俺と梅ちゃん②
罰ゲームと称した告白をされたハル。
気にしていないと梅子に言ったものの、本当は残念な気持ちでいっぱいだった。
そんな時、梅子が取った行動とは……?
「あの、ね」
「あたし、ずっと弥生くんのこと……いいなって思ってたんだ」
マナとかいう子は、俺をちょっと上目遣いに見てそう言う。
高校最後の文化祭、校舎裏、カワイイ女子。
もう間違いない。
これは青春ってやつだ。
「それでね、これから受験とかで忙しくなるかもだけど……よかったらあたしと……」
まさか、自分の人生にこんな瞬間が訪れるなんて思ってもみなかった。
俺も、急ごしらえのカップルのひとつになるってのか?
周りの音が遠ざかり、自分の心臓の音ばかりが聞こえる。
「あ、あの」
告白をしてうつむく彼女に、俺はどう答えたものか迷った。
しどろもどろになっていると、どこからか噴き出す声がした。
「ちょっとマナ、マジ演技派~」
「弥生くん、超テンパッてんじゃん」
校舎の影から、2人の女の子が現れた。
いわゆる派手系の女子で、そういえば、俺に告白した子を含めてよく3人でつるんでいるのを見かける。
俺は、自分の身に何が起こったのかすぐに分かった。
要は、担がれてしまったわけだ。
「弥生くん、ごめんねー」
「あたし、この子たちとやったゲームで負けちゃってえ」
「それで、弥生くんに告るっていう罰ゲームしろって命令されたの」
パーマのかかった髪を指でいじりながら、マナは媚びるように言った。
罰ゲーム、か。
「何だよ、どうせそんなことだと思った」
「だって、俺たち全然接点なかったじゃん」
俺は彼女たちにそう言ってやった。
女子3人は、何を考えているのかクスクスと笑い合う。
こんなのにも、もう慣れっこだった。
*
俺を校舎裏に残し、彼女たちは別の男子と連れ立って行ってしまった。
ふーっとため息を吐いて、俺は地面に座り込む。
「アタシ、キレイ?」
目の前に突然現れた梅ちゃんを見て、俺はぎょっとした。
ツインテールで制服姿の彼女は、口を真っ赤に塗りたくっている。
おまけに手には2本のチョコバナナを持ってるわで、驚くなと言う方が無理な話だった。
「あはは、びっくりした? 口裂け女だよー」
「それで、チョコバナナだよー」
梅ちゃんは口裂け女メイクのままそう言うと、俺にバナナを1本差し出した。
「それ、びっくりするっていうか怖いよ」
「でしょ? お客さんにも大ウケだったの!」
梅ちゃんはニコニコしながら隣に腰を下ろすと、赤い大きな口でチョコバナナを頬張る。
俺も少しかじってみるが、美味しいとは感じられなかった。
さっきあんなことがあったせいで、余計にだ。
「ねえ、どこ回ろうか」
あっという間にバナナを食べ終え、地面に体育座りをしながら梅ちゃんは聞く。
彼女は、俺と文化祭を回るつもりだったらしい。
「どこって……その前にその顔どうにかしないと」
「ああ、そうだね」
肩にかけていたバッグからシートタイプのメイク落としを出すと、それで口周りを拭う。
いつもの見慣れた彼女に戻るには、3枚ものシートを使わなくてはならなかった。
「これ、食べていいよ」
「俺、あんまり腹減ってないし」
持て余していたピンク色のチョコバナナを、俺は梅ちゃんに押し付けた。
いいの? と彼女は目を輝かせて、俺が少しかじったバナナを受け取る。
たまにトッピングのチョコスプレーをパラパラとこぼしながら、それもぺろりと平らげてしまう。
「ねえ、気にしてるの? さっきの」
「え? 見てたの?」
立ち上がってズボンに付いた砂をはたき落とす俺に、梅ちゃんは座って前を向いたまま尋ねてきた。
おいおい、見られちゃってたのかよ……。
俺はまた別の意味で恥ずかしくなる。
「気にすることないよ、あんなの」
「気にすることない」
俺に諭すかのように繰り返しそう言うと、彼女も立ち上がって砂をはたく。
「うん、別に気にしてるってほどじゃないよ」
「たださ、高校最後の文化祭で罰ゲームで告られて、俺って何だろって思っただけ……」
最後まで言い終わらないうちに、それは起こった。
俺より頭ひとつ分以上小さい梅ちゃんが、俺の胸の辺りに顔を押し付けて張りついている。
そして両手で、俺をぎゅっと抱き締めている。
彼女は、何も言わなかった。
ただ静かに、俺に抱き付いていた。
気にしてない。
ああは言ったけど、本当は傷ついていた。
彼女からの告白が、嬉しかったわけではない。
告白されたことそのものが、束の間俺を喜ばせていた。
俺は見た目はこんなだけど、やっぱり普通なんだって、そう感じることが出来たから……。
梅ちゃんはきっと、俺のそういう思いを全部分かってくれていたんだと思う。
どれだけたくさんの同情の言葉を並べるより、こうすることが一番効果的だと彼女はきっと分かっていた。
梅ちゃんは俺の体に張りついたまま、じっとしていた。
震える手を、ゆっくりと彼女に回そうとする。
そんなベタなことをやってるうちに、彼女はすっと俺から離れてしまった。
「さ、行こうか!」
何事もなかったように言うと、梅ちゃんは俺に手を差し出した。
そうして、文化祭の雑踏の中へ俺を引っ張っていったのだった。
*****
俺がベンチの上で目を覚ました時、鼻先がくっ付くかというほどの近距離に梅ちゃんがいた。
うおっと驚いて、後ろにのけ反る。
「ななな、何?」
「ピクリとも動かなかったから、息してるかなと思って」
事も無げに言うと、笑って隣に腰を下ろす。
ふと見れば、物干しはもう空っぽだった。
「洗濯物、取り込んでくれたの?」
「うん」
「もう全部乾いてたから」
2人で並んで、何を言うわけでもなくベンチに座っている。
梅ちゃんは、つっかけを履いた足をぶらぶらさせていた。
俺は、あの文化祭の日を思い出す。
あの後、俺に抱き付いたことを梅ちゃんは何も言わなかった。
あまりに何事もなかったような感じだったので、つい俺も尋ねるタイミングをなくしてしまったのだった。
いつもポヤーッとしていて危うくて、でも肝心なところはちゃんと分かってる。
世界中のみんなが俺にそっぽを向いても、ただひとり笑って手を差し伸べてくれる人。
あの日の梅ちゃんは、小さい癖に大きくて温かかった。
「梅ちゃん、ありがとう」
「洗濯物のこと? いいって、たまにはね」
彼女がそう思ったなら、それでよしとしよう。
俺は夕食の支度をするために、アパートの玄関に向かった。