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作戦開始!

 アレン修道院には共同調理場がある。

 基本的には修道院の関係者なら自由に出入り、使用を許可されているのだが、

 今日に限っては、『清掃中、使用禁止』という張り紙が両開きの扉に貼り付けられてあって、外部からは使用どころか侵入すら許されていない。


 私は手に持ったチョコレートの箱を片脇で抱えて、その扉をノックした。


 すぐに、『女の子は何で出来ている?』と籠った声が返ってくる。

 いつものように私もそれに「お砂糖とスパイス、あとは素敵な何か」と答えると、控えめに内側から扉が開かれた。


 合言葉を交わしても扉を開けるのには警戒を払っているのか、ゆっくりと開ける修道女の顔は強張っていた。

 が、来訪者が私と見て知った瞬間に、その強張った表情がぱっと華やいだ。


「カレンっ!」


 修道女に促されて調理場内に入った私は、後ろ手で扉を閉めて調理場に集まってくれた数十名の同士諸君を見渡した。


「遅くなっちゃってゴメンみんな! 早速始めよう!」


 私が言うと、皆がおーっと一丸となって雄叫び…………この場合女の子だけだから雌叫び(めたけび)とでも言うのか、それを上げた。


 外に漏れてないよね? 音……。


 私が来るまでの間、皆バレンタインチョコレートを作る準備を万端にしていたようだった。

 銀のボウルや包丁なんかの調理器具がすでにいくつもの机の上に用意して置いてあって、脇のガスコンロの上では水の張った鍋が置かれている。


 そして各々の手には例の白い粉が入った小袋、砂糖がある。


 修道女たちが一斉に私の持ってきたチョコレートを取って早速調理に掛かった。

 あらかじめこの革命の参加者たちには、マリから貰ったバレンタインチョコの作り方が書かれたレシピメモに目を通してもらっている。

 だからか、皆手際が良く、もう既に冷蔵庫に入れて固める作業に取り掛かっている子も居た。


「ねえ、私にも作らせて」


 見てるだけなのも何だったし、1つは作りたかったので何も考えずに近くの修道女に請うと、え、と声を漏らしながら何故か目を丸くさせて驚いたような表情を見せてきた。


「? なに?」

「いや、カレン大丈夫かなって…………作れる?」

「なんだ、そんな事? 任せてよ! マリのレシピメモは何度も目を通して頭に叩き込んであるから」


 自分の胸をドンと叩いて張って見せると、「それならいいけど……」と控えめに言いながら横にずれて私が作るスペースを作ってくれた。


 要はマリに貰ったレシピ通りに動けば大丈夫ということでしょ。


 まずは包丁でチョコ細かく砕く。


「? なに?」


 私が包丁でチョコを砕いているのを顔を引きつらせながら修道女が見てくるものだから思わず首を傾げた。


「いや、指落としそうだから怖くて……猫の手だよ? カレン」

「あー、はいはい。猫の手ね」


 改めてチョコを砕いてから、次は沸かした湯の上にボウルを沈めて温めてチョコを溶かす。

 この中に砂糖とミルクを入れれば苦みが消えていい感じになるらしい。

 チョコとか薬で使われるくらいだからうんと砂糖を使う必要があるだろう。


「…………あれ、カレン、ここにあった砂糖知らない?」

「あれ? ごめん、私が全部使っちゃった。もしかして必要だった?」


 私はもう最終段階に入っていて、厚紙で作った型にドロドロのチョコレートを流し込んでいる最中だった。


「ううん、いや、新しいの持ってくるからいいけど…………ちなみにミルクもほぼ無いんだけど……カレンが使った?」

「うん、でもそれだけ使わないと苦み取れなくない?」

「…………ねえカレン、それ味見した?」

「いや、してないけど……したほうがいいの?」

「ううん、今さらだから良いよ……」


 そう言って首を横に振った修道女の顔はどこか呆れて見えたのだが。

 とりあえずチョコレートを固めるために共同の冷蔵庫に入れて戻って来ると、「カレンはリーダーなんだからゆっくり休んでて」となぜか誰1人として私にチョコレートを作らせてくれる者はいなかった。


 それから私は何をすることも無く、ぼーっとチョコレートを作る皆を眺めるだけの退屈な時間を強いられていた。

 そろそろ初めの方に入れていたチョコたちが固まってきた頃合いだろうか。

 そう考えていた時。


 ドンドンドン! と。


 調理場の扉が乱暴に荒々しく外から叩かれて、調理場に居た全ての修道女たちが、私も含めビクッと身体を震わせた。

 こんな乱暴な叩き方を同士がするはずはない。

 そう思いながら私は慎重に扉の前まで歩いて行って、喉を1つ鳴らしてから、


「女の子は何で出来てる?」


 それはこの革命に賛同した者だけが知る魔法の合言葉。


『何を言ってるんだ! ここを開けなさい! 中で何をしている!』


 それを知らないということは、しかもその声が男の野太いものだということは。


「敵襲!」


 私が調理場の修道女達に振り返って叫ぶと、数人の修道女たちが壁に掛けてあった各々の散弾式コルク弾ライフルを手に取って扉までやって来て内側から扉を抑えた。


 私も修道服の内側のホルスターからリボルバーを取り出し、冷蔵庫を開けて中から固まっているかも定かではないチョコレートを大袋に詰めてそれを背中に担ぐ。


「パターンβが発生! これより緊急フェーズに移行するよ! それぞれ調理班、防衛班、配達班に分かれて各自慌てずに行動!」


 私の指示に全員が慌てることなく、はい! と返事をして各自持ち場に着いていく。


「配達班はチョコを持ってから私に付いてきて!」


 それだけ言って私は一直線に調理場の裏口側の扉を開けて外に出る。


「おい、居たぞ! カレンだ!」


 相手側も同じことを考えて裏口から入ろうとしたのだろう。見事にかち合ってしまって、思わずチッと舌打ちを打つ。

 男の呼びかけに応えて数人の修道服に身を包んだ修道士どもが駆け集まってくる。


「そこで大人しくしてろカレン、事情は後でたっぷり聞いてやる」


 言いながら修道士たちがじりじりと着実に距離を詰めてくる。


「どうするのよ、カレン!」


 背後に集まっていた配達班の修道女たちが不安そうに指示を煽ってくる。

 私は考えることは苦手なのに、ここで状況を打破するには。


「ああ、もう!」


 雌叫びをあげて、私は傍らに積んであったゴミの山をおもっきし蹴り上げた。

 一直線に修道士たちにゴミ袋の束が当たって、若干の隙が出来た。


「突っ切れえええ!」


 もう1度叫ぶと、一瞬遅れて、背後の修道女たちが私を追い越して修道士たちの脇を抜けていく。

 修道士たちがそれらに制止を呼びかけるが、もちろんそれらを聞いて止まるような子たちではない。

 私も続いて修道士たちを抜けようとするが、行かせるか、と私の前に立ち塞がってくる。


「もう、邪魔だって!」


 私は駆ける足のスピードを緩めずに右手に握ったリボルバー拳銃の銃口を目の前の修道士の額に合わせて、ハンマーを親指で上げてからためらわずに発砲した。


 パンッという乾いた音と共に、リボルバーから射出されたコルク弾が見事に額の中心に命中する。


 コルク弾とはいえ、皮膚に当たったら赤くなる程度には痛い。だから、撃たれた修道士も額に手を当てて怯む。


 更に後ろから飛び出てきた修道士には、片手で持っていたチョコレートの詰まった大袋を大きくスイングして、横顔を殴る。


 そして強引に突破した私の後を走って追いかけてくるが、この島国で私より足が速い人なんていないと自負しているから、捕まる心配は一切無かった。


 背後から修道士の悲鳴らしきものが聞こえてきた気がした。

 そういえば裏口の扉が開けっ放しだった。

 どうやら中の防衛班が押し出してくれているみたいだ。

 心の中で皆に感謝しつつ謝りながら、私はサンタクロースのようにチョコレートの詰まった大袋を肩に掛けながら小さな島国の中をひたすら駆け抜ける。


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