閑話:フレリ村
室内に日が差し込み朝の訪れを知らす。
長男のエリックが起きるとハロルドのベッドがもう空になっていることに気づいた。
エリックとロランとハロルドの三兄弟は同じ部屋で寝起きをしている。貧乏な農民は子供たちに一人一部屋なんてことは出来ない。男女で部屋を分けることぐらいしかできないのだ。
「あれ? ハロルはどこ行ったんだ」
「朝からどうしたんだよ兄さん?」
次男のロランが起きだす。
「ハロルがいないんだよ」
「あいつのことだからもう畑にでも行って仕事をしてるんじゃあないか」
「そっか。あいつは働き者だからな」
「きっとそうだよ」
二人はハロルドがいないことを気にせず身支度を進めていった。
「母さんおはよう」
「母さんおはよう」
「二人ともおはよう」
身支度を終え二人は朝食をとろうとリビングへ向かった、リビングでは母のシルビーが朝食の配膳をしていた。
「二人ともちょうどいいから手伝って」
「「はーい」」
二人は母と一緒に朝食の準備を進めていく。
「そういえばハロルはどうしたの?あの子が寝坊なんて珍しいわね」
「えぇ?ハロルはもう畑仕事に行ったんじゃないの。俺らが起きた時にはもういなかったよ」
「そうだよ。俺と兄さんが起きた時にはハロルのベッドは空っぽだったよ」
「おかしいわね。ハロルが何も言わないで畑仕事に行ったことなんてなかったのに。開拓のときでも必ず私に一声かけてから畑を耕しに行ってたのに」
「じゃあ俺が畑を見てこようか母さん?」
「お願いね」
「わかったよ」
そういうとエリックはハロルドを呼びに畑に向かうのであった。
それから朝食をとろうとリビングに家族みんながぞろぞろと集まってくる。
まずナタリーとメラニー、リンジーがリビングに来た。
長女のナタリーは、まだ幼い次女のメラニーと三女のリンジーを連れてリビングにきた。姉のナタリーはいつも朝は下の妹二人の面倒を見ている。
それから家長のアランが最後にリビングにきた。
「あれ?ハロルとロランはどうしたんだ。ハロルだけならまだしもロランが畑仕事にもう行っているなんてことはないだろう」
「それがね、ハロルがいないのよね。エリックたちが起きた時にはハロルはもういなかったって言うし、畑に行くにしてもいつもは私に一声かけてから畑仕事に行ってくれるのに今日は何にもなかったのよ。だからロランに畑を見に行ってもらってるわ」
「まぁ、あいつもたまには伝え忘れて畑に行ってしまうこともあるだろ。とりあえずロランがハロルを呼びに行ってくれているから大丈夫だろう」
それからしばらくしてロランは帰って来た。
「遅かったじゃあないかロラン。飯にするから早く座りなさい」
しかしロランは座ろうとしない。
「どうしたんだロラン?」
「父さん、ハロルがどこにもいないんだ」
「はぁ?」
「どういうことなの?」
アランが呆けているとすかさず母のシルビーがロランに話しかける。
「ハロルがどこにもいないんだ」
「ちゃんと探したの?」
「もちろん探したよ。家の畑は古い方も新しくハロルが作った方も両方見たよ。村のみんなで開拓した森の方の畑も見た、でもいなかったんだ」
「ハロルはどこ行ったんだ」
「わかんないよ、でも俺が探してもいなかったんだ」
「とりあえず、ハロルを探しましょ、あなた」
「そ、そうだな、もしかしたらどこかで怪我でもしているのかもしれない。なにかあったら大変だ」
「そうね、じゃああなたはエリックとロランを連れては畑の方を見てきて、私は家畜小屋の方を見てくるは、ナタリーはメラニーとリンジーにご飯を先に食べさせておいて、妹たち二人の面倒を見ておいてちょうだい。」
そういってシルビーたちはハロルドを探しに朝方の村を走っていった。
しばらくしてみんなが家の前に集まっていた。
「ハロルは見つからなかったの?」
「3人で見て回ったがこっちの畑の方はいなかった」
「母さんの方もそうするといなかったか?」
「えぇ、家畜小屋や家の周りも探してみたけど見つからなかったわ」
「あいつはどこ行ったんだ」
「わからないわ、でも念のため村長さんの家と薬師のエバさんのお宅にもハロルを見なかったか聞きにきましょう。その二軒にはあの子もよく遊びに行っていたから、もしかしたらいるかもしれないは」
「よし、じゃあ俺とエリックは村長の家に行くから母さんとロランはエバ婆さんの家に行ってハロルを見なかったか聞いてくれ」
「わかったわ」
アランとエリックは村長宅を訪ねた。
「ごめんください。村長アランです」
「どうした、アランこんな朝から」
「すみません村長。お宅にうちのハロルドは訪ねてきていませんか」
「ハロルド?来てはいないがどうかしたのか」
「実はハロルドが朝からどこにもいなくて今探しているところなんですよ」
「なに⁉ハロルドがいなくなっただと」
「はい、そうなんです。今、妻が薬師エバのところにもハロルドが訪ねていないか聞きに行っているところなんですが」
「うむ、確かにハロルドは家族に黙ってどこかほっつき歩くような子供ではないしそれは心配だな」
すると村長の声を聞いて家の奥から村長の息子夫婦が出てきた。
「父さんどうしたんだ朝から誰か訪ねてきたようだが、ってアランじゃあないか」
「やあ、ジョン。実はハロルドが朝からどこにもいなくてな、村長宅に訪ねてきていないか聞きに来たんだよ」
「ハロルドが⁉ 残念ながらうちには来てないよ」
「そうみたいだな。村長朝からお騒がせしました。それでは私はハロルドを探しに行くのでこれで」
「あぁ、ハロルドが無事見つかるといいのだが」
アランはエリックとともにエバ婆さん宅の方に歩き出した、もしかしたらそっちにハロルドがいるのかもしれないと期待をして。
少し歩くと正面からシルビーとロランが歩いてきた。
「あなた‼じゃあハロルドはそっちにも…」
「村長宅にはハロルドはいなかった。エバ婆さんの家にもハロルドは訪ねていなかったか」
「えぇ」
シルビーの目には悲しみの色があった。
「大丈夫だシルビー。ハロルドは賢い子だろきっと何かあっても無事に帰ってくるよ。だからいま俺たちは出来ることをやろうよ。まだ村を全部調べたわけじゃあないんだ、それに森もまだ探していないじゃあないか」
アランはシルビーを抱きしめて彼女を励ます。
「そうね、あの子ならきっと大丈夫よね」
それから二人は息子たちとともにこれからどこを探しに行くか話し合っていると二人の少女が駆けよって来た。
村長の孫娘クロエと薬師エバの孫エマだ。
「おじさんおばさん朝からハルがいないってどうゆうこと⁉」
「クロエ少し落ち着いて、もう少し冷静になろうよ」
「落ち着いてなんていられるか!ハルがいなくなっちゃたんだよ早く探さなきゃ!」
クロエはハロルドがいなくなったことを両親から聞いて急いでアランやシルビーに状況を聞きにきたのだ。クロエはかなり気が動転しているようだ。ハロルドの両親であるアランたちにもきつい口調で問詰めていた。
それを諫めているエマも目は潤んでいた。ハロルドがいなくなってしまい不安に思っているのだ。
「クロエちゃん、エマちゃんありがとうね。実は朝からハロルドがどこにもいなくて二人とも一緒にあの子を探すの手伝ってもらえるかしら?」
「もちろんよおばさん!」
「私も一緒にハルを探すの手伝わせてください!」
アランたち4人に加えてクロエとエマがハロルド捜索に加わってくれた。
6人が捜索に動き出そうとしたときシルビーを呼ぶ声が聞こえた。
「おかーさん! おかーさん!」
「どうしたの!ナタリー。メラニーとリンジーの面倒を見ておいてと言ったでしょう!」
「それどころじゃあないの。これメラニーが見つけたの。ハロルドのベッドの中にあったんですって」
そう言ってナタリーは木版を渡してきた。
そこにはこう書いてあった。
『みんなへ
家畜小屋の隅に木版があります。僕からの手紙なので読んでください。
追伸:クロエかエマあたりに代読してもらうのがいいと思います。
ハロルドより』
みんなは急いで家畜小屋へ向かった。
家畜小屋の前にはメラニーとリンジーの二人が待っていた。
「二人とも…」
「お母さん、そこの隅にお兄ちゃんからの手紙があったよ」
シルビーは家畜小屋に入りメラニーが言うハロルドからの手紙の木版を手に取る。
「エマちゃん。これを読んでくれるかな」
「はい」
シルビーは震える手でその木版をエマに渡した。
「それでは、読みます」
『みんなへ
お騒がせしてごめんなさい。
この手紙はエマかクロエあたりに読んでもらってください。メラニーにはまだ少し難しいかもしれないので。
僕は今日この村を出ることにしました。実は街での生活に憧れがあったんだ。このフレリ村の外の社会はどうなっているのか興味を持っていたんだ。冒険とはどのようなものなのか。魔法という奇跡は一体どのようなものなのか。気になることがいっぱいだ。
どうしても僕は外に出てこの世界というものを見てみたいと思ったんだ。
父さんと母さんには親孝行も何にもできないダメな息子でごめんなさい。
兄さん姉さん妹たちは僕が居なくても特に困ることも何もないでしょう、頑張って両親を支えてあげてください。
エマとクロエには急なことで驚いているだろうけどごめんね。二人に伝えると下手をすると付いて行きたいなんて言い出すかもしれないから黙っておいたんだ。ごめんね。この旅はきっと辛いものになるから二人には大変な思いはしてほしく無いんだ。
それでも僕は外の世界を見てみたいんです。
大変身勝手ではありますがこの村を旅出たせていただきます。
大丈夫、準備はしてから旅立っているから。きっと無事街にたどり着いてそれから悠々自適に暮らしていると思うので心配はしないでください。
最後に
この村で過ごした楽しい日々は決して忘れません。
ありがとう。
皆さんの健康を陰ながらお祈りいたします。
ハロルドより』
静まり返る一同。
「なによ、これ」
「なんなのよあいつ、こんな一歩的に」
「私にも何にも言わないで出ていくなんて何様のつもりよ」
「こんなの こんなわかれって なんn」
クロエは堪らず泣きだしてしまった。
クロエが泣き出したのを皮切りに一同は涙に包まれた。
ここにいるみんなはわかっていた。
ハロルドが決して自分の興味だけでこの村を出ていったのではないということを。
現在のフレリ村は危機的状況にある。
税金として納めるはずだった小麦が病気の影響で収穫量が半減してしまったのだ。幸い開拓により村の生産量が増えたため何とか税金は払うことができそうではあるが、そのためにはかなりの倹約を行わなくてはならない。
開拓により団結力が高まったフレリ村では収穫できた小麦を一度すべて回収してそれを再分配していた。
つまり人が一人減るだけで村人は分配される小麦の量が少し増えるのだ。
この再分配のシステムを提案したハロルド本人であればもちろんそんなことは十分わかっている。
分かっていて家族のためにそして村のために何かできることはないのかと考えてハロルドは出ていったのだ。
そのことを大人あっちはみんな理解していた。
ハロルドは聡明で心優しい子供なのだから。
シルビーは思い返す。
一昨日の夜の自分とアランとの会話を聞いていたのではないかと。
ハロルドはきっとその時、私たちの話を聞いて家を出ることを決意したのだと。私たちの話を聞いて罪悪感が生まれていしまったのではないか、だから自分がいなくなって少しでもみんながご飯を食べれるようにと、少しでも余裕ができればと考えたのだろう。
家の食料が減っていた痕跡は特になかった。ハロルドは、準備はしたから大丈夫だと言っているがきっとそれがやせ我慢であることは誰もがわかっていた。
シルビーは自分がハロルドを追い込んでしまったのではないかと、いや自分がハロルドを追い込んでしまったのだと考えた。村から旅立つという選択肢ハロルドにを取らせてしまったのだと。
シルビーは自分を酷く攻めた。
エマが受けたショックは大きなものだった。
それは両親が魔物に襲われて帰らぬ人となってしまったことを聞かされた時と同等の以上ものであった。
どうしてハロルドは一人で行ってしまったのだろう、
どうしてハロルドは相談してくれなかったのだろう、
どうしてハロルドは一緒に行こうと誘ってくれなかったのだろう、
どうして、
どうして、
どうして、
どうして、
どうして、
どうして、
どうして、
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、
どうして
ハロルドとはこのままこの村で大人になっていくのだと思っていた。ゆくゆくはハロルドのお嫁さんになりたいとも思っていた。ライバルのクロエがいるが最悪二人ともお嫁さんになればいいともおもっていた。ハロルドとはこれから死ぬまでずーーと一緒にいると思っていた。
だから急にいなくなってしまったことが信じられなかった。
エマはその事実を受け入れることができなかったのだ。
ハロルドはみんなのために、そして悪い形ではあるが自分の夢に向けた第一歩を踏み出すことができてよかったと思っていた。これで異世界で冒険者となりきっと俺TUEEEEEできるのだと前向きに考えていたのだった。
一方の村では、ハロルドの気持ちと正反対の暗く沈鬱とした雰囲気であったとも知らずに。
これでハロルドのフレリ村での生活は終わりです。
次から2章に入って行く予定です。