密輸
何か後ろめたいことをする時、人は皆夜中に行うことが多い。
それは私が、海の先の更に先に居る東洋の国の文通相手、マリが送ってくるエンターテイメント文学の大半がそうだったから。
それらを読む度にいつも思う。
ここまでテンプレート化されているのなら、夜中で人気が無いところに警備を置けば右肩上がりな犯罪数も少しは落ちるのでは? と。
事実は小説より奇なり。という言葉がマリのいる東洋の国にはあるらしいし、一見誰でも分かりそうな方法を国が取らないのにも、案外私が知らないような謎が隠されていて、あえてその方法を取っていないというのもあるのかもしれない。
もしくはただバカなだけか。
まあ何にしても、後ろめたい事をしている犯罪者諸君にとっては願っても無い事なのは事実だ。
その『諸君』の中に私が入っているのだから言い切れる。
きたきた。
私は小さな港の端っこに1艇の小船が停まったのを確認してから寄りかかっていた壁から背中を離して、一応背中に垂れているフードを深くかぶってその小船に近づいていく。
小船の中から出てきたのは、私よりもひと回り大きい体躯を持ったゴリラのような男だった。
「女の子は何で出来ている?」
男がぶっきらぼうに問いかけてきた。
「お砂糖とスパイス、あと素敵な何か」
淡々と、呪文を機械的に読み上げるようにして私もそれに間を持たさずに答える。
それを聞いた男は、安堵してなのか、呆れているのか分からないようなため息を零して、足元にあった木箱を持ち上げて私に渡してきた。
「ほらよ」
「ご苦労様」
受け取った私は、木箱を一旦地面に下ろして、修道服の懐から懐中電灯を取り出して明かりを点灯させては木箱の中を漁る。
中は何の変哲もないものばかり。トイレットペーパーにカレンダー、何冊かの本や布類。
全て『許されているもの』。
だけど、こんなもの達はどうだっていい。今から数時間後にちゃんとした東洋国からの貿易船が全く同じものを運んでくるのだから。
私はトイレットペーパーなんかのものを全て興味ないと言った感じで全部外に出すと、当たり前だが、箱はただの空き箱と化した。
でもよく空の箱の中を見ると、箱の端、そこに小さな紙片が顔を出しているのが分かる。
私がそれを引っ張ると、一気に箱の底が持ち上がって、下の空間を見せた。
「二重底か」
感心したように言う男に、うんと適当に返事しながら引っ張った紙片を見る。
『カレン、ファイト!』
「ありがとう、マリ」
海の先にある東洋の国に住むマリに向けて、私は届かない呟きを残しながら本命の中身を手に取る。
それらは全て白い粉がパンパンに詰められた小袋の集まりだ。
「よし、これだけあれば十分」
中身を全て確認してから、二重底で蓋をして、出したトイレットペーパーなんかを元に戻してからそれの入った木箱を両手で抱えて踵を返す。
「確認したよ。ありがとう、また頼むね」
「勘弁してくれ、マザーに見つかったら大目玉じゃすまないんだからよ」
「まあまあそう言わずにさ」
言って、私は先ほどの白い粉の詰まった小袋を男に投げてやると、男は慌てる様子もなくそれをキャッチした。
「ソレを一度味わったらもう逃げられないでしょ? この国の人間なら尚更」
それに、と続けて私は男が両手で包むように持つソレを指さして、
「今まさに所持してる時点でアウトだから」
男は手元に目を落としてから目を丸くして、呆れたため息を吐いた。
「これだからカレンとは関わりたくないんだ」
「今更今更! じゃ、またよろしくっ!」
はいはいと片手を振る男を最後に私はそそくさと家路に就いた。