第二話「Chain breaker」①
変身ヒロイン百合アクション、第二話です。
いつもと変わらない夕暮れの街。だがサフィールはそれを、今は街の中ではなくビルの上から見下ろしている。屋上の風に吹かれながら、今しがた立ち去ったルビアの言葉を思い出していた。
―――もう少ししたら貰いに行くわ。貴女のそれ。
突き刺さるほどに美しくも冷酷なその目を忘れられず、そしてその視線に間違いなくルビアが堂本 緋李であることを確信していた。心臓をつかまれたように胸が苦しい。苦しい―――何故。
サフィールの胸の内に気づいてか否か、宝石の中のプルが呼びかけた。
《アキラ、下に行かなくちゃ。アンベリアの子が見つかったら大変プル》
「そうだった!」
我に返ると、どうやら通報でもあったらしく複数のパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。サフィールは急いで踵を返し、階下のアンベリアのところまで戻った。幸いにも彼女はまで気絶していて、しばらく目覚める気配は無い。両手でアンベリアを抱き上げ、窓から飛び出すと別のビルの壁に飛び移り、垂直に駆け上がって屋上に上がる。そしてさらにまた別のビルからビルへと飛び移りながら、街の中心から離れていく。マンガみたいなジャンプ力…と内心で驚きつつ、地上の光が届かない高さをやすやすと飛んでいける身体能力には感謝するばかりだった。
ジュエル・デュエル・ブライド:第二話 「Chain breaker」
高層マンションの近くの公園にたどり着き、アンベリアをベンチに横たえたところで変身を解除しようとして、その方法が判らないことに気付く。まごまごしているとプルが小さな光の玉となって飛び出し、その直後にサフィールの戦闘装束が掻き消えて元のアキラの姿に戻った。
「おお、戻った! 髪の色も」
「実はボクも今戻り方を知ったプル…」
「そうなんだ…? この子も同じ感じで元のカッコに戻るのかな。ってことは、この子にも精霊が…」
アキラはベンチの前にしゃがみこみ、アンベリアの顔を覗き込んだ。と、アンベリアの瞼がふるえ、唇から小さな声が漏れた。ゆっくり瞼を開くと何度かまばたきをして周りを見てから、アキラに気付いて起き上がった。その表情は恐怖と後悔に満ち、蒼白になっている。その両肩に手を置き、アキラはアンベリアの目を正面から見た。だが彼女は震える両手で顔を覆い隠した。
「だっ、大丈夫!? 具合悪い? 病院行く!?」
「…………わた、わたし…あぁ……」
「?」
座ったまま震えるアンベリアの瞳から、大粒の涙がボロボロとこぼれだした。
「わ、わたし…あなたに、ひどいこと………」
(…そっか、さっきの記憶はきちんと持ってるんだ)
「ご、ごめんなさい…」
一言謝罪すると、アンベリアはそれきり何も言えずに泣き続けた。
彼女は元々とても優しく、人を傷つけることは好まない…それもこうも泣くほどに好まない、善良な少女なのだろう。先ほどとは打って変わった姿に、黒い煙に操られているという自分の推測がある程度当たっていたことをアキラは実感した。それだけに、彼女の心に先ほどの行為の罪悪感が重くのしかかっていることも分かった。彼女には聞きたいことがあるのだが、それ以上に泣いている少女の姿に胸が痛む。
アキラはあらためてアンベリアの手を握り、もう一度彼女の顔を覗き込みながらつとめて明るく言う。
「とりあえずさ、一回元のカッコに戻った方が良いと思う」
「え…」
「プル、この子にも教えてあげて」
「プル!」
アキラの背後からぴょこっと出てきたプルに、アンベリアは今になってやっと気づいたらしく、すっかり目を丸くしていた。プルはふよふよと空中を移動してアンベリアの胸の宝石に近づき、短い手の肉球でぺしぺしと軽くたたく。と、宝石の中から光り輝く小さな玉が飛び出し、黄色い体毛の丸っこい動物の姿に変わった。体形と毛の色から昔のアニメのようなアライグマかと思ったが、よく見ると体形はもっと丸い。直後、アンベリアの少女の姿が元の制服姿に戻った。
「キロ!」
「…レッサーパンダ? この子は?」
「宝石の精霊だよ。この子達みたいに、精霊の宿る宝石もあるみたいなんだ」
黄色のレッサーパンダはアンベリアの少女に抱き着く。アキラはプルとともに自分の宝石を見せた。アキラの青い宝石、アンベリアの少女の黄色い宝石、どちらも濁り一つなく透き通っている。それを見て落ち着いたのか、彼女はやっと泣き止んだ。アキラは宝石をポケットにしまい込む。
「あたし、葵 晃。アキラでいいよ。この子はプル」
「よろしくプル!」
友達のしるしの握手、とばかりにアキラが手を差し出す。アンベリアの少女は戸惑い、遠慮がちにその手を握った。
「わたし、黄川田 ひまりです。この子は…ええと」
「キロロだキロ」
「…キロロ、です……」
笑顔でアキラはうなずいた。その顔にはアンベリアの少女―――ひまりを責めたりなじったりという感情は一切無い。ひまりの戸惑いはそれゆえだろうとアキラは気づいていたが、敢えて口には出さないことにした。
「今日はもう遅いし、家まで送るよ。後で連絡先交換し」
そこまで言って愛用の自転車を起こそうとかがみ込み、そんなものがかけらも存在しないことに、そしてバッグも同時に置き去りにしてしまったことにその段階になってやっと気付いて、アキラの笑顔と姿勢は一瞬で固まった。自転車が無いことを確かめて両手が空を切る。そしてアキラのスマートフォンはバッグの中に入れているため、回収しなければ連絡先の交換もできない。そしてすっかり日が沈んでいるのに家に連絡の一つも入れていない。母から何か電話がかかっていることだろう。
「やば、自転車とバッグ取りに行かなきゃ…一回戻ったら時間かかっちゃうな…どうする?」
「大丈夫です…私の家、ここから近いですから」
「そっか…じゃあ今日はここでお別れか、気を付けて帰ってね。そうだ、明日か明後日に会えない? 今度のことでお話聞かせてほしいんだけど」
「明日か明後日、ですか? ええと、明日なら…」
時間と場所を決めるとアキラはひまりと別れた。翌日は土曜日で休みなので、日中に会うことにした。
学校帰りに行くつもりだった交番の近くまで急ぎ足で戻る。路上に置き去りにされた自転車とバッグは、当初の目的地だった交番で預かってもらっていた。バッグの中の学生証や自転車の防犯登録の番号を説明し、無事に返してもらった。そして恐る恐るスマートフォンを取り出すと、案の定母からの着信履歴がずらりと並んでいる。そして今また母から電話がかかってきた。とりあえず出てみると、およそ予想通りの怒声が聞こえた。
「やっと出た! あんたどこ歩いてるの!!」
「ごごごごめん! ええと…ちょっと街中の交番行って、話長くなって出るタイミングなくて」
「そうですか。じゃあ用事は終わったのね。すぐ帰ってきなさい!」
「は~い…」
帰れば恐らくお叱りを受け、申し開きを求められるだろう。遅くまで出歩いているので叱られるのは仕方ないのだが、事情を正直に話したところで嘘つき呼ばわりされるだけなのは目に見えている。アキラは憂鬱な気持ちで自転車にまたがり、夜の道をこぎ出した。肩にのったプルがアキラの耳元で問いかける。
「本当のこと言わないプル?」
「う~~…説明がむずかしいなあ。今みたいなことは全部マンガとかテレビとか…マンガとかテレビわかる?」
「人間の世界のことは勉強してたからわかるプル」
「そういう『お話の中』っていうのがあたしたちの一般常識だから。事実でも信じてはもらえないんだよ」
「常識の話になると難しいプルね…」
プルの方でもある程度理解してくれたようだ。説明が長くならずに済んだが、今後このようなことがあったら家族への釈明が困難を極めることになるだろう。
家に到着し、こっそりと玄関を開ける。そこで硬直する。母が立っていたのだ。冷や汗が額から流れ落ちるが、逃げて屋外で夜を過ごすわけにもいかず、アキラは諦めて家に入った。
「…ただいま帰りました」
「おかえりなさい。話は晩ごはん食べてからね」
「はい…」
靴を脱ぎ、玄関を上がってリビングへ。ちなみにプルはずっとアキラの肩に乗っているのだが、母がそれに気づいた様子は無かった。すっかり冷めてしまった夕食を温めなおして一人で食べると、正面に母が座った。ちなみにお説教は一切母に任せたらしく、父と弟は自室に引っ込んでいるようだ。
「それで、交番行ってたっていうのは?」
「あの…街で落とし物しちゃって。学校にそれが届いたって連絡があって、交番に」
「何落としたの」
「えと…学生証……」
「で、それから? 何でこんなに時間がかかったの?」
「あの…道に迷った女の子を…ええと、子って言っても同い年くらいなんだけど…送っていけっておまわりさんに頼まれて」
テーブルの上にちょんと座るプルの姿に、やはり母は気づく様子は無かった。この時点で真相を話すことはいったん諦める。もちろん言い訳の…などと表現すると、働いてもいない悪事を働いたと疑われるようで、そしてそれを自分で認めてしまうようで大変心苦しいのだが…プランは考えていなかった。今のしどろもどろの口調から、嘘であることは恐らくばれてしまっているだろう。
「その子と一緒にヘンなところに行ったんじゃない?」
「無い! それはない! その子普通の子だから」
さすがにひまりのことまでは疑われまいとして、アキラは必死に弁明する。母は疑いの目で見ているが、アキラはそこだけは譲れないとばかりに真剣な目で見返した。しばしの沈黙。ごくり、とアキラが息を飲み込む音。
母がうなだれて、折れたというより呆れたようなため息をついた。予想外の反応に、アキラは拍子抜けして母の顔を見つめる。母は再び顔を上げ、アキラの顔を見ながら諭すように言う。
「…色々言い訳を考えては来たんだろうけどさ。あなたが嘘をつけない子だってのはわかっているのよ」
「え? あ」
「言い訳はロコツなのに人の悪口は全力で否定。実際に会って仲良くなった人、なりたい人の悪口は嫌だと、あなたはそういう、まあ…『良い子』だもの」
さすがに16年と少々自分を育ててくれた母だ、何も無しにこんなに遅くなることは無いだろうと判ってくれている。アキラの行動などはお見通しと言ったところか。そして漠然とだが、何かがあったことは察しているようだ。
母は身を乗り出し、アキラの目を見つめながら言う。
「その子のことで何かあったのね。お母さんに言えないこと?」
「…………」
黙り込むアキラ。が、意を決してうなずく。
「ごめんなさい。今は言えない」
「そう…いつかきちんと説明してもらえる?」
「…うん」
母はじっとアキラの目を見る。説明に納得したのか、あるいは真相を聞き出せないと諦めたのか、表情を緩めて立ち上がると浴室へ入った。追い炊きのスイッチを押す音が聞こえる。
「お風呂沸かしておくから、支度してきなさい」
「あ、はい…」
「それで明日は? どこか出かけるの?」
またひまりに会いに行くことを察してくれたようだ。幼い頃、一度会っただけの相手と友達になろうとしてもう一度会う約束をしたことが何度かあった。その時のことを憶えていてくれたのだろうか。
「あっ、うん、お昼にちょっと。夕方までには帰る」
「そう。もし遅くなるならきちんと連絡するのよ。何故遅れるかもちゃんと説明すること。いいわね」
「…ん、判った」
アキラはプルを肩に乗せ、自室に入ってベッドに座り込んだ。夜中であることは分かっていたが、枕元の目覚まし時計は10時近くを指している。普通の女子高生が平日に活動するには少し遅い時間だ。制服の内ポケットから青い宝石を取り出してもう一度眺め、そして先ほどの母とのやりとりを思い出す。ただただ叱られなかったのは意外だが、いずれ事情を話すことを約束してしまった。この宝石のおかげで女の子が悪い子になりました、自分がそれをやめさせました、精霊さんが助けてくれました…など。ちゃんと理解してもらえる説明ができるだろうか。ついでに脚をツルハシで貫通されたなどと言ったら卒倒されかねない。
「…疲れた」
制服がシワになるのも構わず、アキラはベッドに横たわった。その横にプルも寝そべる。
「ボクも聞いてるだけで疲れたプル…」
「…お母さん、やっぱりプルが見えてなかったよね」
「『デュエルブライド』にならないと、多分ボク達のことは見えないプル」
「やっぱりそうか…」
アキラは起き上がり、机の上に敷いたハンカチに宝石を置いた。ルビアが話していたこと…『デュエルブライド』が複数いること、ルビア自身がこれを奪いに来るということ…もあるので、対処のために普段から持ち歩く必要がある一方、なくさないようにする方法も考えなければならない。
と、他のブライドがいるという話からアキラの頭に疑問が浮かんだ。
「ねえプル。あの時あたしは黄川田さんの宝石の黒いモヤモヤをなくしたい、って願い事があったから変身できたんだよね。叶ったっていうことは、もう変身できないの?」
「お願い事? なんの事プル?」
「………へ?」
だが、帰ってきたのは予想外の回答だった。
「…いや、黄川田さんは願い事を宝石に伝えて、そしたら神様に力をもらったって言ってたじゃない。それで変身できたんじゃないの?」
「う~~ん…お願い事といえばお願いごとプルね。でも神様は関係なくて、アキラの恋の気持ちプル」
「恋」
「この宝石…『エターナルジュエル』は、ボクたち精霊が女の子の恋を宝石の形にしたものプル」
机の上に座ったプルは、ふわふわした手で宝石に触れる。
「そうしてできたこれが、身を護ったり呪いを祓ったりする力をくれるプル」
「…なんか、話がかみ合わなくない?」
「むむむ…そうプルね。じゃあ明日、アンベリアの子と会ったときに聞いてみようプル」
「そうだね…」
アキラは宝石をつまみ上げ、宝石の中の小さなきらめきを見つめながら思った。
―――恋か。あたしが?
恋。誰に? クラスメイトではない…共学だが男子生徒の知り合いなどいないし、先輩の女子生徒をお姉さまなどと慕っているわけでもない。アイドルへのあこがれというのも無い…そもそも世の中のアイドルなどほとんど知らない。学校の外で出会った誰かだろうか。学校の外で。出会った。学校の外、出会った―――
「あ」
「どうしたプル?」
一人だけ心当たりがあった。思い出した途端、アキラの顔が一気に赤くなっていく。
「あ…あああ、……あーあああああああああ…」
「どどどどうしたプル!?」
「いた…一人いた……」
風になびくセミロングの髪。涼やかな目元。筋の通った鼻梁。真一文字に結ばれた唇。黒い宝石のように輝く、意志の強そうな瞳。そしてそんな見た目だけではない、心の底から強烈に惹かれる存在。思い出すごとに顔が熱くなり、胸が高鳴る。彼女に会いたいと、ただ理由もなく会いたいと願う初めての相手。昨日の朝出会ったばかりの信じられないほどの美少女。
―――堂本 緋李。思い当たったところで、膝から力が抜けて床に座り込んでしまった。
恋。この気持ちが恋なのだと、この瞬間にアキラは生まれて初めて心の底から知った。ただ一人のことを想うだけで、胸の中が温かい陽光で満ちたようなふわふわする感覚。彼女が『デュエルブライド』であったことも忘れ、アキラは高鳴る胸をぎゅっと押さえる。
「そっかぁ…あ~~~~…あああああ」
「…女神様が言ってたプル。この宝石ができて初めて、自分の気持ちに気付く子もいるって。それはとっても幸せなことなんだって」
「うん…そうだね、すごく幸せな気持ち、幸せなんだけどぉ…うう~~~~」
悶々としつつもプルを抱き寄せ、頭や背中を撫でまわす。プルはとても心地よさそうに、アキラの手に身を任せている。
アキラはもう一度机の上の宝石…青いエターナルジュエルを見た。緋李への恋に気付いたからか、ジュエルは先ほどまでよりすこし煌めきを増したように見えた。
―――〔続く〕―――
百合な話を書いていると共学の設定にしても忘れてしまう癖。