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俺と梅ちゃん②

罰ゲームと称した告白をされたハル。

気にしていないと梅子に言ったものの、本当は残念な気持ちでいっぱいだった。

そんな時、梅子が取った行動とは……?

「あの、ね」

「あたし、ずっと弥生くんのこと……いいなって思ってたんだ」


マナとかいう子は、俺をちょっと上目遣いに見てそう言う。

高校最後の文化祭、校舎裏、カワイイ女子。

もう間違いない。

これは青春ってやつだ。


「それでね、これから受験とかで忙しくなるかもだけど……よかったらあたしと……」


まさか、自分の人生にこんな瞬間が訪れるなんて思ってもみなかった。

俺も、急ごしらえのカップルのひとつになるってのか?

周りの音が遠ざかり、自分の心臓の音ばかりが聞こえる。


「あ、あの」


告白をしてうつむく彼女に、俺はどう答えたものか迷った。

しどろもどろになっていると、どこからか噴き出す声がした。


「ちょっとマナ、マジ演技派~」

「弥生くん、超テンパッてんじゃん」


校舎の影から、2人の女の子が現れた。

いわゆる派手系の女子で、そういえば、俺に告白した子を含めてよく3人でつるんでいるのを見かける。


俺は、自分の身に何が起こったのかすぐに分かった。

要は、()()()()しまったわけだ。


「弥生くん、ごめんねー」

「あたし、この子たちとやったゲームで負けちゃってえ」

「それで、弥生くんに告るっていう罰ゲームしろって命令されたの」


パーマのかかった髪を指でいじりながら、マナは媚びるように言った。

罰ゲーム、か。


「何だよ、どうせそんなことだと思った」

「だって、俺たち全然接点なかったじゃん」


俺は彼女たちにそう言ってやった。

女子3人は、何を考えているのかクスクスと笑い合う。

こんなのにも、もう慣れっこだった。



俺を校舎裏に残し、彼女たちは別の男子と連れ立って行ってしまった。

ふーっとため息を吐いて、俺は地面に座り込む。


「アタシ、キレイ?」


目の前に突然現れた梅ちゃんを見て、俺はぎょっとした。

ツインテールで制服姿の彼女は、口を真っ赤に塗りたくっている。

おまけに手には2本のチョコバナナを持ってるわで、驚くなと言う方が無理な話だった。


「あはは、びっくりした? 口裂け女だよー」

「それで、チョコバナナだよー」


梅ちゃんは口裂け女メイクのままそう言うと、俺にバナナを1本差し出した。


「それ、びっくりするっていうか怖いよ」

「でしょ? お客さんにも大ウケだったの!」


梅ちゃんはニコニコしながら隣に腰を下ろすと、赤い大きな口でチョコバナナを頬張る。

俺も少しかじってみるが、美味しいとは感じられなかった。

さっきあんなことがあったせいで、余計にだ。


「ねえ、どこ回ろうか」


あっという間にバナナを食べ終え、地面に体育座りをしながら梅ちゃんは聞く。

彼女は、俺と文化祭を回るつもりだったらしい。


「どこって……その前にその顔どうにかしないと」

「ああ、そうだね」


肩にかけていたバッグからシートタイプのメイク落としを出すと、それで口周りを拭う。

いつもの見慣れた彼女に戻るには、3枚ものシートを使わなくてはならなかった。


「これ、食べていいよ」

「俺、あんまり腹減ってないし」


持て余していたピンク色のチョコバナナを、俺は梅ちゃんに押し付けた。

いいの? と彼女は目を輝かせて、俺が少しかじったバナナを受け取る。

たまにトッピングのチョコスプレーをパラパラとこぼしながら、それもぺろりと平らげてしまう。


「ねえ、気にしてるの? さっきの」

「え? 見てたの?」


立ち上がってズボンに付いた砂をはたき落とす俺に、梅ちゃんは座って前を向いたまま尋ねてきた。

おいおい、見られちゃってたのかよ……。

俺はまた別の意味で恥ずかしくなる。


「気にすることないよ、あんなの」

「気にすることない」


俺に諭すかのように繰り返しそう言うと、彼女も立ち上がって砂をはたく。


「うん、別に気にしてるってほどじゃないよ」

「たださ、高校最後の文化祭で罰ゲームで告られて、俺って何だろって思っただけ……」


最後まで言い終わらないうちに、それは起こった。

俺より頭ひとつ分以上小さい梅ちゃんが、俺の胸の辺りに顔を押し付けて張りついている。

そして両手で、俺をぎゅっと抱き締めている。


彼女は、何も言わなかった。

ただ静かに、俺に抱き付いていた。


気にしてない。

ああは言ったけど、本当は傷ついていた。


彼女からの告白が、嬉しかったわけではない。

告白されたことそのものが、束の間俺を喜ばせていた。

俺は見た目はこんなだけど、やっぱり普通なんだって、そう感じることが出来たから……。


梅ちゃんはきっと、俺のそういう思いを全部分かってくれていたんだと思う。

どれだけたくさんの同情の言葉を並べるより、こうすることが一番効果的だと彼女はきっと分かっていた。


梅ちゃんは俺の体に張りついたまま、じっとしていた。

震える手を、ゆっくりと彼女に回そうとする。

そんなベタなことをやってるうちに、彼女はすっと俺から離れてしまった。


「さ、行こうか!」


何事もなかったように言うと、梅ちゃんは俺に手を差し出した。

そうして、文化祭の雑踏の中へ俺を引っ張っていったのだった。


*****


俺がベンチの上で目を覚ました時、鼻先がくっ付くかというほどの近距離に梅ちゃんがいた。

うおっと驚いて、後ろにのけ反る。


「ななな、何?」

「ピクリとも動かなかったから、息してるかなと思って」


事も無げに言うと、笑って隣に腰を下ろす。

ふと見れば、物干しはもう空っぽだった。


「洗濯物、取り込んでくれたの?」

「うん」

「もう全部乾いてたから」


2人で並んで、何を言うわけでもなくベンチに座っている。

梅ちゃんは、つっかけを履いた足をぶらぶらさせていた。

俺は、あの文化祭の日を思い出す。


あの後、俺に抱き付いたことを梅ちゃんは何も言わなかった。

あまりに何事もなかったような感じだったので、つい俺も尋ねるタイミングをなくしてしまったのだった。


いつもポヤーッとしていて危うくて、でも肝心なところはちゃんと分かってる。

世界中のみんなが俺にそっぽを向いても、ただひとり笑って手を差し伸べてくれる人。

あの日の梅ちゃんは、小さい癖に大きくて温かかった。


「梅ちゃん、ありがとう」

「洗濯物のこと? いいって、たまにはね」


彼女がそう思ったなら、それでよしとしよう。

俺は夕食の支度をするために、アパートの玄関に向かった。

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