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さざ波③

最近、梅ちゃんの様子がおかしい。

訝しがりながらも、梅子に尋ねられないハル。

ある時モッコから、梅子が男の人と歩いていたと聞き……。

最近の梅ちゃんは、どこかおかしい。


『ごめん、急な仕事を頼まれて残業です』

『食事は、適当に買って済ませるね』


今日も、こんなメッセージが届いた。

残業?

今までそんなことなかったじゃないか。


遅くに帰って来ると俺とろくに顔も合わせず、すぐに部屋に入ってしまう。

はっきり言って、梅ちゃんは嘘が上手い方ではない。


これはきっと、何かある。

そしてそれは、ピンポイントで俺に知られたくない何かなのだ。


俺はそんな梅ちゃんを見てると、ますます自信がなくなる。

俺が告白だと思って言ったことは、彼女の心に全然響いてなかったんじゃないかって。


今更ながらに、なぜもっとはっきり言わなかったのか悔やまれる。

後悔先に立たずってやつだ……。


こんな風に、俺はずっと悶々とした気持ちを抱えていた。

それを解消してくれたのは、意外な人物だった。

もっとも、解消というのとはまた違うかもしれないけど。


「この前ね、偶然梅子ちゃんを見掛けたのよ」

「え?」

「確か友達と出掛けた時だったわ……男の人と並んで歩いてたわよ~」


モッコさんは、最近の俺たちに起きた微妙な変化について知らない。

彼女もそういう年になったのねとしみじみとしているモッコさんを見て、俺はめまいを覚える。


気付くと俺は梅ちゃんの部屋の前にいて、まさにドアをノックしようとしていた。

しかし、そこではたと考える。

ノックして入って、一体何を聞くっていうんだ?


男と歩いてたって聞いたけど、一体どういうこと?

梅ちゃんは、俺が好きなんじゃなかったの?


気持ちとしてはこれが正解だけど、これじゃ、お笑い種だ。

片想いで嫉妬した、情けない男の言い分じゃないか。


ノックしようと拳を上げたまま、俺はしばしそこで自問自答をしていた。

そこへ急にドアが開いて、梅ちゃんが顔を出した。


「わっ、びっくりした!」

「どうしたの、ハル」


はっきり聞いた方がいいのだろうか。

でも、俺にはその勇気がなかった。


「風呂……空いたよ」

「ほんと? ちょうど入ろうと思ってたんだ」

「わざわざ教えてくれてありがとう」


ニコニコ顔でそう言うと、彼女は着替えを持って階段を下りて行った。

土壇場で何も言えなかった自分を呪いながら、俺もその後に続いた。


何をする気にもなれなくて、俺は自分のベッドの上に転がった。

大の字になって、深呼吸を繰り返す。


モッコさんが見たのは、梅ちゃんじゃなかった可能性もある。

今までやったことのない残業を、本当に任せられた可能性もある。


それでも俺は、男と歩いてたっていう梅ちゃんを、頭の中でありありと描いてしまう。

どこの誰とも知らない男に向かって、柔らかで幸せそうな笑顔を見せる梅ちゃんも。


そして俺は、その相手が笹川だという男に思えてならない。

少し前に梅ちゃんが偶然出会った、戸籍上では彼女の甥にあたる男。


「あー、くそ」


言葉にしてみても、気持ちは全然収まらない。

一緒に歩いていたという男が、笹川である証拠はない。

それでも、顔も知らないその男に、俺は自分でもびっくりするほど嫉妬していた。



その時は、突然やって来た。

食堂の入り口で、俺たちは出会い頭にぶつかった。

食堂から出て来ようとしていた梅ちゃんの手から、何かが落ちた。


俺の足元では、梅ちゃんのスマホが鳴っている。

その画面には、【笹川さん】と表示されていた。


梅ちゃんが一瞬、顔色を窺うように俺を見たのが分かる。

彼女は何事もなかったようにスマホを拾い上げると、電話に出た。

そして、俺から遠ざかりながら笹川と話をしている。


何のために食堂に行こうとしたのか、もう思い出せない。

梅ちゃんのスマホの画面が、脳裏から離れない。

笹川、笹川、笹川……。

やっぱり、そうだった。


「ハル……ちょっといいかな?」


しばらくして、部屋をノックして声を掛けてきたのは梅ちゃんだった。

俺は答えずに、ドアを開けて彼女を部屋に入れた。


「さっき、見たよね?」

「うん、見た」


「笹川さん?」

「うん、そう……」


それからは、しばらく沈黙が続く。


「……付き合ってんの?」


俺は思い切って聞いてみた。

俺は椅子に、梅ちゃんはベッドに腰掛けている。


「ううん、そういうんじゃないの」

「たまに誘われて、食事したり美術館とかに行くくらい」


それって、付き合ってるってことじゃない?

つい、顔をしかめてしまう。

でも、問題はそこじゃない。


「何で、俺に隠してたの?」

「別に、隠してたってわけじゃないよ」

「ただ……」


「ただ?」

「だって、笹川さんと会ってるなんて言ったら、心配すると思って」


そりゃ、心配するに決まってる。

ただ、俺の心配と梅ちゃんのいうそれは、微妙に違ってる気がする。


「もちろん、心配はするよ」

「だって……相手は笹川のおじいさんの孫だろ?」


「梅ちゃんが養子に入る時だって、けっこう揉めたってばあちゃんも言ってたじゃないか」

「うん……養子縁組を決めたのは、おじいちゃんの独断みたいだったから」

「おばあちゃんもはっきりとは言わなかったけど、どうも娘さんが反対してたみたいだしね」


「だろ?」

「付き合う相手に選ぶには、笹川さんはどうかと思うけど」

「だから、付き合ってはないってば」


何だか堂々巡りだ。


「ハルはどう思う?」

「わたしが、笹川さんと会うことについて」


何で、俺に聞くんだよ……。

どう思うって、嫌に決まってるじゃないか。

本当に、梅ちゃんはどこまでも鈍感だ。


「俺は……俺はただ……」


俺はただ、梅ちゃんがどんな男と付き合ったって嫌なんだよ。

でも、見栄が邪魔して言えない。


「俺はただ、万一笹川のうちと揉めるようなことになって、梅ちゃんが傷付くのが嫌なだけだよ」


これも、もちろん本当の気持ちだ。

本心とは、ほんの少し違うけど。


「そっか」

「心配してくれて、ありがとう」


梅ちゃんはベッドから立ち上がると、そう言って部屋を出て行った。

笹川と別れるのかどうなのか。

そういう話は何も出て来なかった。

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