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いざ、お泊り旅行へ②

大晦日を過ごす旅館に来た梅子とハル。

彼女と2人きりの状況にワクワク、ドキドキするも……。

「じゃあ、いい?」

「ちゃんと打ち合わせ通りにやるんだよ?」

「はいはい……」


梅ちゃんに念押しされて、俺はジャケットのフードを深く被り直した。

まさに年の瀬も年の瀬の大晦日。

俺たちは、今夜泊まる宿に到着していた。


梅ちゃんの計画はこうだった。

オオカミだとバレると面倒なので、宿の従業員と会う時にはフードで乗り切ろう。

幸いに今は冬で、上着のフードを深々と被っていても怪しまれないだろうとのこと。


フードを目深に被ったやつがペラペラと喋ってもアレなので、口数はなるべく少なくすること。

梅ちゃんによれば、俺は他人にはかなり不愛想な夫という設定らしい。


「でもね、奥さんにはとーっても甘いの」

「ツンデレなの」


そんな細かい設定いる? と思ったけど、梅ちゃんが楽しそうだったのでよしとした。

うん、奥さんに甘いというのはあながち的外れな設定でもなさそうだぞ。


そうして迎えたチェックイン。

俺は外泊した経験はほぼないんだけど、チェックインなんて適当に書類書いたりして終わるもんだと思っていた。


ビジネスホテルならそうかもしれなかったけど、何せここは高級旅館。

よくよく調べれば、受け入れは1日4組限定で、中学生以下は泊まれないところらしい。


そんな旅館だから、おもてなしもすごかった。

まず、チェックインの待ち時間にお抹茶とお菓子が出される。

ロビーの大きなガラス窓から景色を眺めて、ごゆるりとお寛ぎくださいという趣向だ。


どちらかといえば和菓子党の俺としては、お抹茶もお菓子も美味しくいただけた。

ただ、不愛想な雰囲気を醸し出すよう梅ちゃんから指示を受けていたのだ。

彼女としては、極力俺と従業員の接点を作りたくないらしい。


振りとはいえ、むすっとした態度での休憩は、何だか気が休まらなかった。

とりあえず早く部屋へ行き、(梅ちゃんには悪いけど)この馬鹿馬鹿しい設定を脱ぎ捨てたかった。



「わぁ~、素敵なお部屋だねー!」


部屋に入るなり、梅ちゃんは感嘆の声を漏らす。

彼女がそうなるのも無理はない。

仲居さんがいなければ、俺だって感激してた。


部屋は無駄に広くなく、2~3人が程よく落ち着けそうな空間だった。

半畳サイズで縁がないのが特徴である琉球畳が全面に敷かれ、和室とも違った雰囲気を醸し出している。


「こちら奥が、浴室となっております」

「本館には大浴場はありませんが、プライベートな温泉をお楽しみください」


仲居さんに案内された先は、バルコニーになっていた。

その一角に、陶器製の浴槽がしつらえてある。

何てこったい、こんな開放的な風呂ってある!?


夕食や翌日の朝食は、すべて部屋に用意してくれるらしい。

食事の度に部屋を出ては例の不愛想男を演じずに済みそうで、俺はほっとした。

仲居さんは夕食の配膳時間を梅ちゃんに確認し、どうぞごゆっくりと下がって行った。


「あー、やっとだ」


ガバッと上着を脱ぎ捨てると、俺は開放的な気分に浸った。

さっきまでフードに詰め込まれていた耳も、天井に向かって嬉しそうにピンと立つ。


「夕食は6時半に持って来てくれるって」

「どんなのかなー、楽しみだね」


梅ちゃんはロビーで貰ったパンフを見ながら、ニコニコしている。


「夜ご飯まで、まだかなり時間あるよね」

「どうする?」

「何かする?」


何かする?

梅ちゃんのその言葉に、俺は心臓が飛び上がった。


今はまだ夕方の4時だ。

夕食までは2時間半もある。

()()、出来ないことも、ない。


はっちゃけてこいという千明さんの言葉を思い出し、俺は梅ちゃんの傍に寄った。

彼女は、真剣な顔をしてなおもパンフに目を通している。


「梅ちゃん」


一言呼んで、俺は後ろから抱き付いた。

彼女の小さな体は、俺の腕の中にすっぽりと納まってしまう。


「んー? 何?」


ちょっと、どうしたの?

2人きりになれたからって、そんな急に……。


そんな展開を期待していた俺は、ちょっとがっくりときた。

最近の梅ちゃんは、抱き付いたり抱き付かれたりすることに慣れてしまった節があるから困る。


そのうちに梅ちゃんは、宿の売店でお土産を買ってくると行ってしまった。

ぽつんと部屋に残された俺は、実はこれで好都合だった。

というのも、千明さんから出掛け際に手渡された物を確認しなくてはならないからだ。


「……開けるの怖いな」


茶色の紙袋には、【ひとりで見てね!】とマジックで殴り書きしてある。

ドキドキしながら、俺はテープを剥がして袋の口をそっと開けた。


まず最初に目に飛び込んできたのは、小さな瓶だった。

何だろうと思って取り出すと、精力剤だった。

やれマムシがどうとか、スッポンがどうだとか書いてある。


あの人は何つー物を持たせんだと思っていたら、さらにズバリな物が顔を覗かせる。

500円玉よりもう少し大きいサイズ、ゴム製の平たいもの。

個包装になった()()が、連なって入っている。


「いや、こんなにいらないって……」

「俺のこと、一体何だと思ってんの?」


呆れ返って、つい独り言を呟いた時だった。


「どしたの?」

「ぶわーーーーっ!!」


いつの間に帰って来ていたのか、後ろには梅ちゃんが立っていた。

ちょっと腰を屈めて、背中越しに俺の手元を見ている。


「いや、何でもない!!」

「あは、あはは……」

「あの、ば、売店はどうだったの?」


わざとらしいくらいに俺は取り乱し、しどろもどろになりながら話を逸らした。

袋は座っていた座布団に滑り込ませたので、おそらく中身は見られていないだろう。


「うん、お土産買えたよ」


梅ちゃんは売店の白い袋を掲げてみせ、相変わらず楽しそうに部屋をあちこちしていた。

あと数時間後に、俺は本当に彼女と……?

何だかとても現実のこととは思えなかった。

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