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さざ波②

合コンで笹川清隆と出会った梅子。

ハルに事情を話すも、彼女には伏せていたことがあって……。

「どうしたのよ、梅子」

「笹川さんがすご過ぎて、ビビッちゃったとか?」


突然席を立って周囲の視線を集めているわたしを、遥ちゃんが笑ってフォローしてくれた。

わたしははっとして、小さくなって着席する。


「見た目通りっていうか、けっこう天然さんなの?」


向かいの列に座った男の人の1人が、わたしに向かって言う。

何て返せばいいのか分からなくて、とりあえず愛想笑いで済ましておいた。


その後は、ごくごく普通の合コンになった。

みんなで自己紹介して、飲んだり食べたりした。


わたしはこういう会は嫌いじゃない方で、いつもは大いに楽しむタイプ。

だけど、今日は違う。

きっと美味しいって感じるだろうなってものも、何だかほとんど味がしない。


動揺してる。

目の前にいるのが、笹川のおじいちゃんの孫だから……。


それはつまり、こういうこと。

彼は、戸籍上わたしの甥っ子ということになる。


「飲んでないの?」


そう言われて我に返ると、隣に笹川さんがいて驚いた。

気付けば、残りの4人はそれなりに出来上がって、楽しそうに盛り上がっていた。


「弥生さん……だっけ?」

「きみもこういう場って苦手なの?」


下の名前を清隆(きよたか)という笹川さんは、手にしたウーロン茶のグラスを見て、中の氷をくるくると回していた。

彼は明日も仕事があるらしく、ソフトドリンクを飲んでいた。


「あ、いえ、何て言うか……」


わたしは口ごもった。

この人は、きっとわたしを知らない。

目の前にいる女の子が自分のおじいさんの養子だなんて、夢にも思ってないだろうな。


こういうことが起こってしまうくらい、わたしと笹川家は疎遠だった。

実は小さい頃に一度、おばあちゃんに連れられておじいちゃんに会いに行ったことがあるだけだった。


そのうちに会もお開きになり、遥ちゃんたちは2次会でカラオケに行くことにしたみたいだった。

梅子もどう? って誘ってくれたけど、とても歌なんて歌ってられそうにない。


「わたしも、明日予定があるから帰るね」


そんな嘘を吐いて駅に向かおうとするわたしを、笹川さんが引き止めた。


「俺もそっち方向だから、一緒にタクシーに乗って行こう」


断るに断れなくなって、わたしは頷いた。

笹川、お持ち帰りすんなよ! って、航空会社の人が言った。


タクシーの中は、とっても気まずかった。

駅までは、歩いて15分くらいってとこ。

それが金曜日の晩で渋滞していて、もう10分も乗ってるのにまだ半分も来ていない。


「誘ってしまって、逆に悪かったな」

「こんなに混んでるものだとは思わなかった」


笹川さんは、まるで独り言のように呟いていた。

そんなに緊張することはない。

わたしは、自分に言い聞かせてる。


わたしが笹川家の養子だと知ってるのは、養子縁組を決めたおじいちゃんと、多分、そのご家族の方。

孫の笹原さんは、きっと知らないはず。

知ってたら、もっと驚いてると思うし。


「弥生さん」


急に名前を呼ばれて驚いた。

わたしは、笹川さんを見る。


「変なこと言うけど……」

「どこかで会ったことある? 俺たち」


彼は、前を向いたままわたしに聞いていた。

すぐには言葉が出て来ない。


「えっと……どうでしょう?」

「そんなこと、なかったと思うんですけど」


何とか取り繕う。

そうだよなと、笹川さんも呟いた。


*****


「そんなことがあったんだ」


食堂に移動して、わたしはハルにあったことを聞かせた。

ハルは驚いてはいたけど、特に問題に感じているわけではないみたいだった。


「世間って、案外狭いって思うよな」

「今日は疲れたんじゃない?」

「風呂入って、早く寝なよ」


わたしの頭に手を置くと、ハルは部屋に帰って行く。

彼はとても落ち着いていた。


実は、ハルに言ってないことがある。

なぜそうしたのか分からなかったけど、わたしは意図的に話すことはしなかった。


ようやく駅のロータリーに滑り込んだタクシーに、ほっとしたとき。

自分の料金を支払おうとするわたしを遮り、笹川さんは言ったのだった。


『また、今度会える?』


なぜ拒否しなかったのか、今でも分からない。

ただ紙の上だけに存在している、笹川梅子がそうさせたのだろうか。

気付くと、わたしは彼に連絡先を教えていた。


自分の部屋に戻った時、新着のメッセージに気付いた。

笹川さんからだった。


『今日は会えてよかったです』

『また都合がよければ、一緒に食事でもしましょう』

『笹川清隆』


ご丁寧に、最後には署名まで書いてある。

一見堅苦しいメッセージだったけど、わたしはなぜか少し嬉しい。


わたしと笹川さんが出会ったことは、これからわたしとハルを新しい関係に連れて行くことになる。

そんなことは、今のわたしには全く分からなかった。

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