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第八話「Destiny」③

変身ヒロイン百合アクション第八話、続きです。



 ルビアこと緋李はアパートに戻り、誰もいないリビングを眺めた。本来なら学校にいるはずの時間だが、彼女にとって今や学校など時間をつぶす程度の意味しかない。一人暮らしを始めて一年と一か月弱。決して大きい部屋ではないが、もともと持ち物の少ない緋李には、そんな部屋でも広く見えてしまう。別に両親が離婚して家を出ていった、あるいは死別したなどということはなく、彼女自身から一人暮らしをしたいと申し出ただけのことである。実家はアキラの家の近くにあり、今の高校への進学を決めてから数日は、何度かここと実家を往復しつつ荷物を運びこんだり、休日に家に帰っては両親と会っていた。

 アキラと出会ったのは、進級してから二週間ほど経った日のことだった。ちょうど実家に一度帰って、一泊した日の翌日のことだ。実家に住んでいたらいつ遭遇してもおかしくない。今となっては冷や汗ものである。

 緋李はカーテンを閉めたままの寝室に入り、机の上に置いてあるジュエルを眺めた。七個目…深みのある赤のジュエル、学校の後輩であるガルナから奪ったものが増えていた。これだけはアキラ達による浄化が行われる前の、内部に黒い靄のようなものが籠っている状態だった。

 止めに来るたびガルナを追い払ってはいたが、今日になってとうとうジュエルを強奪し、挙句に移動手段も奪うべく杖を破壊してしまった。変身が解け、動かせていた右脚から完全に自由を失い、打ちひしがれてうずくまっていた後輩の姿が脳裏に焼き付いている。罪悪感から助言のようなことを言ってしまったが、どうせ彼女に何もできはしないだろう。手がかり(・・・・)など何一つないのだ。

 ふと我に返って見てみると、精霊達はガルナのジュエルには一切触れず、机の隅に集まって座っていた。特に恐れているわけではないようだが、かといって積極的に手を出そうとする気はなさそうだ。

 「…あなた達、これを浄化できないの?」

 ぬいぐるみのような精霊達に尋ねる。答えたのはハリネズミの姿の精霊―――タータだった。

 「そらあ当然タイ。おいどん達はただの精霊じゃけんのう」

 「それもそうか」

 ベッドに腰かけ、緋李は自分のジュエルを薄明りにかざして眺めた。鮮烈な赤の中に、ガルナのジュエルと同じく黒い靄が漂っている。

 「おぬしは、浄化を望まぬのかモフ?」

 「必要ない。呪いの制御ならできているわ」

 「…先日はお答えいただけなかったモフね。おぬし、何をしようとしているモフ」

 ジュエルを机に置き、緋李はベッドに横たわった。そのまま黙り込み、ペルテの質問には答えようとしない。冷たく無視しようとして、自分はそれが出来ない人間であることを自身がよく知っている。顔だけペルテの方に向け、視線を合わせる。

 「今までのブライドも軽傷か気絶だけで済ませたおぬしは、きっと本当はとても優しい人だモフ」

 「……」

 「考え直すべきだモフ。アキラどのならきっと、おぬしの話を聞いて助けてくれるモフ」

 「黙りなさい」

 冷たい一言に、ペルテ達精霊は黙り込んだ。それきりその場にいる全員が沈黙する。

 アキラに話すわけにはいかなかった。呪われたブライド達を幾度も救い、そうでなくとも泣いていた公園の少女を助けたアキラが、自分のやろうとしていることを言えばどうするかわかっている―――ペルテの言う通り、きっと助けてくれるのだろう。だからこそ。

 だからこそ、話すわけにはいかないのだ。



 時刻は夕方近く、日が沈みかけて空がオレンジ色に染まりつつあった。アキラは窓から外を眺め、教師の説明をぼんやりと聞いていた。先日から緋李の事と小波の事ばかり考えて、授業どころか家族や級友たちの話にも上の空だった。教科書はでたらめなページを開き、ノートは当然真っ白である。担任教師が呼んでいるが、アキラは気づいていなかった。

 (…堂本さんを止める方法か……)

 今日はどちらかといえば緋李の事を考えていた。机に突っ伏し、シャープペンシルのノックでこめかみのあたりを掻く。考え事のせいで皺の寄った眉間が少し痛む。思い出すのは、幾度か対峙した時の緋李の強い目だった。初めて会った日から意志の強そうな目だと思ったが、今はそれともどこか違う…ナイフのように鋭く、しかしところどころ欠けてしまったような…強いのに、どこか脆さを感じさせる視線だった。

 深く知り合ったわけではないが、彼女が優しい人であることを、アキラは知っている。なら、その優しさを隠して何かしようとしているという本音が視線に現れているのかもしれない。

 (なら、なおさら―――それにつけ入るわけにはいかない)

 「葵」

 (そんなずるいことはできない…よなあ)

 「葵。葵」

 目の前の机を、丸めた教科書で軽く叩かれた。その音でアキラはやっと我に返り、目の前にいる教師を見上げた。

 「授業中だぞ」

 「…はあ」

 「……聞いてなかったな。あとで誰かにノートを見せてもらいなさい」

 教師はそれだけ言って教卓の方に戻った。英語なのか数学なのか、黒板にはよく判らない文字が並んでいた。教師がそれを黒板消しでさっさと消していく。丁度この日の時間割を全て終えて、終業のチャイムが鳴り、皆が教材をバッグに入れて席を立って教室を出ていく。その間も考え事をしながら、アキラは一人で教室に残っていた。

 すると、スマートフォンの振動音が聞こえた。学校ではマナーモードにしているので、着信音である仔犬の鳴き声は聞こえない。相手は祖母だった。誰もいないので遠慮なく通話した。無人の教室ということに安心してプルも肩に姿を現し、聞き耳を立てる。

 「もしもし、お祖母ちゃん?」

 「ホントだアキラの声だ! アキラ、聞こえる?」

 「えっ誰―――あ、ステラか! 聞こえる聞こえる。オッケー」

 電話の向こうから聞こえたあどけない声はステラのものだ。今日は市役所に行くと言っていたはずだ。ということは、恐らく祖母と雪も近くにいる。祖母に借りたのだろうか、電話というものに初めて触れたらしい興奮が伝わってくる。

 「アキラ、すぐ病院に来て! あの…えっと……そう、ともだち(・・・・)がはこびこまれたの」

 「友達? ステラ、あたし達以外にも友達できたんだ?」

 「んっと―――そうじゃなくて―――あのね…」

 小声で言いよどむステラのもどかし気な声に疑問を抱き、アキラは何のことかと考える。近くにいる祖母に聞こえても怪しまれないような言い方をしているのだと考えたところで、運び込まれた『友達』が、恐らくブライドであろうことに気付いた。

 「判った、すぐ行く。…そっち、ルビアは来てない?」

 「ここにはいないけど、一回会った。…かくれるのでせいいっぱいだった」

 「…そっか。じゃすぐそっちに行くから、一回切るね」

 通話を切ると、アキラは急いで教室を出た。無人の廊下を走り抜け、校舎を出て自転車に乗り、病院へと向かった。夕方の街を行きかう人々とすれ違って病院にたどり着くと、正面玄関にステラがいた。肩に包帯を巻き、シプルゥをしがみつかせ治癒させていた。ルビアとの戦闘での負傷だろう。気付いて手を振るステラに、アキラも手を上げ答えてから駐輪場に自転車を置いて正面玄関から病院に入り、二人でロビーを見回す。雪と祖母、そしてもう一人の少女の姿を隅の席に見つけて二人は歩み寄った。アキラは少女の制服が緋李のそれと同じものであることにすぐ気づいた。リボンは緋李のそれと異なる青色で、彼女を先輩と呼んでいたことから、一つ下の学年だと判る。軽く一礼すると、少女も戸惑いながら礼を返した。

 アキラはプルに頼み、試しに肩越しに顔を出してもらった。ガルナの少女はそれに気づいて一瞬目を向けるが、公衆の面前ということもありすぐに視線を戻した。

 《確定プルね。この子がガルナだプル》

 (うん)

 アキラはガルナの少女の隣に、ステラが雪の反対側の祖母の隣に座った。

 「アキちゃん、この子は?」

 「ん? えーと…そう、友達! 最近知り合ったの、ひまりちゃん達みたいに」

 「あら、そう」

 「紅林(くればやし) (かえで)と申します。自己紹介が遅れてすみません」

 ガルナこと楓は丁寧に祖母に一礼しつつ、本当はほぼ初対面であるアキラ達にも名前を教えてくれた。気の利く子だ、とアキラは感心した。よく見ると体のいたるところが包帯や湿布でおおわれている。どこかにぶつけたのだろうか、とアキラが疑問に思いつつ見ていると、楓はそれに気づいたらしく、祖母とステラ姉妹に尋ねた。

 「すみません、葵さんを少しお借りしてもいいですか?」

 「アキちゃんを?」

 「はい、大事なお話がありますので」

 「ステラ達は一緒じゃ駄目?」

 ブライドのこととなると、ステラ姉妹も興味があるのだろう。二人そろって身を乗り出す…が。

 「申し訳ありません。人のプライバシーに関わることなので」

 「そっか…」

 しょぼんと落ち込む雪を、祖母がなだめる。祖母は二人の手を取って立ち上がった。

 「それじゃ、私達は先に帰ってましょうか。アキちゃんはどうするの?」

 「話が終わったらウチに帰るよ」

 「そう。じゃあお二人でごゆっくり」

 姉妹を連れて祖母がロビーを出るのを見送り、アキラは立ち上がった。楓も立とうとするが、怪我のせいで脚に力が入らないのか、上手く立ち上がれないようだった。アキラは楓の体を支えて立ち上がらせる。

 「脚、痛い? 動けないならここで話しても」

 「ダメです。―――先輩…堂本先輩とジュエルのことですから。一般の人に聞かれては困りますし、何よりあなたにしか話せない事です」

 同じ制服なので面識はあるだろうとは思ったが、話が緋李の事と知らされ、アキラは一瞬だけ驚きの目で楓を見た…しかも自分にしか話せないという。どうにか両方の脚で立ち、楓はアキラから体を離した。

 「…脚、気になりますか?」

 「そりゃまあ…怪我? 入院とかしないの?」

 「先天性の軽い麻痺で、入院するほどではないそうです。杖は…先輩に壊されてしまいましたけど」

 楓の右脚は棒のように硬直し、爪先が不自然に内向き気味になっていた。改めて見ると、座っていた席には代わりの物であろう杖が立てかけられていた。楓は杖を手に取り、行きましょうかとアキラを促す。

 二人は連れ立って、道路を挟んで病院の向かいにある小さな公園にやってきた。幸い二人以外には誰もいない。公園前の自販機でアキラは二人分の飲料を買った。ベンチに座ってアキラが片方の飲料を差し出すと楓は受け取り、礼を言ってふたを開けて一口飲んだ。アキラの膝の上にはプルが座る。

 「とりあえず名前ね。あたしは(あおい) (あきら)、ステラ達に訊いたかな」

 「お名前と、あと青のブライドであることは。葵さんですね、改めまして紅林 楓と申します」

 「ボクはジュエルの精霊のプルだプル。アキラのことはどこの誰にきいたプル?」

 プルが明確に言語で話したことに楓は驚いたらしく、わずかに目を丸くした。

 「喋れるんですね…葵さんのことは堂本先輩からききました。正確には『助けを乞うなら青のブライドに求めろ』と…会えたのは本当に偶然です。あの姉妹らしいお二人に会えたのは幸運でした」

 「そっか…それで、紅林さんのジュエルは?」

 「……先輩に奪われました。あなたを探している途中で」

 後輩のジュエルまで奪ったのか。緋李を放置した末にそこまでさせてしまったことに、アキラとプルは内心で歯噛みした。その一方、緋李が楓にアキラのことを教えたという事実もある。それは彼女の良心だったのか、それともアキラをおびき出す算段でもあるというのか。その時のことを思い出したのか、楓の顔はわずかに曇った。

 「先輩の目的は、残念ながら教えてはもらえませんでした…ただ一つ、助けは葵さんに乞えと言っていたのが気になるんです」

 「どういうこと?」

 「ブライドの中で、わざわざ葵さんだけを指名したことです。名前こそ出しませんでしたけど」

 緋李が、自分のことを言った。ということは、彼女は間違いなく自分を知っている…それだけでなく、自分のことを、何か特別に見ているのだろうか。

 「あなたを、ブライドを助けてくれる人として、信頼してるんだと思います」

 「堂本さんが、あたしを?」

 「はい。…本当は自分が助けてほしいからこそ、そう見てるんじゃないかと、私は思います」

 その言葉はあくまでも楓の推測だったが、アキラ自身の考えと奇妙に一致していた。やはり、優しさを隠して何かしようとしているのではないか。

 そしてそこまで言ったところで、楓はアキラの手を握った。それまで見せなかった切羽詰まった表情で。アキラとプルははわずかに驚くが、真正面から見つめる目には切実な思いが宿っている―――緋李を止めてほしい、という思い。

 「―――お願いです! もし…もし堂本先輩のことを、葵さんも何か想ってくれてるのなら」

 楓は頭を下げて必死に懇願する。

 「あの人を止めてください。先輩は、私が脚のことで困ってる時、いつも助けてくれました。優しい人があんなこと…絶対おかしい…!」

 肩を震わせ涙声で願う楓を、アキラはじっと見ていた。恩人が恐ろしいことをしようとしていることの不安、それを助けられない無力感が楓の声には籠っている。そして自分のジュエルの事を放り出して願う彼女の姿が、アキラの心を動かした。アキラは楓の手を握り返し、顔を上げた楓の目を真正面から見つめながら答える。

 「わかった」

 「葵さん…!」

 「…ただ、あたしもあの人にはいろいろ思うところがあるから、先にその気持ちを整理したい。その後でもいい?」

 楓は何も言わず、一度上げた顔をまた下ろして何度もうなずいた。それにアキラも笑顔を浮かべ、任せろと言わんばかりにうなずき返す。

 もし楓の言葉が真実なら、なおさら緋李を止めなくてはいけない…そのためには、今の何も集中できない気持ちでは緋李に挑めない。そしてこちら側に残されたステラと雪のジュエルの安全を確保する必要があり、更には楓をブライドの仲間達に会わせて情報を交換…やることは多い。

 まず、楓には仲間達に会ってもらわなければいけなかった。

 「紅林さんにはあたしと、あとブライドのみんなの連絡先を教えておくね。あたしに何かあったらみんなに頼って。みんなにもあなたのことは伝えておくから」

 「はい…」

 互いの連絡先を交換し、アキラから楓にブライド達の連絡先のリストを送信。すぐにLINU(ライヌ)でグループと祖母に楓の事を軽く説明する。

 「よしと。あ、ちなみに…集合場所のマンション見てもビックリしないでね」

 「はあ…あ、この住所って」

 「セレブの巣窟。わかりづらいとか移動が大変とかなら、芽衣さんていう人に頼めば、多分…リムジンとかで迎えに来てくれるんじゃないかな」

 「リムジン…ええぇ、庶民には行きづらいじゃないですか…」

 楓は苦笑し、地図アプリで現地の具体的な場所を確かめている。

 「あ、あとさっきの姉妹、血はつながってないけど…二人はあたしのお祖母ちゃん家に住んでて、電話とか持ってないんだ」

 「わかりました。お二人に話があるときはこの、お祖母様のお宅に連絡すればいいんですね」

 「うん。お祖母ちゃんにも説明のメッセージは送っておいたから、大丈夫だと思う。…さてと」

 話しているうちに日が沈みかけ、空が暗い赤紫色になっていた。アキラは立ち上がり、大きく伸びをした。プルが首から下げられたジュエルの中に入る。まだ心がきちんと落ち着いたわけではない…緋李の事だけでなく、小波の事もある。ただ、今は緋李の事を優先しなければならない。

 「…お願いしておいて何ですけど、その…勝算はあるんですか?」

 「勝算? うーん」

 ルビアの戦闘能力の高さは、一端のみとはいえアキラも理解していた。ステラも隠れるのが精一杯だったと言うし、何度か交戦した楓には尚更だろう。だが、勝算云々以前に彼女とは戦わなければならないのだ。ひまりの浄化後にはジュエルを奪いに行くと言われ、晴との戦いの前にはその答えとして待っていることを伝えた。その約束を、今こそ果たさなければならない。

 しばしの黙考の後にアキラは振り返り、楓に笑顔を向けて答えた。その表情が自分でも驚くほどに晴れやかだと判った。

 「勝算の問題じゃないよ!」

 「え?」

 「きっと、あたしはあの人と出会う運命にあるんだ。この青いジュエルが生まれた時から」

 なんの事かとよく判っていない表情の楓を立ち上がらせ、その肩を叩いた。

 「明日にでもみんなと話してみて。きっとみんなあなたの話を聞いてくれる」

 「…わかりました。じゃあ堂本先輩のこと、お願いします」

 「うん…頑張る。あたし頑張るから。まかせて」

 お互いうなずき合い、二人は別れて楓はバス停に、アキラは病院の駐輪場に停めておいた自転車に乗って自宅へと向かった。―――明日は一度、祖母とみんなに話しに行こう。そう思いながら帰路に就いた。



―――〔続く〕―――

ガルナの活躍の無さ…ヘリオールとともにいずれきちんと活躍させたいキャラの一人です。

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