覚悟
これでチョコレートを届けたのは何件目だろうか。
島国を駆け回り、時に追手の手をあの手この手で掻い潜り、民家や施設の門戸を叩いてはチョコレートを配っていた。
皆苦い薬でしかないチョコレートを渡されて最初は困惑していたが、その多種多様な見た目や色から、興味が湧いたのか、押し返してくることは無かった。
もちろん砂糖が入っているなんてことは言ってない。
「かわいいー! ピンクのハートだ!」
「うん、お友達と一緒に分けて食べてね」
「でも、これチョコなんでしょ? 私苦いのきらーい!」
私は目線を合わせるようにその場で屈んでかぶりを振った。
「それはね同じチョコでも、みんなが知ってるにがーいお薬のチョコとは違うの。甘くてとっても美味しいんだから!」
「甘い……?」
甘いの意味が分からない私よりもひと回りもふた回りも小さい女の子に私はうんと優しく語りかけた。
「とってもハッピーになる味ってこと」
それを聞いた女の子は何の疑いも掛けずにパッと顔を明るくさせた。
「そうなんだ! じゃあ、食べてみるね!」
「うんうん、是非是非」
じゃあね! とチョコの入った小袋を手に女の子は私に手を振りながら保育院の中に行ってしまった。
女の子が建物の中に完全に姿を消すまで手を振ってから、私はその場を立ち上がる。
さて、あとは…………。
大袋の中の残りを数えながら振り返ると、気づかない内に修道士たちに囲まれていてぎょっとした。
いや、正確には、その中心に居た人物にぎょっとしたと言って過言ではない。
「げ、マザー…………」
男ばかりの中に、白髪の老婆が異質を放って立っていた。
マザー院長。
私たちが通っているアレン修道院の長であり、島国の権力者の1人でもある。
マザーは修道服に身に着けた装飾をジャラジャラ鳴らしながら1歩私に近寄ってきた。
「やってくれたね、カレン」
ぐっと、言葉が詰まりそうになる。
「何のことでしょう、マザー。私はチョコレートを配っているだけですが」
「それがただのチョコレートなら、まだいい」
言いながら、マザーはあろうことか、自分の懐から白い粉が詰まった小袋、砂糖を取り出した。
「なんでそれをっ――――」
すでに遅いと思いつつも私は両手で自分の口を塞いだ。
「マイトの懐から落ちたのさ。問い詰めてやったら、カレン、お前さんとの密輸からお前が企んでいる事まで全部吐いてくれたよ」
あのゴリラ…………。
「……砂糖その他スパイスの所持、使用は禁止だと教えたはずだがね。カレン、お前自分がやった事の重大さを理解しているかい? 国会にこの事は勿論報告するが……」
手に持った砂糖の小袋を懐に戻して、
「事が事だ。最悪国外追放もあり得るということは念頭に置いときな」
「ちょ、ちょっと待ってくださいマザー院長! 流石にそこまでは」
そう割って入って来たカツミの声に、俯きがちだった私の顔が上がった。
「立派な規定違反行為をしたんだ。ルールの中で生きている以上、どんな処罰を受けても文句は言えないよ」
それに、と続け、
「そもそも、カツミ。お前の監督不行届でもあるんだ、お前はカレンの教育係なのだから多少の責任は負ってもらうよ」
「………………」
「ちょっと! カツミは関係ないでしょ!」
何も言い返さないカツミの代わりに声を荒げると、「お前は黙ってな」と一蹴されてしまった。
「…………分かりました。処罰は甘んじてお受けします」
そう言って頭を垂れるカツミに、私はカチンと来た。
「何がルールよ! 何が国外追放よ! したければすればいいでしょ! 言っておくけどね、こんなつまんない無味無臭な国、こっちから願い下げだってんのよ!」
「カレン……」
「………………」
そうだ、元々こんな国がつまらなかったからそれを変えようと思っただけ。それなのにそれをしたことで異端扱いされるならそれこそ救いようがない、喜んで追放されてやる。
失うものが無いと分かれば、最後まで決めたことはやり通すだけ。
「あっ、カレンが逃げたぞ!」
「追え、追え!」
沈黙で皆が構えていない隙を突いて、私は行く先の修道士にリボルバーを発砲して怯ませて走り去っていく。
去り際にカツミの表情を窺うことは、出来なかった。