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第四話 「The time of the oath」④

変身ヒロイン百合アクション第四話、完結。

なお今回のエピソードにおいて、特定の業種・企業等に対する誹謗中傷の意思は一切ございません。



 時間はわずかにさかのぼる。ペルテは晴がいる教室にたどり着き、縛られた手にジュエルを握らせた。

 「ペルテ、大丈夫だった?」

 「うむ。今サフィールどのに助けていただいたモフ」

 「葵さんが…」

 「…おハルさん。そろそろ決断の時だモフ」

 ペルテがそう言った直後、二人の姿は消え去って晴の手足を縛っていた針金だけが残された。

 目を開けると、そこは見たことも無い空間だった。空気はどこまでも澄み、群青色の夜空には無数の星が輝いて、淡く明滅する深緑色の宝石の柱が無数に並び立っている。足元は磨き抜かれた同じ色の大理石の床。柱の輝きのおかげで視界は明るく、自身や目の前に浮かぶペルテの姿がはっきり見えている。

 「ここは…?」

 「精霊との契約を行う空間だモフ。そうか、おハルさん達はジュエル側からの強制契約のようなものだから」

 「ここに来るのは初めてだわ。精霊と契約したということは、葵さんもここに来たのかしら…」

 無数の柱が並ぶ果ての無い空間をしばし見渡すと、晴はペルテに向き直った。

 「―――おハルさん、どうするモフ?」

 晴はペルテの言葉を聞いて少しだけためらった。ペルテは言外に、変身して脱出するか、アキラを助けて今後も共に戦うかを選べ、と問いかけている。

 未だに彼女を踏みとどまらせているのは、自分にそれだけの資格があるのかということだった。浄化される前はブライド脱落のための行動とはいえ、自身に冷徹な面があることを思い知らされた。ジュエルの浄化能力が無いことを含めても、果たしてアキラのように浄化のためだけに戦うことが、自分にできるのか。

 迷う晴の頭を、ペルテがもふっと撫でた。

 「ヘリオールどのは次からと言ってくれたモフ。それにおハルさん自身、浄化のことを真っ先に考えていたモフ」

 「真っ先に…」

 モルガナスを発見した時のことだ。その後、アキラは「自分の考えをわかってくれたようでうれしい」と言ってくれた。

 「……私にできると思う?」

 「おハルさん次第モフ。もし戦うのならワガハイ達が支えていくし、戦い方はサフィールどのと一緒に考えるのがいいと思うモフよ」

 「一緒に…」

 ペルテは鷹揚にうなずいた。

 晴は右手に握っていた緑色のジュエルを見つめる。そうだ、自分だって少女たちを『マリアージュ・サクリファイス』から遠ざけようとしていた。精霊の存在やサフィールの浄化能力を知らなかったことで強硬な手段に出たが、今ならアキラ達がいて、精霊がいて、サフィールの浄化能力がある。必要なのはこれから自分がどうしたいか、どうするかだけだ。

 見つめていたジュエルを握りしめて、晴はペルテを正面から見つめ、宣言する。

 「ペルテ、改めて契約を! 私に力を貸して!」

 「うむ。かしこまったモフ!」

 握手の後、晴が握りしめているジュエル、そしてそれにつられるように周囲の宝石の柱が輝きを放った。誓いの言葉が胸の中に浮かぶ。それを悟り、ペルテがうなずいた。晴は息を吸い、右の拳を高く掲げて叫んだ。


 「―――エンゲージ。 『プリマ・エメルディ』!!」


 晴の全身が光り輝き、身にまとっていた学生服が深い緑色のドレスに変わる。上半分が体にフィットし、レースのスカートが熱帯魚のヒレのようにたなびいて広がった。手の中でジュエルは宝石の花束に変化している。投げ上げると上空で砕け散り、無数の宝石のかけらになって、渦を巻いて晴の体に降り注いだ。その間にドレスのスカートは腰から腿を覆うホットパンツへと形を変えていた。

 足元から晴の全身を覆っていく宝石が、ブーツ、ハイソックス、ジャケット、プロテクターへと変わる。左の手には大弓が現れた。一度閉ざした目を再び開くと、髪と瞳の色がジュエルと同じ深い緑に変わる。

 開いた右の手のひらを胸の前に掲げると、閃光とともにジャケットの胸元に緑色の宝石が現れた。


 そこには新たな契約を果たし、生まれ変わった「プリマ・エメルディ」がいた。その瞳から迷いは消え、澄み切ったエメラルド色に輝いている。


 「行きましょう、ペルテ!」

 「うむ!」

 ペルテが光の玉となって胸のジュエルに飛び込む。目の前に現れた門が開くと、エメルディはそれをくぐり抜け、現世へと飛び出した。



 モルガナスがサフィールの胸のジュエルめがけて貫手を突き下ろした、その瞬間。廊下の天井近くに門が現れ、その中からエメルディが飛び出した。エメルディは想定外の状況に唖然とするモルガナスを跳び越えると、後ろから抱え上げ、背後に大きく反りながら床にたたきつけた。芸術的なジャーマンスープレックスが見事に決まり、床が振動した。

 「ぐへぇっ!!」

 モルガナスの喉からつぶれたカエルのような声が漏れる。体の位置をうまく調節したことで、モルガナスは後頭部ではなく背中から床に激突していた。エメルディはすぐさま起き上がり、サフィールを助け起こした。エメルディがパワフルな戦い方をすることは先日知っていたが、まさかいきなりプロレス技を使うとは思わず、サフィールは半ば呆然としてエメルディの顔を見た。

 「み…緑川さ……?」

 「喉をやられたのね」

 「うん…」

 モルガナスの盾での打撃を受けたことで気管が傷ついたのか、アキラの呼吸は荒く苦し気だ。その肩を軽く叩いてエメルディがほほ笑む。

 「すこし時間を稼ぐわ。何をしたらいい?」

 「とりあえず、あの滑る盾さえ何とかしてくれれば…」

 「わかった。呼吸が落ち着いたら来て」

 軽く肩を叩いて、エメルディは立ち上がったモルガナスに向かっていった。サフィールはプルに頼んで喉を治療してもらう。途中、プルがサフィールに問いかける。

 《エメルディ、一緒に戦ってくれるのかな?》

 (うん。目に迷いが無かったし、あの子がケガをしないようにしてくれた)

 《すごいジャーマンだったけどね…そっか、良かったプルね。頼もしいプル》

 サフィールの喉が少しずつ癒えていく間、エメルディは弓を薙刀のように振り回してモルガナスと戦っていた。袈裟懸けに振り下ろした弓は盾の丸みで受け流され、あらぬ方向へと滑らされる。金属の盾の表面に摩擦で火花が飛び散り、一瞬両者の顔を照らした。続けて水平に振るった弓をモルガナスはしゃがんで避けるが、大弓の長さを利用されたことでわずかに距離が開き、踏み込もうにも踏み込めないでいる。振り抜いたタイミングでバネ仕掛けのような勢いをつけて跳躍、低空の飛び蹴りを狙うが、エメルディは蹴り足を空中でつかみ槍投げのように放り投げた。モルガナスは床に激突する直前に宙返りし、危なげなく着地する。しかしその表情には警戒が色濃く浮かんでいた。

 両者とも、この短い応酬で決定打となる一撃を出すことの困難さを理解した。肉弾戦に特化したモルガナスにとって、技量と膂力を両立したエメルディの戦闘能力は油断ならず、迂闊に踏み込めば強烈な返し技を受ける恐れがある。一方でエメルディにとってはモルガナスの柔軟性、頑丈さ以上に受け流すことに特化した形状の盾は破壊力を十二分にそぎ落とす障害となる。

 エメルディはちらりとサフィールの方を見た。先ほどよりも幾分か表情に余裕が出てきている。それを見た瞬間、やることは決まった。大弓を真正面に構えなおし、突進しながら垂直に振り下ろした。

 「ふぅンッ!!」

 すさまじい腕力で振り下ろされる大弓をモルガナスは盾で受け、受け流した。威力は減衰させたがそれでも左腕がしびれ、一瞬だけ動きが止まってしまう。だが弓の一撃は弾いた。そして反撃しようとして―――エメルディの両手が盾を掴んだのが見えた。弾いたのが弓だけだったと理解した時にはもう遅く、エメルディは自動車のハンドルのように盾をひねり、耳障りな金属音を上げて根元からねじ切ってしまった。先日サフィールに対しても用いた手法で、弓の一打から素手の攻撃への切り替えだ。タネがばれやすいので一度の戦闘で多く使える手段ではないが、虚をつく戦法として有効だったようだ。

 「なっ…なんだとォ!?」

 「葵さん!」

 盾を投げ捨てたエメルディを飛び越え、喉を回復させたサフィールがモルガナスの前に着地した。ほぼ同時にエメルディは弓を再び掴んで後方へ大きく跳び、銀色の矢を右手に出現させると弓につがえ、引き絞る。サフィールが肉薄しながら出す左右のフックをモルガナスは時に体をかわし、左右の手で受け流しながら回避するが、少しずつ後ろに追い詰められていく。一見すると当てる気の無い拳は、大振りながらもかなりの速さで出され、サフィールがほぼ目の前にいることもあって、モルガナスは迂闊にカウンターを出せずにいる。両手で受け流してもサフィールの膂力は如何ともしがたく、少しずつ痛みが増していった。

 幾度目かの拳を捌いた所で、サフィールは大きく振りかぶって左のストレートを出してきた。振りかぶる大きな動きに合わせ、好機とばかりにモルガナスはサフィールの左の眼球をつぶそうと貫手を突き出す。が、サフィールはそれを読んでいたかのように拳を止めてしゃがみこみ、貫手を避けた。渾身の一撃を回避されたモルガナスの顔が焦りにゆがむ。その直後。

 「跳んで!!」

 背後から飛来した矢を、サフィールはほぼ真上に跳んで回避した。虚を突かれたモルガナスは、しかし直撃する寸前で上体を逸らして矢を回避した。矢が廊下の突き当りに刺さって壁を破壊したのを見届け、体を起こした、まさにその時。

 胸のジュエルに金属質の物体が接触するのを感じた。

 「―――あ」

 「ピュリファイア―――…」

 いつの間にか着地していたサフィールの胸のジュエル、そしてモルガナスの胸の宝石に触れたガントレットが強烈な閃光を放つ。踏み込み、拳を振り抜きながらサフィールが叫んだ。

 「フラァッシュ!!」

 青い閃光がピンクのジュエルを貫くと、モルガナスの背後に吹き出た黒い霧が悪魔の形相を作り、断末魔の叫びのごとき音を上げて消えた。モルガナスは両目を閉じ、膝を突いて倒れこむ。サフィールはその体を支えてジュエルを覗き込んだ。ジュエルの中から黒い濁りは消え去っていた。気を失ったモルガナス自身の表情もだいぶ安らいでいた。その体に傷や痣が残っていないのを確かめ、サフィールはやっと体の力を抜いて、大きく息を吐いた。

 「あ~~~~~…やっと終わった。緑川さん、ほんっとありがとう! すっごく助かった」

 「なら良かったわ。私の方こそ、助けてくれてありがとう。ペルテも一緒に助けてもらったし」

 「うむ。まこと感謝のきわみモフ」

 ペルテがジュエルから出てくると、エメルディの姿は学生服を着た晴に戻った。サフィールも同じくアキラの姿に戻り、肩にプルを乗せる。

 「とりあえず、この子をどこかに運ぶプル」

 「うん。こんなホコリだらけの床に寝かせておけないしね…緑川さん、ちょっと手伝って」

 「ええ」

 気を失ったモルガナスを二人で抱え、手近な教室に入った。机と椅子もわずかながら埃をかぶっていたので、汚れていない箒を掃除用具箱から選んで埃を払い、モルガナスをゆっくり座らせた。

 アキラは隣に座り、晴はスマートフォンを取り出して誰かに電話をかけている。気付けば日が沈んでしまい、校内はすっかり暗くなっていた。教室の隅にある照明のスイッチを押してみたが、とうに電気は通らなくなっているのか照明は点かなかった。少し考え、アキラは首に下げたジュエルを掲げた。

 「プル、宝石光らせてくれる?」

 「わかったプル」

 ジュエルが青く光り、懐中電灯を点灯した程度には周囲が明るくなった。そのまま再びモルガナスの隣に戻り、淡い光に照らされたモルガナスの顔を見た。どこか見覚えがあるが、髪の色のせいか今一つはっきりと思い出せない。つい最近、何なら本当に今しがたというほど最近見たような気はするのだが。

 電話を終えた晴は、ペルテを膝にのせてアキラの向かいに座り、同じようにジュエルを発光させた。モルガナスを無理に起こさないよう、二人ともお互いの顔が見える程度まで明度を落とす。その程度の照明のなかでも、アキラの頬がはれ上がっているのが晴の目にははっきり見て取れた。モルガナスの盾で殴られた時のものだ。

 「相当痛かったんじゃない? これ」

 「うん…まあいつもよりはマシかな。それに事故みたいなものだしさ」

 晴が自分の顔の頬を指すと、アキラも自身の腫れた頬に触れ、イテテと声を上げてすぐに指先を離した。

 「軽く考え過ぎ。そのうち精霊の治癒じゃ追い付かなくなって、顔面ボコボコのキノコ人間になるわよ。好きな人にそんな顔で告白できる?」

 「………  無理!」

 「でしょう。…でも、相手は呪いのせいで完全に凶暴化してるものね…」

 「相手は本気で殺しにかかる、こちらは加減せねばならぬ。難しい所モフ」

 四人がどうしたものかと額にシワをよせたところで、モルガナスの睫毛が震えた。唇から小さなうめき声が漏れ、ゆっくりと瞼を開ける。体を起こして周囲を見渡し、ぼんやりした瞳で二人を見つめた。

 「あ、起きた?」

 「あの……   ―――っっ!!」

 途端、モルガナスは椅子から離れた。その目は見開かれ、今にも泣きだしそうに濡れている。

 「なっ…なんで、なんでアタシここにいるの!? アナタたち……、誰…ぁあっ!!」

 周囲を見回してからアキラと晴の顔を見ると、混濁していた今までの記憶がはっきりとよみがえったのか、うずくまって己をかばうようにして自分の体をかき抱き、恐怖に震え出した。

 「いや、いや、いや、いや…来ないで、来ないで…」

 「―――大丈夫だよ!」

 アキラは座り込んでモルガナスの手を握った。その温度と真摯な声の優しさに震えが止まる。じっと見つめるアキラの目を、モルガナスも見つめ返した。

 「大丈夫。あなたを傷つける奴はここにいないから。怖がらなくていい」

 「……いない…ホント…?」

 「うん」

 ジュエルの光の中でアキラの言葉を聞き、しばし目を見てからモルガナスの少女は体の力を抜いて、床にぺたんと座った。その頭をアキラの手が優しくなでる。それですっかり安心してしまったらしく、モルガナスの両目から涙がポロポロとこぼれだした。しゃくりあげ、涙をぬぐいながら訴えるように言葉を漏らす。

 「こ、怖かった…宝石から変なケムリが出て、アタシの頭の中に入ってきて…いじくりまわされて……」

 「うん」

 「心が…心が全部こわされちゃいそうで…怖かった……」

 「そっか…もう怖い物は無いからね」

 泣きじゃくるモルガナスをアキラは抱き寄せ、背中や頭を優しくなでてやった。晴とプル、そしてペルテはその様子をしばし眺めていた。

 晴はアキラがブライド達を仲間にできたことに納得した。アキラは時に相手を真正面から見つめ、時に包み込むように手をつなぐ。ジュエルを浄化するだけでなく、呪いから放り出された…あるいは抜け出そうとするブライドを真摯に、全身で受け止めようとして、そして友達になってしまうのだ。そういう人間だからこそブライドを救うという発想ができ、そして実行に移せるのだろう。

 泣きじゃくるモルガナスをなだめるアキラは、彼女自身が昔絵本に対して抱いた「何でこの人、他の人と友達にならないんだろう」への回答を自ら体現しているとも言えた。と、晴のスマートフォンが鳴った。相手はひまりだ。電話に出て、何かを確認するようにうなずき、返答する。そしてすぐに切った。

 「葵さん、みんな近くのファミレスに来てくれてるって」

 「わかった。じゃあプル、いつものお願い」

 「まかせてプル!」

 プルはふよふよとモルガナスの前まで漂い、胸に輝くピンク色の宝石を丸っこい手で軽く叩くと、中から光りの玉が出てきて動物の姿をかたどった。その動物は学生服姿と栗色の髪に戻ったモルガナスの少女の左肩にしがみつく。丸く大きな耳、これもまた丸い鼻、小さな手でしがみつくその姿。ピンク色のコアラだった。

 「コアラ…?」

 「よろしくっピ。精霊のピッキィだっピ!」

 「あ、うん…」

 驚きに目を丸くするモルガナスの少女に向け、ピンクのコアラが軽く手を挙げた。少女はコアラ精霊の手に右手で触れた。すぐには慣れないようで、まだ握手にはためらいがある。しかしピッキィは気にせず、少女の右手に頬ずりした。柔らかな毛並みの心地よさに少女もリラックスしたらしく、幾分か表情が和らいだ。

 「じゃ行きましょうか」

 「うん。行こう」

 「あ、ハイ」

 三人と精霊たちは連れ立って校舎を出た。校門があった場所に停めた自転車をアキラが押していき、晴がスマートフォンで地図を見ながらひまり達が集まっているというレストランに向かった。窓の外から店内を見ると、既にひまり・菫・伊予が奥の席に座ってドリンクを飲みつつピザを食べながら話していた。もちろんそれぞれの肩や膝の上には精霊たちが座っている。モルガナスの少女はその光景に驚いた。ひまり達は外にいるアキラ達に気付き、軽く手を振った。アキラは手を振り返しつつ、驚いたモルガナスの少女にフォローを入れる。

 「みんなあなたと同じだよ」

 「アタシと、同じ…?」

 「そうよ。葵さんがジュエルを浄化したの」

 三人は店内に入り、ひまり達がいる席へと向かう。と、伊予がモルガナスの少女の顔をみて目を見開き、立ち上がった。

 「お前―――え、お前モモ!?」

 「イヨちゃん!? わあ、すごい! 久しぶりだ!!」

 お互いの顔をみて驚く伊予と、モルガナスの少女ことモモ。精霊も含め、二人以外の全員が二人を見比べる。

 「どういうことよ?」

 「小学校の時に一緒のクラスだったんだよ。こいつは桜嶋(さくらじま) (もも)。今確か…」

 「あっ、読モのMOMO.さん!」

 菫の問いに伊予が答えて桃を紹介している最中、ひまりがその顔を見て勢いよく立ち上がる。どうやら彼女もファッション誌を読んでいるらしい。周囲の客がその声を聴いて振り向くが、ひまりは両手で口を閉ざし、こっそりと座り込んだ。アキラもやっと変身を解除した彼女の素顔を見て、桃が先日弟に押し付けられた雑誌のモデルのMOMO.だと思い出した。

 「あ、そっか何か見たことがあると思ったら! …有名人がブライドにって、それ大丈夫なの?」

 「それは……」

 その話を始めた途端、桃の顔は暗くなった。何かあるらしいと全員が察する。アキラ達は座席に座り、追加でドリンクバーを注文すると、アキラがカフェオレ、晴はストレートティーを持ってきて、桃には炭酸のアップルジュースを渡す。ちなみにひまりはオレンジジュース、菫はコーラ、伊予はミルクティーを飲んでいる。

 桃の肩にしがみついていたピッキィは、よじよじ下りて他の精霊と遊び始めた。小動物が戯れる姿は大変愛らしいが、桃はそれを見ずに重い表情でうつむいている。その様子を見てアキラが尋ねる。

 「桜嶋さん、調子悪い? 迎えに来てもらう?」

 「いえ…いいです」

 「いいって事は無いだろ。家の電話番号変わってないよな? すぐに―――」

 「ダメ!!」

 桃は叫び、電話をかけようとする伊予の手を掴んだ。その剣幕に驚いた伊予は思わず手を止めるが、すぐにスマートフォンをバッグにしまい込み、身を乗り出して桃の顔を覗き込んだ。

 「…理由、聞かせてくれるか?」

 「……―――アタシ、帰りたくない」

 ギョッとして、桃以外の全員が顔を見合わせる。

 桃アキラとひまりを交互に見ると、訥々と語り始めた。

 「アタシの写真、見てくれたんだよね。すっごいつまらなさそうな顔してたでしょ」

 「……うん。イヤそうな顔してた。何かあったの?」

 「モデルなんてやりたくない」

 意外な言葉に、アキラは驚いて口をつぐむ。だがそれが彼女の本音だというのなら、あの写真の暗い表情も納得というものだ。ひまりも思い当たったのか、うなずいている。桃は話をつづけた。

 「アタシはライターになろうって思って、アルバイトから始めようとしたんだけど。それで文章の書き方とか、写真の撮り方とかもいっぱい勉強して、投稿もして…そしたらママが読モもやってみたら、って…勉強だって思って履歴書を出しちゃったんだけど」

 「全く嫌だ、っていうわけではなかったんですね?」

 「うん。でも…」

 胸の中の澱みを吐き出すように桃は言う。その手をピッキィがやさしく握った。桃はピッキィの額を指先で撫でる。

 「スタッフの男の人たち、最初は普通に話してたんだけど…体さわってきたり、男の人ばっかりの飲み会に連れて行こうとしたりして…」

 「えぇ…それ犯罪じゃない? 警察に通報はしなかったの?」

 「した。それで出版社の方にも言ったんだけど、全然やめてくれなかった」

 菫の問いに答えると、桃は唇をかみしめ、苦しげに吐き出した。

 「もう、気持ち悪くて…なのに、クラスの女の子は美人はいいよねとかひがみっぽいことばっかり言うし、担任の先生なんか真面目に聞いてくれないし、男子なんかデリカシー無いから言えないし。パパとママまで、仕事なんだから我慢しろって。誰もアタシの言葉を聞いてくれない…だから、アタシ……宝石にお願いしたの」

 「何をだよ?」

 「……消えてなくなりたいって」

 桃の両目からまた涙が零れ落ちた。

 どれだけ苦しい思いをしていたのか、涙は次から次にテーブルにこぼれた。ここで言葉にして吐き出せなかったら、この涙さえもどす黒い日々に飲み込まれてしまっていたのだろう。ひまりが横からハンカチでその涙をぬぐうと、桃はされるがままにして吐き出し続ける。

 「そしたら今度は、宝石から出たケムリが頭の中をいじくりまわして…『他のブライドのジュエルを集めろ』『サフィールのジュエルだけは絶対に壊せ』『そうしたら願いを叶えてやる』って…」

 「そっか、それであたしのジュエルを…」

 「…アタシは記者になりたかっただけなのに。何でっ、それだけでここまでっ、されなくちゃいけないの…!? もうやだぁ……!」

 桃は顔を伏せ、ついに声を上げて泣き出した。ピッキィがその髪を撫で、周りのメンバーは沈痛な面持ちでその光景を見守っている。

 味方が誰一人いない中で、追い詰められた末にそこまで願った彼女にかける言葉を、ここにいる誰一人として持ち合わせていなかった。桃の凄惨な心の内を思い、誰もが瞳を背ける。周囲の客も状況を察してか、冷やかしたりのぞき込んだりする者はいなかった。いたたまれずに店を出ていく者も何人かいる。このまま全員が黙って、時間だけが過ぎるかと思われた―――その時。

 アキラが桃の肩に手を置いた。

 「あたし、あなたが撮った写真見たよ。別の雑誌で」

 「……」

 「廃校になった校舎の写真。すごく綺麗だった。さっきのあの学校、だよね?」

 桃はアキラに問われ、涙で濡れた顔を上げた。ぐしぐしと目元をこすって涙をぬぐい、答える。

 「うん…アタシとイヨちゃんが通ってた学校。大好きな学校だったの」

 「そか」

 アキラは両手を桃の肩から手に移し、優しく包み込む。

 「あたし、もっとあなたの写真を見たい」

 「え…」

 「消えてなくなるなんてダメだよ」

 アキラの笑顔に真正面から見つめられ、桃はしばし呆然とする。まばたきを何度かすると、泣き続けて震える喉でアキラに訊き返した。

 「…いいの? いなくならなくて、いいの?」

 「もちろん!」

 「……―――っっ!!」

 桃はアキラの両手に縋りついた。またテーブルの上に涙をこぼしながら、ありがとうと言おうとして言えずにしゃくりあげる。だが、今度のそれは安心と喜びの涙だった。アキラは自分の手が濡れるのもかまわず、桃のしたいようにさせていた。その横から伊予が桃の頭をなで、ひまりが背中をなで、菫は何もしないが穏やかな表情で見ている。精霊たちも次々に桃の頭や肩を撫で始めた。

 「モモっピがいなくなったら、あたちだってイヤだっピ…ねえモモっピ、何かもっといいやり方、考えよ?」

 「うん…そだね、いなくなるお願いなんてダメだもんね。ありがとね、みんな、ありがとう…」

 ピッキィに頬を撫でられ、桃はやっと言葉にしてアキラ達に感謝した。



 冷めたピザを食し終えたところで、アキラ達は解散した。

 ちなみに今日のところは桃は伊予の家に泊まることにしたようだ。伊予がひまりと菫を無理やり誘い、菫が家で原稿を描くからと断ろうとすると、今度はひまりが桃にも見せてやってほしいと菫に頼んだところ、桃も見てみたいと言い出した。結果、菫は泊まりで原稿を描くことになったらしい。楽しそうな四人とそれぞれの精霊たちを見送り、アキラと晴も家路につく。

 「良かったわね、桜嶋さんが元気になってくれて」

 「うん」

 「…じゃあ葵さん」

 自転車を押すアキラの横に並び、晴は手を差し出した。アキラは差し出された手と晴の顔を見比べ、その意図を理解すると、花のようにパッと笑った。

 「これから一緒によろしく」

 「―――うん!」

 握手する二人。晴の胸の内に、別れ際に伊予に言われた言葉が胸に去来した。


 ―――モモを助けてくれて、ありがとな―――


 アキラの願いが、晴にとって阻まねばならぬ野望となるのか、共に目指すべき道標となるのか、今の時点ではわからない。だが晴は失いたくなかった。まだ見ぬブライド達にとっても、恐らく大きな希望となるであろうアキラのことを、晴は失いたくなかったのだ。



 翌日は休日となり、昼過ぎにアキラは晴に呼ばれて公園のベンチに座っていた。隣に座る晴から桃のその後の状況を聞くためである。二人の間ではプルとペルテが寝そべり、ウトウトしながら日向ぼっこをしていた。アキラの方は、昨日の夕方から二人分の荷物を持って数時間コンビニ前で待ち続けた小波に文句をグチグチ言われた末、お詫びのしるしにと今しがた昼食をおごってきたところだった。その結果、今のアキラの財布はスカンピンである。

 晴はアキラにスマートフォンを差し出し、画面に映ったネットニュースの記事を見せた。

 「まさに急転直下だったのよ。ほら見て」

 「―――あ、これって!」

 桃の写真が掲載されていた雑誌のスタッフが、強制わいせつ罪で逮捕されたというのだ。どうやら複数人のモデル…恐らく桃も含まれている…から警察に通報があったらしい。雑誌が今後も発売するかどうかは伏せられていた。

 そして、それを知った桃の両親は娘を危険な目に合わせ続けていたことをやっと理解し、涙ながらに謝ったという。結果として一家は仲直りし、元々希望していなかったモデルもすっぱりとやめたそうだ。

 「これからどうするって?」

 「別の出版社でアルバイトのライターを始めるんですって。会社は小さいけど、スタッフはしっかりした人たちらしいわ」

 「そっか、良かった。…そうだ、そもそもの『火山弾』ってアカウント。アレは何だったんだろう?」

 「黄川田さんが送ってくれたあれね。あれは―――」

 晴がスマートフォンをバッグにしまいつつ答えようとしたところで、足早に駆ける足音が聞こえた。自分の方に向かってきているらしいと気づき、アキラは足音の方を向く。そこには、手を大きく振りながら走ってくる桃がいた。

 「ア~~~キ~~~ラ~~~、ちゃーんっ!!」

 走ってきた勢いのままに桃はアキラにしがみ着き、思い切り抱きしめて頬ずりした。

 「むぎゅぎゅぎゅ。げ、元気そうで良かった」

 「えへへへ~、アキラちゃんたちのおかげだよ! すりすりすりすりすりすり」

 ひとしきりアキラの頬を堪能すると、桃は隣に座った。

 「実は今、バイト先の雑誌の次の次の号あたりに記事書いてみないかって言われてて。前に投稿した時の記事、編集長が憶えててくれててね。もしかしたら載るかもしれないんだよ!」

 「すごいじゃん! 楽しみ!」

 「ペンネームも決めてもらったんだ。『ボルケーノ桃子』っていうの」

 「七十年代女子プロレスラーのリングネームみたいね…」

 ネーミングが桃自身によるものかスタッフによるものか判らないが、それで了承したとなればやはり桃のネーミングセンスは独特と言って差し支えないだろう。発端となったFacedogのアカウント名にしても正直ダサいと思ったが、晴は敢えて言わずにおいた。桃が気に入っているならそれが一番良いのだ。そこでアキラが気付く。

 「ボルケーノ…火山……あ、もしかして『火山弾』て」

 「うん、アタシ! 苗字が『さくらじま』だから火山弾! まああっちのアカウントは消しちゃったんだけど」

 「そうなんだ」

 「これからは雑誌の公式SNSに書かせてもらえるからね。それでさ、アキラちゃん」

 桃はアキラの手を取り、キラキラ光る宝石のような瞳でアキラの目を真正面から見つめた。どうも先ほどの抱き着き頬ずりといい、この桜嶋 桃という少女は結構押しが強いようだ。コミュニケーション能力が高いというか、人懐っこいというか。その距離の近さと勢いにアキラはたじろぐ。

 「な、なに!?」

 「アタシの記事、お店の開店情報にする予定なんだけど、その写真でモデルやってみない?」

 「………っはぇあたしが!?」

 アキラは仰天して目を見開き、しばし桃の顔を、そして振り向いて晴の顔を見た。晴は肩を軽くすくめ、楽しそうに事の成り行きを見守っている。二人の声に目が覚めたのか、プルとペルテが起き上がってアキラの仰天した表情を見ていた。

 「っむむむ無理むりムリむり無理! あたし顔も体形もふつうだもん、モデルさんみたいにカッコ良くないもん!」

 「そんなことない! アタシを助けてくれたアキラちゃんは、世界一カッコイイ!」

 「これはいったいどういうことプル…?」

 「モデル勧誘よ。私はいいと思うけど」

 半分寝ぼけ眼で混乱しているプルに、晴は他人事のように(本当に他人事なのだが)説明してやった。続けてモモが身を乗り出し、ピッキィと共にプルに尋ねる。

 「ねねっ、プルちゃんもそう思うよね! アキラちゃん、世界一カッコイイよね!」

 「あたちのモモっピが言うんだから間違いないっピ! ねえプルっピ!」

 「返答はいたしかねるプル」

 ボクは知らないよ、とばかりにプルはプイとそっぽを向いた。ちなみにペルテは最初から知らん顔をして、晴の膝の上で再びうたた寝を始めている。結構大きな桃の声量で起きない、なかなかに深い昼寝であった。

 「いやちょっ…見捨ててんじゃあないよ! だいたい何であたし!?」

 「アキラちゃんが喜ぶから勧誘してみろ。ってイヨちゃんが」

 「あっ…」

 伊予の名を聞いてアキラはすぐに察した。

 (この間メッタメタに褒めまくったお返しだな…)

 「ねーねーアキラちゃん、やってみてよモデル! 絶っ対いい写真撮れるから!」

 「あっちょっもぉ、だから無ー理ぃー!」

 耐えられなくなってプルを抱き上げつつ逃げるアキラ、肩にピッキィをしがみつかせながら逃してなるものかと追いかける桃。晴とペルテは、とても穏やかな目で両者を見ていた。

 「呪いを解くっていうのは、ブライド自身の心も救うということなのね。…ペルテ、私にもできると思う?」

 「おハルさん次第モフ。でもその気持ちがあれば、おハルさん自身がジュエルの呪いを解くこともできる…かも知れぬモフ」

 うなずくペルテの言葉に晴自身もそう思った。

 あるいは、精霊と双方の合意に基づいての契約を済ませた今なら、そして…ジュエルが浄化されてアキラのそれと同質になっているのなら、自分にもできるのではないか?

 誰へとも知れぬその問いかけは、少女たちの呪いを解く戦いへの、新たな希望になる…かも知れない。



―――〈ジュエル・デュエル・ブライド:第四話 「The Time of the oath」 END〉―――

前書きの補足になりますが、今回の新キャラクターは「一見成功しているけれど実は心身ともに追い詰められた」人です。現実にこんなことはそうそう無いと思いますが・・・

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