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エリ、カフェに行く①

親友のユミコとケンカしたエリ。

むしゃくしゃした気持ちを消化できないまま、彼女はある駅に降り立つ。

闇雲に歩いた先には、一軒の不思議なカフェがあって……。

しとしとと、梅雨らしい小雨の降る日。

普段はこんな日に出掛けたりはしないんだけど、今日は特別。

昨日ユミコとケンカして以来、気持ちがモヤモヤしっぱなしなんだもん。


電車に乗って、適当な駅で降りる。

ここで何度か降りたことはあるけど、南口から出たことはない。


しばらく歩くと、南口から出たのは間違いだったかもって思えてきた。

だって、周りは住宅ばっかりだし。

雑貨屋さんとかカフェとか、あたしを慰めてくれそうなものは何もない。


「あ」

「あった、かも……」


お気に入りの赤い傘を差したあたしが立ち止まったのは、とある建物の前。

【カフェ NANASHI】

あったじゃん、カフェじゃん!


一見住宅街かと思われるような場所に、隠れ家的に存在しているカフェ。

こういうのって、キュンとくるよね。


ナナシ? とかいう変わった名前のこのカフェ、変わってるのは名前だけじゃない。

見た目が何ていうか、アパートっぽい。

廃校とかをリメイクしてやってるカフェとかもあるし、そういう感じなのかな。


スニーカーに雨水が染み込んできた嫌な気配。

とりあえず、中に入ろう……。


古い診療所とかアパートにありがちな、ひとつしかない玄関。

少し重めのドアを押し開けると、カロンカロンとちょっと古臭いベルの音。

昔ママが連れて行ってくれた、おじいちゃんマスターの喫茶店を思い出す。


入ると靴置き場があって、玄関の上り口にはスリッパも置いてある。

まるで、久しぶりに訪ねる親戚のうちみたいじゃない?


「いらっしゃいませ」

「入って左にどうぞ」


優しそうな、男の人の声。

その声は、彼の言う()()()()から聞こえてきた。

咄嗟のことで何も答えられずに、あたしは玄関の左手に向かう。


「あ」


声の様子から、相手が年上なのは分かっていた。

でも、うちの両親よりは少し若い感じ。

ただそこに立っていた声の主は、思い描いていたイメージと全然違った。


「やっぱ、そういう反応になるよね」


照れ笑いするように、その人は頭をかいた。

その人……人でいいんだよね?

だって、あたしの目の前にいるのは、どう見てもオオカミなんだもん。


何て言うのかな。

オオカミが二本の脚で歩いてて、服着て人間みたいに喋ってるの。

漫画から抜け出てきたキャラクターみたい。


「あの、どうも」


ぼんやりとしながらも、あたしはカウンターに座った。

目と鼻の先に、その人はいる。


清潔そうな白いシャツを着て、腰に黒いエプロンを締めている。

いかにも喫茶店のマスターって感じだった。


「何ですか?」


あたしが彼を見るのと同じくらいに、彼がじっとこちらを見ているのに気付いた。

エリはけっこう、年上ウケしそうなタイプだよね。

いつだったか、ユミコにそう言われたことがあったっけ。


「いや」

「きみみたいな子が、1人でここへ座るのは初めてだから」

「ほら、俺はこんなだし、怖がる人も多いんだよ」


「怖いって……それ、マスクですよね?」

「マスク……じゃないんだよね」


「本物?」

「そうだね」


「……へえ」

「それだけ?」


「え? もっと怖がった方がよかったですか?」

「いや、そういうわけじゃないけど」


マスターは苦笑いをして、お冷のグラスを置いてくれた。

受け取ってすぐに、それに口を付ける。


「最近の女子高生って、よくも悪くも動じないもんなんですよ」

「そうみたいだね」


傍にメニューがあったのに気付いて、手に取るとパラパラとめくってみた。

どこにでもあるような、超オーソドックスなものばかり。

ちょっと入る店間違えちゃったかも。


「えーと、じゃあこのクッキーセットをホットコーヒーで」

「はい、ありがとうございます」


彼は慣れた手付きでコーヒーを淹れる。

ひとつひとつの作業がとても丁寧で、あたしは思わず見とれてしまったくらい。

最後に小皿にクッキーを盛り付けて、クッキーセットがあたしの前に出された。


「いただきます」


ホカホカと湯気が立つコーヒーと、小皿には犬の形をしたクッキーが3枚。

……正直ナメてた。

こんな閑散としたカフェなんて、ほとんどが市販のものを使ってるんだとばかり思ってた。


でも多分、このクッキーは違う。

ユミコとよく手作りしたから、あたしにはそれがよく分かる。


かじってみたら、程よい甘みと、どこか懐かしいバニラエッセンスの香り。

洗練されたっていうのとは違うけど、家庭的で安心出来るような味。


「美味しい……」

「そう? ありがとう」


思わず口走ってしまったあたしにそう言うと、マスターはカウンターの中で仕事を始めた。

彼は何も話さないけど、あたしに関心がないというわけではない感じがした。

ベラベラ喋ってくる店員が苦手なあたしには、ちょうどいい距離感だ。


ふと、カウンターの隅に写真立てが置いてあるのに気付く。

いつかユミコといった輸入雑貨店で見た、何枚もの写真が飾れるタイプのものだった。


その中の一枚は少し古ぼけている。

小さな犬のような子、その隣に可愛らしい女の子。

彼らの後ろには、お母さんとお婆さんらしき女の人たちが立っていた。


「これ、マスターですか?」

「ん?」


彼は急に話し掛けられて、最初は何のことか分からないみたいだった。

あたしが写真を指さしたのを見て、軽く微笑む。


「そうだよ」

「小学校に上がる前くらいかな」

「恐ろしく昔だね」


「この隣にいるのは、妹さん?」

「いや、幼馴染の女の子なんだ」

「後ろにいるのは、母さんとばあちゃん」


「ここは、元々ばあちゃんが大家をやってたアパートでね」

「ばあちゃんが亡くなってからは俺が大家をしていたんだけど、少し前にカフェに改装したんだ」


外観がアパートに見えたのは、間違いじゃなかったんだ。

喫茶店のマスターって歴史ありな人が多いけど、彼もそうなのかな。


あたしは、写真立ての別の写真に目をやる。

今度は、大人になったマスターと、何人かの人たち。


アパートの入り口なのか、【ななし荘】と書かれた看板の前での1枚。

今より少し若いマスターの隣では、これまた可愛らしい女性が素敵な笑顔を浮かべていた。


「この人って、もしかしてさっきの?」

「えっと、マスターの隣にいる女の人」


あたしが指摘すると、マスターは少し笑ってそうだよと言った。

照れたようにも見えたのは、どうしてかな。


「すごいね、幼馴染とこんなに一緒にいられてさ」

「え?」


あたしは、今日初めて会ったこのマスターに、なぜか自分のことを話したい気分になっていた。

どっちかっていうと人見知りするタイプなんだよ、本当は。

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