データを食い入るように見ていた。完璧とも言える写真には惹かれるものがあったようだ。ひまりもそれに感じ入るところがあったらしく、胸に手を当てて思い返していた。

 「ええ。何て言うかストイックな感じですね…ありのままを写す! っていう情熱を感じます」

 「ね。すごく一生懸命なんだよ」

 「小波さんが惹かれるのも納得です」

 そう言われ、小波は恥ずかし気な笑顔を浮かべた。

 「ですから、これからもいっぱい好きと言ってあげてください」

 「…いや、それは恥ずかしい」

 「いいじゃないですか。雁井さんのブログを全力で好きっていう小波さんも、同じくらいに綺麗な目をしてるんですから」

 ひまりの言葉に、小波は自分の髪をぐしゃぐしゃかき回した。すっかり照れてしまっているようだ。

 「は、恥ずかしい事…言うんじゃないよォ。この乙女め…」

 「事実ですから。ね、黄川田さん?」

 「ええ。うふふ」

 小波が二人を誘った時と比べ、三人はだいぶ打ち解けていた。それは紫織とも同様で、ある意味ではこれが一番の成果だったと言える。その後も三人は楽しく話しながら、それぞれの自宅の最寄り駅で降り、また明日と別れて帰宅した。

 この日、ブライドのことは小波がわずかに口にしたことのみだった。久しぶりに小波はなんの不安も無い一日を過ごし、充実した気分で帰路についた。

 異変が起きたのは翌日だった。



―――〔続く〕―――

今回の親友キャラと新キャラの関係には「友達以上恋人未満」という言葉へのアンチテーゼがちょっとだけ籠っています。友情は恋愛の下位互換ではないという話。

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