大好きです!
『カレン、ごめん…………』
「ううん、あとは任せて」
私は砂嵐音だけになった無線機の電源を切る。
これで修道士に捕まった修道女は何人目だろう。恐らくもう私1人しかいない。
なんとか自慢の逃げ足と射撃力で残りのチョコを配り終えた私は、アレン修道院の天井上に居た。
傍らに置いてある拡声器を手に取ってその場を立ち上がると、強い風がなびき、被っていたフードがすっぽりと脱げて背中ではためいた。
アレン修道共和国のシンボルであるために1番の高台に建てられているために、眼下には島国の街並みが広がって見える。
ここならよく声が届きそうだ。
さて、バレンタイン革命最後の仕上げ。
片手の拡声器のスイッチをオンにして、喉を軽く鳴らしてから眼下の国に向けて言葉を届ける。
「こんにちはー! アレン修道共和国の皆さん、私はカレンって言います!」
この拡声器からはコードが伸びており、その先に繋がれているのは国中に取り付けられているスピーカーだ。
元々修道院からの放送をここから流すためのもので、私は最初からこれに目を付けていた。
「私はこの国が大好きです! でも、嫌いなところがあります。それは、砂糖、塩なんかが禁止されている事です! 皆さんは今まで味の無い食べ物を食べなれているので必要ないと思っているかもしれませんが、絶対砂糖や塩なんかのスパイスがあったほうがいいと思っています!」
それを言った瞬間、ぷつっと突然私の拡声器の音だけになった。恐らく事態の深刻さを感じた誰かがスピーカーを切ったのだろう。
構うものか。ここからはよりいっそう、1人でも多くの人たちに届くように大声を出す。
「なぜなら、そっちのほうが絶対に幸せで心が豊かになると思っているからです! お菓子を食べて甘いって感じて、塩を舐めてしょっぱいって思ったりするのは当たり前のことで、それを私も含めこの国の人たち皆、損させられているんです! そんな人間としての当然な感動を奪われて、あなた達は果たして完璧に幸せでしょうか!」
下では修道士たちが修道院に入ろうと躍起になっている。
だが無駄だ、私がここに入る時に内側からバリケードを張っているから。
「少なくても私は違うと思っています! なんせ私は砂糖を食べて甘いという感覚を知ってしまったからです!」
その暴露に、国中がどよめいた気がした。
「それを知ったからこそ、私にはあなたちが無味無臭で透明なつまらないものにしか見えなくなりました。そんな国を何とかしたいと心の底から思います」
だから、と。
「是非、皆さんのお手元に配ったチョコレートをひと口で良いから、食べてみてください。絶対に幸せな気持ちになりますから!」
私はローブの中にあるチョコレートの小袋を握った。
結局渡せなかったな……。
「東洋の国では、今日2月14日はバレンタインデーと言って、女の子が好きな人にチョコレートを贈る文化があるそうです。なぜそんなことをしているのかは知りませんけど……」
きっと――――。
「――――きっと、『甘い』っていう当たり前の幸せを自分の気持ちを乗せて贈ってるんじゃないかなって私は思います。だから……」
最後に、私は大きく息を吸って、今までで1番多き声を張る。
「私は国の皆が大好きです! 大好きな皆への私たちからのバレンタインデーチョコです!」