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超重騎士  作者: 磨穿鉄硯
第一章
5/9

旅立

小麦も青々とみのる9歳の夏前。

春の過ごしやすさから夏の熱気がだんだんと増してきたこの頃。


 春の優柔不断な天気にも耐えて小麦たちはぐんぐんと成長していき穂ができ始めているころ。畑は一面濃い緑色に覆われている。










 のはずだった。



 しかし、小麦はどれもぐったりとしていた。

 色も青々とした健康的な小麦ではなく薄茶色に枯れてしまっているものが多くある。特に茎から根っこにかけての下の方が枯れてしまっているものが多かった。


 小麦が何かの病気にかかってしまったようだ。



 これでは収穫量がぐっと減ってしまう。



 それからは、何かできることはないかと必死に奔走した。

 枯れてしまったものは出来るだけ取り除き健康なものだけを残した。


 しかしもう枯れてしまったものはどうにもならない。



 もうどうしようも、なかったのだ。









 秋。

 最終的な収穫量は健康的な畑から採れる量の半数ほどになってしまった。


 幸い畑の開拓を村全体で行っていたことにより、前からあった畑と新しく開拓した畑の分を合わせると今までの収穫量より少ない程度で済んでいる者もいる。新しい畑の収穫を期待していただけあって残念ではあるが、畑の開拓をしたおかげで平年により少ない程度なのである。


 畑の開拓をしていなければもっとつらい現状になっていただろう。



 それでも納税分を考えると生活が苦しいことは変わらない。

 生活は自分が生まれた頃の生活よりも苦しいものになってしまっていた。


 パンの量は減り、肉が食卓に上がる機会も以前よりずっと減ってしまった。


 最近、兄たちはよく「もっと食べたい、肉を食べてない」なんてぼやいていることが多くなった。

 仕方がないのだ。税金で今ある小麦の4分の3ほど持っていかれるためパン以外の肉など保存ができるものは冬越しのために蓄えにまわされるため食卓に上がらなくなってしまったのだ。



 これはフレリ村ではどの家庭でも起きていることだった。


 更に家によっては収穫量が大幅に減ってしまい納税もままならないと言う家がそれなりに出てきてしまっていた。




 ある日、村の中心人物たちが朝から村長宅に集まっていた。

 村の現状についての話し合いがそこでは行われたのである。


「どうするんだ!このままだと家によって冬越しのためには女・子供を奴隷として売らなければならないところも出てくるぞ!」


「そうはいっても、どこの家も生活は厳しい。助けてはやりたいがそうしたらうちも冬が越せなくなる。」


「やっぱり役人に言って今年は納める小麦を減らしてもらうしかないんじゃあないか?」


「しかし、王国は近年また帝国との戦争があるらしい。こんな田舎の村には兵士は求めないが、小麦も納められないとなるとどうなるかわからないぞ」


「うむ」


「どうしたらいいんだ」


 話し合いは行き詰ってしまっていた。

 今、村中どの家も生きていくのにカツカツな状態なのだ、助けてやりたくても助けてやれないのだ。助けて自分の家族を飢えに苦しませるわけにはいかない。


「わしから提案があるんじゃがみんな聞いてくれんか?」


 そんな中、この会の主催者でもある村長が話し出した。


「村長、提案とは?」


「うむ、わしはみんなの食料を共有するのはどうかと思っている」


「食料の共有ですか?」


「そうだ、いまこのフレリ村では食料が不足している家が多く納税をすれば冬越しが難しい家もある。そのため一度小麦をすべての家から回収してそこから納税分を先に確保しておくのだ。それからその小麦を皆に均等に再配布するのだ。そうすることでこの村から一人の奴隷落ちなどをする者が出ないようにしたいのじゃ」


「確かに村長の言ってることはわかりますが、こういうのもなんですがそれだと畑の被害が大きかったやつが得をするだけで被害が少なかったものは損をするだけじゃありませんか⁉」


「そうだ」


「なぁ!それについてはなにか考えていないんですか!」


「今回、冬越しの心配をしなくてもいい者達もそれは農地の開拓により新しく畑が増え収穫量が上がったから大丈夫なだけである。以前の農地のままだったらその者達も含め村人ほとんどが冬越えはおろか、まともに小麦を納めることすらできなかったであろう」


「まぁ、それはそうですが…」


「そうであろう。そしてその農地の開拓はお前ひとりで行ったわけではない、村人みんなで行ったものではないか。ならば助けてやろうではないか。私たちはみな同じ畑を耕した家族ではないか」


「分かりました村長、私がバカでした」


「そんなことはない自分の家族を守ることはとても大切なことだ。その輪をもっと広げてやることができるかどうかの小さな違いさ」


「はい」


「ほかになにか言いたいことや聞きたいことのあるものはいるか」


 話し合いにの場にいる一同から更なる声はあがらなかった。


「では、これをこの村の今後の方針としていく。これからこの考えの細かいところを詰めるための話し合いを行う」


 それからこの村の今後の方針は決まり。詳細をどのように詰めていくか、と話し合われた。話し合いは結局朝から始まり終わったのは日も暮れ真っ暗になってからであった。


「みな今日はご苦労、それでは明後日わしの方から正式に発表をする。各自小麦の改修の準備と、ご近所への説明を頼む!」


「「「おう‼」」」




「ふーぅ」


 みんなが帰宅して村長のテオドールは大きくため息を吐いた。


「ハロルドこれでいいか?」


「ばっちりですよ村長!さすが人生経験がある村長は違うなー」


「まぁ、これぐらいなら何て言うことはないぞ。それよりハロルドお前はよくこんな考えが思いつくものだな」


 実はこの話し合いで村長が提案した「再配分」案はハロルドが考え、それを村長にて伝え村のみんなを説得してもらったのだ。


「僕このフレリ村のみんなのこと好きだからね。みんなにはこんな苦しい時だからこそ一つになってほしいんだ。そして出来るだけ苦しい思いはしてほしくない」


「お前はなんて出来た子供なんだろうな。これならわしのかわいいクロエをやっても惜しくないぞ」


「もう、村長僕もこれでもまだ9歳ですよ」


「そうだな、まだすこし早いな。

 はあはあはあはあはあはあはあはぁ」


「それじゃ村長僕ももう帰るので」


「おう、ハロルドお休み」


「おやすみなさい、村長」



 そうしてフレリ村では小麦の回収と配分が行われた。


「これですこしでもみんなが苦しまずにいられればいいのに」





 再分配がさせてから時間が経った我が家のある日の夕飯。


 食卓には一人一個のパンと野菜が少し入ったスープだけだった。


 実は我が家は村の小麦の再分配によって損をする家の一つであった。

 それでも父さんも母さんも村のみんなのためだと喜んで小麦を差し出してくれた。それに自分によく村のみんなを救うこんな良い考えを思いついたと褒めてくれた。


 自分の考えた政策で仕方ないこととはいえ、自分の家族が苦しむのは辛いものだ。でもそのおかげで救われた人がいることもまた事実でもある。


「おかーさん今日もこれだけ」


 一番下の妹リンジーが不満を言う。


「そうだよ母さんこれじゃあ腹いっぱいにならないよ」


 兄のロランもそれに賛同する


「仕方ないでしょ」


「えー でも…」


「いい加減にしなさい」


「でも父さんもこれじゃあ足りないだろ!」


「確かに足りないが今はどこの家でもこうなんだ、うちだけが我慢している訳じゃあないんだから、我慢しなさい。それにお前は兄なんだからハロルでも見習って静かに食べていなさい」


「わかったよ…」


 ロランは意気阻喪(いきそそう)と返事をした。




 その夜、自分は夜中ふと目が覚めてしまった。


 寝付けそうにないので気分転換にでも水を飲もうと台所に行こうとしたところ両親の寝室から話し声がするのが聞こえた。


「あなたロランはともかくリンジーくらいにはちゃんと食べさせて上げられないかしら?」


「でもなぁ、村長曰はく、食料の分配される量は子供でも年齢によって量が決まっているらしくてな、大人たちはみんな苦しい思いをしているのに子供達は大した労働量にもならないのに食料を多く配るのは如何なものか苦情を言うやつもいるらしくてな」


「でも、リンジーはまだ4歳なのよ」


「そうだな、明日村長の家に行っての小さい子供の分はだけでももう少し増やしてもらえないかと話にいってみるよ」


「お願い、あなた」


「まぁもしだめなら俺らの量を減らせばいいじゃあないか、子供達特にハロルドやナタリーあたりは今育ち盛りだから本当はもっと食べたいだろうに」


「そうよね、私たちが我慢をすればいいのよね」


「まぁ、エリックはともかくロランはもう大きくなったんだからもう少し中身も成長してもいいと思うんだがな」


「ふぅふ、そうね」



 我が家の状況は自分が想像しているよりも悪いのかもしれない。そういえば今晩の父さんや母さんのスープの量はみんなより少なかったかもしれない。



 自分は村のみんなのことを思ってよかれと思って村長に提案したけれど、自分の一番大切な存在である家族が苦しんでいるのは良いのだろうか。


 なんだか良く分からなくなってくる。


 自分はどうするべきだったのか、村のみんなのために自分の家族をも犠牲にするべきだったのか。それとも家族のことを考えて村のみんなのことは見捨てるべきだったのか。


 自問自答が続く。



 両親の寝室の前で自分は考えこんでしまった。

 部屋からは両親の話し声が聞こえている。



「そうだ、俺が守りたいものは…」




 その時自分は決心をした。

 それを行動に移すために明日は色々しなくてはならないことがある。自分はすぐに子供部屋の自分のベッドに飛び込み眠りについた。



「あれ?今か誰かいた」


「?」


「気のせいか」


 母のそんな声は秋の夜に消えていった。




 次の日、自分は早くも作業に移った。


 朝みんなよりも早く起きて畑に向かう。


「母さん、おはよう。今日は畑に行ってからすぐエマのところに夜まで行くからご飯はいらないや」


「朝ごはんどうするの」


「あんまりお腹減ってないからそれもいいや」


「ご飯食べないと力が出ないわよ。少しでいいからなんか食べて行ったら?」


「大丈夫だよ、じゃあもう行くから!」


 そう言って自分は森の近くの、開拓されたばかりの畑に向かう。



 そこで畑仕事をするのではなく森の中へ入って行った。


 しばらく森の中を散策する。

 するとお目当てのものが見つかった。1mくらいの高さの低木樹で葉が細く繊細な印象を与える植物だ。春先になると薄い黄緑色の小さいかわいらしい花が咲く。


 それの葉を摘み取る。

 出来るだけ色の濃く古いものがいい。でも虫食いや欠けているものはよくない。

 目的の量を摘み取る。



 それから森を出る。

 時刻はもう昼近くになっていた。


「ごめんください。ハロルドでーす」


 自分は摘み取った植物をもってエマの家に行った。


「あれ?ハルどうしたの、今日何か約束してたっけ?」


 エマが自分を家に迎えてくれた。


「いや、ごめんよ突然お邪魔して。エバさんに用があるんだけどいる?」


「お祖母ちゃんなら奥にいるよ」


「ありがとエマ」



 薬師のエバ婆さんに会うためにエマに言われた通り家の奥に行く。

 そこでは背筋のピンと伸びた老婆が何か植物をすりつぶしていた。薬でも作っているんだろう。


「エバさん、ハロルドです。ちょっといいですか」


「あぁ⁉ハロルドかいどうしたんだい」


「実は傷薬を作る練習をしたくて道具を一式使わせてもらえませんか?」


「じゃあそこにあるのを使っていいからさっさと出てってちょうだい、目障りで作業に集中できないだろ」


 そういうとエバ婆さんは部屋の端に置かれているものを指さした。


「じゃあ借りていきまーす」



 婆さんから借りた道具と持ってきた植物、それからエマ宅にある材料をいくらか拝借して傷薬を作っていく。


 簡単な傷薬の作り方くらいはもう覚えた。

 前はエバ婆さんによく怒鳴られながら必死こいて作っていたものだ。


「ハル、どうして今頃傷薬の練習なんてしているの?」


 エマが自分が傷薬を作っているのを面白がって話しかけて来た。

 最近はエバ婆さんに何か習いに来ることも減りしばらく薬もつくっていなかった。


「うん、ちょっとね」


「なに?怪我でもしたの」


「違うよ、ちょっとね」


「もう、なに?」


「えへへへ」


 自分は笑ってごまかす。



 それから傷薬を作り終わりエマ宅を後にする。

 エマとは自分が傷薬を作っている間ずっと雑談をしていた。


「バイバイ、エマ」


「じゃあね、ハル」




 夕方、自分は村長宅を訪ねた。


「すみません ハロルドでーす」


「ハロルド君どうしたんだい?」


 自分を迎え入れてくれたのはクロエの父親のジョンさんだった。


「こんばんはジョンさん、ちょっと木版を分けてもらいたいんですが」


「木版かい、いいよ何枚いる?」


「三枚もあれば十分です」


「じゃあ、はいこれ」


 ジョンさんは木版をくれた。

 フレリ村のような田舎の村では紙や羊皮紙は高価なもので基本は木の板に文字を削り書いていく。


「ありがとうございました。じゃあこれで」


「あれ?本当にこれだけなのかい?クロエなら奥にいるけど呼んでくるよ」


「あっ、大丈夫です。

  クロエにはバイバイとだけ伝えておいてください」




 自分は村長宅を後にした。


 家に帰る前に家畜小屋に行ってさっき貰った木版に文字を刻んでいく。

 次第にあたりが暗くなってきたが、真っ暗になる前に文字を書き終えた。


 一枚は小屋の隅におく。

 一枚は家にもって帰る。


 もう一枚、失敗したとき様にと多く貰ったが杞憂に終わった。




 夜、帰宅をする。

 今日一日何にも食べていないが自分から母さんには夕飯をいらないと言っているので家に帰っても自分の分の食事はない。


 自分の分を取っておく余裕も今の我が家にはないし。



「ただいま、母さん」


「お帰りハロル遅かったわね」


「ごめんね」


「いいわ、それにもエバさんにはお世話になったし、今度お礼に行かないとね」


「そうだね」


「今日はもうおやすみなさい」


「うん、お休み母さん」



 自室に行く。


「お! ハロル帰ったか、遅かったな」

「おかえり、ハロル早く前もベッドに入れよ、寝るぞ」


「ただいま」


 部屋では二人の兄がもう寝る準備をしていた。

 自分も寝る準備をしてベッドに入る。






 深夜。

 みんなが寝静まったなか、自分はひとり部屋を出る。


 ベッドには書置きとしての木版を一枚置いて。



 持ち物は今日作ったばかりの傷薬・麻布(あさぬの)それらを入れる背嚢(はいのう)と武器として使う木を削って作った棍棒のみだ。


「心もとない装備だな」



 自分はこれからこのフレリ村を出ていくのだ。


 家族の幸せを守り、村のみんなの幸せを守るために自分ができることは何か、そう考えて思いついた方法はこれだ。



 自分がいなくなればいい。



 そうすれば自分が食べていた分の食料がみんなのところに行くのだ。村のみんなで分配すると増える量はほんの少しかもしれない。

 それでも家族の負担は減り、村のみんなも誰も奴隷落ちなんてしないで冬越えを耐えきれると願っている。


 きっとリンジーはもう少しご飯を食べられるようになるし、父さん母さんは子供たちのために自分たちの分を減らすこともなくなってくれるだろう、ロラン兄さんにはしばらく我慢してもらわないといけないかもしれないけど。



 いつかはこの村を旅立ちたいと思っていたのだ。


 だってせっかくの異世界を冒険しないなんて損じゃあないか。

 それにまだ何なのかわかっていないが神様からもらった俺TUEEEEEできるチート能力も使っていないんだから。


 だからこれはいい機会だったと思い、明るい気持ちで村を旅立とう。



 決してこの村にはかえって来ることはないだろう。

 自分がやっているこの行為は自己満足であり、村のみんなからの逃走行為でもあるのだから。



 自分はこれから一番近くの街ダクスまで行く。

 大人の足で三日はかかるというので、子供の自分の足では四日はかかると思っていた方がいいだろう。






 深夜のフレリ村。

 月明かりに照らされて薄っすらとだが村の全貌をうかがえる。


「これでこの風景も見納めかぁ。

 こんな田舎の村に転生したときはどうなるか思ったけど、まぁ何とかなるもんだなぁ」


 自分は一人村の出口に向かって歩く。


 ゆっくりとこの村に別れを告げながら。


「バイバイ」









 そしてハロルドはフレリ村を旅立っていくのだった。

 その胸には期待と不安とそして謝罪の気持ちが入り乱れていた。


 彼はこれから一人で生きていくのだ。


これで一章完結(?)となります

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