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金曜日の酒盛りにはご用心

京都出身の大学生タローは、金曜日の晩に晩酌の相手を探していた。

食堂で捕まえたハルと、美味しい地酒を飲み始めるも……?

「今日は、千明さんもモッコさんもいないんすか?」


京都の実家から、旨い酒が届いた。

それをみんなで味わおうと、オレは食堂に顔を出したのだった。


「そうなんだよ」

「千明ちゃんは、雑誌の編集さんと飲み」

「モッコさんは、今日はお客さんのバースデーパーティーするんで出勤だって」


食堂でひとり料理雑誌を繰っていたハルくんは、顔を上げてそう言った。

何や、せっかくみんなで飲もうと思ったのに……。


「ハルくん、よかったらやりません?」

「母ちゃんが送ってくれたんすよ」


オレは、薄いグリーンがキレイな日本酒の瓶を掲げてみせた。

今日は金曜日だし、ハルくんなら付き合ってくれるかも。

だって、オレもう()()()になってるもーん。


「え? いいの?」

「せっかくお母さんが送ってくれたのに?」


「いいんすよ」

「多分、みんなで飲めってことだと思うし」


「そっか」

「じゃあ、ご相伴に預かろうかなー」


ハルくんは嬉しそうに言うと、雑誌を閉じて棚に片付けた。

いそいそとすぐに小さなグラスを持って来てくれる。


「何かつまむものでも作ろうか」


ハルくんは冷蔵庫をざっと見回すと、お揚げとネギとしらす、マヨネーズとピザ用のチーズを取り出した。

それで、一体何が出来る?

オレはまったく想像が付かない。


「梅子ちゃんはいるんすよね?」

「呼ばなくていいんすか?」


つまみの準備をしているハルくんの背中に、オレは話しかける。

ハルくんは振り返らずに、手をひらひらと振った。


「あー、いい、いい」

「梅ちゃんって、すぐ悪酔いするから」

「本人は楽しいみたいだからいいんだけど、相手するのが面倒なときあるしね」


意外とバッサリやん。

オレはとりあえずフーンと言って、ハルくんがつまみを作るのを待っていた。


「はい、お待たせー」


物の5分くらいで、ハルくんは立派なおつまみを作り出した。

あの材料で出来たのは、お揚げのピザ。

お揚げにマヨ塗って、しらすとネギ、チーズ載せて焼いたみたい。


「油抜きしてない揚げを焼くとさ、パリパリになるんだよね」

「カロリー控えめでいいでしょ?」


「めっちゃ旨そうじゃないっすか」

「こんなんサラッと出してくる女の子いたら、オレ即行で告りますよ」


オレが褒めると、ハルくんはニコニコと笑った。

グラスに日本酒を注いで、2人で乾杯した。


「あっ、旨い……」


一口飲んだハルくんは、目をぱちくりさせている。


「オレの実家、京都の伏見ってとこにあるんです」

「知らなかったけど、伏見って日本三大酒処のひとつらしくて」

「甘口の酒が多くて、伏見の女酒って呼ばれてるらしいっす」

「女酒って、何かエロくないっすか?」


実は、オレもあまり酒には強くない。

既に酔ってきたのか、ついつまらないことを言ってしまう。



最初こそテーブルに着いて行儀よく飲んでたけど、いつの間にか休憩スペースに移動してた。


「ほんでねぇ、オレは言うてやったんすよ」

「おまえ、それは全然おもろないでって……」


あかん、オレ、かなり酔ってしもてる。

だって、京都弁バリバリ出てるもん。


「タローくんて、酔うと方言出るんだね」


ハルくんもどこかとろんとした目で、楽しそうにオレを見ている。


「あー、ハルくんとサシで飲むのって初めてっすよねぇ?」

「でも、何か楽しいわぁ」


ハルくんは、梅子ちゃんのことはよく怒ってる。

でも、オレら住人にはめっちゃ優しいもんなー。

兄ちゃんがいたら、こんな感じで飲めたんかもなぁ。


「そういや、ハルくんと梅子ちゃんって幼馴染なんすよね?」

「うん、そう」

「生まれたときからずっと一緒」


お揚げを摘まんでいたハルくんは、梅子ちゃんの話題が出て何だかんだで嬉しそうにしている。

オレは、酔いに任せてちょっと聞いてみることにした。


「でもぉ、そんなにずっと一緒なんやったら、何かあったん違います?」

「何かって、何?」


「ほら、よくドラマとか漫画とかであるやないですか?」

「ラッキースケベ的な?」

「ああ、そういう……」


ようやく合点のいったらしいハルくんは、少し赤くなった目でオレをちらりと見た。

ハルくんは真面目やし、酔ってもこんな質問には答えてくれへんかもなぁ……。


「まあ、ないこともないよ?」

「マジっすか!?」


「長いこと一緒にいると、そりゃいろいろあるよ」

「おまけに、梅ちゃんはあんな感じだろ?」

「俺に対する警戒心ってものが、ほとんどないんだよな」


ハルくんはグラスをあおると、日本酒を飲み干した。

そのまま頬杖を突くと、ハァーッと大きなため息を吐く。


「例えば、どんなことが?」


オレはちゃぶ台に手を付き、つい前のめりになってしまう。

飲み会に付き物のこういう話って、嫌いやないんよなー。


「えーと……いつだったか、俺の部屋にトカゲが出たことがあって」

「俺、トカゲってどうしても好きになれなくて……」


ハルくんはちょっとげんなりとした顔で話し出す。

トカゲのこと、よっぽど嫌いみたい。


「夜だったから探し出せなくて、でもトカゲのいる部屋でなんか寝られないし」

「そしたら梅ちゃんが一緒に寝る? って声かけてくれたんだ」

「んで、彼女の部屋の床に布団敷いて寝た」


「で? どうなったんすか?」

「え? どうにもならないよ」

「おやすみーって寝て、おはよーって起きたよ」

「ええぇ……」


前に千明さんから、梅子ちゃんはハルくんの気持ちに疎いって聞いたことあったな。

まさに、それ。


「お互いもう大人じゃん? 子どもの頃とは違うじゃん?」

「同じベッドで寝てなくても、ちょっとは意識しない?」

「するよね、普通は?」


ハルくんはいつになく愚痴っぽい。

梅子ちゃんみたいな可愛い幼馴染は憧れやけど、それはそれで大変らしい。


「高校生の時もさ、ぎゅって抱き締められたこともあるんだよ?」

「でも、それだけなんだよな」

「梅ちゃん、謎すぎ……」


ハルくんは、ちゃぶ台に突っ伏した。

それを見てると、オレも何だか眠くなってくる。


「あー、何か腹立ってきた」

「こんなこともあったよ」


ハルくんは、報われない思いを吐き出すように話し続ける。


「風呂場に、カマドウマが出たことがあってね」

「梅ちゃんはあれが嫌いでさあ」


あかん、眠なってきた……。

オレはうとうとしながらも、何とかハルくんの話を聞いてる。

ハルくんが空になったグラスの縁を指でいじっているのが見えるけど、それもだんだんとぼんやりしてくる。


「ちょうど風呂の戸を開けたときにご対面したらしくて……」

「梅ちゃん、食堂にすっ飛んできたんだよ」

「真っ裸で」


「それで俺に、カマドウマ追い出してくれーって頼むわけよ」

「真っ裸でね」

「バスタオルで隠すとか、何にもしないの」


「もう俺のこと、何だと思ってんだって感じだよね」

「害虫駆除業者かよって」


ははは。

オレは笑う。

でも半分寝ちゃってるから、むにゃむにゃ言ってるようにしか聞こえんかったかも……。


「ちょっと、ハル?」

「今、わたしの裸んぼうの話してたよね?」

「しかも、タローくんの前で! ひどーい!」


「え? いや、これはさ……」

「男2人で飲んでそんな話して盛り上がるなんて、サイテーだよ!」

「ちょっと、タローくん起きて! 何かフォローして!」


よく見えへんけど、梅子ちゃんに話を聞かれてたみたい……。

ハルくんは、既に横になってしまったオレをゆさゆさと揺さぶる。

必死なその揺れが、オレにはとっても気持ちよかった。


あー、楽しかった。

また飲もうね、ハルくん。

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