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アリス②

無事に回復したアリスは、いつかお礼をしに来ると言い残して帰って行った。

半月後に再び現れた彼女は、ななし荘でハルの手伝いをすると言い出し……。

翌日の朝に様子を見に行くと、アリスはもうすっかりいいようだった。


「横山から聞きました」

「急に押し掛けたにも関わらず、お部屋まで貸していただいて……」


彼女はいかにも裕福な家の一人娘といった感じで、美しい声と言葉遣いで礼を言う。

俺の中で、梅ちゃんのちんちくりん具合に拍車がかかった気がした。


ついでだからと用意した朝食にも感激しきりといった様子で、俺のことを褒めたたえた。

あれがいいこれがいいと文句を言う梅ちゃんとは大違いだと思った。


「お礼は、またいつか必ず」


そう言うと、アリスは横山氏の運転する車で帰って行った。

ほんの半日ほどのことだったが、不思議な余韻を残して彼女は去って行った。


アリスと俺、そして梅ちゃん。

俺たち3人を巻き込んだ騒動が起ころうとしているとは、この時はまだ誰にも分からなかった。


*****


「お久しぶりです」


クリーム色の彼女が再びななし荘の庭に現れたのは、それから半月ほど後になってからだった。

相変わらず、傍には横山さんが控えている。


「お世話になったお礼をさせていただきたいと思いまして」


彼女はにっこりと笑うと、手にしたボストンバッグを掲げてみせた。


「これからしばらく、こちらでハルさんのお手伝いをさせて下さい」

「ええっ!?」


俺は驚いたが、彼女は真剣なようだった。

隣では、横山さんが静かにうんうんと頷いていた。


アリスがまずバッグから取り出したのは、真っ白な割烹着だった。

それを身に着けた彼女は、凛として見える。


「特別に作ってもらったんです」

「わたしには、人間の女性の服は小さすぎて……」


アリスは困ったように笑った。

それは俺にも言えることだったが、男性用の服はまだサイズの幅がある。


手伝いをする。

箱入りのお嬢様が一体何をしてくれるのかと思っていたが、それは全くの偏見だった。


「あまり凝ったものは作れませんが」


そう言って、本格的な和食をさっとこしらえてしまう。

人間の梅ちゃんはあんなに器用に動く手があるのに、おにぎりさえまともに作れない。

要はやる気の問題ということらしい。


掃除をやらせても文句ないし、箒を持って庭を掃く所作も美しい。

アリスは、いい意味で大切に育てられたお嬢様らしかった。


「いやあ、本当にびっくりしたよ」

「きみは何でも出来るんだな」


俺が感心して褒めると、アリスは微かに頬を染めた。

彼女のそんな様子を見ていた横山さんは、納得したような顔をしてやはりうんうんと頷いていた。



これからしばらくというのは、数日、あるいは数週間に渡る期間のことらしかった。

夕食の片付けを終えたアリスが、自分はどこで休めばいいのかと聞いてきて、俺ははっとした。


感謝の気持ちは十分伝わったし、何日も働いてもらっては逆に気を遣ってしまう。

俺がそう言っても、アリスは頑として譲らなかった。

結局はこっちが折れて、とりあえずはまた俺のベッドを使ってもらうことにしたのだった。


もっと驚いたのは、横山さんが帰ると言い出した時だった。


「それではお嬢様、お体に気を付けて」


彼はまた黒い艶のある高級車に乗って、アリスを残して帰ってしまった。

そこまでして、たった一宿一飯の恩を返す必要があるのだろうか……。


「ま、いいいんじゃない?」

「アシスタントがいた方が、ハルくんも助かるじゃん」


千明さんにそう言われ、なるほどとは思う。

彼女は彼女で、その分俺に漫画のアシスタントをやらせたいらしい。


「いやー、最初はびっくりしたけど、アリスちゃんっていい子っすよね」

「料理も上手いし!」


タローくんは、特に複雑には考えていないらしい。

彼らしい感想だった。


「割烹着って、何か若奥様って感じよねー」

「地味なアパートの大家に嫁いだお金持ちのご令嬢って感じで、何か萌えるわ~」


モッコさんの観点は独特だった。

歓迎はしているらしいけど……。

てか、地味なアパートで悪かったね。


アリスの滞在について、もちろん梅ちゃんも何も言わなかった。

相変わらずニコニコして、アリスの作った料理を美味しい美味しいと食べていた。


でも、俺はどこか、何かあるような気がしてならない。

彼女がほんの一瞬見せる表情。

他の誰も気付かないそこに、何かあるんじゃないか。


「どうかしました?」


アリスに話しかけられて、俺ははっとする。

視線の先にいた梅ちゃんは、俺が知るいつもの彼女だ。


何かって、そもそも何だ?

ただの思い過ごしかもしれないと、俺は深く考えるのを止めた。

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