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第三話 「Fighting the world」③

変身ヒロイン百合アクション、第三話の続きです。



  跳躍し、立体駐車場の壁を垂直に駆け上がって、あっという間に屋上にたどり着いた。そして胸のジュエルに手を当てると、プルが電話をかけるように「もしもし?」とアパートにいるひまり達を呼ぶ。すぐに返事があった。

 「プルさん、聞こえてます。黄川田です」

 「藤井よ。…ええと」

 「……」

 ジュエルの向こう側で菫に名乗れと言われながらも、ヘリオールの少女は名乗らずに押し黙っている―――と、思いきや。

 「…朱見(あけみ)だよ。朱見 伊予(いよ)

 「朱見さん…うん、よろしく。とりあえずエメルディにも話を聞いてみるから、それまではプルにテレパシーをお願いするね。戦闘に入ったら切ってもらう」

 《まかせてプル。でも切らない方が良くないプル?》

 「精霊さん達に負担がかかるもの。それにあの人は強い、あたしだけじゃなくプルにも集中してほしいから」

 エメルディを相手にしながらのテレパシーは、傷の治癒ができてもすぐに完治はさせられないプルにとって、おそらく多大な負荷になる。プルが戦闘中に疲労したら変身が解けてしまうだろう。

 「OK、私達はこっちから見てる。朱見も、きちんと見てなさいよ」

 「わかったよ…   …頼んだからな、葵」

 初めてヘリオールの少女…伊予から名を告げられ、苗字を呼ばれたことで、サフィールはうれしくなり、つい3人がいるアパートの方を向いた。丁度窓から3人とキロロ、パオレの顔が見え、サフィールは手を振る。ひまりと精霊達が振り返し、残る二人は軽く手を上げて答えた。

 手を下ろすとサフィールは街の方に向き直り、プルに頼んで宝石を発光させる。エメルディがブライドを探しているならその光がブライドの物だと気づくはずだし、そうでなくともジュエルが何かの反応を示し、すぐに見つけられるはずだ。

 果たして、ビルからビルへと飛び移るエメラルド色の影の接近が見えた。一方で隣のビルの屋上には、いつの間に移動したのかルビアが立っていた。サフィールは数メートル先に立ったエメルディと向き合う。緑色のジュエルの中には確かに黒い濁りがうごめいているが、先に浄化した二人よりその動きが鈍い。強い意志を秘めた緑色の瞳が、サフィールの青い瞳を射貫くように見ている。肩に弓をかけてはいるが、矢筒どころか矢の一本すら持っていない。先日は何もない掌に出現させていたので、おそらく矢の出現は弓が持つ機能なのだろう。

 「自分から出てきてくれるとは思わなかったわ。でもおかげでラクに見つかった」

 「やっぱりブライドを探してたんだね。理由を聞いても良い?」

 エメルディはサフィールの胸のジュエルを指した。

 「あなたたちのジュエルを集めてる。神様の下へ行くために」

 「その目的は?」

 「目的?」

 「勘だけど、そのジュエルが言ってた『お嫁に行って願い事を叶えてもらう』なんて気はないんじゃない?」

 訝しむエメルディを気にせず、サフィールは続けて言う。ジュエルの発言に関して否定しないことから、彼女も他のブライドと同じように勧誘されたのが分かる。

 「友達が言ってた。願い事を捨てている人や諦めてる人は、契約ができても宝石の中の黒いモヤモヤの効果が薄くなるんじゃないか、って…だとしたら、少なくともモヤモヤを抑え込めるくらいには、あなたは願いを捨ててる」

 これもエメルディは否定しなかった。それが、少なくとも菫が立てた仮説が全くの的外れでないことの証左だ。

 「やっぱりそうだ。…何故? そうまでしてお姉さんがやろうとしてる事って何?」

 「あなたは知らなくていい。何もせず、黙ってジュエルをくれればそれでいい」

 戦闘準備とばかりにエメルディは肩にかけた弓を下ろし、左手で弓柄を握った。対してサフィールはガントレットを装備した右手でかばうように宝石に触れた。

 「……嫌だ、あたしだってやりたいことがある。渡さない」

 「やりたいこと? …一応、聞いておこうかしら」

 「ふふん、よくぞ聞いてくれました。あたしのやりたいこと。あたしの願い事。それは―――」

 誇らしげな顔でサフィールは大きく息を吸い、そして高らかに宣言した。


 「―――恋が、したい!!」


 ……何言ってんだこいつは…とばかりに呆然とするエメルディ。ジュエルの向こうで愕然とする菫、伊予、瞳を輝かすひまり。唖然とするルビア。目を点にするプル、全く動じないキロロ、寝ぼけ眼のパオレ。目の前にいないメンバーも含め、全員の顔が見えるようだった。

 十数秒の沈黙。発言の意味を理解できたものはいないだろう。しばらくして、エメルディがやっと口を開いた。

 「それは……ジュエルへの願い事? 別に、ブライドじゃなくてもできるんじゃない?」

 「ジュエルは願いを叶えてくれないよ」

 「何ですって…?」

 「それにジュエルも神様も関係ない。あたしの(・・・・)願い事だ」

 ジュエルが願いを叶えないというサフィールの言葉…ただ、本人のプライバシーのことを考えて恋の相手がブライドであることは言わなかった…に驚愕するエメルディ。そこに重ねたサフィールの言葉は、先ほどと同じくむやみに誇らしげなまま、しかし確かな意思の強さを聞く者達に伝える。

 「あたしはその子と普通の恋がしたい。誰にも気を遣わず遣われず、区別も配慮も必要ない、全ての人に祝福される、普通の(・・・)恋がしたい。―――その子もブライドなら、きちんと浄化する。もちろん他のジュエルも浄化する。全部浄化する!」

 ジュエルの向こうにいるひまり達に。目の前のエメルディに。そして、すぐ近くにいるルビアに、サフィールは自らの「願い」を宣言する。そしてジュエル…少女たちの心を邪悪に染める濁りを宿す『ディヴァインジュエル』を浄めるというその宣言は、いわば呪いのジュエルを地上に授けた神への宣戦布告でもあった。既に二つのジュエルを浄化したサフィールの言葉は、たとえ神であっても一笑に付すことはできないはずだ。

 エメルディは、一瞬だけそんなサフィールを羨望の目で見た。だがすぐに表情を引き締め、あくまでもそれを切って捨てようとする。

 「無謀な願いだわ。やはり、何もせず私にジュエルを渡してくれた方が良い」

 「お姉さんは何をする気?」

 「ブライド全員を脱落させる。他のブライドは必要ない。私一人で充分よ」

 「それは……いや、そっか。よし」

 何かを思いついたらしい顔でサフィールがエメルディを見る。その内心はプルに、そしてプルを通じてキロロとパオレからひまりと菫に伝わった。だが、サフィールはそれを口にしない。

 「じゃあお姉さんがあたしをやっつけたら、あたしのジュエルはあげる。ジュエル狩りも続けたらいい。逆にあたしがお姉さんのジュエルを浄化したら…これからも浄化は続けるけど、その他に一つお願いを聞いてもらう。いい?」

 「お願い? さっきのに加えてそれは欲張り過ぎない?」

 「こっちはブライド絡みのこと。あなたの覚悟を見込んでね。まず、それを約束してほしい。詳しいことは浄化の後で話す」

 「そう……  わかった、約束する。話は終わりね?」

 そう言った直後、エメルディの雰囲気が変わった。ある程度話す余地があったこれまでの雰囲気が失せ、鋭い視線と表情から戦闘態勢に入ったことが、目の前にいるサフィールにはすぐに判った。プルに頼んでテレパシー通信を切り上げ、サフィールも両拳を顔の前に上げる構えを取った。

 不動の両者の間に沈黙の時間が流れる。ひまり、菫、伊予はアパートの窓に集まり固唾をのんで見守る。ルビアは複雑な表情で二人を…否、サフィールを見ている。その表情はアキラに見せた怜悧な顔ではなく、どこか哀しげにも見えた。

 見合っていたサフィールとエメルディが同時に踏み出し、一気に接近する。先に手を出したのはサフィールの方だった。エメルディとあと数十センチで激突するかというほどの間合いに入った直後に左のジャブを出す。エメルディの右手がジャブを捌き、続けて出した右のフックは左腕で受け止められ、左の膝蹴りは突きあげた右膝の膝当てで防がれる。片足立ちで押された不安定な姿勢のサフィールの腹に、思い切り踏み込んだエメルディが肘うちを叩き込む。肘はすんでのところでサフィールの両掌に受け止められるが、その重さで受け止めた両手ごと腹にめり込んだ。サフィールはみぞおちの苦痛に小さく呻き、わずかに後退して体勢を立て直そうとする。そこにエメルディは弓を振り下ろした。初めて見た時は頑丈そうに見えたが、その強度は実際に打突武器としても使えるほどのようだ。サフィールはバック転でさらに後退して振り下ろされた弓をよけるが、再度構えようとした瞬間、屋上を照らす照明に陰りが生じた。エメルディの前転宙返りからの踵落としが、照明の光を遮りながらサフィールの右の肩に直撃する。

 「ふンッ!!」

 そして肩に当てた足に力を籠め、エメルディはサフィールを屋上に叩き込むようにして踏み倒した。滞空したままで体重をかけた上に相手を引き倒すという常軌を逸した挙動だが、尋常ではない膂力によってうつ伏せでダウンさせられたサフィールは顔面を強打する。

 「ぃっでぇっ…!!」

 「むんっ!!」

 倒れこんだサフィールの背骨めがけてエメルディは右の拳を突き下ろした。瞬間的に黒い濁りが胸のジュエルからあふれ出し、彼女の体にまといついてすぐに消える。サフィールが転がって回避すると、拳が屋上にめり込み周辺に破片を散らした。サフィールはすぐに立ち上がって構えなおしたが、一瞬だけ見えた濁りに戦慄する。

 (一瞬だけ黒モヤが見えた。一瞬だったけど、長時間戦ってたら乗っ取られる可能性もある…!)

 加減して勝てる相手ではないのに、時間をかけてはいられない。緊迫感を増す状況に、アキラの頬を冷や汗のしずくが流れていく。

 エメルディはすぐに立ち上がり、突進して弓をフルスイングで振り抜く。サフィールは右腕のガントレットで弓をガードしながら、エメルディの右膝に強烈なローキックを叩き込んだ。一瞬エメルディの体がぐらついたのを見てその体を押さえ込もうとするが、直後に違和感を覚えた。エメルディの両手に今しがた振り抜いたはずの弓が無い。防御された瞬間に弓を手放したのだ。弓は一瞬だけ空中に浮いている。それに気を取られた瞬間、踏みとどまったエメルディの左の裏拳がサフィールの左の肩を、そして右の強烈なストレートが顔面を直撃した。大きく吹き飛んだサフィールの体は、道路を挟んで立体駐車場の向かいで解体中の高層ビルの壁に激突した。

 すかさず弓を左手に取ったエメルディが空の右手に銀色の矢を出現させ、弓につがえて引き絞り、間髪入れずに放つ。矢が空を切る音を聞き、サフィールは壁を蹴って立体駐車場の下階に飛び込んだ。直後、サフィールが激突してひびが入った壁に矢が突き立ち、硬質の音を立てて破片が飛び散った。壁に当たった矢は消滅した。腕力だけでなく矢の破壊力、更には狙いの精緻さにサフィールは目を瞠る。直後、ジュエルの中からプルが警告する。

 《アキラ、上から来るプル!》

 プルの警告を受けてすぐに飛びのくと、直前までサフィールがいた立体駐車場内のコンクリートの床に天井を突き破って撃ち込まれた五本の矢が突き刺さった。床を破壊した矢は先刻と同じくすぐに消滅する。矢を奪って攻撃手段を封じる方法が取れないことをサフィールは理解した。しかも間に遮蔽物があっても正確に矢を撃ち込んでくる。

 《壁とか天井とかはただの視界の邪魔プル、この威力じゃ防御に使えないプル!》

 「なるほど。きちんと顔を見て戦うしかないか!」

 サフィールが再度屋上に上がろうとすると、屋上のへりに手をかけたエメルディが鉄棒の大車輪の要領で全身をスイングし、下階に自ら飛び込んできた。着地するとすぐにサフィールの足元に矢を数本射る。サフィールは跳び上がって矢を避け、凹凸の無い天井に握力のみでしがみつくと、体を丸めてバネのように勢いを付け、斜め下方のエメルディめがけて飛び出し、急降下して強烈な飛び蹴りを狙う。エメルディは急降下蹴りを弓で防ぐが、弓は真っ二つに折れた。

 やった、と一瞬思うが、その折れ方の不自然さ―――不自然な程手ごたえが無く、折れたというより分割(・・)したような自然さにすぐ気づいた。直後、分割されて二本の曲線状の棒となったはずの破片の、弓の内側であった部分からスキーのストックのようなグリップが直角に起き上がった。エメルディはそれぞれのグリップを握り、曲がった棒で腕を保護するように持つと、右腕の棒でサフィールの脇腹を殴る。

 「ふぅンッ!!」

 「ぐはッ!!」

 脇腹に棒の直撃を受けてまたも叩きつけられるサフィール。プルもサフィールも、分割した弓の持ち方にはどことなく見覚えがあった。

 《弓がトンファー二本になったプル…!》

 「こんなの初めて見た…ちょっとズルくない!?」

 振り下ろされる曲線型トンファーの二打目を転がって回避し、すぐに立ち上がってサフィールは構えた。一瞬体勢が崩れたにもかかわらず、すぐ弓をトンファーに切り替える判断力。そしてその振りの速さも破壊力も、『デュエルブライド』が超人であることを含めてもなお尋常ではない。何よりも遠距離のみならず、サフィールの得意分野である近接戦闘に高いレベルで対応されていることが一番の脅威だ。だが、それはサフィールにとって諦める理由にはならない。

 「私は全てのブライドを脱落させる。そのためならズルだろうが何だろうが、手段は選ばない」

 「…なら、あたしはそれを全て耐えきってやる。そしてお姉さんの宝石を浄化する!」

 「まだそんな事を!」

 突進し、エメルディは左のトンファーをサフィールの脇腹に撃ち込む。右手のガントレットで防ぐサフィール。次に右のトンファーがサフィールの首筋を狙って居合い抜きのように高速で振られたが、サフィールはこれも左腕でガードした。ガードこそしたが、その衝撃と破壊力はブライドの標準装備である手甲だけでは到底防ぎきれるものではない。したがって左腕の方はガードだけで強烈に痺れ、一瞬動きを止める。エメルディはその隙を見逃さず左右のトンファーを連打した。

 脇腹、腿、肩、首筋、耳、上腕を立て続けに狙うトンファーの打撃を、サフィールはどうにか両手を挙げて防ぎきるが、特に左腕は激痛で上げるのもつらい。右腕も、ガントレットで防御されている部分以外は当然すさまじく痛む。両腕は赤くはれ上がっていた。だがその目は何かを狙いすますように鋭く光っている。

 ふと立体駐車場の外を見ると、ルビアとひまり達が付近のビルに移動して戦闘の様子をうかがっているのが見えた。ひまり達三人と精霊二人は、エメルディの強さとサフィールの危機に不安そうに強く手を握っていた。

 (―――大丈夫だよ。あたしはあきらめないから!)

 サフィールはひまり達の不安に視線と笑顔だけで答える。

 (ジュエルは全部浄化するんだ。堂本さんのも。このお姉さんのも、それ以外の人たちのも。こんな、人を悪魔にするものなんてあってたまるか。こんなものがただの女の子達を、堂本さんまでも巻き込むなんてあたしは許さない。全部キレイにして、平和にして、あたしは堂本さんと―――)

 いくら打っても倒れないサフィールに焦れたか、エメルディの表情に少しずつ苛立ちが浮かび始めた。トンファーの振りの速さは衰えないが、精緻さを欠いたように当たり所が痛点から逸れ始める。そして同時に、ジュエルの中から黒い濁りがあふれ始めた。制御が徐々にできなくなってきたのだ。当人も気づいているはずだ。即ち勝負を決さねば、エメルディも過去のアンベリアやスピルナスと同じく悪鬼に変転し、制御の効かない暴力に振り回されてしまう。否、こらえ続けた分の影響でそれ以上の怪物になってしまうかもしれない。

 何十度目かのトンファーの打撃を受け、ついにサフィールは両腕の防御を解いた。手甲や肩当てはひび割れて破片がこぼれ、ジャケットには穴が空き、防御されていない両腕や顔面の肌は裂けて血が飛び散っている。無事なのは右腕のガントレットだけだった。それでいて骨の一本も折れていないのは、まさにサフィール自身の頑丈さがなせる業といえた。だが、両腕は激痛に次ぐ激痛でまともに動かせそうにない。

 どう見ても戦えそうにないその姿に、しかしエメルディは戦慄した。そんな姿になってまで立ち続けるサフィールの、強烈な視線がエメルディの目を射貫く。その状態で、サフィールの頭の中は極めて冷静になっていた。

 あと三度、最低でも左右それぞれ三度。宝石の浄化までに、それだけ動けば。

 「ぬぁアッ!!」

 そこにエメルディがトンファーでの強烈な突きを見舞う。瞬間、サフィールはカッと目を見開き、ガントレットをまとう右拳でのストレートを、エメルディの右拳に打ち込んだ。

 「でぇやァアッ!!!」

 硬質の物体が砕けるような音を上げて拳同士が激突するが、サフィールの右手が極めて強固なガントレットで覆われているのに対し、エメルディは武器を持っていても右手そのものはブライド標準の手甲に覆われたのみだった。指や手の甲どころか肘のあたりまで骨が砕けたような激痛に、エメルディは絶叫を上げ、トンファーを取り落とした。隙を与えず、アキラはエメルディの体を抱えて走り出し、もろともに立体駐車場から飛び出す。

 「な、何を…!」

 「ちょっと痛いけど、我慢してもらうね!」

 サフィールは強靭な脚力で外壁を蹴り、ほぼ真下の公園の遊歩道に向かって隕石のように飛び込んで、自身の体ごとエメルディを路面にたたきつけた。路面のアスファルトやベンチが爆散し、災害でも起きたかと紛うような轟音が響く。相手が重傷を負わないように頭部や背中を保護しながらだが、墜落の衝撃は両者の体から行動力を奪うに十分なものに思えた。

 同じく倒れこんでいるはずのエメルディのジュエルにピュリファイア・フラッシュを撃ち込むべく、サフィールはどうにか立ち上がった。だがエメルディは離れた場所に立ち、トンファーから戻した大弓に矢をつがえ、サフィールにビタリと狙いを付けていた。墜落した時に手が緩んで逃してしまったのか、とサフィールは少しだけ悔いた。そしてこの弓は分割してトンファーになるだけでなく、呼び寄せるか何かして再び弓に戻すことも可能らしい。凄まじい高機能だ。

 しかしエメルディの背や両脚は墜落の激痛で震え、服も一部が裂けている。矢をつがえた右手も、あくまで痛むのみで骨は砕けていないはずだが、ガントレットへの直撃でまともには動かないはずだ。目立った傷こそ無いが、表情は苦し気だった。一方サフィールは両腕や顔にこそいくつもの傷を負い、さらに両手はもはや動かぬとばかりに下がっているが、その目からは未だ強い光が消えていない。

 彼我の距離はおよそ十五メートルほど。右手の痛みがあるとはいえ、エメルディの技量なら十分にサフィールのジュエルを狙えるだろう。互いの視界を遮る物は無い。どこへ避けてもこの距離なら直撃は免れない。エメルディの体勢を崩し、その上で浄化の光―――ピュリファイア・フラッシュを撃ち込む手段を、サフィールはどうにか探り出そうとしていた。

 ふと、ここまで唯一無事で残っている装備…右腕のガントレットのことを思い出した。ゆっくりと、右手をエメルディの視界から隠すような体勢を取る。そして、軽く右腕を動かした…ガントレットは、どうやら標準装備の手甲と別の部品になっているようだ。

 (…プル。このガントレットってさ……)

 内心でプルに相談すると、思った通りの返事が得られた。そして今サフィールが行おうとしていることに、プルは一度異を唱えたが。

 《……わかったプル。多分、一番効果的プル。アキラにまかせたプル!》

 (うん。あたしも他には思いつかない)

 二人の意見は一致した。そして両足を開き、いつでも走り出せるような体勢を取る。エメルディの方も痛みが幾分か引いてきたらしく、弓を構える立ち姿が少しずつだが安定してきた。沈黙し、両者は立体駐車場の屋上で対峙した時のようににらみ合う。

 そして、今度はサフィールが走り出した。直後にエメルディの矢が放たれるが、その直前にサフィールは右腕を大きく振りかぶり…ガントレットを右手のスイングのみで投げ飛ばしたのである。

 「どぁりゃぁあああああっ!!!」

 負傷しているとはいえ、超人の腕力で投げられたガントレットはまさに砲弾のごとくまっすぐに飛び、流線形の形状とその速度・強度を用いて放たれた矢を弾き飛ばした。直後にエメルディの左の肩当てに当たり、衝撃で体勢を崩させた。

 そしてサフィールは足を停めない。超人の脚力を以って十メートルをわずか十分の一秒で走り切り、残る五メートルは大きく前方に跳躍。エメルディの肩に激突したガントレットを左手でつかみ取り、引き寄せて再び右腕に装備する。そのまま右腕を再び振りかぶると、拳が強烈な青い閃光を放った。サフィールの叫びが周囲に響き渡る。予想外の手段で最後の矢を破られ、エメルディは呆然とした表情を浮かべていた。

 「嘘…!」


 「ピュリファイア・フラァァッシュ!!!」


 飛び掛かった勢いで振り下ろした拳は、エメルディの胸のジュエルをかすめるにとどまった。だがそれで十分だった。ほんのわずかに触れただけで青い閃光はエメルディの緑のジュエルを貫き、そしてホットパンツのポケットに入っているヘリオールのジュエルへと飛び移るように伝達し、これも貫いた。二つのジュエルから黒い濁りが吹き出して悪魔じみた顔を形作ると、断末魔の叫びに似た音を上げて消え去った。


―――〔続く〕―――


弓からトンファーに変形するギミックは我ながらナイスアイデアと思ったものですが、実際にあったらそんなもん使えやせんのだろうなあ。

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