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笹川氏の提案④

ケンカした翌日の早朝、ハルは梅子をある場所に連れて行く。

そこで2人は、お互いの気持ちを改めて確認して……。

12月ともなると、朝は本当に寒い。

ただ突っ立てても寒いのに、バイクなんかで風を受ければなおさらだ。

俺は梅ちゃんをタンデムシートに乗せて、ある場所に向かっていた。


その丘へは、いつもより早く着いた。

冬の早朝で、道が空いていたのもあるだろう。


いつの頃からか、街を見下ろすその小さな丘で、初日の出を見るのが俺たちの習慣になっていた。

元日こそ人出も多いが、こんな時季のこんな時間にここに来る人はいない。

丘には、俺たちだけだった。


冬の格好をして、梅ちゃんは俺の隣に立っていた。

言葉少なに誘ったのに、彼女はこういう風に出掛けるのを分かってくれたみたいだった。

初日の出を見る時みたいに、分厚い上着を着ている。


小高い丘から見下ろす街では、まだ暗い中で街頭や車のライトがキラキラと光っている。

俺たちは白い息を吐きながら、しばらくそれを眺めていた。


「昨日は、ごめん」

「カッとなって、言い過ぎた」


最初に口を開いたのは俺だった。

謝る言葉と一緒に吐き出された息は、白い雲のように現れてはすぐに消える。


「ううん、いいの」

「わたしも、ぶっちゃったし」


梅ちゃんはそう言うと、手袋をはめた自分の右手を見ていた。


「実は、言いたいことがあって」

「うん」

「うちで言ってもよかったかもしれないけど……」


その次の言葉は飲み込んだ。

もしかしたら、梅ちゃんとここでこんな風に過ごすのは最後になるかもしれないから……。


「何? 話したいことって」


なかなか続きを言い出さない俺を、梅ちゃんが見つめた。

今ここで必要なのは、きっと言葉じゃない。


俺は梅ちゃんに近付くと、右手で彼女の手を握った。

もこもことした手袋に包まれた彼女の手は小さくて、柔らかくも感じる。


左手で腰に手を添えて、引き寄せる。

そして身を屈めて、彼女にキスをした。

少し、長めに。


顔を離したとき、梅ちゃんは真顔で俺を見ていた。

寒さで、鼻が赤い。


「俺、今、キスしたからね」

「ちょっとアクシデントで唇が引っ付いたとか、そういうんじゃないから」


「分かってるよ、そんなの」

「わたし、そこまでぼーっとしてない」


俺のバカ丁寧な説明には、さすがの梅ちゃんも呆れたみたいだった。

口を尖らせて不満そうにしている。


「で、その」

「そういうわけだから」


「俺にとっての梅ちゃんは、キスしたい相手ってこと」

「だから……笹川さんと結婚って話になった時、あんなに腹が立ったんだと思う」


「相手が彼じゃなくても、他の男は誰だって嫌なんだ」

「……分かってくれた? 俺の気持ち」


梅ちゃんは、俺を真っすぐに見ていた。

そのうちに目が細められて、さっき触れたばかりの唇も笑顔の形になる。


「うん、よく分かった」

「わたしも、ハルと同じ気持ちだったよ」


「誰か他の女の人が、ハルといるのは嫌だもん」

「キスだってしたいし、されたかった」


そう言うと、彼女は正面からぎゅっと抱き付いてきた。

梅ちゃんの引っ付いている辺りから、体中に温かさが広がっていく。

それはきっと、物理的な接触のせいだけではない。


「あのね、合コンに行ったのはね」

「うん」

「誰か他の男の人を通して、わたし自身がハルをどう好きなのか知りたかったの」


「誰かと知り合えば、その人と比較してハルのことを考えられるかもって」

「今思えば、変な思い付きだったなあ」


「アリスさんと結婚するかもってなった時、本当にショックだった」

「でも、分からなかったから」

「傍にいて欲しいって気持ちが、どういう所からやって来ているのか」

「ハルが好きだから、どう好きなのかを自分の中ではっきりさせたかったの」


もこもこの手袋をした手を俺の背中に回したまま、梅ちゃんは説明した。

蓋を開けてみれば、こんな単純なことだった。

彼女は俺を好きでいてくれたけど、それを確認する方法を少し間違っていたようだった。


「何だよ」

「そんな面倒なこと考えてたわけ?」


俺はすねたように言うと、梅ちゃんを包むように抱き締める。

そこから身をよじって抜け出した彼女は、俺を見上げる。


「ねえ、さっきの」

「もう1度やってくれる?」


さっきのって、何?

そう言おうとしたが、止めた。

回りくどいのは、俺ももうおしまいだ。


彼女の頬を一撫でして、俺は再び屈み込む。

お互いの唇が今まさに触れ合うかというとき、梅ちゃんが至近距離でくしゃみをした。


「ちょ、何だよ」

「あはは、ごめん」


梅ちゃんは適当に謝ると、手袋をした手で俺の顔を撫で回した。

拭いてくれるなら、ハンカチかタオルにして?


そうこうしているうちに、東の空は白み始める。

初日の出ではないけど、心にすっと染み入るような美しさだった。


2人でそれを見ていたら、今度は梅ちゃんのお腹が鳴った。

本当に、ムードの欠片もない。


日の出と共に、俺たちはななし荘に帰って来た。

あんなタイミングで腹の虫を鳴かせた癖に、帰って来ると梅ちゃんはすぐに寝てしまった。

しかも、俺のベッドで。


いつもなら自分の部屋で寝ろとうるさく言うところだけど、今日はいい。

大きなベッドの片方で、梅ちゃんは既に寝息を立てている。

その穏やかで規則正しい呼吸に誘われて、俺も隣に潜り込む。


布団に入った温かさも手伝って、すぐに眠気が押し寄せてくる。

こちらに背を向ける梅ちゃんの腰に手を回した辺りで、意識が途切れた。


俺は、嬉しかった。

俺たちの間にいつもあったリズムが、今やっと戻って来たのを感じていた。

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