第四話 「The time of the oath」②
変身ヒロイン百合アクション第四話、続きです。
帰宅して自室に荷物を置いた途端、アキラのスマートフォンから仔犬の鳴き声…着信音が聞こえた。電話に出ると、ひまりの緊迫した声が聞こえた。
「黄川田です。葵さん、今ネットニュース見られます?」
「あ、うん。ちょっと待って…」
アキラは一階に降り、リビングにある家族共用のデスクトップPCの電源を入れてログインした。ちょうど台所から母の声が聞こえた。何と言っているか判らなかったのでとりあえず返事をしておくと、「はいお茶」とほうじ茶の入ったマグカップを持ってきてデスクにおいてくれた。先ほどカフェオレを飲み終えたばかりなのだが、ありがたくいただくことにする。
「パソコン立ち上げた」
「どこでもいいのでニュースサイト見てみてください。今トップに出てるはずです」
「うん」
ブラウザを起動してニュースサイトを検索。サイトを開き、トップページの記事を読む。夜の空に黒い小さな影が浮かんでいるようにしか見えない写真だったが、その付近の建物には見覚えがあった。―――エメルディと戦った場所、立体駐車場と付近のビルだ。写真はそれを下から見上げるような確度で撮影されており、影は二人の人物が組み合って落下している最中と見られた。あの場には他に誰もいなかったはずだ。つまり、エメルディとの戦闘が撮影されたということだ。
「これ…」
「はい。わたし達が来たときはだれもいなかったんですけど、撮影してからすぐに避難したのかもしれません」
「…あたしが迂闊だった。他のブライドがいないかは探ったんだけど」
「ボクも思い至らなかったプル…」
プルが顔を出し、アキラと一緒に電話の向こうのひまりに答える。
「あの時点では確かに周りに人がいなかったですし、それは仕方ないです…」
「うーん…どうしたものかな」
「この記事の元の写真、Facedogの投稿にあったんですけど、『火山弾』っていうアカウントです」
「かざんだん」
「あとでURL送りますね。その人の他の写真も見たんですけど、近くに住んでる人だと思うんです」
撮影場所は先日の公園のあたり…最寄り駅付近で、そこそこ大きな駅の周辺にそこそこ大きいショッピングモール、そしてエメルディと戦った大きめの立体駐車場、あとは駅近くのタワーマンションやビジネス街・繁華街等がある、都心のすぐ近くだった。現地の会社員や観光客が来ると言えば来る場所だ。だが、ひまりが言うには別の投稿写真には地元の高校付近のカフェ、ショッピングモールや百円ショップ、制服姿の友人が写っていたという。
「藤井さん達にも見てもらって、他の写真の撮影場所と学校は特定できました」
「なるほど。…まさか、個人特定とか自宅に突撃までしたとか?」
「そ、それは多分まだ…の筈です。多分」
戦闘前に周辺を確認しなかった自分もだが、身元がバレる可能性がある写真を写している『火山弾』も迂闊と言えば迂闊だ。ひまりの不安そうな声が、菫達が個人の特定に動いている可能性を示唆している。
「せめてアキラが動くまで待つようにお願いしてほしいプル…」
「……で、できるだけのことはしてます」
「そこんとこどうかお願い…ブライドからネット犯罪者とか出るのは勘弁してほしい」
「はい…ただ、向こうは葵さんの顔を見ている可能性はあります」
ひまりの言葉に血の気が引いた。なるほど写真にこそ写らなかったが、現地にいたのなら撮影以外のタイミングで顔を見られた可能性はある。さらに近所に住んでいるのが事実だとすると、通りすがったり街中ですれ違ったりして、変身前の姿を見られた可能性もある。
「なので、葵さんは周辺に注意してください。できれば放課後は他の誰かと行動して、もしそれらしい人を見つけても迂闊に追いかけないように」
「わかった…」
「…っていうのは、朱見さんが言ってたことでして」
「朱見さんが?」
「葵さんは危なっかしいからって」
先日伊予を助けた時、伊予にこそ怪我はなかったもののアキラは額から流血、さらには肩を貫通されたにもかかわらずへらへら笑っていた。それを見れば誰だって危なっかしいと思うだろう、ましてガラが悪いフリをしても本音は優しい伊予が言うなら尚更だ。こうやって釘を刺されでもしない限り、自分でもそんな迂闊な行為に走りそうな気はしていた。プルと顔を見合わせると、アキラは申し訳なさそうな表情になった。
「うん。気を付ける」
「…朱見さんだけじゃなく、藤井さんに緑川さんに、あとわたしも心配してるんですからね。それに葵さんがいないと、今後ジュエルの浄化はできませんし」
「わかった。ありがとね」
アキラがそう言ったところで通話は終わり、電話を切った。直後にLINUのメッセージでひまりから『火山弾』のFacedogのURLが送られてきた。お礼の返信を送り、改めてサフィールとエメルディを写した写真を見る。
一見するとただの影だったが、ところどころが光っている…恐らくブライドが装備する肩当てや手甲などの鎧に街灯の光が反射したのだろう。もしこれが『デュエルブライド』の変身後の姿だと知れているとすれば、撮影者もブライドである、またはブライドのことを知っているということだ。だが投稿文には「夜中に変なの撮った!」くらいのことしか書いていなかった。
「怖い話プルね…」
精霊がインターネットの知識を持っているかはわからないが、それでもちょっとしたコメントや何気なく撮影した写真から個人の特定までできる可能性を理解したのか、プルは少し怯えている。アキラはプルの背中を撫でてやり、ほうじ茶を一口飲む。
「うん。いつの間にか知らない人に知られてるからね…」
「まだお家までは知られてないプル?」
「だといいんだけど」
共有PCの前なので少し小声で話しているが、それでも聞こえはしたようだ。声を聞きつけたカオルがいつの間にか後ろに立って、ディスプレイを覗きこんでいた。
「…姉ちゃん、誰と何話してんの……?」
「え! オホン、…ええとね、ここに異次元からやってきた見えないわんこが」
《わんこじゃないプル》
「オカルト雑誌の投稿ハガキみたいなこと言ってんじゃないよ…」
実際いるんだけどなあ…と思ったが言わないでおいた。声どころかワンコもといプルの存在は、ブライド以外には感知できないのだ。心もとない釈明をしようとした時、カオルが手に持った雑誌を押し付けてきた。女子中高生向けのファッション誌で、可愛らしい服をまとった美少女が表紙を飾っている。
「姉ちゃん、これ読む?」
「あんたこーいうの読んでるんだ?」
「いや、友達に貸された。これで女を見る目を養えってさ。別にオレ、そんな必要ないんだけど…」
読むかと尋ねつつ、カオルは押し付けるだけ押し付けて自室に戻っていった。どうやら本当に読む気は無いようだが、だからってそれを姉に押し付けるか、しかし貸されたとか意外に聞かない日本語だなと思いつつも興味を惹かれ、表紙をめくった。
季節に合わせたコーディネートやメイク用品の解説、街角を背景に撮影した読者モデルの写真が並んでいる。内容自体には全く興味が湧かないが、確かに紙面のモデル達は愛らしく美しい。審美眼を養うには最適かもしれない。貸してもらった当人は、その姉と同じく微塵も興味が無いようだが。
と、あるページで視線が停まった。写真の背景に見覚えがあったからだ。
「……この写真」
「さっきの『火山弾』の写真にも同じ背景が写ってたプル」
写真に写っているのは、「MOMO.」という名のモデルだった。見た所アキラと同年代。メイクこそしているのだろうが、それでもとびきりの美少女と言って良い顔立ちとプロポーションだ。
このような一枚を足掛かりに、明日にはトップモデルになるかも知れない少女が、よく知る街のどこかにいる。現実感が湧かない世界だ。ただ、彼女の写真にも少し気になる部分があった。
(こんなカッコイイ子が近所にいるんだなあ…でも……何だろう? 何か変だ)
―――一見明るい顔だが、どこか暗い。目に光が無い。辛い、そこにいるのが心苦しいのをどうにかこらえているように見えなくもない。
他のモデルと明らかに違うその顔は、妙にアキラの記憶に残った。
不穏な気配は朝から漂っていた。
アキラは家を出て自転車に乗り、いつもの通学路を走っていた。だが途中まで来たところで、ふと視線を感じて立ち止まった。住宅街のほぼど真ん中で、朝の通勤通学の時間帯のためにそれなりに人通りがある。足音、自転車や自動車のタイヤの音、幹線道路のバス停に並ぶ人たちの声、いずれもどこかあわただしい。その忙しい時間帯…わざわざ誰か一人にかまうような暇も無い時間にもかかわらず、誰かが自分をじっと見ている。自転車に乗ったまま、アキラは周囲を見回した。細い道路だけでなく、家と家の間、人が立つような幅さえも無い隙間も注視する。
(気のせいかな…プル、誰か見えた?)
《見当たらないプル…でも視線はボクも感じるプル》
首から下げたジュエル…ひまりに教えてもらった動画を手本に、普段のジュエルをペンダントに加工したものだ…が淡い熱を発する。中にいるプルからの返答に、アキラはより疑惑を深めた。注意深くぐるりと一回りして見てみたが、やはり誰もいない…と思ったその時、背後を駆け抜ける靴音が聞こえた。振り向くと、家々の間の道路を駆け抜けていく姿…そしてダークブルーのプリーツスカートと白いソックスがちらりと見えた。恐らく、近くの学校に通う生徒だろう。
《アキラ!》
(うん!)
アキラは方向を変え、自転車をこぎ出して背後を駆け抜けていった人物を追う。交差点に差し掛かったところで姿を見失ってしまったが、直後に視界の隅で何かが動いた。家と家の間の狭い隙間に潜り込む姿。先ほどと全く同じ姿だが、やはり顔は見えない。アキラは向きを変えて再び追う。影がもぐりこんだ隙間は、自分程度の体格なら何とか入れる程度の幅しか無い。自転車を下りて隙間に入ろうとしたが、その背後をまたも足早に靴音が通り過ぎていく。
アキラは再び自転車に乗って追いかけようとしたが、幅の広い道路でありながら通り過ぎた後ろ姿はどこにも見えなかった。途端、ジュエルの熱は引いていった。一応は危険が去ったということだろうか。
だが、アキラは不安をぬぐえずにいた。
(……ジュエルが警告した。危険が迫ってたんだ…)
《アキラ、もう姿は見えないプル。今は追いかけるのはやめて、学校に行った方がいいプル》
(うん…)
一応周辺を見回してから、アキラは自転車をこぎだして学校へ向かった。その背後、民家の塀と塀の間でほくそ笑む人物の姿にはついに気づかなかった。
学校に着いてからも、教室にたどり着くまでは不安が消えなかった。さすがに校内には忍び込めまいと一瞬思ったが、まるでテレポートのように移動していたことを思い出し、制服も着替えているのでは…と嫌な妄想が湧き出る。目立った被害が無いのは幸いだが、見知らぬ人間に顔を知られてしまった可能性を考えると、一概に害が無いとは言えない。
何とか座席に座り、教室の様子を見回して異常が無いのを悟ると、やっと落ち着いて一息ついた。その様子を見た小波が机の横に座り込み、アキラの顔を心配そうに見上げた。
「何かあったん?」
「んー…なんか知らない人に付け回されてる…感じ? ストーキングされてる? みたいな」
「何だそりゃ。やばくね? 顔は見えた? 男と女どっちかわかる?」
「見えなかった。でも多分女の子、女装でもない限りは」
口調は軽いが、小波の表情は真剣だった。心配してもらえるのがなんともありがたい。
「女か。モテるアキラが気に食わない、とかでイヤガラセかな」
「何なのさその推理は」
「あれ、知らないの? アキラって結構男子にモテるんだよ」
「どーでもいいよそんなの…」
―――あたしには好きな女の子がいるんだから、と言いかけてやめた。小波に言っても今は判ってもらえないだろうと思ったからだ。
そして心配してもらえるのはありがたいが、もし『デュエルブライド』であったら、小波や家族どころか警察の助けすら当てにはならない。相手は超人なのだ。
「何かあったら迷わずケーサツ行くんだよ」
「うん…」
親友のありがたい気遣いに、しかしアキラは半分生返事で答えるのみだった。
そしてストーカーらしき影は、その翌日以降も現れたのである。
通学時に家を出れば家の周囲と通学路に。放課後には立ち寄った先の店に。屋外での体育の授業中にも、姿こそ見えないが嫌な気配を感じた。気配のあった地点を探しても誰もおらず、後を追ったところでその姿はすぐに消えた。そんな様子を見た級友達にも心配される日が続く。少しずつアキラの顔は険しくなっていき、休みの日は家に籠って外の様子を見ることに終始した。
影が現れ始めて五日目の放課後、アキラは晴と連絡を取って、普段は行かない都心のホテル一階にあるコンビニエンスストアで落ち合った。
「尾けられてる…?」
「みたいなんだよ…気付いたら近くに気配があって、後ろ姿までは見えるんだけど…」
よく眠れていないのか、アキラの目元には隈ができていた。その肩にはこちらも憔悴したプルが乗っている。
「ジュエルの警告は?」
「あってもすぐに消えるプル…」
「…ブライドだと思う?」
「多分…でもはっきり確証が持てない。物理的に危険があるわけじゃないし」
仮に攪乱戦法を取ったブライドが相手だとしたら、不安そうな表情と言い微妙に眠たげな目元と言い、今のアキラは完全に術中にはまっている…今の時点では成功していると見ていいだろう。回りくどい方法だが、心身の安定を崩した上でジュエルを奪い取る発想自体は間違いではない。だが対象をアキラだけに絞っている理由がよく判らない。今のところひまり達からはこのような話が一切出ていなかった。何故アキラだけなのか。
先日、他のブライドの少女たちと話し合ったことを晴は思い出した。
(―――……対策 ……まさか…)
「なに?」
「…うん。この間話した、『対策』じゃないかって思って。サフィール潰しの」
「たいさく… あ」
「その相手がブライドだとしたら、の話ね。あくまで仮定」
しかし、アキラは晴の言葉を聞いている余裕が無いのか、すっかり不安げな顔になっていた。このまま家に帰らせるのは危険かもしれない…ひまりが言うには、伊予がアキラのことを「危なっかしい」と心配していたらしいが、晴は何となくそれに納得していた。心配事に夢中で寝不足にまでなっている今のアキラは、実際何をするのかこちらの方が心配である。
「…葵さん、この後予定ってある?」
「無いよ、まっすぐ家に帰る気してた」
「じゃあ送るわ。一人で帰らせたら何するか判らないし」
「されるんじゃなくする方て。何て心配の仕方だ」
「…間違いなく、する方だと思うわ」
ペルテにも頼んで周囲を探ってもらうと、店舗の周りには怪しい人物がいないらしく、二人はすぐにコンビニを出た。夕暮れの街の中を二人は連れ立って歩いていく。晴の美貌に注目した者たちが何人か振り向き、あるいは立ち止まって二人を見送る。二人でそのことを少しだけ話しているうち、同行者がいることでアキラは少し安心したのか、しばらくすると他愛のないおしゃべりが始まった。
「…っていう感じで、アキラは真っ先にボクをわんこ呼ばわりしたんだプル。まったくぷんぷん」
「ごめんって。でもほら見てよ」
「これは…そうね、これは似てるわ。こっちの世界でいう犬の姿そっくり」
スマートフォンに保存した仔犬の画像とプルを並べ、アキラは晴に見せた。なるほど、体毛の色こそ淡いブルーだが、確かにチャウチャウかサモエドの仔犬と似ている。画像とプルの姿を見比べ、晴とペルテはうむうむとうなずいていた。プルは若干不満らしい。
「サフィールどのの趣味が反映されたのかもしれぬモフ」
「ていうことは、ペルテはエメルディの趣味でその姿になったプル?」
「緑川さんはクマちゃんが好きなのか。可愛いな」
「あー…うん、子供の頃に持ってたぬいぐるみに似てはいるわ…シロクマのだったんだけど」
いかにも才女という雰囲気の晴が少し照れながら話す姿は、高校三年生という年齢相応に愛らしくもあった。どうやら思ったより話せる相手と知り、アキラはすっかり安心したらしい。それを悟り、晴はアキラに問いかけてみた。先日の立体駐車場の屋上で聞かされた言葉、アキラの願いのことだ。
「…葵さんのお願い事っていうのは『恋がしたい』だったわね」
「えっ、ん!? うん、そうだけど」
「…『その子もブライドなら』って言ってたけど。あの時はサラッと流しちゃったけど、それってその……」
そう言われてアキラはしばし首を傾げ、そして思い出した途端に変な声を上げ、顔面を真っ赤にしてしまった。ほとんど勢いで言ってしまったので、言った当人が今指摘されるまですっかり忘れていたのだ。イタズラがバレた仔犬のような表情で黙り込み、視線を逸らしてしまった。苦笑しながら晴は続けて問う。
「別に誰が相手とかは訊かないわよ。ただ、葵さんにはよほど大事なことなのかなって。ブライド全員分のジュエル浄化と引き換えにしてでも叶えたいような。…一緒に戦うことになるかもしれないから、聞いておきたい」
「んー…うん。この間授業で聞いたんだけどさ。あたしみたいな恋をしてる人って、やっぱりまだ『特殊な人』らしいんだ」
「それを変えたいということ?」
アキラはうなずいた。立体駐車場の屋上で宣言した時と同じ、自信に満ちた顔だった。ただ、あの時より少し張り詰めた緊張感のようなものがある。
「あの時も言ったけど、あたしはその人と普通の恋がしたい。特殊な人扱いされない、本当に普通の恋。でも今の世の中じゃ難しい」
「できるとしたら国民の意識を変えたり法律を整えたり…だいぶ先になるでしょうね。政治家にでもなって法律を変える気?」
「それじゃ間に合わない。あたしは今、恋がしたい。それに法律を変えるだけじゃ、特別なことっていう意識がどこかに残ると思う」
それを実現するには、政治や法律を変える以上に大きな何かをする必要がある。
「あたし達を特殊な人にする世界を作った神様が、呪いの宝石をばらまいたのなら…あたしは神様のやることを全部破壊してやる。
ジュエルを全部キレイにして、ブライド同士の殺し合いも神様の花嫁選びもやめさせて、そして好きな人と普通の恋をする。この気持ちを押さえつけようとしても無駄だって、あたしが証明するんだ」
「無茶の極みだプル…」
「まったくだモフ」
「自覚はあるよ。ジュエルの浄化もみんなを踏み台にするようなものだし、ひどい奴だよね。あたし」
言い終えたアキラは苦笑した。
余りにも荒唐無稽な野望、または誇大妄想だと一瞬思ったが、その直前の言葉を晴はすぐに思い出した。彼女はただ、普通の恋がしたいだけなのだ。普通の恋がしたいだけの普通の少女で、なのにその恋が普通ではないものだと、どこの誰とも知らない誰かに押し付けられている。それを変えるのに、彼女にとって世界そのものを変えることは、ただの手段の一つという程度の事なのだろう。
他者を救うのも神と争うのも、一見他愛のない彼女自身の目的のためだけの行いだ。―――独善、あるいは狂信、と晴は思った。アキラ自身は自虐的に言っているが、罪悪感は恐らく無い。
「うまく言えないけど…これで答えになってるかな?」
「……そうね」
正直なところ、晴は回答に困った。ある意味では平和とか正義のためとかよりもずっと理解できる…はっきり言ってしまえばどこまでも利己的、だが動機自体は少女としてはごく普通、それでいてやろうとしていることは神をも恐れぬ行為。
だが、何かを答えようと口を開きかけたところで、背後を駆け抜ける足音が聞こえた。アキラがビクリと肩を震わせる。振り向くとアキラが言った通り、女子高生らしき後ろ姿が少しだけ見えた。住宅街のど真ん中、日が沈みかけて薄暗く、道路はそこそこに入り組んでいて人ひとりを追跡するのは難儀そうだ。追うよりもアキラの無事を確保することを優先し、晴はアキラの手を引いて走り出した。
「家は近いのね?」
「う、うん」
「なら私が連絡するまで家に籠ってて。私は今の人を追ってみる」
「え…」
返事を待つ前にアキラを家に放り込み、晴はすぐに踵を返して追跡を始めた。ペルテにも頼み、一人では見えない方向も見てもらう。
アキラの願いを聞かされた今の時点では、彼女と共に変身して戦うとまで決めたわけではなかった。こうしてアキラを助けているのは、単に彼女の危機を見過ごせないからというだけだ。だが、共に戦ってほしいと請われた以上、彼女の願いには向き合わねばならないかもしれない。
―――世界そのものを変えんとする、普通の恋と。スケールはあまりにも巨大なのに、その根源になるのが恋という人として普通の感情。
世界の変化を止めるために敵対するのか、彼女の願いを支えて共に戦うのか。
(どうする。私は、どうする―――)
―――〔続く〕―――
過剰な犬SNS推し。主人公が犬好きなので。
ストーカーの話と言えば、藤子不二雄A先生の「暗闇から石」は本当にイヤな話・・・




